たかはしけいのにっき

理系研究者の日記。

『幸せな人生を送ってね』

2020-01-24 03:51:24 | Weblog
 『”今の瞬間の自分の感情”と”未来の自分を想定することで後悔したくない気持ち”の両方に同時に素直になって、今この瞬間も未来も楽しくなるように選んでいって、幸せな人生を送ってね』だって?
 (cf. 「どうすれば幸せな人生が送れると思いますか?」)

 勝手ね。
 貴方一人、自分だけのことを考えるんだったら、それでも良いかもしれない。でも、みんながみんな、そんな方法をとることはできないでしょう?

 未来を見ずに今やりたいことをやるんでも、未来に楽しさを取っておいて今我慢するんでも、それだけだって、他の人のことを考えたら自分勝手になることもあるのに、今も未来も楽しくなるようにってことしか手をつけないんだとしたら・・・、、そうだよね、だからいっつも我慢できないもんね?
 貴方みたいに身勝手な方法を平気で取ることができるような社会的な基盤を成立させ続けるために、どれだけ多くの”普通の人”が、普通の価値観を崩さないように、必死に生きているか、きっとわかっていない。そこには、確かに、なんのドラマもないかもしれないし、”ありふれた任意の人生においてよくある帰結”でしかないかもしれない。

 けれど、みんながみんな強いわけじゃないの。そういう、普通の空気感を大切にしながら、怯えながら、人間の弱さみたいなものを互いに理解し合いながら、それでも「これでいいのかしら?」と不承不承しながら生きている人だって沢山いるの。
 極普通の常識の中で、みんなと調和しながら生きていきたい、という気持ちを大前提に抱えながら生きることは、、そんなにもそんなにも、幸せになれないことなの?

 そういう人生を歩む上では、”普通であること”が何よりも大事だから、他の人には絶対に言えない秘密があるものだし、そうやってこっそり生きている時間のなかにも、ひと時の安らぎがあって癒されることだってある。開けっぴろげで、何でもかんでも宣言できて、胸を張って堂々と「楽しいものだけ」を素直に選択することだけが、幸せを掴む道じゃないと私は思う。

 この世界は、綺麗なものばかりではないし、裏側を少し見てみたら、汚い部分が土台になっていることだってある。
 そんな世界の闇の部分も見て、それでも”心から笑え”って、そんなことできるわけないじゃない。そんなことまで”極普通”を選択した人に要求するのって、貴方が定義する”クズ”そのものなんじゃない?(cf. 弱さの本質 -バカとクズの違いとその相関-)

 そう、この前提にたってみると、人間の弱さを露呈させている部分を指差してクズなんて言うのって、やっぱりひどすぎる。泣く泣くそうせざるを得ない人も沢山いて、そういう人の気持ちも考えないといけないと思う。
 その先に、到達すべき理想があるはずだし、そんな自分になれれば、もっともっと幸せを他人に還元することだってできるんだから。

 弱いことは悪いことじゃないし、誰もが何かに秀でることができるわけじゃない。
 だとしたら、もっと現実的な、ありふれた幸せを、ちゃんと大事に思えることだって幸せなんじゃないかと私は思う。それがたとえ、強い信頼関係でなくても、本当にわかりあえていなかったのだとしても、現実を直視する中で「これこそが幸せなんだ」って言い聞かせることだって、幸せには違いないと、、思いませんか?
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