ミドリ色の屋根は永遠に~René Simardに首ったけ~

ルネ・ファンのルネ・ファンによるルネ・ファンのためのルネ・ブログ シマ姉のルネ・データ・バンク

YouTube{「この旗の下で」

2020年07月18日 | モントリオール讃歌
 新型コロナウィルスのパンデミックのため、今年開催されるはずだった東京オリンピック2020は、2021年7月23日から13日間の開幕、東京パラリンピックは2021年8月23日からに延期されました。史上最多の33競技339種目が、covid-19を乗り越えて、予定通り無事行われることを心よりお祈りいたします。

 そして、今から44年前の1976年7月17日(日本時間18日)に、モントリオール・オリンピックの開会式が開催されました。それに合わせ、7月21日には、ルネが歌うモントリオール・オリンピックのテーマ曲「モントリオール讃歌(英語版)」(CBS SONY 06SH20, 45rpm Single) が日本でも発売されました。


 ルネが初来日し、第3回東京音楽祭世界大会でグランプリとフランク・シナトラ賞を受賞した1974年には、日本でもモントリオール・オリンピックの開催に向けて、カナダ・フェアが行われ、翌年発売された全曲日本語のアルバム『君のすべてがほしい』には、モントリオール・オリンピックをテーマにした『この旗の下で』が収録されました。





 ルネが歌った『モントリオール讃歌』は、日本では英語版の”Welcome to Montreal”だけでしたが、カナダでは仏語版の”Bienvenue à Montréal”と英語版が1枚のシングル・レコードとして発売されました。


 ルネの変声が始まっていなかったら、同曲を日本語詞でレコーディングした『モントリオール讃歌』をリリースする予定だったと推測しています、しかし日本では、A面に英語版の”Welcome to Montreal”、B面に『この旗の下で』が収録されました。
 もしも山上路夫氏による日本語詞で歌った録音テープが存在するならば、たとえルネが変声した声でも、是非聴いてみたいと思いませんか?

※カテゴリ『モントリオール讃歌』参照
https://green.ap.teacup.com/applet/rene_simard/msgcate12/archive
※過去ログ「この旗の下で」(2007.4.1)参照
https://green.ap.teacup.com/rene_simard/107.html


 そして、今回紹介いたしますのは、シマ姉制作のYouTube映像による『この旗の下で』です。当時のルネに加え、モントリオール・オリンピックの画像をスライドショーにしていますので、あの頃のことを思い出しながら楽しんでいただければ幸いです。



           この旗の下で

  山上路夫/作詞 村井邦彦/作曲 松任谷正隆/編曲

今わきあがる 生命の歌
この星の上に 今ひびくよ
だれもが同じ 生命うけて
この星に来たよ 愛をねがって
私とあなたの国は 違っていても
地球は一つ 今この時
この旗の下で モントリオール

今生きている美しさを
この時の中に ただきざもう
大地と緑 かがやく空
この星の上に 愛は花咲く
私とあなたの言葉 違っていても
地球は一つ 今この時
この旗の下で モントリオール
 



▲ルネ・ファン・クラブ「メープル・メイツ」の会報№1より

 それから余談ですが、1964年の東京オリンピック(第18回)のドキュメンタリー映画(何と! タイムリーにも、今夜21時からNHK BSプレミアムで放映!! カンヌ映画祭無国際批評家賞受賞作品 東宝配給)を撮影した市川崑監督は、ルネのファースト・コンサートの第1部と、スプリング・コンサートの北九州(小倉)、福岡、倉敷、札幌会場の第1部で上映された”RENÉ A TOKYO”の監修をされていました! 
 そのことから考えても、当時のルネの人気の凄さが分かりますね!! 東京オリンピックの記録映画は、報道か芸術かと物議をかもしたそうです。その市川崑監督が手掛けた”RENÉ A TOKYO”はどんな映像だったのでしょう? 第3回東京音楽祭世界大会を中心にルネの日本における活動を記録した、カナダ公開のドキュメンタリー映画Rene Sinard au Japonとはまた違った視点で制作されていたのでしょうか? ”市川崑監督の作品なのですから、どこかにまだ保管されているのなら、是非見てみたいですね!


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 7月8日の息子オリヴィエの誕生日に続き、7月14日に29歳になった娘ロザリーの誕生日に、ルネがfacebookに誕生日のお祝いメッセージを送りました。

<ルネが贈った娘ロザリーへ誕生日メッセージ>
Le mois de juillet est toujours particulier pour moi. Ce sont les anniversaires de mes amours Oli, Marie et aujourd’hui 14 juillet c’est au tour de Rosalie, 29 ans...oh boboy!!!
Ma belle Rose, maman et moi sommes tellement privilégiés de t’avoir dans nos vies car tu es source de lumière qui réchauffe nos cœurs chaque fois que tu es avec nous. Malgré ton jeune âge tu es tellement sage et ton discernement me surprend et me surprendra toujours.
On t’adore ma belle Rose!!!!
XXXXX

 7月はいつも私にとって特別です。 それは私の愛するオリ(息子オリヴィエ 7月8日生)、マリー(妻マリー=ジョゼ 7月22日生)の記念日で、今日7月14日は29歳になるロザリーの番です....ああボボイ!!!
 私の美しいローズ(ロザリー)、ママ(マリー=ジョゼ)と私は、君が一緒にいるたびに、私たちの心を温める光の源なので、私たちは人生に君を迎えることができた、とても恵まれた者なのです。 君は若い年齢にもかかわらずとても賢く、君の洞察力は私を驚かせ、君は常に私を驚かすことでしょう。
 私たちは君を愛しているよ、私の美しいローズ(ロザリー)!!!!
XXXXX


 そして、こちらがロザリーのメッセージです。
Awwwww c'est ma fête aujourd'hui!!!! 🎂🧁La vie passe vite!! Profitez de la vie c'est précieux
今日は私の誕生日です!!!!🎂🧁人生は速く過ぎます!! 人生を楽しむことは貴重です。

 このメッセージで、ルネは妻マリー=ジョゼを『Marieマリー』、息子オリヴィエを『Oliオリ』、娘ロザリーを『Roseローズ』と呼んでいることが分かります。コロナ渦で直接会えないルネ一家ですが、ルネの次のメッセージは、22日の妻マリー=ジョゼの誕生日ですねsymbol1


      ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


    forkシマ姉のスローライフitem9


 先週はずっと雨。豪雨による災害と、被災された地域の方たちのことが心配です。また、梅雨入り後の日照時間が例年より少なく、農作物への影響が懸念されています。早く梅雨明けして欲しいですが、今年は梅雨明けも遅い予報です。
 酷暑は辛いけれど、夏野菜には十分な日照時間が必要です。トマトや果物は暑くないと糖度が増しません。爽やかな青空とカラッとした暑さの中で、withコロナの夏を乗り越えられたらいいです。

▲義父のミニ家庭菜園で採れた夏野菜(左)と夏の冷感マスク4種(右)

<ルネの夏、日本の夏 withコロナの夏>
 日本の湿度の高い夏は、ルネも2回目の来日で経験しました。一番参ってしまったのは、ルネの亡き父ジャン=ロック・シマール氏でした。京都の休日では、嵯峨野の竹林で やぶ蚊に食われて泣きべそをかいたという、可愛いエピソードもあるルネ。バカンスで日本に来てほしいけれど、今はcovid-19が終息しないことには、海外旅行どころではありません。今年の夏のバカンスは妻マリー=ジョゼとふたりで自宅で過ごしているのかしら?


 日本国内でも、22日に始まる観光支援策「Go To トラベル」、県をまたいだ観光の自粛解除は8月1日からだったのに、感染が拡大しつつあるため、それも微妙なところです。東京都を発着するツアーをキャンペーンから除外すること以前に、実家から帰省を拒否されているとか、実家の祖父母や両親を感染させる危険は冒せないから、帰るのをためらっているという話が聞こえてきます。夏のオフ会開催も危ぶまれている状況です(泣)。

<やぶ蚊と除草と収穫と>
 やぶ蚊といえば、除草や収穫のために庭に出ると必ず食われます★ 虫除けスプレーもせず、半そでハーパンで外に出てしまうため、蚊の格好の餌食となってしまうシマ姉です(いい加減学習しよう 爆)。ちなみに、シマ姉家では、私が購入した虫除けスプレーを常に玄関に置いています(笑)。

 主人は、義父に除草剤をまかせないために、草刈り機で芝生のシロツメクサを刈ったり、今まではあまりしなかった除草作業をしてくれるようになって助かっています。除草剤は気を付けて散布しても、かけていない所にまで影響が出るし、安心して家庭菜園の朝採り野菜(上写真左)を食したいですものね!

<夏マスクとお化粧事情>
 夏の冷感マスクは好評です。今年は『withコロナの夏』の上に猛暑が予想されるため、冷感タオルが大人気のようです。私がマスクに使っている冷感タオルは生産が追い付かず、廃盤になったとかで手に入らなくなってしまいました★ まだ買い置きがありますが、水色のストライプの冷感タオルでも作ってみました。今のところ、4種類(上写真右)を服の色やデザインに合わせて着用しています。

▲最新作:和装用マスク(桜柄 プリーツ型 ノーズワイヤー入り フィルターポケットとゴムの長さ調節付き)とマスクケース(紺地水玉)

 余談ですが、マスク着用により、マスクで隠れていない目と眉にポイントを置いて化粧する女性が急増し、フランスでも化粧品の売れ行きに影響しているとのことです。スッピン隠しとはまたちょっと違うけれど、マスクによるお化粧事情は世界共通(?)のようですね。また、パリではマスクだけでなく、靴を脱いで家に入る日本流が注目され、家の中ではスリッパや室内履きに履き替える新しい習慣が定着しつつあるそうです。

 『withコロナ』の夏。肌荒れや熱中症対策をして、新型コロナウィルス感染症予防に努めていきましょう! 


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モントリオール讃歌の英語歌詞

2017年07月21日 | モントリオール讃歌
 今から43年前の7月21日は『去年の夏』のLPレコード、42年前の同日は『モントリオール讃歌』のシングル・レコードの発売日でした。


 第21回夏季オリンピックモントリオール大会の歓迎の歌として、ルネの作詞した歌詞が採用された”Welcome to Montreal”は、日本では『モントリオール讃歌』として発売されました。ルネの変声が始まっていなかったら、同曲を日本語詞でレコーディングした『モントリオール讃歌』をリリースする予定だったようですが、A面に英語版の”Welcome to Montreal”、B面に『この旗の下で』が収録されましてた。『モントリオール・オリンピック』や、開会式でルネがこの曲を歌わなかった事情などについては、過去ログで何度も取り上げていますので、カテゴリ『モントリオール讃歌でお読みください。

※カテゴリ『モントリオール讃歌』参照
http://green.ap.teacup.com/applet/rene_simard/msgcate12/archive

René Simard Live Bienvenue à Montréal


René Simard Bienvenue à Montréal 1976


 『モントリオール讃歌』の仏語版”Bienvenue à Montréal”は私が翻訳して紹介しました。しかし英語版の”Welcome to Montreal”は、私の英語力の無さがばれるため、歌詞をそのままアップしただけでした。また、英語の歌詞で歌いながらも、恥ずかしながらきちんと訳したことがありませんでした。ほぼ直訳のままの拙い訳詞に間違いがありましたら、是非正しい訳を教えてください。よろしくお願いいたします! 


 英語版の”Welcome to Montreal”は下のYouTube映像の2曲目でお聞きください。



第21回モントリオール・オリンピック大会テーマ曲
     モントリオール讃歌        
    Welcome to Montreal


    Rene Simard/Claude Lacombe作詞 
    Andre Mathieu/Vic Vogel作曲  Al Baculis編曲

Welcome to Montreal, Welcome to Montreal,
We'd love to welcome you, our word is
"Revenir"
Welcome to Montreal, Welcome to Montreal,
We'd love to say "Bon Jour" we hope
you are on your way.

Now, the world can share a happy place,
come to see its friendly face.
Build the bridge between the nations,
Pass the flame from hand to hand,
Bring together generations,in the
brother hood of man

Welcome to Montreal, Welcome to Montreal,
We'd love welcome you, our word is
"Revenir"
Welcome to Montreal, Welcome to Montreal,
We hold the flame on high in the
Olympic sky.

We can share the world between us,
now a time to understand.
Build the bridge between the nations,
Pass the flame from hand to hand,
Bring together generations,in the
brother hood of man

Welcome to Montreal, Welcome to Montreal,
The city that we love.
And you'll love best of all.
Olympic Montreal,
Come and hear I call, we'd love to
welcome you to Montreal


ようこそモントリオールへ ようこそモントリオールへ
私たちはあなた方を歓迎したいのです
私たちの言葉は「ルヴニール(再び来る)」
ようこそモントリオールへ ようこそモントリオールへ
私たちはあなた方に"ボンジュール" と言いたいのです
あなた方が今ここに向かっていることを願っています

今 世界は幸せな場所を共有することができます
その友好的な顔を見に来てください
国家間に架け橋を築きましょう
手から手に聖火を渡しましょう
世代を結集しましょう
人類の友愛の中で

ようこそモントリオールへ ようこそモントリオールへ
私たちはあなた方を歓迎したいのです
私たちの言葉は「ルヴニール(再び来る)」
ようこそモントリオールへ ようこそモントリオールへ
私たちは、聖火を高く保ちます
オリンピックの空に

私たちは 私たちの間に世界を共有することができます
今 理解し合う時
国家間に架け橋を築きましょう
手から手に聖火を渡しましょう
世代を結集しましょう
人類の友愛の中で

ようこそモントリオールへ ようこそモントリオールへ
私たちが愛している都市
そして、あなた方はすべての中で最も愛することでしょう
モントリオール・オリンピック
私が呼ぶのを聞きに来てください
私たちはあなた方をモントリオールへお迎えしたいのです


▲日本のルネ・ファン・クラブ「メープル・メイツ」の会報より

<山上路夫氏の作詞による日本語詞>

ウェルカム トゥ モントリオール 
ボンジュール ア モントリオール
愛の花が開く街よ

ウェルカム トゥ モントリオール 
ボンジュール ア モントリオール
ここで誰も皆 友だち

今 輝くあの聖火の下(もと)で
地球はひとつの 愛の世界だ
希望と夢とを 誰もが歌う

ウェルカム トゥ モントリオール 
ボンジュール ア モントリオール
風に緑そよぐ街よ

ウェルカム トゥ モントリオール 
ボンジュール ア モントリオール
腕と腕をつなぎ合おう

今 時よ止まれ 美しいまま
力の限りに 若さが燃える
はためく五輪の あの旗の下(もと)

ウェルカム トゥ モントリオール 
ボンジュール ア モントリオール
つなぐ心の温かさ
オリンピック モントリオール
オリンピック モントリオール
愛の花咲く モントリオール


 『歓迎の歌』として歌われるはずだった”Welcome to Montreal”は、仏語詞や日本語詞と比べても、オリンピック競技を観るためにモントリオールを訪れる世界中の人々を、心から歓迎している内容になっています。それなのに何故、この曲が各メディアからボイコットされたのか、訳して更に疑問が増すばかりです。この当時、ケベックの独立運動が盛んであったこと、さらにモントリオール市長が強行に進めたことで、『モントリオール』を連呼するこの歌は反感を買ってしまったのではないかと推測しています。

 また、山上路夫氏による日本語詞で歌った録音テープが存在するならば、たとえルネが変声した声でも、是非聴いてみたいと思いませんか?

 そして話は変わりますが、若い世代のニーズに応えて、SONYがレコードを製造する工場を1か所再開することになったそうです。デジタル音よりも、ノイズがかえって温かみがあるからと、レコードだけでなくカセットテープも見直されているようですね。それに合わせてレコードプレイヤーも製造されるとのこと。また、ジャケットをアートとしてコレクションするジャケ買いというのもあるとか。青春時代にレコードとカセットテープで音楽を楽しんできたルネ・ファン世代にも嬉しいニュースです♪
 ルネのレコードが聴きたくて、外国製のステレオを購入してCD化されていない曲をCDにしたりしていた私。今年の目標は『断舎利』なのに、物持ちが良すぎる『捨てられない女』はコレクションに埋もれて幸せな日々を過ごしています(爆★)。


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       forkシマ姉のスローライフitem9


 息子のお弁当画像第6弾です。毎回10日分まとめて紹介してきましたが、昨日で1学期も終わり、『海の日』が入ったため、12日分をまとめて紹介いたします。夏休みはお弁当もお休みになるので、ほっと一息。来学期からまた頑張ります!


 こちらは、先週の『グリーンライフ』で取り上げたシマ姉家産の黄小玉スイカ♡ さっぱりとした甘さで美味しかったですよ~♪

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        cat4三毛猫姐御だよりcat

 シマ姉家の三毛猫姉御ミイは、相変わらず箱で寝るのが大好き♡ でも、最初はぴったりフィットしていても、ムリムリッと入っているので段々箱の接着部分がはがれてしまいます。下の写真は、新しい段ボール箱で爆睡中のミイ(左)と、段ボールの敷物と化した元箱の上で、足を延ばして寝るミイ(右)。

 それから、ミイが泥んこ足で帰ってきたとき足だけ洗っていましたが、濡れタオルやペット用ウェットティッシュで拭くだけで、全身シャンプーはしたことが無かったミイを洗いました。お風呂には興味があっても、濡れるのはあまり好きじゃないようなので、パニックにならないか心配していましたが、ぬるま湯でシャンプーされても平気でした。でも、タオルで拭かれているときはちょっと怒った声を出していました。ある程度タオルドライした後は、暑いのでドライヤー乾燥はせず、ミイに任せました。下の写真は、玄関のマットの上で毛を舐めて乾かしているミイです。さすがにシャンプー中の写真は撮る余裕はありませんでした(笑)。
 

 ネット検索したところ、猫のシャンプーは年に2~3回でよいというとのことだったので、今まで洗っていなかったのも、間違いではないと分かってちょっと安心しました。もともと短毛のミイは、昨年秋はほとんど抜け毛が無く、いつも自分で舐めてきれいにしていたのですが、冬毛はたっぷり抜けました★ ブラッシングで集めたミイの毛は箱に保管して猫毛クラフトする予定です。羊毛フェルトの猫のキットもあるのですが、先代猫アスカの毛と一緒にして、猫毛だけでミニ猫を作りたいな~♪

※毎回号泣してしまう!売れ残りの成猫とオジサマの出会い第四話、『忘れていた』http://corobuzz.com/archives/100757

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”モントリオール讃歌”のレコーディング

2016年07月24日 | モントリオール讃歌
 今年の夏は、8月5日から21日までの17日間、第31回オリンピック競技大会とパラリンピックがブラジルのリオデジャネイロで開催されます。しかし、治安の悪さやジカ熱、市の財政難、警察官と消防士のストライキなど様々な問題が有り、相次いでトップ選手が出場を辞退するなど、開催が危ぶまれる事態に陥っています。
 4年後に控えた東京オリンピックも、スタジアムやエンブレムの問題で揉めに揉めましたが、今から40年前の1976年7月17日(日本時間18日)から開催されたモントリオール・オリンピックも問題の多い大会でした。


 ルネの「モントリオール讃歌」の仏語版"Bienvenue a Montréal" (Nobel NL-5713, 45rpm Single)と英語版"Welcome to Montreal"(Nobel NL 5714, 45rpm Single)は、1975年9月にモントリオール・オリンピック公式ソングとして発売されましたが、ボイコットされたためもあり、オリンピックが終わった翌1976年9月に再度発売されていました。


 日本では1976年の7月21日に、ルネが歌うモントリオール・オリンピックのテーマ曲「モントリオール讃歌(英語版Welcome to Montreal)」(CBS SONY 06SH20, 45rpm Single B面『この旗の下で』) として発売されました。しかし、前年の1975年7月1日に発売された「去年の夏 SOLB-285」で変声していたはずのルネのハイトーン・ヴォイスに、ドーピング疑惑が囁かれました。

 「モントリオール讃歌」については何度も取り上げていますので、詳しくはカテゴリ「モントリオール讃歌」を参照してください。

※カテゴリ「モントリオール讃歌」
http://green.ap.teacup.com/applet/rene_simard/msgcate12/archive


 そしてついに、「モントリオール讃歌」が、ルネの変声前にレコーディングされたことを裏付ける写真が、facebookのグループVippassionSimardに投稿されました!!

 これがその写真です!!

Enregistrement de "Bienvenue a Montreal" 「モントリオール讃歌」のレコーディング(VippassionSimardより)



 そしてそのYouYbe映像!!髪型は来日があった13歳から14歳のルネと同じですね。

 このレコーディングは1975年にモントリオールで行われたと、アメリカの芸能雑誌”16 (シックスティーン・マガジン)”が報じていました。記事のタイトルは「ルネ オリンピックに行くRené Goes To The Olympics! 」。
 この頃ルネはロサンゼルスに住んで、ミュージカル映画「青い鳥に出演するための英語とダンスのレッスンを受けており、帰れる時にモントリオールの家に戻っていました。
 その記事には、ルネがレコーディングのためにモントリオールに戻ること、ルネが書いた詩がモントリオールのドラポー市長によって選出され、オリンピックの公式ソングとして、1976年8月1日の開会式で、ルネ自身が世界に向けて歌うということが書かれていました。

 先週末、ルネがfacebookの公式ページで紹介したYouTube映像は、オリンピック委員会の前で「Bienvenue a Montréal モントリオール讃歌」を歌った時のものです。また、そのお披露目の席で、ルネがドラポー市長とオリンピック・スタジアムの模型を見ている写真も公開されました。
 この時のルネの髪型は長めのマッシュルーム・カット。そして、お披露目の前には「モントリオール讃歌」のレコーディングは済んでいたはずです。ですから、VipPassionSimardに投稿された写真の髪型とは違います。
 さらに、完成したスタジアムの前の写真のルネは、変声後リリースされた15歳のアルバム”Fernando”と同じ、少年らしい短い髪形になっています。ルネは1961年生まれですから、1976年のオリンピックの年は15歳。ルネの変声の始まりは14歳の時と考えられ、4回目の来日が有った1975年の4月以降ということになりますが、「去年の夏」が同年7月1日に発売されたことを考えると、4回目の来日後間もなく、変声が始まったことになります。

 そして日本では、カナダでレコーディングされた"Bienvenue a Montréal"に日本語詞をつけて、一足遅れてルネに歌わせようと、CBSソニーの金塚さんという女性ディレクターがカナダに渡った時は、すでに声変わりしてしまっていたようです。それで仕方なく、英語版”Welcome to Montreal”をA面、『この旗の下で』をB面にして、シングル盤「モントリオール讃歌」をリリースしたのだと推測しています。

 話は変わりますが、様々な理由で実現しなかったTVアニメ『家なき子』のテーマ曲は、アニメの放映は無くなっても、後にリリースされたアルバム『去年の夏』等に収録して欲しかったです。
 ちなみに、テーマ曲「流れる水のように」の歌入れも金塚さんが行っており、宮住氏からの情報では、変声前であったことが分かっています。「みんなあなたに」も変声前であることから推測すると、ルネがカナダや日本だけでなく、アメリカやフランスでも活動していた超多忙なスケジュールの中で、変声前の短期間に、たくさんのレコーディングをこなしていたことが分かります。


René Simard Live Bienvenue à Montréal

▲ドラポー市長とオリンピック・スタジアムの模型を見ているルネ

▲(オリンピック・スタジアムを背景にして)
<和訳>モントリオールがオリンピック競技場を準備している時、人々はルネに、モントリオール市に大きな出来事が到来することを強調するものを歌ってくれと言った



 上の記事は、ルネの写真集から抜粋したものです。カナダの各メディアからボイコットされたとされるルネの「モントリオール讃歌」ですが、ルネが歌うことに強い要望があったと書かれています。
 このことについて、フランス系カナダの人々(ケペコワ)と見解が違うのは、当時、ケベック州でカナダからの独立運動が盛んだったため、「モントリオール」を強調する内容の歌詞が、イギリス系の人々から反感を買ったからではないかと推測しています。


 さて、ミュージカル「メリー・ポピンズの公演は、31日(日)の千秋楽まであとわずかとなりました。facebookでは公式ページで写真や映像が公開されていて、華やかで楽しい舞台になっていることが伺えます。Juste pour rireでは、ミュージカル「メリー・ポピンズ」の他に、「ロメオとジュリエット」も上演中です。今年の夏だけで終わらず、ケベックの夏の定番になって、毎年上演されるといいですね!

 そして、ルネの演じているMr.バンクスは、激しいダンスこそはありませんが、無事この長丁場を乗り切って、8月中は、9月9日(金)から再開するコンサート・ツアーに備えて、十分休養を取って欲しいです。
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『モントリオール讃歌』のお披露目会

2015年08月01日 | モントリオール讃歌
 暑中お見舞い申し上げます。

 今日から8月。連日の猛暑と熱帯夜、そして熱中症による救急搬送のニュースが毎日報じられていますが、ルネ友の皆さまにおかれましては、如何お過ごしでしょうか。

 私はといえば、7月の土日はほとんど休み無しだった疲れに加え、明け方の外気やクーラーの風で喉をやられたのか咳が出て、昨日からちょっと風邪気味です。昨日も1日研修でした。重要な提出書類や仕事は一段落しているので、今週末は久々にゆっくり体を休めようと思っています。来週は月・火が出張で、木曜日は日帰りドックなんです~★


 さて今回は、私のルネ・コレクションの中から『モントリオール讃歌』に関する記事を紹介いたします。

      ▲『モントリオール讃歌』のレコード・ジャケット


 今から39年前の1976年8月1日(日本時間2日)は、モントリオール・オリンピックの閉会式が開催された日です。

 そして日本では、7月21日にルネが歌うモントリオール・オリンピックのテーマ曲「モントリオール讃歌(英語版Welcome to Montreal)」(CBS SONY 06SH20, 45rpm Single) が発売されました。

 CBCのアーカイブサイトに、モントリオール・オリンピック準備委員会が、ルネの”Welcome to Montrel”をテーマ曲にするために115,000ドルを支払ったが、この曲の評判が悪く、多くのラジオ局で放送を拒否されたため、この曲の宣伝にさらに多額の費用をかけたということが書かれていました。
 また、1977年12月に提出されたモントリオール・オリンピック公式報告書には、ルネがオリンピック開催の一年前に『モントリオール讃歌』を英語と仏語でレコーディングしていたこと、同曲がTVやラジオのニュースでオリンピックの紹介をする時に使われていたことが書かれていました。
 「ルネが書いた歌詞が、当時のモントリオール市長ドラポー氏(Drapeau)によって選ばれ、1976年8月1日の閉会式に全世界に向けて歌う予定」という記事もあり、日本のルネ・シマール・ファン・クラブ「メープル・メイツのメープル・ニュースにも、「ルネの『モントリオール讃歌』は、8月1日の閉会式に歓迎の歌として歌われる」と書かれていましたが、閉会式でこの歌が、ルネによって歌われることはありませんでした。

 1976年7月17日(日本時間18日)開会式、8月1日までの期間で開催されたこの大会は、カナダで大規模なストライキが起きてメインスタジアムの工事が大幅に遅れ、完成しないまま開会式を迎えたり、アフリカ諸国がアパルトヘイトに抗議して参加をボイコットしたり、市の財政を圧迫する膨大な負債を残すなど、波乱含みの問題が多い大会だったことは過去ログに書きました。(カテゴリ「モントリオール讃歌」参照)

 2020年開催の東京オリンピックも、メインスタジアムである国立競技場の建設計画見直しや、公式エンブレムの盗用疑惑問題等で話題が絶えません。問題が多いという点では、モントリオール大会と重なることが多いように思います。
 実は、モントリオール大会も、前出の問題以外に、オリンピックの五輪のマークをモントリオールの頭文字Mと融合させたデザインにしたため、組織委員会から注意を受けていたとのことでした。確かに、後にも先にも、モントリオール大会以外で五輪のマークをアレンジした大会はありません。また、メインスタジアムは斬新なデザインで、設計上の問題やストライキで遅れた分を取り戻すために工事を急いだこともあり、施設を維持するのが困難な問題が起きていたようでした。
 2020東京オリンピックの国立競技場建設計画見直し問題によって、国と東京都の連携がうまくいっていなかったことが明るみになりました。これからオリンピックのテーマ曲の選定、競技施設や選手の宿泊施設等の整備など、2020年までに進めなければならないことが山積していますので、モントリオール大会の教訓をもとに、これ以上問題を起こさず、東京都が負債で苦しむようなことがないようにして欲しいと思います。



 そして、ルネが市長たちの前で「モントリオール讃歌」をお披露目した時の映像と、ナディア・コマネチが体操の平均台の演技で10.00満点を出した時の映像を、ルネが歌う仏語版「モントリオール讃歌」”Bienvenue à Montréal”にのせて紹介したYouTube映像です。今回紹介する記事は、このお披露目会を報じたものだと考えられます。解説文を訳してみたところ、この時すでに問題が起きていたことが分かりました。

オリンピックのテーマ曲発表される/同様の問題!
 昨日、ルネ・シマールがロジェ・ルーゾー(ロジャー・ルソー)大使の面前で1976年のオリンピックの歓迎全てを願うために歌を披露している間、新聞雑誌記者たちはオリンピックのテーマ曲の了解しがたい問題について、弁護士にインタビュー(誘導尋問)するために彼の方へ押し寄せた。
(写真LE JOUR:クレール・ボーグラン=シャンパーニュ)


 この解説文には、"se dehancher"が2回出てくるのですが、大修館書店発行の仏和辞書では、「骨盤を脱臼する」「(俗)腰をふらふらさせて歩く(踊る)」「(俗)大骨を折る(ふりをする)」という意味が書かれていました。「ルネが腰をふらふらさせて踊る?」それから「記者たちが腰をふらふらさせて歩く?」ルネが骨盤を脱臼したなんてことはなかったと思うし…。それで上のような訳になりました。仏語に堪能な方、是非正しい訳をお教えください。


 先程、あまりにも体がだるいので体温を測ってみたら、38.0°Cありました★ 人生初の梅干し作りの話も入れる予定でしたが、ここでアップして休みます。

 ルネ友の皆さまも、熱中症や夏風邪などには十分気をつけて、お体ご自愛くださいませ。
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モントリオール・オリンピックと2人の天才

2013年07月21日 | モントリオール讃歌
 今から37年前の1976年7月17日(日本時間18日)モントリオール・オリンピックの開会式が開催されました。そして7月21日には、ルネが歌うモントリオール・オリンピックのテーマ曲「モントリオール讃歌(英語版Welcome to Montreal)」(CBS SONY 06SH20, 45rpm Single) が日本で発売されました。


 日本のルネ・シマール・ファン・クラブ「メープル・メイツ」のメープル・ニュースで、ルネの「モントリオール讃歌」は、8月1日の閉会式に歓迎の歌として歌われると書かれていました。しかし、モントリオールを強調しすぎたその歌詞からか、各メディアからボイコットされてしまいました。そしてそれによって、著名な作曲家からなるCOJOが、最優秀作品に2万ドルの賞金をつけて「送別の歌」を一般公募しました。エステル・サントゥ=クロワの歌う”Je t'aime(Yes I love you)”がその「送別の歌」だそうです。それは「歓迎の歌」として作られたルネの”Bienvenue à Montréal(Welcome to Montreal)”とは、全くイメージの違う曲でした。YouTubeにその映像が紹介されていますのでご覧ください。また、以前紹介いたしましたセルジュ・ラプラードゥ氏の”Vive les Jeux olympiques”は彼が個人的に作った歌で、公式な曲ではないのだそうです。

♪YouTube”Estelle Sainte-Croix - Je t'aime(Yes I love you)Olympiques 76”http://youtu.be/Ty7aaSM62S0



 ルネの1975年9月にモントリオール・オリンピック公式ソングとして発売された「モントリオール讃歌」の仏語版"Bienvenue a Montreal" (Nobel NL-5713, 45rpm Single)と英語版"Welcome to Montreal"(Nobel NL 5714, 45rpm Single)はボイコットされたためもあり、オリンピックが終わった翌1976年9月に再度発売されていました。

 この「モントリオール讃歌Bienvenue à Montréal(Welcome to Montreal)」とオリンピックのテーマ曲は、 カナダのピアニストであり作曲家でもあったアンドレ・マチューの「ピアノ協奏曲第4番」を編曲したものでした。
 このアンドレ・マチュー、ファースト・ネームが「ルネ」で、誕生日が2月18日! そして、4歳にして作曲を始め、6歳で初リサイタル…という「カナダのモーツァルト」と称される天才作曲家でした。

 そのケベック出身の天才作曲家の曲を、これまた10歳で歌手デビューし、次々とケベックのレコード売り上げの記録を塗り替え、若干14歳で並みいる大人の歌手を抑えて第3回東京音楽祭世界大会でグランプリとフランク・シナトラ賞を獲得したルネが、自ら作詞した歌を歌ったのですから、それはもう、世界に名だたるケベックの天才2人のコラボレーションとして話題性は十二分だったことでしょう。ノーベル・レコードとしても、フランスやアメリカでルネを活動させていた頃でしたから、力を入れていたプロジェクトだったと思います。そして、ケベックのカナダ独立運動が盛んだったこの当時、モントリオールを、そして仏系カナダ、ケベック州を世界にPRするために、当時のモントリオール市長ジャン・ドラポー氏が仕組んだ策略だったに違いありません。それもあって、歌詞に「モントリオール」が繰り返されるルネ作詞の「モントリオール讃歌」が、カナダの各メディアからボイコットされたのではないかと、私は勝手に推測しています。


 また、日本のルネ・ファン・クラブ「メープル・メイツ」の会報の裏表紙には、山上路夫氏による日本語詞が付けられた楽譜が掲載されており、宮住氏のエッセイから、日本語で吹き込んだ「モントリオール讃歌」を発売するプロジェクトが組まれ、ルネの変声によって変更を余儀なくされたのではないかと推測されました。ルネの来日が減って、ルネ・ブームが冷めかけていた時に、モントリオール・オリンピックの公式ソングをルネが歌うというのは、これまた話題性十分でCBSソニーもレコード発売に大乗り気だったそうです。日本のスタッフはボイコットされた事実を知っていたのかどうかは分かりませんが、日本でも、ルネの「モントリオール讃歌」はビジネス・チャンスだったのですね。

 「モントリオール讃歌」の作曲家であるアンドレ・マチューについて調べてみました。

アンドレ・マチュー(1929 - 1968)

・本名:ルネ=アンドレ=ロドルフ・マチューRené André Rodolphe Mathieu
・1929年2月18日生まれ 
・カナダ ケベック州 モントリオール出身
・父:ロドルフ・マチュー(音楽教師 作曲家)
・母:ウィレミーヌ=ガニョン・マチュー(チェリスト 教師)
・生後4カ月で最初の言葉を発し、7カ月で歩く
・彼の父は最初、音楽を教えることに消極的で、ピアノに触れることを禁じたが、彼の才能を認め音楽教育を行った
・4歳で作曲を始める
・1935年2月25日 6歳の時、モントリオールのリッツ・カールトン・ホテルで初リサイタル
・1936年 CBCネットワークでソリストとしてのピアノと管弦楽の協奏曲第1番を発表
・1939 年3月26日 パリのリサイタルの成功により、「カナダのモーツァルト」と称される
・1941年 12歳の時、ニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラの100周年を記念した作曲コンクールで優勝
・カーネギー ホールでピアノと管弦楽のためのコンチェルティーノ第2を演奏
・1943年モントリオールに帰り、バッハ、ベートーヴェン、ショパン、リスト、ドビュッシー、ラヴェルと彼自身の作品を演奏するコンサートを多数行った
・1946年パリへ留学するがうまくいかず、孤独とホームシックのため1947年にモントリオールに戻る
・1960年 マリー=アンジュ・マシコットと結婚したが、アンドレのアルコール依存症や感情的な問題のために結婚生活は短かった
・1968年6月2日に39歳の若さでで急逝



 「カナダのモーツァルト」とまで言われ、ラフマニノフに「私よりも天才」とまで言わしめたマチューの曲は、フィギュア・スケートでカナダの選手が好んで使用するそうです。以前には、ケビン・レイノルズが前出の「ピアノ協奏曲第4番」を使用。その大会のフリーで踊った「ケベックの協奏曲」もマチューの作曲で、ラフマニノフに似た甘いピアノ協奏曲だそうです。レイチェル・フラットも以前にこの曲使っており、「カナダ選手がマチューの曲を使うのはお約束になりつつあるのか」と書いている方もいらっしゃいます。

 12歳頃に書いたというマチューの「ピアノ協奏曲第4番」は、中間の美しいメロディが、ルネの歌ったモントリオール・オリンピックのテーマ音楽になっているので、是非お聴きになってください。

♪1976 モントリール オリンピック・カンタータ
http://www.youtube.com/watch?v=b5KYQ5KF5TQ&feature=related

♪ルネの「モントリオール讃歌」(公式テーマ曲)
http://www.youtube.com/watch?v=43kJRphn1Gw

<参考>”Symphonie Romantique (Concerto de Québec)”
第1楽章

http://www.youtube.com/watch?v=u8PG1Pu9Oxg&feature=related

第2楽章
http://www.youtube.com/watch?v=QA75V7Xk4jM&feature=relmfu

 モントリオール・オリンピックは、ルネの「モントリオール讃歌」のボイコットやストライキによる工事の遅れなど、波乱含みの問題が多い大会だったことは過去ログで何度も取り上げていますので、カテゴリ「モントリオール讃歌」でお読みください。

※カテゴリ「モントリオール讃歌」参照
http://green.ap.teacup.com/applet/rene_simard/msgcate12/archive


 ルネとアンドレ・マチュー。マチューは若くして亡くなりましたが、ルネにはいつまでも元気で活躍してほしいですね!!
コメント
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