当ブログにいらしてくださる日本のルネ・ファンの皆様は、それぞれがルネへの思いを大切にもち、インターネットで検索してたどり着かれた方たちです。
現在は、インターネットの普及と共に、充実してきたルネの情報を得ることが出来ます。さらに、しゃむねこさんのサイトでカナダのルネ・ファンの方たちとも交流出来るのですから、便利な世の中になったことに感謝しなければなりません。
しかし、ルネの来日が無くなった頃はインターネットなんて無かったし、私たちも幼かった。だから、カナダやアメリカのルネの情報を得ることはほとんど出来なかったし、当時の芸能雑誌に小さな記事でも載らないか、テレビの歌謡番組で取り上げられないか、出来る限りアンテナを高くして、ルネの情報を待ち望んでいるのが精一杯でした。そして、「今夜だけ復活!栄光のアイドルスター達」の様な特集番組があると、必ずチェックしていたのです。
ところが、しゃむねこさんのサイトで、ローラさんと交流する中で知ったのですが、同じカナダでも、ケベック以外でルネのアルバムや雑誌を手に入れることは大変難しかったそうです。過去ログで紹介した特集番組でのルネ・アンジェリル氏のインタビューにもあったように、ルネの住むケベックは英語を話さないので、英語圏のカナダでは全く活動していませんでしたから、ケベックで記録的なヒットを出しても、第3回東京音楽祭世界大会でグランプリを受賞して全世界に知られるようになるまでは、日本で巻き起こったルネ・ブームほどには、カナダ全土で知られなかったようです。ですから、ローラさんが雑誌でルネに初めて出逢った1972年頃は、英語圏のカナダのファンがルネに関するものを手に入れることは本当に大変で、ルネがトロントに来た時には、ローラさんが持って行ったルネのアルバムを、英語圏のプロモーターでさえ初めて見たというくらいだったそうです。
そして、日本のルネ・ファンも、ルネの来日が無くなった時、冷めていないファン熱の行き場を失っていきました。
しゃむねこさんや私の様に、ラッキーにも、カナダのルネ・ファン・クラブに入会したり、カナダの情報やアルバムを手に入れたり、来日の際に会いに行けるファンばかりはいませんでした。ですから、間違った情報で悲しい思いをするファンもたくさんいらしたと思います。
<乙姫さんの場合>
何を隠そう私には悲しい思い出があります。
シマ姉さんのブログでルネが今でも活躍をしていることを初めて知った事は、前にもお話したと思いますが、なぜ私が長年ルネはもう引退をしたと思い込んでいたかというと、1980年に知り合いがカナダにホームステイに行くというので、私は赤毛のアンの原書(私は赤毛のアンのファンでもあります)とルネのレコードを買ってきてもらうように頼んだのです。しかし、知り合いはアンだけを私に手渡してこう言ったのです。
「モントリオールのレコード店の人が言うには、彼の時代は終わったらしい。」
その時の私のショックといったら!!
でも、当時、男のアイドルって、今と違って短命だったんです。荒川務しかり、あいざき進也しかり。フィンガー5の晃のことも頭によぎり、19歳、ボーイソプラノでなくなっているであろうルネがもう歌手活動をしていない事を、私はあっさり信じてしまったのです。
そして、26歳のとき赤毛のアンの故郷を訪ねるカナダ・プリンスエドワード島に行く機会があり、モントリオールにも立ち寄ったのですが、私はあのガセネタのお陰でレコード屋さんに行くこともしませんでした。・・・涙
私もそうですが、しゃむねこさんも乙姫さんも、ルネと「ミドリ色の屋根」に魅了されてファンになり、それぞれがルネへの想いをずっと大切にしながら33年を過ごしてきました。そして、ここに来てまた、それぞれの想いを胸に、それぞれに出来る方法を見つけてファン活動を再開しているのです。
現在は、インターネットの普及と共に、充実してきたルネの情報を得ることが出来ます。さらに、しゃむねこさんのサイトでカナダのルネ・ファンの方たちとも交流出来るのですから、便利な世の中になったことに感謝しなければなりません。
しかし、ルネの来日が無くなった頃はインターネットなんて無かったし、私たちも幼かった。だから、カナダやアメリカのルネの情報を得ることはほとんど出来なかったし、当時の芸能雑誌に小さな記事でも載らないか、テレビの歌謡番組で取り上げられないか、出来る限りアンテナを高くして、ルネの情報を待ち望んでいるのが精一杯でした。そして、「今夜だけ復活!栄光のアイドルスター達」の様な特集番組があると、必ずチェックしていたのです。
ところが、しゃむねこさんのサイトで、ローラさんと交流する中で知ったのですが、同じカナダでも、ケベック以外でルネのアルバムや雑誌を手に入れることは大変難しかったそうです。過去ログで紹介した特集番組でのルネ・アンジェリル氏のインタビューにもあったように、ルネの住むケベックは英語を話さないので、英語圏のカナダでは全く活動していませんでしたから、ケベックで記録的なヒットを出しても、第3回東京音楽祭世界大会でグランプリを受賞して全世界に知られるようになるまでは、日本で巻き起こったルネ・ブームほどには、カナダ全土で知られなかったようです。ですから、ローラさんが雑誌でルネに初めて出逢った1972年頃は、英語圏のカナダのファンがルネに関するものを手に入れることは本当に大変で、ルネがトロントに来た時には、ローラさんが持って行ったルネのアルバムを、英語圏のプロモーターでさえ初めて見たというくらいだったそうです。
そして、日本のルネ・ファンも、ルネの来日が無くなった時、冷めていないファン熱の行き場を失っていきました。
しゃむねこさんや私の様に、ラッキーにも、カナダのルネ・ファン・クラブに入会したり、カナダの情報やアルバムを手に入れたり、来日の際に会いに行けるファンばかりはいませんでした。ですから、間違った情報で悲しい思いをするファンもたくさんいらしたと思います。
<乙姫さんの場合>
何を隠そう私には悲しい思い出があります。
シマ姉さんのブログでルネが今でも活躍をしていることを初めて知った事は、前にもお話したと思いますが、なぜ私が長年ルネはもう引退をしたと思い込んでいたかというと、1980年に知り合いがカナダにホームステイに行くというので、私は赤毛のアンの原書(私は赤毛のアンのファンでもあります)とルネのレコードを買ってきてもらうように頼んだのです。しかし、知り合いはアンだけを私に手渡してこう言ったのです。
「モントリオールのレコード店の人が言うには、彼の時代は終わったらしい。」
その時の私のショックといったら!!
でも、当時、男のアイドルって、今と違って短命だったんです。荒川務しかり、あいざき進也しかり。フィンガー5の晃のことも頭によぎり、19歳、ボーイソプラノでなくなっているであろうルネがもう歌手活動をしていない事を、私はあっさり信じてしまったのです。
そして、26歳のとき赤毛のアンの故郷を訪ねるカナダ・プリンスエドワード島に行く機会があり、モントリオールにも立ち寄ったのですが、私はあのガセネタのお陰でレコード屋さんに行くこともしませんでした。・・・涙
私もそうですが、しゃむねこさんも乙姫さんも、ルネと「ミドリ色の屋根」に魅了されてファンになり、それぞれがルネへの想いをずっと大切にしながら33年を過ごしてきました。そして、ここに来てまた、それぞれの想いを胸に、それぞれに出来る方法を見つけてファン活動を再開しているのです。