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スニーカー履いて

‘猫’も歩けば・・・今日はどんな出会いが?

東逗子を歩いて

2011-12-13 | 鎌倉・逗子・葉山


今日は、逗子の古刹「医王山 神武寺」を訪ねます。
市発行のウォーキングガイドマップにある 神武寺に行く
3つのコースのうち、今回初めてのコースを辿ります。


JR「東逗子」駅から踏切を渡り、北に少し歩いたところに

長谷山 海宝院

曹洞宗のお寺です。

創建: 1590(天正18)年
  開基:長谷川七左衛門長綱
   開山:之源臨乎(じげんりんこ)
   本尊:十一面観世音菩薩坐像

もとは横須賀にあった「良長院」を慶長年間に此処へ移したといわれます。
長谷川長綱は徳川家康に信任され、天領であった三浦半島全域を治める
初代総代官に任ぜられて浦賀に陣屋・役所を置き、検地を行いました。
寺域内に長谷川一族・之源臨乎の墓所があります。


朱塗り茅葺の山門は創建当時のままといわれ、室町末期の
様式を色濃く残している典型的な禅宗様の四脚門です。
市指定重要文化財


      


本堂内の銅鐘

徳川家康から拝領した鐘と伝わり、「応永10年」の銘があります。
北条早雲が三浦の新井城を攻めた際、陣鐘に使われたとか。
神奈川県重要文化財に指定されています。


墓地には、徳川水軍の将 御船手奉行で長谷川氏の縁筋にあたる
向井将監忠勝夫妻や、日本画家 中村岳陵画伯(1890-1969)、

東京都知事 石原慎太郎氏のお宅のお墓があります。




海宝院を出て「田越川」沿いに歩いていくと、

開宮山 光照寺

真言宗のお寺。

創建などは不明ですが、平治の乱(1159年)に敗れた源義朝の
長子 悪源太義平の供養のために建立されたお寺と伝わっています。
本尊 木造阿弥陀如来立像(鎌倉後期)は県指定重要文化財。




田越川に沿ってさらに進み、右手に富士山を遠望
しながらJR横須賀線の踏切を渡ると、すぐの所に

五霊神社


源義朝の勧請と伝わる沼間の総鎮守で、祭神は天の岩戸を
開けた剛力の持ち主 天手力男命(あめのたぢからおのみこと)。




ご神木の大イチョウは、推定樹齢600年 樹高25m 幹周り6.7m。
県指定天然記念物で、「かながわ名木100選」に選定されています。
      




踏切を再び渡って戻り、そのまま北の方へ歩いていくと

沼間山 法勝寺

日蓮宗のお寺。

言い伝えによれば;
聖武天皇の730年頃、この地の守護 長尾善応が7つの頭を持つ
大蛇の害に困って行基に助けを求めました。行基は3日3晩で
阿弥陀如来像を刻み小船に安置して読経を続けたところ、
大蛇は鎮まり、その後は地域の守り神になりましたトサ。

その後 一時期荒廃しましたが、天台宗のお寺として復興。
鎌倉時代に日範上人が法論に勝って日蓮宗に改宗、改名しました。

墓域には、
蕉風を受け継いだ近代の俳人で全国に7~8千人の弟子がいたという
松竹庵梅月師(1874-1942)のお墓があり、立派な句碑も建っています。
(書は、2世 松竹庵酔月の達筆)

      
辞世の句 「須里鉢に 那匁尽く作礼し 蕗の 」
 (擂鉢に)  (舐め尽くされし)


境内の一隅にある可愛らしい像は
北村西望 作「喜ぶ少女」



この周辺は古くは沼浜郷といい、源義朝の居住していた
「沼浜亭」という館があったと、『吾妻鏡』に記されています。
今は、境内にある幼稚園の子供達の元気に駆け回る歓声☆



法勝寺横の細道から、さぁ いよいよ
神武寺に通じる山道へと入って行きます♪
がんばって歩きましょう~!



(続)


 


木古庭

2011-12-10 | 鎌倉・逗子・葉山

 

やっと晴れました~☆
空気はすっかり「冬」の週末ですが、元気にいきましょう!



木古庭(きこば)は、葉山東端の山合いにある静かな地域で
江戸時代の海防の要衝 浦賀へ通じる街道筋にあたります。

R27から「木古庭大沢橋」を渡り、坂道を上って行くと

瀧谷山 瀧不動堂

平安末 平氏の命を受けた畠山重忠が衣笠城の三浦氏を
攻める際、戦勝を祈願して不動明王を祀ったと伝わります。

本尊の不動明王像は、重忠の念持仏で
「身代わり不動」とも称されます。



不動堂の石段を下ると、すぐ右に

不動滝
      
落差約5mの三浦半島で最大といわれる滝です。
古くから修験者も修行したと伝わり、傍らに小さな不動像。
滝の向かい側には、嘗て茶店も出ていたとか。



急坂を上りきった所に おもしろい物を発見!
      
(画像が分かりにくいですねぇ・・・スイマセン)
普通は横向きのカーブミラーが、ここでは真下に向いています。
ミラー前後の道が大変急な坂で、対向車が見えにくい為のようです。



「不動坂」交差点で
再びR27に出て、暫く歩き
横横道路の高架をくぐってから右の道に入って行きます。

古道「浦賀道」の、だらだらと続く坂は「高祖坂」。 
その昔 房総から布教のため鎌倉をめざす高祖(日蓮上人)が
通られた道だというのが、坂の名の由来だそうです。
坂を上りきった場所に

高祖坂の庚申塔
      
1694(元禄7)年造立の銘があり、葉山町指定重要文化財。



市民農園の横を通り、古道の趣が
色濃く残る道を暫く歩いて行くと



道の角に、赤い頭巾のお地蔵さま。
境地蔵

1735(享保20)年造立の銘。
葉山では、字名から「藪地蔵」と呼ばれています。
この辺りが、葉山町と横須賀市の境になるようです。
きっと、道標の役目も果たしていたのでしょうね。


のどかな山里の風景が広がっています☆








鎌倉ぶらり歩き⑦

2011-11-14 | 鎌倉・逗子・葉山


JR「鎌倉」駅近くまで戻って来ました。

「大巧寺」さんでは、今どんな花が見られるかな?
ちょっと寄り道して行きましょう☆






ガマズミ(スイカズラ科)
      



シュウメイギク(キンポウゲ科)




ツバキ(ツバキ科)  
      
そろそろ咲きはじめました



イソギク(キク科)





エクスバリー・アザレア(ツツジ科)
      
本来は春に咲く花なのに・・・返り咲きですね。



ヒルムシロ(ヒルムシロ科)

おもしろい名がついた水生の多年草。
細長い楕円の葉が蛭の寝床にちょうどいい?









気がつけば、ふくらはぎに快い酸脹感・・
いつの間にか こんなに歩いたのですね~

19847






鎌倉ぶらり歩き⑥

2011-11-13 | 鎌倉・逗子・葉山


妙法寺さんを出て、もう少し先へ行ってみましょう。





やがて左手に、
妙法華経山 安国論寺

日蓮宗のお寺です。

    建立: 1253(建長5)
開山: 日蓮聖人
開基: 日朗上人
松葉ヶ谷御小庵の霊跡で、境内の本堂向かいに
御小庵の元となった岩窟が残されてあります。

「どちらが本家?」という詮索はさておき、ここでは
案内板の説明に沿ってご紹介しておきましょう。


1260(文応元)年 聖人39歳の時、岩窟で「立正安国論」を
書き上げ北条時頼に建議しましたが、そのために最初の
松葉ヶ谷焼打ちの法難に遭うところとなりました。

あいにく公開がお休みの日で、拝観はできませんでした。
境内に、聖人の杖が根付いたと伝わる「妙法桜」があります。



今来た道を先へ行くと、JR横須賀線「名越踏切」ですが
この辺りで、そろそろUターンすることにしましょうか。

同じ道を戻るのはつまらないので、逆川に沿うように
小路歩きを楽しみながら帰ることに・・
     

途中で出会った十月桜




「魚町橋」
コンクリート製ですが、朱塗りの橋です。
      
川の水は、思いのほか清らかに見えます。
昭和初め頃までは、この橋の袂に紺屋さんがあったそうです。
布晒しで使ったのか、水をためる堰跡らしいものが見られます。

何処のお宅からか、三弦の稽古の音が聞こえてきます・・




鎌倉ぶらり歩き⑤

2011-11-11 | 鎌倉・逗子・葉山


静かな住宅地の中の小路を歩いて行くと、
左側の少し奥まった先に・・

「松葉谷御小庵霊跡」碑と朱塗りの総門



楞厳(りょうごん)山 妙法寺

日蓮宗のお寺です。

 創建: 1357(延文2)年
 開山(中興): 日叡上人
本尊: 釈迦三尊坐像
1253(建武5)年 布教のため安房(千葉)から鎌倉に入った
日蓮上人が、最初に草庵を結んだ所と伝えられています。 

5世日叡上人は、建武中興を成しその後非業の最期を遂げた
大塔宮護良親王の長
子で、父君の供養の為この地に堂塔伽藍を
再興し、自らの幼名 楞厳丸に因んで楞厳山 妙法寺と号しました。

現 本堂は、江戸中期に肥後藩主 細川氏寄贈の総ケヤキ造り。


境内には、
フユザクラ・ミツマタ・チャノキ・ヒメツルソバ などなど・・
      


 

本堂右手から、石段が山に向かって続いています。
朱塗りの「仁王門」を過ぎ、さらに上って行くと・・




「法華堂」

江戸・文化年間に水戸家が建立したもの。
日叡上人作の厄除祖師像が祀られているそうです。
堂前には上人御手植えのソテツも。

江戸幕府第11代将軍家斉も度々参詣に訪れたそうで、
そのため、当寺の総門・仁王門・法華堂は朱塗りです。
明治中期まで、境内に将軍御成りの間が置かれていたとか。

法華堂の朱の跡・・・
      


法華堂の横に、「釈迦堂跡」

寺の正面の苔石段上に釈迦堂があったそうです。


釈迦堂跡から真下を見下すと、苔むした石段越しに仁王門が・・

石段の苔の美しさから、‘鎌倉の苔寺’と呼ばれています。


釈迦堂跡の左側から、なおも苔の石段が上へと続きます。
滑らないように、足元を確かめながら上ります。



「松葉谷御小庵址」
      
日蓮上人が庵を結び、爾後通算20年間布教伝道の拠点となった庵の跡。


更に、右の細い石段を上って・・

      

「大塔宮護良親王御墓」



ここからは、鎌倉の海と市街がよく見えます☆

悲劇の親王は、此処で静かに眠っておいでなのですね・・


今来た石段を下り、小庵跡の前を過ぎて
今度は、反対の方角へ山道を上って行くと・・


日叡上人御墓               母南ノ方御墓
      


妙法寺は、「鎌倉」が色濃く感じられるお寺です☆


 冬めきて 苔石段に 木々の蔭」  立子


上りはよいよい 下りはこわごわ・・・の、苔の石段でした()




鎌倉ぶらり歩き④

2011-11-10 | 鎌倉・逗子・葉山


大町大路沿いの左右にもお寺があります。

まず左側に、「別願寺
(山号はわかりませんでした・・)
      
時宗のお寺。
もとは真言宗のお寺でしたが、公忍上人が1287(弘安5)に改宗。
寺名も別願寺と改めたそうです。 鎌倉公方の菩提寺。


右側に、「上行寺

日蓮宗のお寺。

        創建: 1313(正和2)
 
開山: 日範上人
瘡守稲荷と身代わり鬼子母神が祀られています。

山門に、左甚五郎作といわれる龍がいます。





左側に、長い石垣と植え込みが続いています。
祇園山 安養院 田代寺

浄土宗のお寺。

      創建: 1225(嘉禄元)
開山: 願行上人
開基: 北条政子
政子が亡夫頼朝の菩提を弔うため佐々目ガ谷に建立した
「長楽寺」が前身と伝えられます。 鎌倉末期にこの地に移転。
1680(延宝8)年に焼失し、頼朝の家臣だった田代信綱が嘗て
建立した「田代寺」の観音堂を移したものだそうです。


ツツジの美しい寺としてよく知られています。


安養院の横を入ると
、いろいろな石垣が見本のように
並んでいる楽しい小路があります☆


これは、板状の石を平らに積み上げた「布積」の石垣です。



これは「谷積」。 石をきっちりと斜めに積んであります。
布積よりしっかりとした積み方は、より堅固であることがわかりますね。



野趣あふれる「野面積」。
水はけがよさそうですね。 隙間に足をかけて登りたくなる?(笑)



石垣の小路を過ぎると、石垣の上に植え込みが続いています。
これは何と呼ぶのでしょうね。 味わいがあります☆




広い通りに出ました。 
真直ぐ左へ行くと、釈迦堂口の方へ行けるのですが
今回は、100mばかり行った所で右手に折れます。

「逆(さかさ)
川」という小さな川を渡り、人家の間の小路に入って行きます。
      

竹垣や生垣が続く、なかなかいい感じの道です・・







鎌倉ぶらり歩き③

2011-11-09 | 鎌倉・逗子・葉山


妙本寺さんの門前の道を左へ進みます。

この道は、幕府と対立し囚われた日蓮上人が処刑されるため
龍ノ口の刑場へと向かう際に通ったといわれる古道です。


ほどなく左側に、故事ゆかりのお寺が見えてきます。

門前に掲げられた歌;
「これやこの 法難の祖師に 萩のもち ささげし尼が すみにし所」


慧雲(えうん)山 常栄寺

日蓮宗のお寺です。

     創建: 1606(慶長11)年
開山: 日詔上人
開基: 日祐法尼
刑場へ引かれる日蓮さんに、老女が胡麻をまぶしたぼた餅を
捧げたという故事により、「ぼたもち寺」と呼ばれています。
寺名は、この老女の法名「妙常日栄」に因むとか。

毎年9月12日は、参拝者にぼた餅がふるまわれます。
‘猫’も偶々その日に参って頂戴したことがありました。

境内には、
秋明菊・萩・小菊・・・秋の花が咲き乱れていました☆



さらに、先へと歩いて行くと・・




「厄除け祈願」の赤い幟が立ち並んだ神社があります。

八雲神社

祭神:須佐之男命 稲田比売命 八王子命 ほか

永保年間(1161~62) 新羅三郎源義光の勧請と伝わります。
後三年の役で兄 源義朝に加勢するため奥州に向かう途中に
立ち寄り、当時疫病が流行していたことから「厄除けの神」と
して名高い京の祇園社を勧請し、祈願したことに始まるとか。
以来、「鎌倉の厄除けさん」として崇敬を集める神社です。

境内に、義光の「手玉石」



「寛文十年」と銘のある庚申塔



左から「於岩稲荷社」 「稲荷神社」 「諏訪神社」の小祠



神社の横を入る道は、「祇園山ハイキングコース」に
なっていて、‘猫’も友達と何度か歩きましたが
今日は独りなので・・・行きませーん



さらに歩き、車が往来する広い道「大町大路」に出ました。
左の方へ、もう少し歩いて行ってみましょう☆




鎌倉ぶらり歩き②

2011-11-08 | 鎌倉・逗子・葉山


本覚寺さんを出て、山門前を流れる「滑川」に架かる
「夷堂橋」を渡ると・・

左手奥に、
長興山 妙本寺


前回訪ねたときは改修中で すっぽりと覆われていた「二天門」が
修復を完了し、9月にお披露目の式典が賑々しく催されました。


総門をくぐり、山に向かって石段を上って行くと・・




「二天門」

修復成った朱塗りの美しい門が、樹木の色に鮮やかに映えます。



正面には、鳴き龍伝説の龍



左右に、持国天・多聞天の二天像。
      



スケッチを楽しむ人達が、何人もいらしてます。




「祖師堂」
      


参拝者も 絵を描く人も、みんな静かに
ゆったり流れる時間に身を委ねているような
そんな雰囲気のお寺です。





鎌倉ぶらり歩き①

2011-11-07 | 鎌倉・逗子・葉山


夕べのは上がって、今朝の空はまだだけれど
TVのお天気お姉さんは、今日はになると言っています。

その言葉を信じて、ずっと気にしていた床のワックスがけを
「今日は やるゾ~」と‘トノ’がのたまうので・・

狭い我が家のこと、家にいると邪魔者扱いされるは必定!
はいはーい、‘猫’は喜んで追ン出て行きま~~す 

さぁて、何処へ行こうかな~



で、
今日は 鎌倉を足の向くまま・・


まずは、駅近の本覚寺さんへ・・


山門を入ると、すぐ右手に
夷(えびす)堂

堂内に 小さな像が祀られています。
鎌倉七福神の恵比寿さまです。


夷堂前の栴檀の大木に、たくさんの実が生っていました。
木の下にも落ちた実がいっぱい!
      



妙厳山 本覚寺

日蓮宗のお寺です。

   開創: 1436(永享8)年
開山: 日出上人
  本尊: 釈迦三尊像
嘗てこの地にあった天台宗の夷堂を日出上人が改宗。
建物は1981(昭和56)年に再建されたものだそうです。


日蓮上人御分骨堂

2世 日朝上人が、身延山より分骨し祀ったため
当寺は「東身延」とも「日朝さま」とも称されます。


鐘楼  




お天気お姉さんの言った通り、青空になりました☆

これから名越の方へ向かって歩いてみようと思います。
何度も歩いたことのある道ですが、どの辺りまで行けるかな・・









鎌倉・光照寺の彼岸花

2011-10-04 | 鎌倉・逗子・葉山


西台山 光照寺
前回訪ねたときはレンギョウが満開でした。
今日は真紅の彼岸花に誘われて・・




境内の其処にも此処にも・・
      









      




あ、いい香り~☆



予報では 明日は終日雨とか・・・
今日来て花を見られて 良かったナ!

鎌倉駅~亀ヶ谷坂切通~北鎌倉と巡って
17,720歩





鎌倉・英勝寺の彼岸花

2011-10-04 | 鎌倉・逗子・葉山


東光山 英勝寺

浄土宗


境内の彼岸花が、今 とてもきれい~☆













創建当時の面影を残す仏殿・祠堂・唐門・鐘楼は
県重要文化財に指定されています。



境内には、
彼岸花だけでなく いろいろな秋の花が・・

「サクラタデ」
      


「ミズヒキ」




「ホトトギス」





JR横須賀線の電車が すぐ近くを走っていることも忘れ、
ふぅ~ 安らぎを感じるなぁ・・







塔の辻~御成通り

2011-09-02 | 鎌倉・逗子・葉山



「塔の辻」の五輪塔の向かい側にある、お城か寺院のような建物は

鎌倉彫のお店 「寸松堂

以前 鎌倉建物めぐりの時に、ご紹介しましたね。 昭和初期の建築で、
市の景観重要建築に指定され、国登録有形文化財になっています。


店前のR311(由比ガ浜大通り)を西へ行けば長谷観音。
今日は東へ、ぶらぶらと散歩しながら駅へ戻りましょう。



由比ガ浜大通り


昔からの古いお店と、今どきの新しいお店が
混ざり合って建ち並んでいます。




やはり、古い建物の方に目が行きます(笑)
      









由比ガ浜大通りが今大路と交差している場所に、

六地蔵

鎌倉時代 この近辺に刑場があったそうで、のちの人が
処刑された罪人の供養に、地蔵尊を祀ったのが始まりとか。

江戸時代の俳人が 俳聖を偲んで建立した句碑があり、
「芭蕉の辻」とも呼ばれているそうです。

ここまで来れば、駅までもうすぐです。



御成通り

嘗て 鎌倉御用邸へ皇族方が御成りになった際、
此処を通られたことが名前の由来だそうです。

レトロとモダンが混在しながら、駅まで続いている商店街は
鎌倉武将の名前と家紋を染め抜いた黒い幟がはためきます。
「小町通り」ほどの雑踏はなく、生活感があるのがいいですね。

この通りにも、歴史を感じる建物が残っています。

      



江ノ電「鎌倉」駅に到着~☆

JR側とは、また違う雰囲気がありますね。

降られずに帰って来られました。 よかった~

20,675歩




鎌倉小路・和田塚へ

2011-09-01 | 鎌倉・逗子・葉山


台風12号はまるで首都圏を避けるように、当初の
予想進路よりだいぶ西側を北上しているようです。

進路が反れたため、今日は一滴の雨も降りません
でしたが、終日 湿度が高く堪らない蒸し暑さでした。

のろのろ台風で、大きな水の被害が出ませんように!




さて、JR「鎌倉」駅から若宮大路を鶴岡八幡宮と反対に海へ向かって
歩いていくと、「下馬」交差点の先にある歩道橋の上から見えるのは

一の鳥居



歩道橋の左側のおしゃれな建物は、
鎌倉女学院



鳥居の右側の木蔭に、大きな石塔
畠山重忠供養塔

高さ3.4m余の大型の石塔は、鎌倉幕府執権 北条時政の外孫で
 時政により謀反の疑いをかけられ討たれた武将 畠山重忠の
墓塔と伝えられ、市の有形文化財に指定されています。
刻銘とその作風から、1393(明徳4)年の造立とみられます。



石塔の先に右へ入る細い路地が
あったので、入って行ってみました。


右側は竹垣のお屋敷、左側の堅固な石垣の中は白い洋館。
なんでも、旧ソビエト大使館の別荘だった建物らしいです。 
現在は?





石垣を巻くように細い路地をたどり、ひっそり静まりかえる
人家の間を抜けて行くと、車の通る道に出ました。



車道を少し左に進んだ先で右へ曲がると、前方左側の
一段高い場所に 樹木が茂っているのが見えます。

和田塚

住宅地の一角の榎・
などの大木が根を張る
塚の上に、石碑が数基建てられてあります。

市内に唯一残る高塚式古墳で、明治中頃までは「無常堂塚」とか
「采女塚」などと呼ばれていたようです。  道路工事の際に
土器や埴輪の破片・人骨などが発掘されたとか。

この塚は、和田合戦で敗れた和田義盛一族の戦死者を
葬った場所と推定され、「和田塚」と呼ばれています。

石碑の後ろには、小さな五輪塔が二十余基。




和田塚から、松林の残る道を過ぎて小路歩きは続きます。
江ノ電の小さな踏切を渡って、さらに行くと・・



「由比ガ浜大通り」の広いバス道に出ました。 


塔の辻
路傍に、五輪塔の一部がひっそりと・・



(続)



大船軒

2011-08-12 | 鎌倉・逗子・葉山


JR東海道線「大船」駅から、ものの5分の所にある
レトロな外観の3階建てのビルが、以前から気になっていました。


「大船軒」本社ビル



重厚感のある正面玄関の装飾や


上げ下げ窓にも、3階部分の丸窓にも
独特の雰囲気が漂っています☆


1931(昭和6)年に完成された 延べ800㎡の建物は、当時としては
珍しいコンクリート造りで、戦時中は軍に接収されましたが戦災を
免れ、現在も本社事務室・会議室として使われているそうです。

建造当時の様子 (建物内のパネルより)


大船軒」といえば、大船駅の名物駅弁「鯵の押し寿司」
本社に隣接する工場で製造されています。


( 画像は大船軒HPから拝借しました )



その押し寿司が食べられる「茶のみ処 大船軒」が、最近
この建物の中にオープンしたと聞いて、入ってみました。


正面玄関から、右奥に進んだ所でスリッパに
履き替えて、大会議室のような一室に入ると

木の床に、ゆったりした間隔でテーブルが置かれています。


白壁の上部に神棚・・・



メニューは、押し寿司のほか日替わりランチやコーヒー・ジュースなど。

鯵と小鯛の押し寿司 (¥650)



お昼どきで、俄かにたて込んではきましたが・・


ゆったりした雰囲気が、何より☆
ひと休みして、伝承の味で小腹を満たしたい人にオススメです。

営業は 11:00~15:00



ぼんぼり祭

2011-08-09 | 鎌倉・逗子・葉山


400点からの書画を、揮毫された方の思いを想像しながら
1点1点見ていくのはとても楽しく、結構時間がかかりました。

そのなかから、何点かご紹介しましょうか。

         
   円覚寺・横田南嶺師


         
光明寺・宮林昭彦師            江島神社・相原圀彦師


        
浄明寺・甲賀丈司師             寿福寺・内田穆堂師

鮮やかな墨痕 流麗な仮名書きも☆
書はいいですね~

        
植西翠子氏                  真壁米子氏



土岐豊子氏


涼しげな絵もいろいろ☆

        
福井良宏氏                  坂井教人氏


        
小澤柏光氏                   長澤康子氏


        
鈴木英人氏                  折原みと氏


        
養老孟司氏                  新藤兼人氏


        
榎木孝明氏                  竹中直人氏
      

‘今’☆

        
土田直敏氏



        
二階堂正宏氏                 石原慎太郎氏






ほんの一部ですが、楽しんでいただけました?
暮れて灯が入ると、また違った印象になるのでしょうね。


それでは、〆は・・

長安 節氏


 終わるどころか、 甦ったような今日の炎暑でした・・・