スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

アーバンナイトカーニバル&2021年1月の通院

2021-08-10 19:01:17 | 競輪
 8日に川崎競輪場で争われたアーバンナイトカーニバルの決勝。並びは雨谷‐吉沢の栃木茨城,内山-梁田-白戸の南関東,門田-高原の四国で桜井と伊原は単騎。
 門田がスタートを取ってそのまま前受け。3番手に内山,6番手に桜井,7番手に雨谷,最後尾に伊原という隊列で周回。残り3周のバックの出口から雨谷が上昇開始。伊原も続きました。ホームで雨谷が門田を叩くと,伊原が上昇し,雨谷を叩いて先頭に。外から内山が叩きにいって打鐘を迎えると,内から雨谷も進出。打鐘後のコーナーでふたつのラインに挟まれる形になった井原は後退。前に出たのは内山で,雨谷はその番手で外の簗田と競り合い,この後ろに白戸で雨谷マークの吉沢はその後ろに。番手戦にはっきりとした決着がつかぬまま,バックから吉沢が自力で発進。あっさりと捲り切りました。吉沢に続いたのが門田で,直線はこのふたりが後ろを離してのマッチレース。ぎりぎりで残した吉沢が優勝。門田が8分の1車輪差で2着。最終コーナーで門田マークの高原をどかした桜井が4車身差の3着。
 優勝した茨城の吉沢純平選手は昨年末から今年年始にかけての静岡のFⅠ以来の優勝。2017年6月の取手記念以来となるGⅢ3勝目。この開催はオールスター競輪に不出場の選手での開催で,全体のレベルは当初からさほど高くはありませんでした。吉沢は今年に入って大きなけがが2度もあったためにオールスターへの出場が叶わなかった選手なので,脚力は上ですから,優勝候補と考えていました。雨谷の番手戦を選択したことはやや不安で,このメンバーなら自力で走った方が優勝の可能性は高いのではないかと思っていたのですが,結果的に連結が外れたので自力を出す競走となり,脚力通りの結果となったといったところ。門田は自力選手で,無風でマークされた自力選手の差しを凌いだのですから,迫られたとはいえその点は評価に値すると思います。

 1月23日,土曜日。通所施設から郵便物が届きました。2020年度の後期の三者面談に関しても,書面で行うことになったという報知でした。
 1月25日,月曜日。内分泌科の通院でした。
 病院に到着したのは午後2時5分でした。この日は中央検査室が混雑していて,僕の前に6人の患者が採血を待っていました。なので僕は先に採尿をして,さらに採血の順番が来るのを待ちました。この日は使用済みの注射針は持参していませんでしたので,その処理は必要ありませんでした。
 診察が開始になったのは午後3時15分でした。HbA1cは7.7%と,前年の12月よりも上昇していました。これは全体的に血糖値が上昇していたからです。季節的に寒い時期に突入していましたから,血糖値が上昇したのはその影響でしょう。平均気温は2月の方がさらに低くなることが予想されますので,この時点での状態を維持すれば,来月はさらにHbA1cが上昇することが予測されました。なので持続効果型のインスリンであるトレシーバの注射量を,0.01㎎だけ増加させるという措置が採られました。前日までは0.08㎎のトレシーバを注射していましたので,この日の夕食前からは0.09㎎を注射することになりました。
 一方,就寝前の血糖値に関しては,最も安定していましたし,低血糖を発症しているケースもありました。なのでトレシーバを増やすだけにすると,就寝前の血糖値がさらに低下してしまう危険性がありました。よってこれを避けるために,夕食前に注射している超即効型のインスリンであるヒューマログに関しては,逆に0.01㎎減少させるという措置が同時に採られました。こちらは前夜までは0.10㎎を注射していましたので,この日の夜からは0.09㎎になったことになります。
 この日はほかにアルブミンが3.9g/㎗で,下限値の4g/㎗を下回っていました。これは2019年10月に出て以来の異常でした。
 主治医は3月で退職するので,4月からはまた主治医が変更になることが伝えられました。主治医の変更は2年か3年に1度が恒例なので,驚きはありませんでした。
 薬局にはインスリンも針もありました。帰宅したのは午後4時20分でした。
コメント
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