水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

愉快なユーモア短編集-84- 立候補者

2018年11月14日 00時00分00秒 | #小説

 選挙戦たけなわである。朝から選挙カーが絶え間なく道を横切っている。野畑は昨日(きのう)の残業の疲れもあってか、目覚めていなかった。それでも選挙カーの流れとウグイス嬢の名調子はとどまるところを知らず、野畑を半(なか)ば起こそうとしていた。
「禿山(はげやま)滑(すべる)でございます! 朝早くからご町内をお騒がせいたし、誠に申し訳ございません」
「禿山でございます。今回の立候補に臨み、多くの方々から暖かい応援を頂戴いたしております。感謝を申し上げます。禿山は今回も頑張ります。より一層(いっそう)、頑張る覚悟でございます。皆様方の清きご一票を何卒(なにとぞ)、この禿山に賜(たまわ)りますよう、重ねてお願いを申し上げますっ!』
 ウトウトと眠っている野畑の耳にも、その声は、はっきりと聞こえていた。『滑るなよっ! ムニャムニャ…』そんな気分の野畑だったが、睡魔は野畑をふたたび眠りの世界へと誘(いざな)っていった。いつしか野畑は夢を見ていた。外では現実と同じように、選挙カーが絶え間なく走っていた。どういう訳か野畑はその選挙カーを雲の上から歯を磨(みが)きながら見ていた。
「獅子(しし)でございますっ! 獅子トウガラシでございますっ! 獅子トウガラシがピリッと辛(から)く、朝のご挨拶(あいさつ)に伺(うかが)っておりますっ! 獅子でございますっ! この獅子に清きご一票を賜りますよう、何卒、よろしくお願いを申し上げます。美味(おい)しくいたしますっ! 皆様方のご家庭で美味しく召(め)し上がっていただきますっ!」
 そのとき、フッ! と野畑は目覚めた。すでに、選挙カーの音は消えていた。だが、刹那(せつな)見た夢は、野畑の脳裏(のうり)に鮮明に残されていた。
「そういや、昨日、シシトウの天麩羅、店で食べたな…」
 野畑は思わず愉快な気分となり、ニヤリとした。
 立候補者は美味(おい)しいほどいいようだ。^^

                                 


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 愉快なユーモア短編集-83... | トップ | 愉快なユーモア短編集-85... »
最新の画像もっと見る

#小説」カテゴリの最新記事