昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説<手術室から>(18)退職後の秀三(5)

2015-08-21 05:37:44 | 小説・手術室から
 救急隊員と白衣を着た二人の男が救急センターの入り口で何か話していた。
「司ですが・・・」
 秀三が挨拶すると救急隊員が振り返った。     
「司さんのお父さんですか。実は息子さんは顔面を骨折されていて緊急に手術が必要らしいんです。ところがこちらには今対応すべきお医者さんがいないらしいんです・・・」
「そうなんですか?」
 秀三は隊員の言葉をさえぎって医者と思われる白衣の男を見て訊いた。

「今、別の救急患者にかかりっきりでお宅の息子さんに対応できる医師が他にいないんです。で、まことに恐れ入りますが別の対応できる病院へ移っていただきたいんですが・・・」
 
 背の高いほうの眼鏡の男がことさらに冷静な言葉づかいで言った。
「こんな大きな病院で対応できる医者がいないというんですか?あなたはどうなんですか?」
 秀三は二人の白衣の男を見比べて声を高めた。
 声が少し裏返っている。
「わたしは耳鼻科の人間で、彼は小児科でまことにもうしわけないんですが、おたくの息子さんに対応できないんです」
 となりの黙っている小柄な方を見てノッポのほうが言った。
「もちろん応急手当てをしておきましたからしばらくはもんだいありません。というわけで、今救急隊の方に近くの救急病院を当たってもらっていたところなんです」

「信じられない・・・」
 秀三はつぶやいた。
 ・・・しばらく大丈夫だと言うんなら、ほかの医師を呼び出したり、今手術中の医師が終わるのを待つとか方法はいろいろあるんじゃないの?・・・
 修三は納得できなかった。
「ここから10分あまりのH救急病院で受け入れていただける旨了解を取りましたのでそちらにご子息をお送りしたいのですが・・・」
 人の好さそうな救急隊員が割って入った。

 ─続く─

 <好奇心コーナー>
 

 ハゲブダイという魚は自分の吐き出した袋の中に自分を閉じ込め、鋭い鼻をもつウツボなどの天敵から身を守る。