スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

南三条⑧&神経障害

2018-09-01 18:59:08 | 歌・小説
 南三条⑦で示したように,歌い手にとって目の前の女,かつて自分がふられた男とその後に付き合うようになった女は,自分の代替たり得たのだと僕には思えます。なぜ代替たり得たのかはよく分からないのですが,「南三条」には三番まで通して共通に歌われる部分があります。この部分は歌い手の心情の吐露にもなっていますので,もしその理由を探求しようとするなら,役に立つのかもしれません。
                                     

     南三条泣きながら走った
     胸の中であの雨はやまない


 南三条は札幌にある通りの名前です。歌い手はかつてその通りを泣きながら走ったのです。泣きながら走ったのは,男にふられたときかもしれませんし,あるいはその男がこのときに目の前にいる女と一緒にいるのを目撃したときかもしれません。で歌われているように,この楽曲は目の前の女が歌い手を見つけて呼び止めることによって始まります。それとの調和でいえば,後者の方がよい解釈になりそうだと思います。
 胸の中でやむことがない雨というのは,何かの比喩であるのと同時に文字通りの雨だと僕は解します。つまり歌い手が泣きながら走った日は,雨が降っていたのです。

     南三条よみがえる夏の日
     あの街並はあとかたもないのに


 女が泣きながら走ったのは夏だったことが分かります。そのことがよみがえった,つまり思い出したのは,目の前に女が現れたからです。
 女はその後,男と別れて別の男に出会い,結婚して子どもを産んでいるのですから,それなりの年月は経っています。だから街並が一新されているのは不思議ではありません。ですがこの部分が重要なのは,街並はあとかたもないけれど雨はやまないという点です。どれだけの時間の経過があったかは明確ではないですが,少なくとも女に声を掛けられ,すべての真実を知るときまで,歌い手の心情は泣きながら走ったときと何も変わってはいなかったのです。

 この日の診察では,前回の診察日の翌週に受診した合併症の検査の報告もありました。
 僕はよっつの検査を受けたのですが,血管超音波の検査については何の異常もありませんでした。血圧脈波の検査も異常はみられませんでした。ただ,血管の硬さは50代の前半に相当するという結果が出ていました。僕の誕生日は1970年12月7日ですから,今年の誕生日で48歳になります。それでみれば僕のいわゆる血管年齢は少し高いということになるでしょう。ただ,主治医は,Ⅰ型糖尿病であるのだから,血管年齢が実年齢より高くなってしまうのは致し方ないという主旨のいい方をして,とくに心配する必要はないとのことでした。一方,僕が帰宅後に母に伝えた検査結果のうち,母にとって最も衝撃的だったのはこの点にあったようです。母はできれば僕には元気で長生きし,妹の面倒をみてもらいたいという希望をもっていましたが,どうもそれは難しいことなのだとこの結果から感じたからです。
 神経伝導および自律神経の検査については,異常の所見が出ていました。報告をそのまま文字にすれば,後脛骨神経の遠位潜時が延長しているというものです。ただしこれはテクニカルな問題の可能性もあるとされていました。これはこのことばでは僕には何のことか分からなかったのですが,検査を施行した右脚に,ごく初期の神経障害が発生している可能性が否定できないという意味だそうです。テクニカルな問題というのは,機器が正確な値を出していない可能性があるという意味かと思われます。
 実をいうと僕はこの検査結果に関しては,思い当たるふしがまったくなかったわけではありません。正座をするとか脚を組むとかしたときに,脚が痺れてしまうという経験はだれでももっているのではないかと思います。僕もそうであったのですが,以前と比べると,右脚が痺れるというケースが左脚が痺れることより多くなっている,他面からいえば,右脚は左脚より痺れやすくなっていると感じていたからです。ですからこれはおそらく計器の問題ではなく,僕にはすでに合併症のひとつである糖尿病性神経障害の初期の段階が発症しているのだと思います。
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