先日さやかホ-ルで講談会があり出かけた。
講談なんて久しぶりだ。
中学生のころ、講談好きの友達がおって、休み時間などにババンバンバ-ンと
机を叩きながら講談を楽しんでいたことを思い出した。
太平記の中の戦記物だったが、歯切れのいい口調が大好きだった。
その後も旭堂南陵が好きで、二代目旭堂南陵まではよくラジオで聴いていた。
この女流講談師は五代旭堂小南陵と名乗っているからにはその一派なのだろう。
今では漫才、落語に人気が移り講談を語る人は少なく200人ぐらいだそうだ。
講談は戦国時代の「お伽衆」が起源だとも、
さらに古くは平安時代に僧侶が節をつけて説法したのが起源だともいわれている
実に歴史の長い古典芸能である。
江戸時代から明治時代にかけては大いに人気を博し、
今では大出版社になった講談社も、この講談の速記本が当時売れに売れたことで
出版社としての基盤を作ったといわれている。
さて今回の講談会は、私たちの地元大阪狭山市の歴史にスポットを当て、
ご当地創作講談「狭山藩ZERO代 北条氏規」として開催されました。
「講釈師、見てきたようなうそを言い」どこまでが本当でどこが嘘なのか?
講談作家 大谷邦郎の創作講談を女流講談師の語りで聴いてきた。
つづく