ミドリ色の屋根は永遠に~René Simardに首ったけ~

ルネ・ファンのルネ・ファンによるルネ・ファンのためのルネ・ブログ シマ姉のルネ・データ・バンク

ルネ記念日2014

2014年06月30日 | ルネの活動記録
今日は、ルネがグランプリを
    受賞した日だから『ルネ記念日


 今から39年前の1974年6月30日(日)、東京の帝国劇場で第3回東京音楽祭世界大会最終決勝大会が開催されました。

 今日は、ルネが第3回東京音楽祭世界大会でグランプリとフランク・シナトラ賞を受賞した日です。そして今年はルネの初来日から40年という記念すべき年でもあります。日本のルネ・ファンにとって、ルネが日本でのデビューを飾り、日本においてルネ・ブームを巻き起こすこととなった大切な日であり、忘れることのできない年なのです。

 当ブログで、この日を「ルネ記念日」として早7年! ブログ開設2年目の2007年からずっと、この日はこの始まり方で記事を書いてきました(笑)。そして今年は、1975年とカレンダーの並びが同じ年!! 毎週末1記事としてきたのとは多少ずれても、できるだけ同じ日に記事をアップしたいと思います。 
 また、過去ログで紹介してきた内容も振り返ってみたいと思います。


       ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 第3回東京音楽祭世界大会については、過去ログで、雑誌掲載記事やYouTube映像だけでなく、ちらしやトロフィーの画像等を紹介してきました。その中で、私が特に気に入っているのは、13歳の少年ルネの、ステージで見せるスーパーアイドルとしてではない「素」というべき表情を捉えた1枚の写真です。
 下の写真は、ルネのデビュー25周年記念誌に掲載されていたものです。


 これは6月27日(木)に、東京プリンスホテルのプロビデンスホールで17時から行われた記者会見の時の写真です。お隣に座っているマリー・トラバースと歓談している様子のようですが、下の「スーパー・アイドル ルネ」に掲載された写真よりも、幼くて無防備なルネの一瞬の表情がよくとらえられていると思います。この後は19時からプロビデンスホールにて東京音楽祭レセプションがありました。

▲「スーパー・アイドル ルネ」より『完全スケジュール同行記』6月29日(土)

      記者会見とレセプションの時のコスチューム

 6月29日(土)は8時15分にホテルを出発し、9時から日比谷の帝国劇場にて音楽祭最終予選リハーサル。この間に衣装合せも。13時に第3回東京音楽祭最終予選。もちろん予選を通過。

            最終予選で歌うルネ
    コスチュームはスカイブルーの上下を着ています


      <6月30日(日)当日>

 8:45 ホテル出発
 9:30 東京音楽祭最終決勝大会の進行説明会
10:00 リハーサル
12:40 東京会館にて昼食会
15:00 カメラ・リハーサル
19:00 第3回東京音楽祭
20:45 グランプリ発表 受賞ルネ・シマール
20:49 シナトラ賞受賞
22:00 東京プリンスホテル、プロビデンスホールにて
      東京音楽祭サヨナラ・パーティー
23:00 ”サウンド・イン・S”に出演


 大会側の通訳嬢に国際電話をつないでもらって、カナダのママに大賞とフランク・シナトラ賞を受賞した報告をするルネや、「サウンド・イン・S」に出演するルネは、ルネの日本での活躍を記録した映画「Rene Simard au Japon」に収録されています。
 また、その時の司会を務めていた土居まさる氏が報知新聞に載せたコメントがルネのファースト・コンサートのプログラムに紹介されていました。過去ログで記事にしていますが、改めて紹介いたします。第3回東京音楽祭世界大会での様子がよく分かって興味深い内容です。
 また、過去ログの記事をリンクしておきますので、トロフィーやちらしの画像もご覧ください。

<報知新聞より 土井まさる氏の記事>

 音楽は世界を結ぶ共通の言語であるーーー実にうまいことをいったものである。今年の東京音楽祭も27か国301曲の参加曲があり、以前にも増して華やかな、そして友好的なフェスティバルであった。フランク・シナトラ、シャーリー・バッシーをはじめ、多彩な顔ぶれに接することができた。各賞決定の後フェアウェル・パーティーが盛大に催され、戦いの疲れをいやした。勝利を得た者、そうでなかった者すべてが同じ笑顔であった。
 戦前の予想はグランプリにザ・スリーディグリーズという女性3人の黒人グループ、フレダ・ペインも実力十分、PPM解散後ソロ・シンガーとしてエントリーしたマリー・トラヴァースあたりが本命であった。
 世界大会セミファイナルのリハーサルではじめて、ルネ・シマールという若冠13歳の坊やの歌を聴いて私はもちろん、居合わせたスタッフ連中はふっ飛んだ。一介のカワイコちゃん、ジャリタレではなかった。ウマイ! 実にウマイ。私は本番前の音合わせやリハーサルで歌を聴いて涙が出てきたのはこのときがはじめてだった。
 このあたりから、選ばれた12組の歌手たちも「これはモシヤ!」という思いがしてきた。それほどすばらしい曲であり、歌唱力を見せつけられたのだ。ザ・スリーディグリーズかルネ・シマールか、評価は真っ二つに割れた。これはもちろん審査員の評価でなく、出場する歌手やそれにかかわるスタッフの間でのことである。
 ということは、このルネ・シマールという少年、なみの実力ではない。銅賞3人、銀賞布施明、ザ・ピーナッツの2組、金賞ザ・スリーディグリーズが発表された。いよいよグランプリである。私はチラッとルネの顔を見た。沈んでいる。きっと、この3賞のいずれかを欲しかったのだろう。明らかに落胆の様子がうかがえた。
 アナウンス!「ルネ!」私はルネに駆け寄り、抱きあげた。彼にとっては思いもかけないグランプリだった。どのくらい落ちたのだろう、あの大粒の涙!
 会場もまた惜しみない祝福の拍手をおくる。目がしらが熱くなるのを覚えた。美しい光景だった。彼のグランプリ受賞によって音楽とは一体何であるのかがすべて表現された。
 大賞を逸したザ・スリーディグリーズもマリー・トラヴァースも、そして五木ひろしも自分のことのように喜んでいる姿は、とかく陰湿になりがちな受賞風景を、さらに明るくハッピーなものにしている。
 だれもが期待する、だれもが祝福できるルネの歌に接する機会を得た私は、はてしない豊かな気分にひたっていた。


           
※過去ログ「1974年6月27日(木)」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/215.html
※過去ログ「1974年6月30日(日)」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/218.html
※過去ログ「第3回東京音楽祭世界大会のちらし」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/359.html
※過去ログ「Rene Simard au Japon」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/312.html
※YouTube映像"Rene Simard - Million Dollar Baby Part 2"http://youtu.be/V_VVZqGeGtw
※過去ログ「ルネ記念日2012」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/527.html

 実は、映画「Rene Simard au Japon」の1部をYouTubeで限定公開しています。ルネの来日40周年を記念して当ブログで紹介しようか考えたのですが、別の方の「明石家多国籍軍」が削除されたことがあるため、やはり限定公開のままで置くことにしました。もしもご覧になりたい方がいらっしゃいましたら、「ルネ・シマール日記」内の「シマ姉BOX」にメッセージを入れて下さい。メールアドレスをお知らせ下った方のみご覧いただけるようにしたいと思います。

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ルネ来日40周年

2014年06月26日 | 1回目の来日
 1974年6月26日(水)は、ルネが初来日した日でした。

 そして、今年はルネ来日40周年!! 1974年とは1日、曜日がずれるものの、ルネの来日当時の翌1975年とカレンダーの並びが同じ2014年に、1ファンとしてブログ開設9年目を迎えられたことを次への力に変えて、「継続は力なり」を信じて頑張っていきたいと思います。

 さて、40年前の今日、初めて日本の地を踏んだルネは、どんな気持ちだったのでしょう。


▲「スーパーアイドル ルネ」より『完全スケジュール同行記』6月26日

 初めての国、そして初めての外国での活動。ルネを第3回東京音楽祭世界大会に参加させたのは、日本でデビューさせるための話題作りとして設定されていたようです。ルネとしても、この時は、「どの賞でもいいから獲得してカナダに持ち帰りたい。」という気持ちで音楽祭に臨んでいたようでした。

 ALFAレコード(当時はアルファ・アンド・アソシエイツ)とCBSソニーの協賛による、日本のルネのデビュー曲「ミドリ色の屋根」は、来日の5日前、6月21日(金)に発売されました。それに先駆けて「週刊セブンティーン」では、ルネの来日に合わせて紹介記事を掲載していました。そのこともあり、誌面でルネやファン・クラブ情報を知った女の子たちが、ファン・クラブ「メープル・メイツ」に入会しており、羽田空港には音楽祭関係者によるルネを出迎えるボードが立ち並んでいました。
 ケベックではスーパー・アイドルでも、この時はまだ世界的に全くの無名だったカナダの少年歌手ルネは、初めての国際的な音楽祭への出場や外国での活動に、少なからず不安を抱いていたと思います。ですからルネは、きっとこの日本の歓迎ぶりに感激し、嬉しく思ったに違いありません。

 ルネ一行は18時50分に日本航空005便にて来日しました。メンバーはルネと父ジャン・ロック・シマール氏、ギー・クルティエ氏(マネージャー)、ルネ・アンジェリル氏(プロデューサー)、クローディーヌ・バチョーさん(秘書)、クリスチャン・ルフォール氏(音楽出版社社長)の6名でした。
 ルネ以外のメンバーについては過去ログでお読みください。

※過去ログ「1回目の来日の同行メンバー」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/354.html
※過去ログ「1974年6月26日(水)」参照  
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/214.html

 税関から出た所で関係者及びファンに囲まれ、東京音楽祭事務局が用意したバスで宿舎、東京プリンスホテルへ向かい、958号室にて日本側関係者とミーティング。長旅で疲れていたにもかかわらず、ルネはよそよそしいと感じるほど慇懃に、誰にでもていねいに挨拶をしていたと「スーパーアイドル ルネ」の『完全スケジュール同行記』で道上雄峰氏が語っていました。
 こういうルネを知ることで、ルネが世界での活動を視野に、世界に通用するスターとして、また、1人の少年としてしっかりしつけられていたことがわかります。素顔はいたずらっ子な13歳の男の子でも、ファンや芸能関係者、取材の記者等に対して、小さな紳士に徹していたルネ。誰に対しても笑顔を忘れないルネの原点がここにもありました。


 昨年に続き、今年の9月14日に行われる"第29回ジェムー賞29es prix Gémeaux"でも、ルネが司会を務めることになっています。忙しいルネが来日することは到底無理でしょうけれど、1974年当時からの日本のファンが、今も熱く応援していることを、ルネはカナダのGiseleさんたちから聞いて知っています。ルネ友のみなさま、これからも頑張りましょうね!!


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       cloverシマ姉のグリーンライフclover

 久々にグリーンライフの近況です。


 昨年地植えにして大豊作だった職場のパッションフルーツですが、植え替えが遅れて大きな方の株は霜にやられてしまいました(泣)。1人でも選定と植え替えができた小さい方の株は無事冬を越し、現在実が1つなっています。後から咲いた花は小さかったせいもあり、受粉がうまくいきませんでした。でも第3弾の蕾がふくらんできているので収穫が楽しみです。暑い国の植物ですから、これから本格的な夏を迎えればグングン伸びることでしょう。今年は植え替えが楽なように、行燈作りのままで花壇に置き、伸びすぎたらそのままグリーンカーテンのネットにツルをはわせる計画です。

 花壇では、チューリップと水仙の球根を回収し、マリーゴールドを植えました。ビオラとノースポールもそろそろ終わり。昨年植えたブルーサルビアは冬越しして花盛り。昨年の晩秋に掘り起こした百合の球根は春シワシワで、不安を抱えて植えたのですが、現在は昨年より立派に育って花が咲く夏が楽しみです。昨年こぼれた実から育ったプチトマトは実がなって、こちらも収穫が楽しみ♪ そして不思議なのは、一昨年植えた花が昨年は1つも芽が出なかったのに、種がどうなっていたのか今年は花ざかりだったりします。先週梅を収穫して作った梅シロップの大瓶4つは、一度梅を凍らせて作るので、既にエキスが出て、後は氷砂糖が溶けきるのを待つばかりです。今年は毛虫にやられて皮膚科に通うハプニングがありましたが、例年よりいい梅シロップができそうです。

 室内の鉢植えたちも元気で、オリヅルランのジャングル化が進行★ これ以上増やせないため、株分けも地植えも、ましてやランナーの植え替えなんて恐ろしくってできません。

 そして、異動の時にいただいた寄せ植えはというと…。

 虫嫌いの方はスルーしてくださいね~。

 

 一昨年はアマガエルが冬越ししていましたが、昨年は室内に取り込んだ時にカマキリが住み着いていて、卵を産んでしまったということは過去ログに書きました。その卵が今年の3月下旬に孵り、チビカマキリが窓辺の鉢植えの中で、葉に付いたアブラムシを食べて成長! 多い時で13匹を確認しました。そのカマキリたちも窓の外の花壇に巣立って(?)いきました。これで一安心と思っていたら、1番大きい子が鉢植えの主のように残っていて、指にのせて、ガラス窓に止まっている虫に近づけると、指に止まったまま虫を捕まえたりして…。虫嫌いの人からすれば、信じられない行動でしょう? でもこうなると情が移るもので、餌の虫を捕まえてきて与えたりしています(爆)。週末の内に目に見えて育っていて驚かされていますが、そろそろ自立してもらおうと思う今日この頃…。

 また、息子が昨年の夏休みの理科研究から飼っているジグモも元気に冬越ししてしまい…。観察は継続中です★ 
 グリーンライフから話題がそれていますが、シマ姉家の愛猫アスカはというと、先週無事に予防接種も済み、ますます元気で、先日はとうとうシマヘビのお土産持参で帰ってきました★ 最初にそれを見つけたのは息子。「お母さん来て! 大変大変!!」 「蛇は嫌いなんだ。任せた!」と主人★ 「ええ~、私は生きてるの専門なのに~!」と私(笑)。食べようとしているのか、じゃれているのか、ヘビをあまがみしているアスカから、火バサミでヘビを取り上げて処分しましたわよ。これからバッタやトカゲのお土産が増える時期★ それを考えると頭の痛いシマ姉です。

 あっ、シマ姉家のグリーン・カーテンですが、今年はツル性の花のみにしました。キュウリは朝採りが甘くて美味しいけれど、高い所になると採るのが遅れたり、無農薬で育てたいのにコナジラミやうどん粉病が発生したりするので諦めました。種から育てた苗を移植し、本格的な夏に備えて栽培中。


 ルネの来日40周年の記事なのに、こんな話題で締めくくって失礼しました! 次回は6月30日、当ブログの「ルネ記念日」です。

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「ミドリ色の屋根」発売40周年

2014年06月21日 | ルネ・シマール
 今から40年前の1974年6月21日(金)、ルネの日本のデビュー曲「ミドリ色の屋根」のシングル・レコードが発売されました。


 こちらが1974年6月21日に発売された初回プレス盤。ルネが6月30日の第3回東京音楽祭世界大会でグランプリを受賞するやいなや、翌日に3万枚全部が売り切れました。

 周知のとおり、「ミドリ色の屋根」はグランプリ受賞後に注文が殺到し生産が追いつかず、ALFAレコード(当時はアルファ・アンド・アソシエイツ)ではファンの女の子からの問い合わせ電話で大困難…と、日本中がルネ・シマールの天使の声に魅了され熱狂したのでした。

 話は変わりますが、このレコードジャケットが、ルネのセミ・ドキュメンタリー映画「Un Enfant Comme Les Autres-普通の子供-(日本公開時「ルネ・オン・メロディ」)」の主題歌レコードのジャケットと同じ撮影で撮った写真を使っているだけでなく、実は”Le Monde De Walt Disney(ウォルト・ディズニーの世界)”のジャケットの反転写真だということをご存知ですか? 過去ログでお読みになられた方はご存知のとおり、レコード店に飾られたポスターも同様に反転写真だったので驚きです。それについては過去ログでお読みください。

※過去ログ「”ミドリ色の屋根”のレコード・ジャケット」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/365.html


 そして、ルネのグランプリ受賞直後に発売された芸能誌のほとんどが、9月号に1ページのグラビア記事を掲載しました。「月刊平凡」の夏の臨時増刊9月号では、ルネのインタビュー記事と「ミドリ色の屋根」の歌詞を掲載しました。
 今回は歌詞を紹介いたします。記事の方は7月に入ってから改めて紹介する予定です。

▲「平凡 夏の臨時増刊 9月号」掲載

 歌詞が「泣かないで そこで暮らそ」になっているのが、ちょっと笑えますね。

 今年は、1975年とカレンダーの並びが同じ年であり、ルネ来日40周年の年です!! 毎週末1記事としてきたのとは多少ずれても、できるだけ同じ日に記事をアップし、ルネの日本での活動を振り返ってみたいと思います。 
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父の日に寄せて

2014年06月15日 | ルネ・シマール
 今日は父の日です。

 今から40年前の1974年にパパと一緒に来日した13歳のルネも、現在は53歳。息子オリヴィエと娘ロザリーの良きパパであり、妻マリー=ジョゼとはケベック屈指のオシドリ夫婦と評される良き夫。家族思いで家族との時間を大切にしているルネは、今日はどう過ごしているのでしょう。成人(カナダでは18歳)して独立している2人の子供たちと一緒でしょうか。

 今回はそんなルネの家族写真と、パパ、ジャン=ロック氏と一緒の写真を紹介いたします。

 1枚目はちょっと前の家族4人の写真で、「幸せな家族の肖像」と銘打たれています。本当に幸せそう♡
 息子オリヴィエは若き日のルネによく似ていてますが、現在のオリヴィエはどちらかというと、母方の祖父似かしら。髪を短くし、同じ年の頃のルネよりもガッチリしています。
 娘ロザリーはダンスが得意で、母マリー=ジョゼと一緒にダンスのコンテスト番組に出場もしました。素敵な恋人もいて、facebookでラブラブな(表現が古いですか?)を公開していたりしますよ(以前紹介した男性とは別だったりする)。

    ▲マリージョゼ、ルネ、ロザリーとオリヴィエ
       「幸せな家族の肖像」



 そして2枚目はルネ・パパの本"AU-DEJA DU SILENCE"に掲載された1枚。
 ルネはデビューしてからは、バカンスで大好きなアミューズメント・パークに行っていました。1回目の来日時にドリームランドに行ったり、2回目の来日の帰りにアメリカでカリフォルニアのディズニーランドに行っていたり…。
 この写真もパパと兄レジスと一緒にアミューズメント・パークで撮った写真のようです。どこのアミューズメント・パークなのでしょう。この背景の建物の壁によく似たものが、ディズニーランドの画像集の中にありましたが、確信は持てませんでした。
 昨日にはタイムリーにも「世界ふしぎ発見」でカリフォルニア・ディズニー・リゾートについて取り上げていました。ルネも行った所なので必死で見ていましたが、この写真の場所の有力な手がかりになるような映像はありませんでした。
 この写真の場所について、ご存知の方がいらっしゃいましたら、情報をお寄せください。

▲ルネのパパ、ジャン=ロック・シマール氏の"AU-DEJA DU SILENCE"より

 3枚目の写真は、ルネのオルレアン島での生活について報じた新聞記事からです。
 友だちと草野球をしているルネ。バッターボックスでかまえているルネの後方向かって左に、兄レジスと、ルネに何かを指示している様子の父ジャン=ロック・シマール氏が見て取れます。右に写っているギャラリーは年上っぽい女の子ばっかり。ルネ・ファンの女の子たちかしら?

和訳:家族のアルバムの中に大多数の親が持っているような写真 ルネは兄と父と友だちと野球をしています


 少年時代のルネは、デビュー前、母ガブリエルの入院で兄弟がバラバラに預けられたり、父の喘息による闘病生活で生活保護を受けるような経済的に困窮した生活を送ったり、デビュー後はツアーや外国での活動で、長期間家族と離れて生活しなければならなかったり、両親が別居後離婚したり…と、大変苦労をしました。だからルネは家族との時間をとても大切にしています。

 今回紹介した3枚の写真は、そんなルネの「幸せな家族との時間」を写したものです。ルネの家族と過ごす穏やかな時間や幸せがいつまでも続くことを、切に願っています。


pencilset追記pencilset

 先程気づきました。
 昨日のアクセス数が154(アクセス解析では252)! マイナーな当ブログで100越えは、ルネ関係で何か動きがあった時と決まっています。検索ワードの一番は「ルネ・シマール」で、アクセスが集中した時間は19時から20時の間でした。

 現在、日本時間で金曜日からサッカー・ワールドカップが開幕して、本日10時から日本対コートジボワールとの試合がありますが、関係ないし…。父の日で食事に出かける時間のため、サッカー指導者だった主人は録画予約して出かけますが…。人気のレストランを予約した段階で分かっていなかったため、試合途中でのお出かけ★ リアルタイムでの結果は携帯で確認?!

 シマ姉家事情はどうでもいいとして(笑)、ルネ関係で何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡下さい。よろしくお願いいたします!!
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ブログ開設9周年目突入!!」

2014年06月10日 | ルネのCD
今日で当ブログは9周年目を迎えます!!

 この日は「GOLDEN☆BEST limitedルネ・シマール」の初回プレス盤の発売日でもありました。


 私にとって、この記念すべき日が2つ重なっている6月10日は、これからもずっと特別な日であり続けることでしょう。

 今年は、ルネが第3回東京音楽祭世界大会でグランプリとフランク・シナトラ賞を獲得したことで起こったルネ・ブームを受け、3回目と4回目の来日があった、日本のルネ・ファンにとって記念すべき1975年とカレンダーの並びが同じ年!! そしてルネの来日40周年を迎える大切な年に、ブログを続けていられる幸せをかみ締めています。「時の記念日」でもあるこの日に、ルネファンとして、ずっと記事を書き続けていけるように頑張りたいと、初心に返るシマ姉です。


 そして今回は、何で今更と思われる方もいらっしゃることでしょうが、この「GOLDEN☆BEST limitedルネ・シマール」について取り上げたいと思います。

 実は当ブログでは、このCDのリクエスト情報をずっと報告し続けてきました。しかし、発売された2012年6月10日にも、アンコールプレスの1回目の発送日に当たる2013年5月30日にも、画像を大きく取り上げた記事を書きませんでした。それは何故かというと、気づかずに購入できなかった方から「購入を逃してしまった。」「もっと早く気づいていれば良かった。」というコメントをいただいていたため、私は諸手を挙げて喜べなかったからです。

 また、発売の2日後の6月12日にはYahoo!オークションにこのCDが2点出品されており、4,200円の商品が6,500円スタートというのに驚いていたら、片方は落札価格が28,000円という超高値に★ ルネ友のダイアナさん情報では、他のソニー・ミュージック・ファクトリー商品でも同様の現象が起きているようです。入札期間が1日しかない商品を察知する方たちが、何故それ以前に検索して商品情報を得ていないのか、毎回不思議に思うとのこと。ダイアナさんへの返信コメントにも書きましたが、当ブログがもっとメジャーだったら、こんな高値で落札せずに定価で購入できた人も多かっただろう…と。ダイアナさんからは、当ブログで知って購入できたファンもたくさんいるのだから気にしないでと言っていただきましたが、ルネのCDを純粋にずっと待ち望んでいたファンがたくさんいる反面、そのファン心理を逆手にとって商売に利用されていることも耐え難いことでした。

 過去ログでも紹介したのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、このCDの発売が決定した時、画像や情報を提供いただいているカナダのルネ・ファンの方たちにプレゼントすべく、多めに予約していました。Giseleさんたちにお願いしてルネご本人にも、ルネが京都の休日で気に入ったという五色豆と一緒に手渡していただきました。
 そのこともあってか、アンコールプレスの情報を知って、facebookの方に連絡をしてきた海外のファンの方もいて…。Sony Music Shopは海外への発送はしていません。完全予約販売の為、店頭にも並ばないので、「取引のある日本の店でも扱っていない。あなたにしか頼めない。」と頼られて、予備に取ってあった初回プレス盤やアンコールプレス盤に加え、理由を知って提供して下さった方から分けていただいた分をカナダとフランスのルネ・ファンの方に回したりもしました。熱心なファンの方にルネの曲を提供するのは、私のファン活動の一環と考えていたので、熱意に負けて送って差し上げました。でも、もうこれ以上提供する分はないため、今後連絡をいただいてもどうしようもありません。そのためfacebookにCDに関するメッセージが入るのではと、ブログに画像を大きくアップして記事を書く事を避け、不安な日々を過ごしていました。
 もちろん、このCDのことを書かなくても、2012年はルネのミュージカル「雨に唄えば」の話題で盛り上がり、昨年2013年はカレンダーの並びが1974年と同じということで、年友さんやcherienomamaさんから提供いただいた資料や私のコレクションを使っての特集記事で予定がいっぱいだったこともあって、そのまま大きく取り上げずに来てしまったのですが…。

 …という訳で、CDの画像をアップしたいと思います。

▲CDジャケットの裏面 収録曲はこちらでご覧いただくか、過去ログでご覧ください。

※過去ログ「GOLDEN☆BEST limited ルネ・シマール」参照
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/468.html

▲小冊子の写真 左がスプリングコンサート、右がファースト・コンサートで歌うルネ

▲CDケースの内側とCD


 実は、このブログの開設予定日は、最初、息子の誕生日を目標にしていました。ブログのマニュアル本も購入し、当時ルネ関係で行き来していたブログの方にも情報をいただきながら準備を進めていました。しかし、いろいろとナーバスになることがあったり、慣れない設定で時間がかかったりで、自分の誕生日を過ぎ、結婚記念日も過ぎてしまい、結局、最初の記事をアップしたのは6月10日になってしまった…という感じです。

 また、最初から「無いのなら 作ってしまえ ルネ・ブログ」という意気込みで開設した訳ではなく、自己紹介にあるような内容も書く計画で始めました。ブログ開設のきっかけは、ネットサーフィンをしてルネの記事を書いているブログに行って、いちいち同じ情報を入れて来るよりは、自分の持っている資料を使い、ブログに詳しく書いておいて、その記事を読んでいただいた方が早いと考えたからでした。でも、以前コメントを入れたブログに行ったら、私は招かれざる客だったようなコメントが書かれていて…。それを読んでしまって以来、書き込みは自粛するようになりました。その頃には、「ルネ・シマール」や「Rene Simard」で検索すれば、1ページ目に出てくるまでになっていたし、ルネ友さんもたくさん出来ていたので、「記事を書いて待つ」にしていきました。また、最初は様子を見ていた画像アップも、文章だけでは限界があるため、徐々にルネ画像を入れるようになりました。それにより、日本のルネ記事が見られるということから、カナダのファンの方にもブログに来ていただけるようになりました。

 ブログ開設から丸8年。休止することなく、「継続は力なり」を信じて毎週末に1記事ペースを守り抜いて来れました。どんどんマニアックになっているかもしれませんね。でも、マニュアル本にあった、「人のやらないことを極めれば、○○ブログの人に成れる」を実践している自分がいます。これからもライフ・ワークとして、開設10年を目指してルネ・ファン・ブログを続けていきますので、ルネ友の皆さま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!! 
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