ミドリ色の屋根は永遠に~René Simardに首ったけ~

ルネ・ファンのルネ・ファンによるルネ・ファンのためのルネ・ブログ シマ姉のルネ・データ・バンク

やっと秋らしくなりました

2007年09月30日 | ルネの画像
 今日は全国的に雨が降り、11月上旬の気温ということです。ずっと残暑が厳しく、9月下旬になっても朝からミンミンゼミが鳴くという異常な暑さから一転しての涼しさですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。
 私は風邪で喉を痛め、8月下旬に声が全く出なくなり、治ったと思ったら今度は咳が止まらず、暑さと咳で睡眠不足の日々を送っていました。でも、しっかりブログ記事は更新していましたが・・・・(苦笑)。

 さて前回まで、私自身さえも予想していなかった『ルネの家』の6回連載(?)で、「誰でもいいから、私を呼び戻してくれ~~っ!!」と叫びたくなるほどディープな域に突入し、泥沼で溺れかけていました(爆★)。ルネ・ファンでない人にとっては「そんなの関係ねぇ★」な内容の連続に、ドン引きの方もいらっしゃったのではないかと深く反省していますが、ルネの笑顔がみなさまの心を和ませてくれていたと信じています。

 今回は可愛いルネのグラビア記事の中から、秋らしい画像を紹介いたします。
 記事タイトルは『RENE ルネがみつけた光る秋』です。ちょっとめずらしい短パン小僧のルネ(ポケモンか?!笑)。ショタ・コン(※「正太郎コンプレックス」の略 そういうサイトにルネの名もあったんです★怒 ちなみに歌手の「ショコタン」ではない)のお姉様方が喜びそうなサービス画像をお届けします。





2度めの日本でルネが大好きになったもの 赤とんぼ 京都の五色豆 ラジ・コン飛行機 そしてあなたの白いセーラー服
特に休日の午後 パパにせがんで出かけたデパートで ラジ・コン飛行機を買ってもらったときのルネの喜びようといったらなかった
すぐ原っぱをさがして試験飛行だ 秋のやわらかな日ざしにピカピカ光って風にのる《ルネ号》 彼の顔もまけないくらい輝いていたよ

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ルネの家⑥

2007年09月30日 | ルネの家
 「月刊明星」に掲載された『ルネは童話の街で笑っていた』の記事には、ルネが当時住んでいたケベック・シティの歴史や、ルネの芸能界での仕事の様子が、ルネからのメッセージのような文章で紹介されています。


 ルネは、ルネが生まれたシクーティミから、ケベック・シティの郊外にあるオルレアン島の『白い家』に越してきましたが、パパ ジャン=ロック・シマール氏が喘息で仕事ができなくなった時、ケベック・シティの地下の部屋を借りて移り住みました。生活保護を受け、貧しい生活の中でルネとレジスが思いついたのは、レジスのギターでルネが大好きな歌を歌ってお金を稼ぐことでした。
 ルネが住んでいた地下の部屋を探すには、私が行ったカナダ旅行のツアーのフリー・タイムは短すぎましたが、ルネが歩いたであろう「18世紀の世界に連れて行ってくれる」ケベック・シティの街並みや城砦を写真に撮ってまいりました。

 今回は、『ルネは童話の街で笑っていた』の記事の、大好きなママ ガブリエルにキスされて幸せそうなルネの写真と共に、ルネからのメッセージとケベック・シティの写真を紹介いたします。



ルネよりあなたへ
ハーイ みなさん元気? ボクもこの22日 またニッポンにやってこられて たいへんシアワセです
ところで ボクが東京へ来るちょっと前 明星の記者とカメラマンがボクの住むケベックへ取材にやってきました ボクの家族のことやボクのまちのことを みなさんに知ってもらういいチャンスだから とてもはりきっちゃったんだよ
さてと ケベック市ってカナダのどのへんにあるのか知ってますか 地図帳があったら見てほしいんだけど オンタリオ湖から流れ出るセント・ローレンス河の河はばが グッと広くなるところがあるでしょ  その左側の岸にあるのがケベック ねっ 見つかった?
ちょっとまちの歴史の話をすると昔ここはインディアンの部落があるだけだったんだ ところが17世紀のはじめになってフランス人が移り住みはじめ その植民地になってから急に発展しはじめたんだって これ きょ年の歴史の時間に習った話だから まちがいないよ
いまでも市をとり囲む城壁には 古い大砲が昔のまま残っているし 狭い石だたみの道も いっぱいあるんだ このまちがフランスの地方都市に似ているっていわれるのは そんなところからだと思うんだ きっとー
だから このまちで話される言葉はフランス語 カナダ全体では英語とフランス語が公用語で どちらかといえば英語に比重がおかれているんだけど ケベックではフランス語が だんぜんはばをきかせてる
つまりこのまちが フランス系カナダ人ーフレンチ・カナディアン(ぼくもそのひとりだけど)のまちだからなんだよ
ちょっとカタイ話になっちゃったけど これでボクの育ったまちのこと 少しは分かってもらえたんじゃないかしら
さて、ボクのカナダの生活だけど 日本のスターにくらべたら それはノンビリしたもの! だってカナダの芸能界は アメリカや日本ほど大きくないし だいいち生活のリズムが 日本人とはくらべものにならないくらい ゆるやかなんだから もちろんパパが忙しくなりすぎないように 気をつかってくれているせいもあるけどね
仕事は週3日くらい TVやコンサートがほとんどなんだ TVに出るときは曲のあるモントリオール(カナダ第1の都会)まで出かける 車で3時間くらいかかるけど 毎日ってわけじゃないから ぜんぜん平気さ だいいちケベック以外のまちに住むなんて
ボクいやだ だから 学校だってちゃんと行けるし パパやママやそれから大好きなナタリーとだって たっぷり遊ぶ時間もあるんだよ
ボクこんどの来日では 9月の中旬まで滞在の予定なんだ 9月10日には新曲『小さな生命』も出ます メロディーがそれはきれいな大好きに曲 こんどもあなたの声援をボク待っています



♪ケベック・シティの城砦♪


♪ルネも乗っていた馬車♪


♪トレゾール通り♪ 画家が絵を売っています


♪プチ・シャンプレン通りの階段♪

 他にもたくさん写真があるのですが、余計なもの(主人や私)が写っているのでアップできません(爆★)有名なシャトー・フロントナックやノートル・ダム大聖堂などは、こちらでご覧ください。
※ケベック州政府観光局公式サイト
http://www.wcs.ne.jp/bonjourquebec/
※エリア別ガイド
http://www.canada.or.jp/area/quebec/city.html
※ケベック・シティ
http://www.motijetset.com/quebec.html
※Wikipedia ケベック
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%99%E3%83%83%E3%82%AF_(%E3%82%B1%E3%83%99%E3%83%83%E3%82%AF%E5%B7%9E)
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ルネの家⑤

2007年09月29日 | ルネの家
 『ルネの家』がとうとう第5回目を迎えてしまいました(笑)。

 それというのも、「月刊明星」に掲載された『ルネは童話の街で笑っていた』というグラビア記事の、ルネが家族のために新しく建てたという家は、『ルネの家』ではないらしいことが分かってきたからです。

 当ブログのゲスト様であり、情報提供者でもあるしゃむねこさんのコミュニティサイト”Passion Rene Simard Au Japon”のカナダのファンの方々の見解は、「記事で紹介されている家は『ルネの家』ではない」ということで一致しています。その理由として、

1 オルレアン島には、『白い家』と『船長の家』の他に、
 『ルネの家』は無い。または、第3の家の話は聞いた
 ことがない。

2 シマール一家の写真の撮られた部屋には家具が少な
 い。撮影のために移動したのかも知れないが、越して
 きたばかりという感じがする。

3 ルネの部屋の窓は古いスタイルの物(1950年代)で、
 新築の家には付いているはずがない。

4 ルネの部屋のペイントがはげていて、古い感じがする。

5 ルネの部屋のインテリアや持ち物が不自然。物が少な
 いし、子どもっぽい。
 (確かに、13才の男子の部屋にあるにしては、おもちゃ
 が子どもっぽいですし、ルネが大好きで集めているはず
 の鉄道模型や、有るべきはずのアイス・ホッケーのステ
 ィック等が見当たりません
。)

・・・・などなど。

 また、ギー・クルティエ氏が日本からの取材のために用意した家ではないかという疑惑も持ちあがり、謎が解けるどころか謎は深まるばかりです。

 私が前回までの記事で書いたとおり、『月刊明星』で紹介された写真の家は、オルレアン島にある2軒の『ルネの家』のどちらでもなく、当時住んでいたであろう『船長の家』の近所の家でもありません。そして、『船長の家』は、記事で書かれている内容のような大きな家でもありません。私の推測の域を出ませんが、しゃむねこさんも考えているとおり、ルネがカナダでは大スターであることを強調したかったクルティエ氏が、日本の記者の取材のために偽装した家というのが、真実に一番近いのかも知れません。

※オルレアン島で現地ドライバーさんに案内していただいた「228」の家は、ルネの姉オデットか兄マルタンがオルレアン島に来た時コテージとして使っている(た?)家ではないかという情報も入りました。

※疑惑の『ルネの家』の画像は過去ログ「ルネの家②」でどうぞ
http://green.ap.teacup.com/rene_simard/171.html

 また新しい情報が入りましたら報告することにして、今回は、話題の『ルネは童話の街で笑っていた』から2枚の写真を紹介いたします。


♪上の写真の解説♪
 ルネの住むケベックは 絵はがきのように美しいまち 丘の上からは古いシャトーが 歴史と伝統につつまれた街並みを見下し 石だたみの坂道を観光客を乗せて馬車が走る 何百年の昔に 時計がとまってしまったそのままのようなこの静かなまちで かわいいルネはのびのびと暮らしていた

♪下の写真の解説♪
 幼いころからずっと ルネはこのたたずまいの中で 遊び ケンカをし そして歌をうたって育ってきた 特に2年前に郊外に引っ越すまでは 毎日のように走りまわったこの石だたみの道 友だちとこっそり馬車のうしろにとび乗って クスクス笑いあったささやかな冒険ものがたり

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ルネの家④

2007年09月24日 | ルネの家
 『ルネの家②』をアップした後に、やんばるQさんから突っ込みメールが入りました。『「家」であと4~5話記事、書けるでしょ?』と(笑)。まさかそこまでと思っていましたが、そうなりそうな勢いです。

 何故かといいますと、”Passion ルネ・シマール Au Japon”のしゃむねこさんが、『ルネの家②』をコミュニティ・サイトの当ブログの紹介コーナーにアップし、『月刊明星』の記事の家について呼びかけたところ、ディスカッションで答えてくださったカナダのファンの方お二人は全くご存じなかったからです。
 お一人は”Passion Rene et Nathalie Simard”のジゼルさん。「オルレアン島には3軒目の家はないはず。」とのこと。もうお一人も、「隣の家だったりではないか。」と言っていらっしゃるのですが、過去ログで紹介した、この家の隣の家のプールで遊ぶルネの画像も、同じ記事に掲載された写真でした。ケベック・シティのオプショナル・ツアーで案内された時、『隣の家のプール』という記憶があったためお隣やご近所の家も確認しましたが(怪しい日本人観光客ですね★爆)、オルレアン島で案内された2軒の家も隣の家も、プールのない、周りを木々に囲まれた家でした。記事で紹介されている家の庭は、よく手入れされた芝生のとても広い庭ようですが、私の見てきた家々は、広い芝生の庭はなく、どちらかというと高原の別荘という感じ。もちろん、記事の写真の家とは全くの別物でした。
 考えても見てください。来日していた頃のルネの人気はカナダでも絶頂期で、フランスやアメリカにも進出していましたから、母国カナダの方たちが新しい『ルネの家』のことを知ったら、大勢のファンが押し寄せて大変なことになってしまうでしょう。日本の雑誌に掲載された記事にも書かれていたのですが、ルネのプライベートな休日のスケジュールや行き先は極秘事項でした。ですから、ルネの新築した家なら、ファンは真っ先に行ってみたい場所ですものね。日本の取材には応じても、カナダでは内緒にしておかなければならないことだったとしてもおかしくありません。
 実際、明石家さんまのバラエティー番組『明石家多国籍軍』でルネのことが放映された映像では、ルネが現在住んでいるモントリオールの自宅のリビングや庭、事務所等が撮影されていますが、カナダでは公開されていないようです(カナダのファンが見たら大変なことになるという話もあります)。ルネはそれ位、ケベックでは大スターなのです。

 『ルネの家』の1つ、『船長の家』はYouTube映像で紹介されてしまっているので、私がカナダ旅行で撮ってきた写真を載せても大丈夫だと判断し、今回画像をアップしちゃいます。


♪ルネの「船長の家」♪


♪現地係員さんに案内していただいた家♪


♪門に「228」の文字があります♪

 私が旅行した頃、ケベック・シティを含む東部カナダのツアーはとても少なく、添乗員付きのツアーなど有りませんでしたが、今は結構有るようです。最もポピュラーなカナディアン・ロッキーやナイアガラ・フォールズのツアーのようにお手軽ではありませんが、是非是非ルネの『船長の家』と古いフランスの街並みを思わせるケベック・シティを見に行って欲しいと思います。


♪オルレアン島のメープル・シロップ小屋♪
 夏だけオープンする別棟のレストランで、メープル・シロップ料理をいただけます。


♪ケベック・シティの街並み♪
 ルネが兄レジスと歌を歌っていたのもこんなお店?
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ルネの家③

2007年09月24日 | ルネの家
 『ルネの家②』をアップしながら、以前紹介した記事を思い出しました。グランドピアノのある大きな家の話があったはず。
 
 それは今は無きケイブンシャ(勁文社)
 ニュー・ソング・ブック臨時増刊号
 「スーパーアイドル ルネ」に掲載
 された、『ルネ・シマール物語』の中の
 『13才のミリオネア』にありました。
 さらに、『白い家』とケベック・シティの
 地下室
の話も『パパの病気』のところで
 触れられていましたので、抜粋して紹介
 いたします。
 また、『ルネ・シマール物語』をまだお読みになっていらっしゃらない方は、記事カテゴリ『ルネ・シマール物語』で過去ログをお読みください。

     ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

※「ルネ・シマール物語⑦13才のミリオネア」より
 ルネの新しい家は、イル・ドルレアン(オルレアン島)に建てられ、大きなグランドピアノや、その他の音響製品でうずまっています。この家は、ルネの小さい時から夢にみていた家なのです。パパとママ、それに他の兄弟たちが思い思いに楽しく暮らせる広い家です。
<ahref="http://green.ap.teacup.com/rene_simard/48.html">http://green.ap.teacup.com/rene_simard/48.html

※「ルネ・シマール物語③パパの病気」より
 パパが病気になったのは、ルネが7才の時でした。パパの病気はぜんそくでした。現在は良くなったものの、その頃はひんぱんに起きる発作のため、ほとんど働くことはできない状態でした。このため、もちろん一家の生活は苦しいものになり、まず、それまで借りていた、大きな二階建ての家から、ケベック市内の小さなアパートの地下の4部屋に移りました。姉さんたちも働きに出ました。でも、何と言っても食べざかりの子供が7人。国からの保助や、姉さんたちの仕事だけでは食べるだけがせいぜいです。
<ahref="http://green.ap.teacup.com/rene_simard/44.html">http://green.ap.teacup.com/rene_simard/44.html

※「勁文社」について
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%D2%A6%CA%B8%BC%D2

     ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 『月刊明星』の記事で紹介されていた『ルネの家』は、両方の記事が取材及び掲載された時期を考えると同じ家です。ルネが夢見ていた大きな家は、ルネが家族のために新築した家だったのですね。

 さて、『月刊明星』で紹介された『ルネの家』の記事ですが、『ルネは童話の街で笑っていた 』という、本誌記者がカナダで取材したグラビア記事でした。ルネが住んでいるケベック・シティの街並みや、『ルネの家』があるオルレアン島の、ルネが聖歌隊をしていた教会と、ルネが通っているセント・ペトロネル公立学校の写真も掲載されていましたので紹介いたします。なお、教会の外観はYouTube映像でご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=DNFW7DVziu8



♪上の写真の解説♪
 ルネはこのセント・ペトロネル公立学校の8年生 真っ白な後者が一棟のかわいらしい学校だ 教室にはボーイ・スカウトの制服姿のルネが 3人の仲間といっしょに写した大きな写真がはってあった ルネの得意な学科は歴史と数学 「いつもクラスで5番以内に入っているんだから・・・」

♪下の写真の解説♪
 週末の午後は 家族そろって市内へ買いものに出かける ルネのいちばん好きな時間だ 彼は1ドル(300円)のおこずかいと 1時間の自由時間をもらってお店をのぞく おもちゃ屋 キャンディー・ストア 赤い屋根のベーカリー みんな一家が市内に住んでいたころからのなじみのお店だ



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