スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

南三条⑨&ワンデュロパッチ

2018-09-15 18:48:26 | 歌・小説
 で示したリフレインは,街並が一新されるほどの時間が経過したにも関わらず,歌い手の心情は男にふられた日,あるいはその男が声を掛けられた女と付き合うようになってから変わることはなかったということを意味しています。変わることがなかったその心情というのは,表面的にはで歌われている,声を掛けてきた女に対する憎しみなのですが,実際にはその憎しみというのはで歌われていた自分自身を許せないという思いの代替の感情です。ですから実際に変化することがなかった歌い手の感情がどのようなものであったのかといえば,自分自身を許せないという思いであったと解釈するのが正しいだろうと僕は思います。したがって,歌い手は男にふられたそのときには,自覚があったかどうかは別としても,自分を許せないという思いを抱いていたのだと僕は解します。
                                     
 この許せないという思いは,男を惚れさせることができなかったという点を理由としています。ということは,男を惚れさせた声を掛けてきた女との対比が隠されているのかもしれません。つまり声を掛けた方の女は男を惚れさせることができたのに対し,自分は惚れさせることができなかったがゆえに,自分のことを許せないという思いが発生したとみることができるのです。これはおそらく,声を掛けてきた女は男を惚れさせる要素を有し,自分にはそれがなかった,いい換えれば声を掛けてきた女には自分が有していないような何かがあったと歌い手はみているということでしょう。そしてたぶんそのゆえに,声を掛けた女は歌い手の代替たり得たのだと僕には思えるのです。つまり自分と似ているがゆえに代替たり得たのではなく,自分とは似ていないがゆえにかえって自分の代替たり得たのだと僕は思うのです。
 で歌われる無邪気さとか,で歌われる屈託のなさが,おそらく歌い手にはなくて声を掛けた女にはある要素です。そのゆえに代替たり得たのだとすれば,もし自分にそうしたものがあれば,男を惚れさせることができたし,ふられることもなかったと女は思い続けていたのでしょう。

 夕食の準備中に母は鎮痛剤を飲みました。これは前に処方されていたカロナールです。
 4月26日,木曜日。前日は薬局に処方箋を届け出ることができませんでしたので,この日の午前中に行きました。処方されていた薬剤は4種類です。
 スピロノラクトンとフロセミドは利尿剤で,これは前の週に処方されていたものと同じです。ただし,前の週は錠剤でしたが,この週は錠剤を粉砕して粉末状にしたものでした。粉末状にされたものはそれぞれ袋に入れられます。ですから実際に受け取るのは粉薬だと理解してください。この粉砕作業と袋詰めの作業は,薬局の薬剤師によるものだったと思われます。
 鎮痛剤の飲み薬としてはオプソ内服液というものが処方されました。これは袋に入った液体,実際にはゼリー状のような半液体の薬品でした。後に一袋に10㎎が入っているものを処方されたことがありますが,このときに処方されていたのは5㎎です。この薬品には副作用がいくつかあるのですが,母はこれを飲むと痒みを感じることが多かったようです。ですから10㎎のものが処方された後も,5㎎の方を好んで飲んでいました。また,この薬品は痛みを感じたときに飲むというもので,利尿剤のように決まった時間に飲まなければならないものではありません。これは前に処方されていたカロナールと同様です。飲んでから1時間以上が経過していたら飲んでもよいというものです。いい換えれば1日に何度でも,といっても1日は24時間ですからもちろん限りはありますが,飲むことが可能な薬でした。
 最後の鎮痛剤は貼付剤のワンデュロパッチというもので,麻薬でした。このときに処方されたのは0.84㎎というもので,母が処方されたものとしては最も小さなものでした。貼り薬というとたとえばトクホンのようなものをイメージされるかもしれませんが,このときに処方されたのはそんなに大きなものではなく,ピップエレキバンのような小さなものです。これは貼ると効果が24時間継続するので,毎日決まった時間に張り替えるという薬です。
 このワンデュロパッチが麻薬であったために,薬局で問題が生じることになりました。
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