晋ちゃんの気ままな散歩道

あっちこっち横道にそれたり休んだりしながら気ままに散歩しています。

6月29日(水) 田植えが始まった 

2011-06-29 19:01:00 | 散歩道

今朝は朝から太陽が照りつけていたが空気が涼しかったので穴地蔵を越えて小山田の方まで歩いてみた。



ちょうど田植えが終わったところで田圃には水が一杯張られあぜ道の横の水路を流れる水の音が気持ちいい。
途中のため池も水を満々と湛えている。
田圃の水入れを終わって帰る途中のお百姓さんに聞いたら今年の田植えは例年より少し早いと云っていた。
今日の天気を見ても完全に梅雨は明けている。
早く田植えをしないとため池の水も干上がってしまうだろう。

昨日、今日東電、関電を始め電力会社の株主総会が続いた。
東電の総会には9,000人を越える株主が出席し、6時間にわたる質疑応答が行われたようだが、原発事業からの撤退、役員の選任議案反対などの株主提案はすべて否認され、会社側提案が賛成多数で可決された。
その中で勝俣会長がこの総会の決議は大手数人の株主の賛成で事前に可決されていたという趣旨の発言があった。
いちいち数を確認することもないのだ。
いくら個人株主が束になって原発事業廃止を提案しても会社側は痛くも痒くも怖くもない。
時間をかけて云いたいことを云わせガス抜きをするためのセレモニーでしかなかったのだ。
東電の大株主を見ると日本トラスト信託口、第一生命、日本生命、日本マスター信託口、東京都、その他大手金融会社など金儲けだけが目的で、被災地の住民や放射能被害を受けている個人など虫けらぐらいにしか思っていない大手企業ばかりなのだ。
東電の株主総会に出席して異議を唱えても無意味だ。
これからは東電の大株主の会社の総会で持ち株を売り払うよう提案するしかない。
しかし大株主も大損を被っているし、大株主の会社の株主も金儲けで株を買っている人達ばかりなので思うようにはいかないだろう。
近い将来起こることが予想されている南海、東南海地震で痛い目に遭うまで変わらないのだろうか。
虚しい限りだ。
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6月27日(月) もう梅雨は明けたのですか 

2011-06-27 21:47:00 | 散歩道

今朝の日の出。

今日は4時半でも蒸し暑かった。
普段なら4時半に散歩に出れば多少ひんやりとした空気を感じるが今朝は全くなし。
昨日の暑さをそのまま残している蒸し暑い散歩になった。




朝日の差し込む散歩道です。

散歩のあと家に帰って7時半から小学生の登校見守り。
これは楽しい。
小学生と「おはよう」の挨拶のあと交差点で信号待ちの間いろいろ話しかけて見る。
むこうから「おはようございます」と挨拶して来る子供。
挨拶しても返事のない子供。

10時から「自治会夏祭り実行委員会」。
お飾りだけの実行委員長になった。
夏祭りの催しにハワイアンとフラダンスが、出店には生ビールが出来ないか提案した。





土曜日の南中円卓の会議では「自治会対抗のど自慢」が出来ないか提案、自治会長を離れて遊ぶことばかり考えている。

来週日曜日は「狭山合唱祭」。
昨日「ジョイフル」の最後の練習があったがどうもアルトの音程がつかめない。
今週は歌の練習を徹底的にやります。



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6月24日(金) 暑い!!

2011-06-24 22:30:00 | 趣味

10時から南海電鉄の株主総会に出かけた。
会場は大阪府立体育館。
プロジェクターを使ってスクリーンに説明を映し出すなど、4年前に出席した株主総会に比べれば様違いにスマートになっている。
しかし株主の質問に移るとローカルになる。


ローカルな質問が終わった時には12時を過ぎていた。



上六の日赤によって1時過ぎ黒門市場近くの「しき浪」へ昼飯を食べに行った。
ここではいつも「Aランチ」。
白身魚のフライ、海老フライ、ハンバーグ、ハム1枚、サラダ、福神漬の乗ったライス。

あと千日前のビッグカメラでICレコーダーを買って4時に帰宅した。
電車の中、病院の中、商店の中は涼しいが外を歩くと暑い。
今日は天気が良いので走行中の電車は車内のライトは点灯していないが暗いとは感じない。

これから3カ月こんな日が続くと思うと命が持たない。

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6月18日(土) 桑の実のジャム

2011-06-18 19:28:00 | 料理

桑の実で作ったジャムを貰った。

ブログで見て桑の実なんて食べられるのかな。
桑の葉はお蚕さんの餌ぐらいは知っているが。
と冗談半分にコメントしていたら砂糖少々、レモン少々 ナベで煮詰めてビン詰めにして送って来てくれた。



早速パンに乗せて食べて見た。
ジャムというよりフルーツデザートかな。
甘酸っぱくて食欲が進む。




私は最近遠赤外線を使って石窯で焼いたこのパンが気に入ってよく食べる。


マーガリンをコッテリ塗ってトースターで焼いて食べるのだが、パリッと焼きあがって窯出しの美味しさが味わえてメッチャうまい。
しかしそれだけでは何かちょっと物足りないと思っていた。
この桑の実のジャム、パンに塗るのではなくご飯のおかず感覚でスプーンで食べて見ると結構いける。
いますごくはまっています。

海江田経産相が「原発の安全対策について適切に実施されたことを確認した」として現在停止中の原発の再稼働に政府としてお墨付きを与えた。
実にいい加減なお墨付きだ。
それで地元に説明し原発の稼働を要請するらしい。
事故から100日で今回の事故を踏まえた安全が確認出来るのならなぜ今までになされていないのか。

アメリカから持ってきた汚染水浄化装置がまたまたダウン。
いまや國、東電の云うことを国民は誰も信用していない。

海江田経産相は議員になる前は真面目な経済評論家だと思っていたが失望だ。
人はみな国会議員になると、閣僚になると人が変わるのかね。
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6月15日(水) 梅雨の晴れ間

2011-06-15 12:09:00 | 散歩道

自治会長を辞めて2ケ月、昔のペースの毎日に戻りつつある。
今朝も以前から挨拶をする程度の人に話しかけて見たら話題が広がって行った。
しかし話題の中身は自治会や南中円卓がらみになる。




トンネルの上で2度目のラジオ体操をして帰ってきた。

帰ると着て行ったものをすべて脱いでシャワーを浴びながら洗濯する。
今日は久しぶりに晴れそうなのでマットレスなどいままで溜まっていた洗濯物をまとめて洗った。

「反原発は集団ヒステリー」と耄碌都知事の息子が云ったそうだ。
自分には何の才能もないのに親の地盤で政治家になり國を間違った方向へ引っ張って行く二世政治家には困ったものだ。
東電を始め大企業から献金を貰い原発の安全性をしっかり確かめることもなく、いまの大問題を引き起こしたのは貴方の父親をはじめとする自民党の責任なのだと思わないのかね。

事故が起こった時野党になり下がっていたためにホッと胸をなでおろし、非建設的な議論を繰り返し、菅を引きずり下ろす事だけしか頭にない。
罹災した住民のことなどどうでもいいのだ。

こんな連中と連立を組んでも逆戻りするだけだ。
それなら菅にとことんやってもらおう。
情けないのは民主党の閣僚だ。
ここを踏ん張って菅を支えて行くしか民主党に未来はないのだと気付かないのか。
誰がやっても同じだ!
しっかり仕事をしろ!



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6月14日(火) 梅の実

2011-06-14 12:20:20 | 草花

4時半から散歩に出かけた。
今日は日の出はない。
2月頃大野の里で梅の花が咲いていた木に沢山の実がなっている。






木の下に落ちていたのを2個拾ってきた。
暫らく手元に置いて熟して行くのか、腐って行くのか、干乾びて行くのか見て見よう。

以前散歩の途中でよく出会った人に会えないので気になっていたが今朝やっと出会えた。
もう穴地蔵まで歩くのがしんどいのでトンネルの上で皆とラジオ体操だけして帰るそうだ。
でも元気で会えたのでよかった。

日本の原発54基のうち、停止中の35基を再稼働させず、残る19基が順次定期検査に入り運転を停止すると、2012年6月に原発による発電は0になる。
これを火力発電に切り替えると燃料コスト増により、一般家庭の電気代は1カ月当たり1,049円増加するそうだ。

それくらい我慢しよう。
そして節電しよう。

私はブログもインターネットも止める。

その前に、何の役にも立たない参議院を無くし、衆議院の定数を半分にする、これぐらいのことをしてほしい。
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6月12日(日) 自治会40年

2011-06-13 17:03:00 | 街の出来事

自治会が出来て40年の記念行事が6月11日~12日と「会館すずかけ」であった。
11日(土)は「カラオケまつり」、出演者30人を含めてお客さん90人ほどが集まった。



昨日12日(日)は午前中は「自治会40年の歩み」のスライド、年表の掲示。
午後は地域のミュージシャンのシャンソン、演歌などがあった。
最後に地域の出身者で口笛演奏で世界一になった人の演奏があり一日を通して延べ200人程が雨の中来館した。

私は大阪万博の時に狭山に引っ越してきて41年。
周りにはほとんど無関心で、いままではカミサンの方が知り合いが多かったが、最近の5年間で私の方が多くなった。
知り合いといっても月に一回例会でお酒を飲んだり、街で会えば挨拶をする程度で本当に親しいと言える人はまだあまり居ないし、これからも出来ないと思う。
近所づきあいはこの程度でいいと思っている。
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6月9日(木) ひょうたん

2011-06-09 23:59:59 | 趣味

先週金曜日、行きつけの床屋に行った。

この店には写真のように沢山の瓢箪がところ狭しとぶら下がっている。
先客が一人いたので暫らくソファに座って待った。





次のお客さんが入ってきたので席を少しずらした。

その正面に、額に入った賞状があった。
どうせ理髪技術の表彰状だと思って見るともなく文字を追いかけた。
違う、瓢箪作品の表彰状であった。

今まではぶら下っている瓢箪を興味を持って見たことはなかったが急に興味がわいてきた。



自分の番になって席に座るや否や早速訊いてみた。

マスターも待ってましたとばかりに、実は6月1日から3日まで山口県で開かれている瓢箪作品の全国の大会に出品した作品が中国新聞社賞を貰ったという知らせが今さっき入ったところだという。

この写真は後日店に行き、返ってきたものを写真に撮らせて貰った。
賞状はまだ届いていなかった。





それからは瓢箪の話をいろいろ聞きながらの散髪になった。



この時計は瓢箪を育てる途中で両面を板で囲って丸くならないようにして作ったそうだ。
さらに床屋なのでお客さんの座っている席の鏡に映るため文字盤は反対向きに作ってある。




これは実が小さい時に瓶の中に入れて瓶の中で大きく育て、適当な大きさになると弦を切断し成長をストップして仕上げるそうだ。







これは中に電球が入っており、花瓶兼電気スタンド。




これはショルダーバッグで今回の一連の作品だ。





これはネクタイで、これも今回の一連の作品である。 

ひょうたん作品展には2種類があり、瓢箪の形を競うものの最高賞は「内閣総理大臣賞」。
ひょうたんをいろいろ加工してデザインを競うものの最高賞は「秋篠宮賞」だ。

床屋のマスターの作品はお客さんの髭そりに使ったあとの剃刀でひょうたんの表面を削って加工して傑作が出来上がったそうだ。

いつもは散髪している間は「ウツラ、うつら」していつの間にか散髪が終わっているのだが今回は最初から最後まで喋りっぱなしであった。

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6月8日(水) 日赤病院

2011-06-08 23:00:00 | 健康
30年ぶりに歩けないカミサンの代理で上六の日赤病院へ薬だけ貰いに行った。

30年前カミサンが入院していたころは古い汚い病院であった。

会社の帰りに病室に寄って8時過ぎ人気のない薄暗い地下の廊下を通って帰る時は病院で亡くなった人の幽霊が出るのではないかと思うくらい気持ちが悪かった。

今日行ったらきれいなビルになっていた。

しかし家の近くの近大病院に比べれば待合室も、診察室も狭くて居心地が良くない。
土地代が高いからゆとりがないのだろうか。
入院する人にとっては病院はやはり広くて緑が多い方が気持ちが安らぐ。




近鉄上六駅の建屋も綺麗になっている。



難波にあった新歌舞伎座も上六に移った。
「藤あや子」「坂本冬美」の幟が風にはためいている。



こんなせせこましい場所ではおおよそ歌舞伎座の貫禄は全くない。
単なる演芸場にしか思えない。

団体バスで演芸を聞いたり見たりしに行くだけだからこれでいいのだろう。




「日本橋道具屋街」

久しぶりに日本橋黒門市場近くの「しき浪」でランチを食べようと行ったが、

水曜日は定休日であった。



吉本演芸場の前を通って難波で昼飯を食べて帰ってきた。


南海難波駅。
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6月7日(火) 一周忌

2011-06-07 22:52:00 | 集まり、同窓会

高槻の駅前で友達二人と待ち合わせし、50年来無二の親友の一周忌のお参りに行った。

昨年6月3日、8年間にわたる奥さんの献身的な看病も虚しく亡くなった。

彼とは大学1年の時寮に入って知り合った。
年齢は彼が一つ上、寮でよく上級生と喧嘩していた私を兄貴のように庇ってくれていた(私が勝手に思っていたのかもしれないが)。

その後お互いに寮を出て別々に下宿生活をしていたが、卒業前に私が下宿のおかみさんと喧嘩して追い出され彼の下宿に無理やり転がり込む事になった。

就職先も大阪本町の商社、勤めの都合で付かず離れず付き合ってきた。




彼の両親は健在で親父さんは今年98歳、お袋さんは96歳。
彼の告別式の時には親父さんがしっかりと御礼の挨拶された。

今日お参りに行ったら祭壇には親父さんの写真があるではないか。
「ええーっ」!

聞くと一周忌の一週間前に親父さんが亡くなり、お通夜、葬儀、一周忌と三日続いたそうだ。




奥さんは彼が勤めていた頃から繊維製品の店を開いていて苦労をあまり人に見せない明るい人だったが今回は堪えたのではと思うがそんな素振りも見せない。

多彩な彼は中国語の先生をしたり、胡弓を弾いたり、カナダにスキーに行ったり忙しく遊びまわっていた。

8年前お互い自由の身になった時には、好きな歌(コーラス)を一緒に歌ったり、ゴルフをしたりと楽しみにしていただけに痛恨の思い一入である。

ひとしきり昔話をして失礼してきた。



3人で食事をしようと高槻市役所の15Fにある食堂に入った。



3人同じものを注文し、2時過ぎ高槻駅前で別れた。
雨が降りそうだったので傘を持って出かけたが差すことはなかった。

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