スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

長良川鵜飼カップ&利尿剤

2018-09-09 19:08:54 | 競輪
 岐阜記念の決勝。並びは山崎‐大槻の北日本,和田‐山賀の南関東,竹内‐坂口の中部,松浦‐桑原の中国で金子は単騎。
 山賀がスタートを取って和田の前受け。3番手に山崎,5番手に竹内,7番手に松浦,最後尾に金子で周回。残り3周のバックから松浦が金子まで連れて動きました。コーナーで竹内の横に並ぶと,竹内は引き,5番手が松浦,7番手に金子,8番手に竹内という隊列に変化。5番手に入り直した松浦はホームから再び徐々に上昇。そのまま踏んでいき打鐘で和田を叩いて松浦が先頭に。引いた竹内も発進。ホームでは松浦を叩いて竹内のかまし先行に。待っていた松浦は坂口をどかして竹内の番手を奪取することに成功。これを外から和田,さらに外から山崎が捲る展開。山崎の勢いがよかったので,直線の手前で3番手から先に踏んだ桑原が前のふたりを差し切って優勝。捲った山崎が半車輪差で2着。番手を奪った松浦が1車輪差で3着。
 優勝した山口の桑原大志選手は記念競輪初優勝。このレースは竹内が先行する可能性が高く,そうでなければ成行きのような形で山崎が先行することになると推測していました。松浦は近況は好調でしたが,打鐘で前に出て,先行しても構わないというレースをしたのは僕にとっては予想外。最終的には竹内の先行にはなりましたが,松浦を叩くために脚を使わざるを得ませんでした。なおかつ松浦がうまく番手を奪取。これが可能になったのは先行も辞さずというレースをしたからです。この松浦の積極性が,マークした桑原に味方したというレースだったのではないでしょうか。

 多量ではないとしても腹水は溜まっていました。また,足のむくみも肥大化して歩行にも支障を来すようになっていましたから,これについては処置をするということで,利尿剤の処方が決定しました。この時点でまだ母の腕には造影剤を注入するための針が装着したままでしたので,看護師がその針を抜いてこの日の診察はすべて終了しました。12時45分でした。僕たちはそのまま会計の受付に行き,計算の間に院内の食堂で昼食を摂りました。そして支払いをして帰りました。帰宅したのは午後1時45分でした。
 実はこの日は雨が降っていたのですが,午後にはやむ予報になっていました。実際にそうなりましたので,雨がやんでから僕が薬局へ行きました。ただこの日は客が多く,薬を受け取るまでに1時間ほど待たされました。処方された利尿剤は2種類です。ひとつがスピロノラクトンというもので,もうひとつがフロセミドというものです。スピロノラクトンは1回2錠,フロセミドは1回1錠を朝食後に飲むことになっていました。この薬については母は処方された通りに服用しました。これは腹や足のむくみに対する苦痛が大きかったからだと思います。薬自体は効果が高かったのですが,母にとっては飲みにくい薬だったようです。おそらくそれは錠剤であったからで,すでにこの時期の母は,嚥下するということが以前のようにはできなくなっていたのだと推測されます。
 4月20日,金曜日。妹を迎えに行きました。妹は昼食は完食したとのことでしたが,その後で体調の不良を訴えたらしく,医務室で横になっていました。帰るのは問題ありませんでしたが,家に着くとまた気持ちが悪いと言い出し,布団に入って眠ってしまいました。この日は夕食は食べませんでしたので,少し心配になりました。
 4月21日,土曜日。この日は妹は食事を摂ることができました。ただ,体調が万全であるとはいい難く,食べるために起きている時間を除けばほとんどの時間を布団で横になっていました。
 4月22日,日曜日。ピアノのレッスンがあって,妹はそれはこなせましたが,やはり食べているか眠っているかという状態が続いていました。
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