スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

慰留工作&返信の理由

2023-12-27 19:09:31 | 哲学
 破門の宣告を受けたスピノザに対して,将来にわたって生活を保証するので悔悛してユダヤ人共同体に残るようにとの慰留工作が行われたという説があります。こうしたことは記録として残っていませんから史実とはいえませんが,その慰留は大いにあり得たと僕には思えます。
 スピノザの破門は,ウリエル・ダ・コスタUriel Da Costaのスキャンダルの記憶がまだアムステルダムAmsterdamの人びとに残っていてもおかしくない時代のことです。この当時のアムステルダムのユダヤ人共同体には,スピノザの父のように,スペインやポルトガルなどから迫害によって逃れてきた人々が少なからず存在していました。そうした人びとにとって,スキャンダルは起きてほしくない出来事だった筈です。なぜならユダヤ人共同体の中でこうした事件がたびたび起こるなら,アムステルダムでユダヤ人を迫害する理由になり得ると想像されたからです。スペインやポルトガルでの迫害は宗教的な意味合いであって,かれらはスキャンダルによって追放されたわけではないとしても,追放の口実をアムステルダムあるいはオランダの当局に与えることはかれらにはマイナスであるのは明らかで,だからそれを避けたいと考えるユダヤ教会の指導者がいたとしても,不自然ではないでしょう。スピノザはダ・コスタのように自殺はしませんでしたが,ナイフで襲われるということはあったのであって,スキャンダラスな事件は現に起こり得る状況だったのです。だから,スピノザにユダヤ人共同体にとどまることを求める慰留工作があったとして,それは十分に合理的に説明することができることなのです。
 仮にそれが史実だったとして,もしもスピノザが慰留を受け入れてユダヤ人共同体に留まれば,何らかの記録が残されている筈で,そうした工作が史実であったかどうかも確定することができたでしょう。しかしスピノザは破門宣告を受け入れてユダヤ人共同体を去ったのですから,仮に事前に慰留工作があったとしても,その記録が残っていないことが著しく不自然であるというようには僕には思えません。なので具体的にどういうものであったのかはともかく,何らかの慰留工作はあったのではないかと僕は推測しています。

 スピノザがステノNicola Stenoに返信を送らなかったのは,おそらくそうしたくなかったからです。ローマカトリックの信者がその立場からいうことに対して何か反論をしても,それが受け入れられる余地はないということをスピノザは理解していたのでしょう。だから,アルベルトAlbert Burghに対してもスピノザは本当は返信を送るつもりはなかったのです。ただスピノザはアルベルトの父であるコンラート・ブルフとは懇意にしていて,世話になったこともありました。アルベルトはコンラートを含むアルベルト家の人びとに対して,カトリックに改宗して以降は多大なる迷惑をかけていたと伝えられています。迷惑を蒙ったアルベルト家の人びとから依頼されたので,アルベルトへの返信となる書簡七十六を,本意ではなかったけれども送ったというのが本当のところでしょう。そのことはこの書簡の内容からも窺うことができます。このためにこちらの書簡は残され,それが遺稿集Opera Posthumaに掲載されることになったので,アルベルトからスピノザに送られた書簡六十七も遺稿集に掲載されたということだと思います。それでもこれらの書簡が掲載されることにより,スピノザとローマカトリックとの関係があまりよくなかったということは,早い段階で知られることになったのです。
                                        
 ステノやアルベルトがスピノザに対して書簡を送ったのは,ローマカトリックの上層部からの指示があったからだといわれています。たぶんこうした指示がなければ,これらの書簡が送られることはなかったでしょう。ステノもアルベルトもスピノザのことを知っていたので,スピノザに書簡を送ることができました。もしもほかにカトリックの信者でスピノザの知り合いがいたら,そうした人からもスピノザに書簡が送られていて,それは現在になっても発見されていないという可能性はあります。ただ,書簡が送られたのはこうした指示があったからなのはたぶん事実で,それがなければアルベルトはスピノザに書簡を送るということは思いつかなかったでしょう。ステノはたぶんスピノザがそうであったように,スピノザに対してカトリックの立場から書簡を送りたいとは思っていなかったのではないかと僕は考えます。
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