ミドリ色の屋根は永遠に~René Simardに首ったけ~

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1974年7月4日(木)

2008年01月26日 | 1回目の来日
 ルネは1回目の来日の1週間前にフランスのパリに遊びに行っています。その時エッフェル塔の前で撮った写真を使ったルネの記事を紹介いたします。



WORLD YOUNG POPS
人気バクハツ!★世界のヤング・ポップス

おめでとう!
東京音楽祭グランプリ


RENE 
カナダのスーパーちびっ子スター・ルネ 去る6月30日の東京音楽祭でグランプリを獲得した13歳の男の子 覚えてるでしょ? あの時歌った『ミドリ色の屋根』でCBSソニーよりデビューした TVもバンバン登場 応援してネ 



 YouTube映像”Rene Simard - Allo Bou Bou Christmas Special 1979 Part 2”では、この時エッフェル塔前の定番ポーズで撮った、パパとのツー・ショット写真が出てきます。また、日本から帰ってきたルネを抱きしめてキスをするママ、熱狂するカナダのファンやアメリカでの活動の様子を見ることが出来ます。18歳のルネもなかなかハンサムで素敵ですね♪ そして、テーブルの上には第3回東京音楽祭世界大会のグランプリとフランク・シナトラ賞のトロフィー。司会者が、フランク・シナトラ賞の副賞の腕時計をはめていて、ルネを驚かすというドッキリ企画も見物です。
http://www.youtube.com/watch?v=d_OSvYKz368

 こちらもエッフェル塔だと思いますが、服装が違う画像です。

           
           エリーズさんの画像より


 さて今回紹介いたしますのは、1974年7月4日(木)。殺到する取材やTV出演を快く受けて活動するルネの様子がお分かりいただけます。懐かしいTV番組や雑誌も出てきて、当時の様子がうかがえます。


      ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 ルネが1回目に来日した1974年6月26日(水)から7月13日(日)までの19日間のくわしい活動内容が、今は無きケイブンシャ(勁文社)発刊のニュー・ソング・ブック臨時増刊号「スーパーアイドル ルネ」に掲載されました。



◆7月4日(木)
  
 9:00
 ホテル出発。

 9:30
 NHKTV入り。102スタジオにてリハーサル。

12:15
 NHKTV”お昼のプレゼント”に出演。

13:00
 原宿ティファニーにて昼食。

14:00
 中一、二時代誌取材

16:00
 後楽園遊園地にて女性自身誌取材

17:45
 少女フレンド誌取材

 ルネグランプリ受賞以来、取材の申込みが殺到!スケジュールを調整してみても、どうしても、一日に幾つもの取材に応じなければなりません。それにしても、ルネは、大したもので、そんな仕事すべてに喜んで応じます。この日、私は通訳として初めてテレビに出たのですが、その前に、ルネの方から「大丈夫だから、心配しないでね」と言われる始末。
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1974年7月3日(水)

2008年01月26日 | 1回目の来日
 ゲスト様からの情報は大変ありがたいものです。過去ログで書いた記事について、2つの新情報をいただきましたので報告いたします。 

 まず1つ目として、前回の「1974年7月2(火)」で紹介したネイティブ・アメリカン・ジーンズの記事は、サイズから「セブンティーン」のものではないかと書きましたが、ダイアナ・シールズさんからの情報で、「女学生の友」の記事であるらしいことがわかりました。
 その根拠として、『ページの紙質が、ちょっと画用紙のような感じでやや厚め(セブンティーンは週刊誌なのでつるつるで薄い紙)。』であること。そして、ダイアナさんのご指摘では「女学生の友」の記事と同じテイストなのだそうです。本の綴じ方までは判別できませんが、「女学生の友」の記事という確率が高いです。ちなみに「セブンティーン」誌は、ルネの密着取材記事を掲載している雑誌なのに、ルネ・シマールのスペルを「RENE CIMAR」と書き間違うなんて変だと思っていましたから、何となく納得できました。
 この記事の掲載誌について、私が断言できない理由の1つは、実は私が「女学生の友」誌を1度も見たことがないということがあげられます。また、私が現在所有している資料の内、切抜き記事の半分以上は同級生からいただいたものなので、何の雑誌に掲載されていたのか分からないものもあります。私が画像としてアップした記事の掲載誌が何か、お分かりの方がいらっしゃいましたら、是非情報をお寄せください。よろしくお願いいたします。

 そして2つ目は、乙姫様からの仏語版「傷だらけのローラ」についての情報です。いただいたコメントをそのまま紹介いたします。
『ルネがインタビューで秀樹の全身で熱唱する姿に感銘を受けたと言っていた時の事を覚えています。それ以降[君のすべてがほしい」などを歌う時ルネも秀樹のように全身で熱唱するようになりましたよ。』
『確かに秀樹は「傷だらけのローラ]を仏語で歌っていました。カナダとフランスで発売したとテレビ番組で言っていました。私はたまたま歌番組でファンからリクエストされて仏語の「傷だらけのローラ]を歌う秀樹を見ました。仏語のわからない私がビデオもないあの頃、一度しか聞いていない仏語の「傷だらけのローラ]を今も思い出せるくらい印象的でした。(ローラのフレーズを日本語とちがう場所で言っていてそれだけがわかったわけなんですけど)』
  
 どこかに仏語版「傷だらけのローラ」の音源があったら、是非聴いてみたいですね♪

 ダイアナ・シールズ様、乙姫様、貴重な情報をありがとうございました! これで疑問に思っていたことが分かりました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!!



 それでは本題の1974年7月3(水)について紹介いたします。
 
      ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 ルネが1回目に来日した1974年6月26日(水)から7月13日(日)までの19日間のくわしい活動内容が、今は無きケイブンシャ(勁文社)発刊のニュー・ソング・ブック臨時増刊号「スーパーアイドル ルネ」に掲載されました。



◆7月3日(水)

12:00
 小学6年生誌取材。

12:45
 スポーツ・ニッポン誌取材。

14:30
 ホテル出発。

15:00
 TBS”3時に会いましょう”に出演。

16:30
 銀座テレサG入り。

17:00
 ”ギンザNOW”に出演

17:50
 テレサにてユウユウ誌取材。

 日本には、英語が話せたり、理解したりする人はたくさんいます。でも、フランス語となると、とっても少ないのです。
 TBSのスタジオで、フランス通の伊丹十三さんと会った時には、まるで友だちのように楽しげに話しあっていました。



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 話は変わりますが、実はこの記事で201記事目になります。(ルネとカナダの話題だけで201記事は多いの?少ないの?)

 私は今年、当ブログで、ルネの誕生日である2月28日までに22800アクセス達成することを目標にしてきましたが、思うより早く目標達成できそうです。そして、228記事を6月10日の3周年目までに完成させ、teacupの書籍化できるシステムを利用して、私だけのルネ本を作るのが今年前半の大きな目標です♪
 もし22800アクセスを踏んだ方がいらっしゃいましたら、是非掲示板の方にご連絡ください。

 そして、この2つの目標が達成できたら、後はまったりとブログ記事を楽しんで書いていきたいと思っています。これらの目標達成のために、かなりの時間をブログ記事作成に費やし、家事の時間を減らしていましたし、週末2記事アップのノルマを果たすには、年齢的にも体力的にも、仕事との両立がかなりの負担になっていた時期もありましたからね。

 訳も分からず記事を書いてきた1年目。画像をアップし、目標達成のためにがむしゃらに突き進んできた2年目。228記事達成以降、3年目はゆとりをもって「継続は力なり」でいきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
コメント (4)
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