クマを光が絶賛するのは「光の名無くてもイイ」程に曲自体が独立な生命力あるからだが、となるとFoLで光がBV好むのは「私の手離れても曲が生命力を失わない」証明となったからか。i_はBVにみえた光らしさ打ち消す方向性に戸惑い(らしさ出たOVに安堵し)、巷はBVにヒカルらしさ戻ってきたと称賛した。まさに3者3様だが、打たれ強さに歓んだ人打たれた事に迷った人はいいとして3ッ目だ。一旦「昔に戻った」と大歓迎したからには次曲も昔風を期待する。タイアップなら尚更だ。光は引き続きi_考える所の"光らしさ"押し殺し作曲してる事になるのだが、そんな事あるのかなぁ?
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