ミドリ色の屋根は永遠に~René Simardに首ったけ~

ルネ・ファンのルネ・ファンによるルネ・ファンのためのルネ・ブログ シマ姉のルネ・データ・バンク

Bonne Fete René 2022

2022年02月28日 | ルネ・シマール


Cher René,

Joyeux anniversaire de
naissance à vous !


Avec tous mes voeux pour une 61e
année heureuse et enrichissante.
Nous vous souhaitons bonne chance
pour la suite de votre carriere.


親愛なるルネ

お誕生日おめでとうございます!
あなたの61年目の人生が、幸せにして
実り豊かなものでありますように。
あなたの今後のご活躍をお祈り申しあげます。


Beaucoup de japonais sont un grand fan de vous et nous espérons vous revoir depuis longtemps! Nous aimerions que vous veniez au Japon.
Et nous souhaitons que vous fassiez un grand succès de votre 53e album et du 51e anniversaire de vos débuts.
Nous vous souhaitons une merveilleuse journée en famille!

            Toujours l'amour,
             shimazaki rune xoxox



        ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 去る2月26日(日)午後8時(米国東部時間)にUnis TVの”Tournée Générale”という番組にルネが出演しましたsymbol1 木曜日の午後8時30分と金曜日の午後11時に再放送されます。


 現在ルネが取り組んでいるプロジェクトに加え、彼の最も好きな思い出について話したそうです。下のウェブサイトで見られるようになると良いですね♪



※Tournée Générale
https://www.tv5unis.ca/tournee-generale/saisons/4?fbclid=IwAR0ylqb97iZI3MbNSarWEpKiVXATrQ_294nPcEj8EtChN_TfV1lQa-w3wqg

 こちらのインタビューでは、ルネがシャンタルさんのMusée Simardを訪問した時に見た、私が彼女に送った日本のアルバムについて話しています。ルネもあれらのアルバムを見たのは初めてだったそうです。
※LACLIQC - WEBTV - Rene Simard 2022
https://www.facebook.com/lacliqc/videos/475714374104495


 そして今日はルネの61歳の誕生日なので、私の宝物に加わったルネ・コレクションを大公開!! 1月6日に届いた『自分にご褒美』であり、最高の『お年玉』(永遠の14歳だから 笑)symbol1


 Condorのセットの記念誌BIOGRAGHIEについては、現在翻訳して紹介しております、デビュー50周年記念誌の記事が完了しましたら、続けて紹介していく予定ですsymbol1

コメント (3)
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ルネのデビュー50周年記念誌22

2022年02月26日 | ルネの活動記録

 ルネの誕生日まであと2日!!


 ルネ友のみなさまは、誕生日のメッセージの準備は済みましたか?

 今年はちょっといつもの年とは違います! ルネの公式ページのメッセージを送信」に投稿すれば、ルネが見てくれた時に既読が付きますsymbol1 お返事はいただけなくても、既読が付いただけで、個人的に送ったメッセージをルネが確実に見てくれたことが分かって、ファン冥利に尽きますsymbol1

 「投稿の作成」で投稿すると「ビジター投稿」となり、投稿の方法が指定できます。「公開」、「友だち」、「一部の友だち」、「一部を除く友だち」、「知り合い」、「カスタム」、「自分のみ」です。

 出遅れてしまった時は、ルネの家族や自分の友だちが投稿したメッセージにコメントを書き込む方法もありますよ。  
 
 たくさんのファンの方たちが投稿しますので、画像も添付すると目に止めていただける確率も高くなると思います♪ 何事もチャレンジです!!

※過去ログ「ルネに誕生日のメッセージを送りましょう♪2022」参照
https://green.ap.teacup.com/rene_simard/1172.html

 ルネの誕生日には「ミドリ色の屋根」を歌詞付きYouTube映像でルネと一緒に歌ってくださいねsymbol1



 ついでにこちらもご紹介♪ もちろんルネか一番ですけれど、聴き比べて楽しんで♬♪♫

※空気録音 麻丘めぐみさん ミドリ色の屋根
https://www.youtube.com/watch?v=muc3wDZ9_Xo&list=FLX12E-efRQ7oPC3A-ki4poA&index=3
※ミドリ色の屋根/豊川誕(1975)
https://www.youtube.com/watch?v=UVLN2zMqmG0&list=WL&index=8
※「ミドリ色の屋根」金井淳子
https://www.youtube.com/watch?v=ZOX1VwAlTYY&list=WL&index=7
※ミドリ色の屋根 / ルネ・シマール cover 神園純明
https://www.youtube.com/watch?v=8kxMJG0DD7Q&list=WL&index=6


     ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 ルネのデビュー50周年記念誌紹介の22回目です。

 ルネの誕生日前にもかかわらず、ルネとナタリーの関係が壊れた時の内容になってしまいました★ もちろん現在関係は修復されています。

 ルネの妹ナタリー・シマールが、ルネの元マネージャー、ギー・クルティエ氏を訴えた裁判について、過去ログではほとんど触れずに来ました。・・・というよりはむしろ、記事にしたくなくて書かなかったというのがその理由です。

 兄とも慕っていたクルティエ氏と妹ナタリーの間でルネが苦しんだこと、ナタリーが「Briser le silence沈黙を破って」の中でルネを非難したこと等を知り、その原因を作ったのがクルティエ氏であることが分かっていても、辛そうな表情で記者会見を行うルネの記事を見て、しばらくの間、私はナタリーのことを好きでいることが出来ませんでした。

左:第12回東京音楽祭世界大会のプレゼンターとして 右:山野楽器の自分のポスターの前で

 また、私はルネに会ったことはありませんが、ナタリーとは1983年3月に第12回東京音楽祭のプレゼンターとして来日した時、ルネの再来日を要望する署名活動の発起人だった友人と、ALFAレコードでクルティエ氏と一緒に会いました。

 その時ルネはバリー・マニロウのコンサートに行っていて2人に同行しておらず、ナタリーはピンクのドレスのステージ衣装を着ていました。ルネとナタリーのカードと缶バッジをいただき、ナタリーと握手をしました。一緒にいた通訳の方からクルティエ氏にルネのレコードのことを伝えていただくと、「ポストカードの住所に連絡すれば送ってあげる。」とのことでしたが、手紙を送ってもプロダクションの住所が変わったらしく、住所不明で返送されてきました。

左:ルネとナタリーの缶バッジ、ルネのポストカードとナタリーのプロフィールカード 右:1983年の来日時 東京でのクルティエ氏とナタリー

 その時ナタリーは、知らない国でデビューするための活動で疲れていたのか、表情はすぐれませんでしたが、私が別れ際に「Bonne Chance!」と言った時にパッと表情が変わったこと、13歳の頃のルネとよく似て可愛らしく、握手した手はとっても柔らかくて温かだったことを、今でもはっきり覚えています。

 私は職場の旅行(台湾)の予定が入っていたため、誘ってくれた友だちと東京音楽祭前夜祭には行けず、後日友だちからは、成田空港でいただいたというルネの直筆のサイン色紙が送られてきました。音楽祭は録画予約を弟にお願いしていたのに、プロ野球のオープン戦が延長になっていて録画されておらず、悲しい思いをしました。また、ナタリーは前夜祭の時に熱を出していたので、私と会っていた時は既に微熱が有り、具合が悪かったのかもしれません。
 
 まあ、私の想い出はこの辺にして本題に入ります。

TOUT sur l'enfant star
René Simard
L'IDOLE d'un PEUPLE



L’affaire Guy Cloutier ギィ・クルティエ事件
Une famille brisée 壊れた家族Part.1

 2004年、ケベックのショービジネスの真っ只中で爆弾が爆発しました。ナタリー・シマールは、性的暴行について、ギィ・クルティエに対して苦情を申し立てました。この劇的な出来事は、シマール家を分断しました。

左:ナタリーは影から抜け出し、彼女が犠牲者の一人であることを認めることに決めました。

左:ルネは出来事に悲しみ、やっとのことで話しました 右:広く公表された裁判

 告発は深刻でした。 ナタリーの元興業主兼プロデューサーは、1978年から2001年の間に犯した罪で告訴されました。彼は、下品な暴行、ひどい猥褻、性的暴行、武器による暴行、同一人物に対する暴行とレイプの罪で起訴されました。

 当初、被害者とされる人物の名前の開示は禁止されていました。 しかし、噂は急速に広まり、一般の人々は原告がナタリー・シマールだと感づきました。クルティエは最初に罪状認否で、8件全ての無罪を主張しました。


左:被告人クルティエ氏と原告ナタリー
 右:デビュー当時のナタリーとルネとクルティエ氏


Condamne 判決

 2回目の出頭で、彼は8件のうち5つに有罪を認めることを決定し、人々は、6年間虐待されたであろう2番目の犠牲者がいることを知りました。名前の開示は禁止されていました。

 さらに、別の状況の急展開が発生しました。ナタリー・シマールは隠れることにうんざりしていました。彼女は弁護士と一緒にモントリオールの裁判所に行き、証拠の公開の禁止を解除するように求める申立てを提出しました。モーリス・ララメ裁判官がこの要求を受け入れ、歌手の名前が明らかになりました。

 彼女は自分の悲しい経験を一般の人々と共有して、他の性犯罪の犠牲者を助けたいと説明し、裁判官はギィ・クルティエに懲役42か月の刑を言い渡しました。 彼は8番目の刑に服しており、人々は公の場で再び彼に会うことはありませんでした。


左:これらについて書かれた芸能誌7joursの表紙
 中央:ナタリーとミシェル・ヴァステル氏
 右:記者会見でのルネと妻マリー=ジョゼ


▲Michel Vastel著「Briser le silence沈黙を破って」

La relation entre Rene et Nathalie se fragilise
 ルネとナタリーの関係は弱まっている

 2005年の終わりに、ナタリーはジャーナリストのミシェル・ヴァステルの執筆により、「Briser le silence沈黙を破って」という本を出版しました。彼女はその中で、ギー・クルティエの数多くの攻撃性に比べ、非常に詳細な情報ですらあるすべてを語りました。しかし、途中で、ナタリーはキャリアの早い段階で彼女の保護者であった、兄のルネを非難しました。

René est blessé par certains propos de sa soeur Nathalie.
 ルネは妹のナタリーの言葉で傷ついた

 緊張が高まっていた2005年11月17日の記者会見で、ルネは自分自身を弁護しました。
 「これらの攻撃は偽物です。そして私と私の家族に対して無礼です。彼の本は推測と省略記号の連祷です。 私は決して妹の容姿をからかったことはありません。 私は彼女に、心理カウンセラーに相談することを勧めたことは、一度もありません。 この本の著者である、職業上のジャーナリストが、特定の事実を確認し、出来事ついての私の説明を取得するために、わざわざ私に会いに来なかったことは非常に驚くべきことです。

 しかし、歌手はこの機会に彼の妹への愛を繰り返しました。
 「それを読んだことで、私は特に私に関する部分で動揺しました。いくつかの章で、私は成功していないことを認めようと努めていました。 私の妹ナタリー、私は彼女を愛し、いつも彼女を愛していて、いつも彼女と彼女の成功を誇りに思っています。


Rene se fait discret...ルネは控えめです...

▲2005年11月17日の記者会見で

René remercie Marie-Josée
 ルネはマリー=・ジョゼに感謝しています

 ルネはクルティエ事件について決して語りません。 彼は振り返るのが嫌いです。しかし、確かなことが1つあります。彼のマリー=ジョゼは、いつも彼のためにそこにいます。
 「マリー=ジョゼが困難を経験するとき、さまざまな理由で彼女をとらえる沈黙があります。 彼女は何も意味がないことを言わないように、何が起こっているのかを分析しようとします
 彼は、『ギィ・クルティエ事件』が勃発したとき、彼女が『非常に敬意のこもつた沈黙』をとったことを強調し、言及しました。



 私はナタリーの「Briser le silence沈黙を破って」を所蔵しています。しかし、購入はしたものの、どうしても読む気にはなりませんでした。
 ルネはこの本に書かれている出来事について、ジャーナリストがルネに確認することなく書いたと、記者会見で述べています。この本には、デビュー50周年記念誌に書かれていたように、この当時ルネが行き詰まっていたこと、ナタリーが「ギー・クルティエ事件」によって傷つき、ストレスを軽減するための薬の副作用で太ってしまったことをからかったというようなこと以外にも、ルネがナタリーの成功に嫉妬し、ナタリーが望むような仕事をさせなかったとか、ナタリーが幼い頃、ルネが家族に対して、王様のように振舞っていたなどと、ルネが言うように、ルネやルネの家族に対して無礼なことも書かれていたようです。

 そのため、今ではfacebookでナタリーと「友だち」ですが、ルネとナタリーが和解するまで、私はナタリーが好きになれませんでした。


 次回は私からのルネへの誕生日メッセージになります。その次は、Une famille brisée壊れた家族」のPart.2で、母ガブリエルと離別した父ジャンロック氏と家族の和解のことや、ギィ・クルティエ事件後のルネとナタリーのこと。それに続いて「ナタリーとルネ・シマールの公式和解」を紹介いたします。

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ルネのデビュー50周年記念誌21

2022年02月20日 | ルネの活動記録

 明後日2月22日は「ニャンニャンニャン」で『猫の日ですanimal2catcat2cat3 今年は『2』が6つ並ぶ特別な猫の日で、「スーパー猫の日symbol1 前回は800年前で、次回は200年後なのだそうです。


 今年は2022年2月22日なので「ニャオーニャンニャン、ニャンニャンニャン」?

 ちなみにこの記事は2022年2月20日2時22分に予約投稿しているので、「ニャオーニャンニャン、ニャンニャオー、ニャンニャンニャン」?! 猫の恋の季節の始まりのようですね(笑)。 ちなみにシマ姉家の愛猫ミイ姐御(避妊手術済み)は、近所の雄猫からモテモテです!

 ルネ関係で言いますと、2月22日は亡き父ジャン=ロック・シマール氏の命日です。氏は2010年2月22日に78歳で亡くなりました。
 ルネの亡き母ガブリエルは糖尿病で、ジャン=ロック氏も長い間アルコール依存症や喘息による闘病生活を送っていました。

 そんなこともあり、ルネは食事や運動など、健康管理にはとても気を付けています。「100歳まで生きたい」と語っているルネ。いつまでも元気で活動して欲しいですね!!


     ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 ルネのデビュー50周年記念誌紹介の21回目です。

 今回は「Des enfants différents, mais choyés par la vie」の3回目、ロザリーについての内容になります。


TOUT sur l'enfant star
René Simard
L'IDOLE d'un PEUPLE



Des enfants différents, mais
    choyés par la vie
vol.3
異っているけれど人生から大切にされている子供たち

左:彼の息子、オリヴィエは彼と同じエネルギーを持っています。
 ▲右:ロザリーは、特に芸術家-画家としての彼女の才能のために、ますますメディアで見られています。


Rene est extremement fier
          de ses enfants.

ルネは自分の子供たちを非常に誇りに思っています


 

▲ロザリー:家族と一緒に個展のギャラリー前で

Le match des etoilesでダンスを踊るロザリー(右)と母マリー(左)(Passion Simardコレクションより)

▲▼画家としてのロザリーと作品

 


Le parcours de Rosalie
     ロザリーの経歴


 ロザリーはほとんど聞こえなくても、ダンスが得意です。これは驚くべき快挙です! 実際、彼女は本当には音楽が聞こえていませんが、リズムと振動を知覚しています。 2006年、彼女は“Le match des etoiles(スター・ゲーム)”という番組に出場し、母親とのデュエット・パフォーマンスで観客を驚かせました。

 彼女は、モントリオールのケベック大学で視覚芸術とメディア・アートの学士号を取得しています。彼女の研究の中で、彼女はDIYストアOmer DeSerresのコンサルタントをしていました。

 成人として、ロザリーはケベック全体で母親との講義「Relever le defi (挑戦してみてください)」を行いました。二人の女性は感動的なスピーチを行い、その手綱に向かって、障碍を克服することが可能であることを証明しました。

 若い女性は女優でもあります。彼女は特にClash(クラッシュ)シリーズに参加していました。彼女の母親は彼女の強さを信じることができませんでした。

 「これは驚くべきことです。彼女は聴覚障害者を演じていて、その役割を得るためにオーディションを受けなければなりませんでした。彼女はいつも私たちを驚かせます。親としては、彼らが自分自身について良いと感じる方が安心ですが、それでも私たちにとても似ています。

 才能のある若い女性は画家でもあります。メディアは彼女の展覧会のいくつかを報道しました。ヴェルニサージュ(絵画展の一般公開前の特別招待)で、ロザリーは常に一族に囲まれ、ぴったりくっついていました。

 「私は完全に沈黙の中で絵を描きます。とにかく、ラジオ、それがどのように機能するかさえ私は知りません!」と、彼女は冗談めかして言いました。


 


Elle dance  avec son pere
   彼女は父親と一緒に踊る

 2016年、Nouveau rêveの舞台に戻ったことを記念して、ルネはロザリーとの親子ダンスを一般に公開することを決めました。 それで24歳の若い女性は劇場を驚嘆させ、感銘を与えたのでした。観衆はこの芸術のための彼女のスキルを認めました。

 「私の両親はいつも私を励ましてくれました。 彼らは私に自信を持つように教えてくれました。」と彼女は言いました。

 ルネとロザリーは、1936年に作曲されたチャーリー・チャップリンの曲である「Smileスマイル」で踊ることを選択しました。その男にとって、この曲は多くの意味を持っているようでした。

 「あなたはいつも笑顔でいる方法を見つけることができます。必ずしも簡単に実践できるとは限りませんが、それは事実です。 今日でも、これらの歌詞は私にとって大きな意味があります。

 彼は続けます。「Smile、それは私たち二人の間の変化を表しています。」ロザリーが付け加えました。「父と私は笑顔でいるので、これは私たちに似た曲なのです。 私たちは幸せな人間です...それは私たちを結びつけるすべての愛を示しています。



▲YouTube映像”Smile - René Simard et sa fille” Rosalie

Nouveau rêveのステージで「Smile」を踊るルネと娘ロザリー

 ルネの言葉の中の「今日でも、これらの歌詞は私にとって大きな意味があります。」や、「私たち二人の間の変化」は、「Smile」の歌詞を読むと、笑顔を絶やさないルネのことを理解することが出来、より一層その言葉の重みが私たちの胸を打ちます。

※世界の民謡・童謡「スマイル Smile 歌詞の意味・和訳」参照
http://worldfolksong.com/jazz/nat-king-cole/smile.html


 ルネの子どもたち、息子オリヴィエと娘ロザリーは、先天性の聴覚障碍を持って生まれました。人工内耳の施術、両親であるルネとマリー=ジョゼの愛情と療育によって自律し、それぞれが自分の道を歩んでいることは、ファンにとっても嬉しいことですねsymbol1 


 次回からは、ルネと妹ナタリー・シマールの関係の破綻と復活、離別していた父ジャン=ロック氏とのこと等についてを、3回に分けて紹介いたします。

 当ブログではナタリーとのことについて、あまり触れずに来ました。私も事の詳細を知りたくないと思い続けた内容でした。しかし、ルネの50年のキャリアを知る上で、避けて通れないことです。このことは、子どもたちの難聴や、歌手として行き詰まったこと同様に、ルネの苦難の道。自分のことを「永遠のポジティブ」と表現し、笑顔を絶やさないルネをより深く知るために、心して翻訳しようと思います。

 そして、ルネの61歳の誕生日まであと8日と迫りました!! 是非是非! お祝いメッセージを送りましょうsymbol1

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ルネのデビュー50周年記念誌⑳

2022年02月11日 | ルネの活動記録

 今日は建国記念日です。大安吉日でもあるため、金曜日ですがブログ記事を投稿したしました。


 3日(木)は節分、4日(金)が立春、昨日10日(木)は初午。日も長くなり、暦の上では春三連休初日なのに、関東地方は昨日から雪★ まだまだ寒い日が続きます。オミクロン株の感染爆発は続いておりますので、ルネ友のみなさまも、感染予防を今まで通り継続し、体調管理には十分気を配って下さいね!

 そして14日(火)はバレンタインデーsymbol1

 そこで、ルネのアルバム”Souvenir d'adolescent”のプロモーションを兼ねた特別番組の映像を紹介いたします。
 Passion Simardでも一部分をアッブしていましたが、全編通してはこの映像で初めて見ました! Normand TVA Daoustさんは放送関係の方なのか、映画”Un Enfant Comme Les Autres普通の子供”等もアップしていらっしゃいます。ちょっと余分な画像が画面に入ってしまいますが(笑)、それでも貴重な映像です♪ アルバムの収録曲等については過去ログでご覧ください。



※過去ログ「デビュー25周年記念CD⑰Souvenir d'adolescent」参照 
https://green.ap.teacup.com/rene_simard/1030.html


     ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 ルネのデビュー50周年記念誌紹介の20回目です。

 今回は2人の子供たちの息子オリヴィエについての内容が中心になります。次回は娘ロザリーについてです。

 日本のバラエティー番組「明石家多国籍軍でルネのリクエストが多く寄せられ、カナダのご自宅にリポーターが訪問取材した時、息子オリヴィエは4歳娘ロザリーは3歳でした。この頃はまだ人工内耳のインプラント手術をしていなかったことになります。また、この番組が日本で公開された時、ルネのご自宅も子供たちも、カナダのメディアではまだ公になっていなかったそうです。

 今回、ルネがハロウィーンに近所の方たちを招き、敷地でパーティーを開いていた話が出てきますが、「明石家多国籍軍」で取材された、ブランコのある広いお庭でだったのでしょう。ただし、このイベントを開くのは、番組が放映されたのよりももっと後、子どもたちのインプラント手術が済んでからですね。そしてシマール家のFantô-fêteは、la Fondation Sourdineスールディーヌ財団(聴覚障碍者を支援する団体)への寄付を集める活動も兼ねたイベントでした。


▲日本のバラエティー番組「明石家多国籍軍」より


TOUT sur l'enfant star
René Simard
L'IDOLE d'un PEUPLE



Des enfants différents, mais
    choyés par la vie
vol.2
異っているけれど人生から大切にされている子供たち


Des enfants sur les tapis rouges
 レッド・カーペットの上の子供たち


 カップルは子供たちが他のすべての子供たちと同じように、自分たちの生活を送ることを望んでいました。 オリヴィエとロザリーが社交行事に同行することは珍しいことではありませんでした。 干渉することなく、彼らは子供たちを普通の小さな存在のように扱いました。

 毎年、ハロウィーンでは、家族全員が家を飾り、人々を迎えました。 彼らは、このパーティーは近所全体で最もよく組織されていると言いました。さらに、ルネとマリー=ジョゼはこのイベントをFantô-fêteと呼んでいました。 ハロウィーンの夜、彼らは自分たちの土地に設置したテントの下で人々を迎え、子供たちがその機会のために着飾って、la Fondation Sourdineスールディーヌ財団への寄付を受け取りました。


▲シマール家のFantô-fête <la Fondation Sourdine(聴覚障碍者を支援する団体)への寄付を集める活動も兼ねて開催>


Le parcours d’Olivier オリヴィエの経歴


 十代の終わりに、オリヴィエは英語を学ぶためにカナダ西部に3か月間一人で留まりました。自分のために居場所(place:職の意味も含む)を作ることを決意した少年! それから彼はウェイターとして、彼の家の近くのレストランで働きました。その後、高度な研究を行い、ボンバルディアで電子工学の職に就きました。彼の妹とは異なり、彼は芸術よりも数学に興味がありました。彼は時々両親と一緒にレッド・カーペットの上に登場しますが、彼はかなり控えめな若者です。

 ルネは彼の子供たちを非常に誇りに思っています。
 「仕事と決意のおかげで、彼らは今日、他のみんなと同じように生きています。
 インタビューで、誇り高き父親は、息子には手まめな人(大工仕事が好きな人)であることを含む、いくつかの才能があると打ち明けました。
 「オリビエは長い道のりを歩んできました。彼は多くの興味を育ててきました。それは私たちが計画したものではありませんでした。彼がその中でのびのびと育っていくのを見るのは素晴らしいことです。

 マリー=ジョゼは彼女の役割について、彼女の伝記の中で次のように述べています。
 「私たちの最大の満足、それは私たちの子供たちが自律していて、精神的に落ち着いていることを知っていることです。母親にとって、それは達成された義務です。それはまだ終わっていません。彼らの人生は残っています。しかし、それは彼らのものです!


▲ロザリーはとても才能があります。 ほらこれは、ナタリーとクローデットを含む、彼女の家族のメンバー何人かとのヴェルニサージュ(絵画展の一般公開前の特別招待)の時です。

Ils etonnent par leur autonomie malgre leur handicap.ハンディキャップに反して、彼らは自律性に驚いています。

▲ルネとマリー-ジョゼ、ロザリーと彼女のパートナー

▲シルク・ド・ソレイユの「アバター」観劇の後で

▲オリヴィエとその妻アレクシス(お腹の中にクロエ)

▲新しい家族クロエを迎えた幸せなシマール家3世代

 聴覚障碍を乗り越え、パパになったオリヴィエも、オリヴィエとロザリーを自律に導いて、おじいちゃんになったルネも、幸せいっぱいですねsymbol1

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ルネに誕生日のメッセージを送りましょう♪2022

2022年02月05日 | ルネ・シマール

 ルネの61歳の誕生日まであと3週間と少し!! 昨年還暦デビュー50周年を迎え、4月9日に孫娘クロエちゃんが生まれておじいちゃんになった、ルネの誕生日をお祝いしましょう!!


 またいつも通りの記事ね★・・・と、スルーしないで! 今年、ルネの公式ページへの投稿は、ちょっと期待できそうですよsymbol1 今回の記事を読んだら、あなたもきっと、ルネにお誕生日メッセージを送ってみたくなるはずです!!


 公式ページの「投稿を作成に書き込まれたメッセージは「ビジター投稿」という形で書き込まれます。ファンを大切にするルネは必ず読んでくれています。公式ページが開設された当初は、私もメッセージに何度かお返事をいただきました。
 ビジター投稿は基本的に公開ですので、投稿を躊躇するのであれば、Messenger(「メッセージを送信」で)ならルネ個人宛てのメッセージフォームなので、他の方は閲覧できません。自分にとって良い方法で送ってみてください。


 ▲現在の公式ページのプロフィール写真はこれ♪

 ちなみに最近になって、Messenger日本語か英語で次のような質問が表示されるようになりました。 もちろん私も友だちも答えましたよ~nikukiu 公式ページのトップページにも「René Simardに質問」として同じ質問が出ていますが、ルネに対してこの質問ってどうなのでしょう?
 
  Can you tell me about yourself ?
  ご自身について詳しく教えてください。
  Can I learn more about your background ?
  経歴について詳しく教えてください。
  Are you available to chat ?
  チャットできますか?
  Where are you located ?
  所在地を教えてください。

 Messengerには既読が付きます。このところ最新の投稿はありませんが、ルネもコロナ渦でリモート会議を行うことが増え、facebookを開く機会が増えたのでしょう。 自分のチャット欄にルネのプロフィーの写真と既読マークが付くなんて、今までは考えられませんでした! カナダのルネと繋がっているようで、日本のファンとしては嬉しい限りですね!! 私も私の友だちも、お返事こそいただいていませんが、みんなメッセージに既読が付きましたよsymbol1


 ただし、公式ページにはたくさんのファンの方がメッセージを書き込みますので、以前と比べると、個人でお返事をいただくのはかなり難しいと思います。でも、ルネの誕生日をお祝いする気持ちが一番大切です。

 メッセージは仏語でも英語でもOK。短いメッセージでも直接送れば、あなたのお気持ち(ルネに対する思い)とお名前、そしてたくさんの日本のファンが、今でもずっと応援していることがルネに伝わります! ルネはfacebookの公式ページを使って情報を発信し、ファンとの交流を楽しんでいますので、是非是非チャレンジしてみてください!!

 でもやっぱり、直接個人的にメッセージを書き込むのにはハードルが高いという場合は、ルネに宛てたメッセージや、ルネからのお礼の投稿のコメント欄に書き込むという方法もあります。その場合、何百人ものファンが書き込みますので、コメントと一緒に誕生日カード等の画像をアップすると目にとまりやすいかもしれません。


ルネのfacebookの公式ページ"René Simard"
https://www.facebook.com/renesimard2016/?fref=ts

ルネのオフィシャルサイト
http://www.renesimard.ca/index
※現在メッセージは投稿できません。

※「個人で投稿したいけれどうまくいかない」、「投稿方法がよくわからない」など、お困りの場合は、この記事のコメント欄でご相談ください。管理人個人宛のメッセージは掲示板「ルネ・シマール日記」の「管理者へメール」をクリックし、「シマ姉BOXからお願いいたします。

<仏語の文例集>

Bonne Fête à René!
ルネ、お誕生日おめでとう!

カナダのフランス語圏では、「Bonne fête」は最もカジュアルで一般的な「誕生日おめでとう」の言い方です。ただし、フランスでは「聖名祝日」で使われ、「Joyeux(Bonne) anniversaire」がフランスで使われる誕生日のお祝いの言葉だそうです。ここでは、「naissance(誕生)」を祝うので「Joyeux anniversaire de naissance」としています。ちなみに結婚祝いは、「Joyeux anniversaire de mariage」になります。

Cher René
Joyeux anniversaire de naissance!
Je vous souhaite beaucoup de bonheur.

親愛なるルネ
お誕生日おめでとうございます!
貴方のご多幸をお祈りいたします。


Joyeux anniversaire de naissance à René!
bisous

ルネ、お誕生日おめでとうございます!
キス


Joyeux anniversaire de naissance à René et passe une belle journée!
お誕生日おめでとう、ルネ。素敵な一日をお過ごしください。

Que tous vos désirs se réalisent.
あなたの夢や願いがすべて叶いますように。

Je vous souhaite plein de bonheur en cette journée spéciale.
この特別な日に、たくさんの幸福を願っています。


※「フランス語の誕生日のお祝いメッセージ例文19選」参照
https://tanpure.com/25838/

※「フランス語の「誕生日おめでとう」メッセージ20選!お礼の言い方も紹介」参照
https://bibliette.com/bon-anniversaire

 定型文だけでは物足りないけれど、英文も仏文も自信が無いという方には、「Google翻訳」という強い味方がおりますよ♪ どうしても仏語でメッセージを送りたいなら、一度英文で確認してから仏文に翻訳すれば大丈夫! 大きな間違いさえしていなければ、あなたの気持ちは伝わります!!  

 お祝い事は、早いにこしたことは有りません。カナダとの時差はありますが、送るのでしたら余裕をもって送りましょう。遅れては絶対だめですよ!

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