スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

泗水杯争奪戦&簡素化

2020-11-09 19:03:33 | 競輪
 昨晩の四日市記念の決勝。並びは宿口‐平原の埼玉に佐藤,浅井‐坂口‐志智の中部で稲垣,松浦,北津留は単騎。
 佐藤がスタートを取って宿口の前受け。4番手に浅井,7番手に松浦,8番手に北津留,最後尾に稲垣で周回。残り2周となるホームの手前から松浦が上昇。北津留と稲垣が続き,この3人がホームの出口の前で宿口を叩きました。バックに入ると稲垣が動いて松浦の前に。7番手まで引いた宿口が巻き返し,中団の浅井もそれに合わせていって打鐘。宿口ラインが前に出ると,稲垣はどこにも飛びつくことができず,ホームでは浅井が4番手に。バックから浅井が発進。これに平原が合わせて踏み込み,最終コーナーは踏み合いになりましたが,平原が制しました。直線ではこの踏み合いで疲れた平原が内によれるところがあり,番手の佐藤が差して優勝。平原が半車身差で2着でこのラインのワンツー。浅井マークから佐藤にスイッチする形になった坂口が4分の3車身差で3着。
                                        
 優勝した福島の佐藤慎太郎選手は昨年末の競輪グランプリ以来の優勝。記念競輪は2015年5月の宇都宮記念以来となる8勝目。四日市記念は初優勝。このレースは宿口の先行が有力なので,展開的には平原が有利そうでした。浅井が捲ってきたときに,余裕をもって対応することができなかったので,直線では佐藤が逆転したといったところでしょう。佐藤はかつてのように,マークする選手がいなくても自分で何かをやるということはできなくなってきていますから,結果はあくまでもマークした先行選手次第ということになります。しかしその選手がレースで力を出せば,自身は勝てなくてもきわめて堅実な成績を残しています。今年はFⅠには出走していない上に,開催中止の影響で出走回数も減っているのですが,1着の回数は昨年より増えていますから,優勝は少なくても常に軽視はできないということは変わっていません。

 2月14日,金曜日。妹の歯科検診でした。この通院があったために,この週は木曜に迎えに行ったのです。この日はそれまでと違った歯科助手だったのですが,クリーニングには問題がありませんでした。ただ,奥歯には汚れが多いという指摘を受けました。午後4時20分に帰宅しましたが,妹は疲れてしまったようで,ベッドに横になって眠ってしまいました。夕食のオムライスなどは完食しましたが,検温したところ微熱がありましたので,年末年始の休みのときと同じように,カロナールを飲ませてそのまま寝かせました。
 午後8時半に,ピアノの先生からの電話がありました。翌日のピアノの開始時刻の伝達です。妹の状況からもしかしたらできないかもしれないと思いましたが,もしそうなったら翌日にこちらから電話をすることにしました。
 2月15日,土曜日。妹はピアノのレッスンを受けられると言いましたので,前日の予定通りに先生に来てもらいました。午後3時半からでした。妹はとくに具合が悪くなるということはありませんでした。どうやら前夜の発熱は一時的なものであったようです。
 2月17日,月曜日。妹を通所施設に送りました。
 2月21日,金曜日。妹を通所施設に迎えに行きました。
 2月23日,日曜日。午後2時40分に従兄,父のきょうだいの三女の長男から電話がありました。3月1日に,H伯母の四九日の法要が営まれるという報告でした。場所は寒川町内の寺院です。この日は妹が帰宅している日です。僕と妹だけでそこまで行くのは大変ですが,従兄が午前9時に自家用車で迎えに来てくれるということでしたので,僕も妹も出席することにしました。
 2月25日,火曜日。妹を数所施設に送りました。24日の月曜は天皇誕生日の振替休日でしたので,この週の送りは火曜日になりました。
 2月27日,木曜日。午後2時40分にお寺の奥さんから電話がありました。春の彼岸会の日程と,実施方法の報告でした。この時期にはすでに新型コロナウイルスへの対策が必要になっていました。彼岸会は大勢が集まりますので,実施の方法がそれまでよりも簡素化されることになったのです。
コメント
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