トシの読書日記

読書備忘録

変幻する言葉の魔術

2013-01-22 18:23:39 | た行の作家
多和田葉子「ゴットハルト鉄道」読了



これも姉から借りた本です。本作家については、以前「犬婿入り」を自分が読んで驚愕したのを姉に貸したところ、姉の方がこの作家にハマってしまい、今では姉の方がせっせと買っては貸してくれるようになりました。大変ありがたいことです。


さて本書は表題作(短編)の他に「無精卵」(中編)と「隅田川皺男」(短編)の三作品が編まれています。どれもこれも多和田ワールド満載で、面白く読むことができました。


特に「無精卵」は出色で、これはもう多和田葉子にしか書けない小説であると、感嘆した次第です。でもどこか、富岡多恵子に似た空気も感じます。今まで読んだ多和田作品の中では「犬婿入り」に次ぐ快作であると思います。難しすぎて歯が立たない作品も読んできましたが、多和田葉子、やっぱり面白いです。


ただ、解説の室井光広氏。難解な言葉を書き連ねて訳知り顔するのはやめてほしいものです。言ってることが的外れで、なんだかなぁという感じ。こういう解説、よく目にしますが、せっかくの作品が色あせてしまうので、勘弁してほしいです。



以下に多和田葉子の未読の作品を列挙して、今後の読書のよすがとします。


「容疑者の夜行列車」(青土社)
「ヒナギクのお茶の場合」(新潮社)
「ふたくちおとこ」
「光とゼラチンのライプチッヒ(講談社)
「変身のためのオピウム」(講談社)
「旅をする裸の眼」(講談社)

活写する力

2013-01-22 18:08:22 | た行の作家
武田百合子「犬が星見た――ロシア旅行記」読了



以前、FM愛知の「メロディアス・ライブラリー」でも紹介されていたものです。この前に読んだ小川洋子のアンソロジーに収められていた同作家の「薮塚ヘビセンター」のなんともいえないユーモアに触発されて本書を手に取ってみました。


武田泰淳、百合子夫妻と、泰淳の親友でもある中国文化研究家の竹内好氏との三人のロシア旅行記であります。


一行は船で横浜を出航し、太平洋を北上、津軽海峡を通ってソビエト連邦(当時)のナホトカへ着きます。そこからユーラシア大陸のど真ん中、中央アジアを横切り、レニングラード、モスクワを経てストックホルムに入り、コペンハーゲンまで行き、帰りは飛行機でアンカレッジを経由して日本に帰ってくるという、一ヶ月近い大旅行なのであります。


これが日記風に綴られているのですが、武田百合子の観察眼がすごいですね。以前読んだ「富士日記」で、それは充分に感じてはいたんですが、本書もすごい。なんというか、身も蓋もない感じの文章なんですね。そこが妙におかしく、またリアルで思わず笑ってしまいます。


面白い本を読ませてもらいました。

珠玉の秘密の箱

2013-01-22 17:51:31 | あ行の作家
小川洋子編「小川洋子の偏愛短篇箱」読了



ちょっと銀行かなにかへ行って、待っている間に読む本としては、大江健三郎の単行本はちょっと仰々しい感じで、やっぱり文庫がいいわけで、そんなことで本書を選んでみました。


小川洋子が愛して止まない短編が16作品収められています。しかし、こんな本を読んでしまうと、知らない作家が何人もいて、また自分の読書の網が広がっていってしまいますねぇ。うれしいやら困るやらでちょっと複雑です。


印象に残ったのは内田百「件(くだん)」、尾崎翠「こおろぎ嬢」、川端康成「花ある写真」、横光利一「春は馬車に乗って」、武田百合子「薮塚ヘビセンター」、吉田知子「お供え」と、もう大収穫でありました。


特に尾崎翠の「こおろぎ嬢」。これはなんとも不思議な小説です。こんなすごい本を読む機会を与えてくれた小川洋子に感謝です。

ちょっとネットで尾崎翠を調べてみることにしましょう。

向こう側の宇宙からの交信

2013-01-22 17:35:38 | か行の作家
大江健三郎健三郎「治療塔惑星」読了



やっぱり「治療塔」を読んだ以上、本書も読まねばと思い、手に取った次第。結果、読んどいてよかったかなと。


これは、主人公で語り手であるリッちゃん、その夫の朔ちゃん、そして二人の子であるタイちゃんの家族の物語であります。


「新しい地球」に何百基と据えられた治療塔。そのメカニズムの解明のため、朔ちゃんはある賭けに出ます。現在の人類の科学では解明できないのであれば、自分の脳にある処置をして、(詳しくは書かれていない)治療塔を造った「あちら側」の知性体と交信する。その内容を治療塔に入ったことのある親を持つ子供に信号として伝える。その情報が将来、子供が成長したときに解明されるのではないかと。すごい計画です。


大江健三郎の(多分)最初にして最後のSF小説であるんですが、破綻しているところもなく、面白く読めました。また、リッちゃんの朔ちゃんへの強い愛、また、タイ君へのこれも強い愛情にも心打たれるものがありました。彼女は若い頃、スイスに在住し、荒廃した町で少女奴隷のようなことをさせられた暗い過去があるわけです。だからこそ、今の境遇に甘んじることのない、一種冷めた目で物事を見つめるのでしょう。


さて、大江健三郎フェアもそろそろ終盤にさしかかってきました。ちょいちょい寄り道をしながらゆっくりいこうと思います。