無意識日記
宇多田光 word:i_
 



前回の日記でおわかりの様に筆者はアイアン・メイデンの新譜が発売されてめっちゃテンションが上がっている(と書いてる時の顔は白けまくりの無表情なんですがね)。何しろ、今まで生きてきた中でいちばん沢山聴いた"音"は、自分の声を除けば1番がスティーヴ・ハリスのベース音、2番がデイヴ・マーレイのギター音という人間だ。そりゃテンションが上がらない方がおかしい。来年4月に来日となると8年ぶりだそうだが、あれ、10年ぶりじゃなかったっけ、まぁいい、兎に角それくらいぶりにLIVE観てないんだけどどこ吹く風である。久しぶりという感じはしない。何でだかよくわからないが、LIVEを観ようが観まいが"熱"が変わらないからだろう。彼らが引退しても、その熱量が衰えるとも思えない。

全部が全部ではないが、アベレージと較べれば幾らか"長持ちするコンテンツ"に敏感な私だ。コミックスを買い始めた漫画がどれも軒並み長期連載でどんどん困っていったりした。アイアン・メイデンも「最終的には彼らが勝つだろう」と思っていた。今年のクリスマスで彼らも結成40周年である。あと10年やってくれれば万々歳だが、後は体力勝負なだけなのでいつ引退して貰っても構わない。今までの業績が素晴らしすぎる。分厚すぎるから。最後はブルースの操縦する飛行機が、というのが誰しも一度は夢想して振り払う最期だが、もうそうやって伝説になっても似合うだろうな。望んじゃいないが。

という訳で長持ちコンテンツには鼻が利く私だが、ヒカルに関しては本当にさっぱりわからない。いつ終わるのかずっと続くのか。もともと、ヒカルのメンタリティーに何十年というタームが見当たらない。アイアン・メイデンに関しては、音楽性と制作に対する態度そのものが時間を要するものでありかつ結果を出し続けられるコンセプトを持っていたので「50年は生産的で居られるだろう」と予想はついた。まぁ、それは付帯的な事に過ぎなくて、実際はただ好きでついてきただけなのだが、そう問われれば予兆はあった、と答えられる。

ならば、実はヒカルも40年50年と生産的でいられるタイプなのか私がこれだけ入れ込んでいるという事は?

うむ、わからん。全く予兆もない。

そもそも「いきあたりばったり」を是とする家風である。信念とか奉仕とか誠実とかとは距離がある。刹那的とは言わないが、あまり未来を想定しないタイプなので何がどうなるやらさっぱりわからない、というのが本音。

正直、本来ならこのタイプは追い掛けない筈なのだ私。やり始めるからには10年20年と、苦しい時も楽しい時も共に行く覚悟を持つのが愛というものだから。あぁ、わかった、この言い方がわかりやすい、たかだか三年半で離婚するような結婚をするタイプは趣味じゃないんだ私。いやはや、今結婚してこどもが居て幸せだから書けるフレーズなんだけど。

ふむ、そういうことか。そういうことだな。

責めてる訳でもないし非難する気もない。うまくいかなくなったんなら別れればいいじゃない、こどもも居ないんだし、と、相談されたら私も答えるだろうし。特にネガティヴな感情を抱く訳じゃない。ただ、趣味じゃないんだ。

これは、もしかしたらただの結婚観の違いかもしれない。わざわざ入籍なんて面倒な事するんなら粘るわなと。第一、結婚式とかして周囲に末永く幸せに暮らしますと言っておきながら別れるのは何なんだというか。そう、私は酷く面倒くさがりなのだ。なんでそこまでしといて、と思ってしまう。同棲でいいじゃん、と。

結婚観の違いは、親が6回結婚と離婚を繰り返してる時点で決定的なのかもしれんしな。これは、答えの無い問いである。

まぁだから、ヒカルが「私はもう音楽と結婚しているから。」と仮に言ったとしても、四年も経てばやめるかもしれないと私は捉える。信じる信じないは別として。そして、理想と現実は違うし、うまくいかなくなったらさっさとやめるべきだと思いつつも「永く続けるもの」の比喩表現として結婚生活以上のものはなかなか思い当たらない。少なくともこどもが成人するまで別れない"つもり"で始めるものだから。まぁ、ただの"喩え話"でしたな。

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先々週発売されたBURRN!10月号にブルース・ディッキンソンのインタビューが載っているのだが、凄絶。癌との戦いが如何に過酷だったのかが如実に伝わってくる。何より、本人がどこまでいっても軽妙でユーモラスな口調で語っているものだから余計に、だ。闘病記というとどうしても暗く重くなりがちだが彼は新しい宿題を出された学生みたいにノリノリで幾多襲い掛かる苦難に立ち向かってゆく。今年頭から始まった闘病生活の挙げ句彼は来年2016年からツアーに出るという。彼、ブルース・ディッキンソンがツアーに出るというのは(もう随分有名になった事かと思うが)尋常な意味ではない。何しろ、大所帯のクルーと大規模な機材を載せた飛行機を、彼が操縦して世界中を飛び回るのだから。そして夜は2時間のコンサートでステージを(彼の場合、誇張無しに、文字通り)終始走り回って歌うのだ。癌治療明けの60歳近い初老の男がだよ。

もう、ひとつの生命体としての生命力が根本的に違うのだろう。彼のバイタリティは昔から桁外れだった。フェンシングの国内選考会では第7位であわよくばオリンピック代表も狙える位置に居たというし、本を著せばベストセラー、アイアン・メイデン唯一の全英No.1シングルは彼のペンによるものだ(アルバムは過去5回全英No.1を獲得している)。大学では史学を選考していたというし、彼ほど多才多芸な人物を他に知らない。この歳になってほぼ初めてピアノを触り、作り上げたのが最新作に収められている18分の楽曲。一体その生命力はどこから来ているのか。もし彼がハンサムだったら史上最大のスーパースターだったろうな。

って話は前もしたか。癌治療の話は初めてかな。こういう人は、逆境になっても全くと言っていいほど諦めず、即座に対処方法を見つけ出し忽ち実行に移す。くよくよ悩んでいても仕方がない。それでも丸2日落ち込んだらしいが、それだけである。嗚呼、順風満帆とは環境に恵まれた訳ではなくて、帆を張るのみならず順風自体を自ら生み出す事で手前に引き寄せるものなんだなと彼を見ると思う。


まぁ、なんだ、それは異世界の話。僕らのような弱々しい凡人には『向かい風がチャンスだよ今飛べ』と言われても怖くてすくんで何も出来ない臆病者の歌の方が似合っている。強さに憧れるのも大事だが、弱さを知る事もまた必要だ。甘えとかいう前に、どうしたらうまくいくかをまず考えよう。

今回のヒカルは闘病ではなく出産であった。一大イベントだが、健康だからこその出産であり、育児である。直前までスタジオ入りしてたとかもう作業を再開したとか言うけれど、健康なのだから至って普通の話だ。ヒトはずーっとそうやって生きてきたのだから。何がどうであっても、作品が総てを物語る。どちら向きでもいい。後ろ向きだろうが前向きだろうが、向かい風だろうが追い風だろうが。ただ待つだけだ。ただ、やはりセンス・オブ・ユーモアだけは見失わないようにしたい、かな。

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