晋ちゃんの気ままな散歩道

あっちこっち横道にそれたり休んだりしながら気ままに散歩しています。

この木何の木

2006-09-28 15:26:57 | 散歩道
教えてください。
この木は何という名前の木ですか。
私の毎日体操をしている場所の近くに一本だけ生えています。
高さは6メートル以上あります。
あまり気にしていなかったのですが一ト月ほど前散歩している人と話をしている時に名前を聞かれ「解らない」と返事したのですがよく見ると変わった実をつけていたのでそのうち実がはじけるか、花でも咲くのかと見ていたのですが最近実が色ずき、膨れてきたので写真を撮ってブログに投稿すればどなたかに教えてもらえると思い今朝散歩の途中に写真を撮ってきました。
実の写真も投稿しておきますのでご存知の方がいらっしゃれば教えてください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

この木何の木(2)

2006-09-28 15:25:19 | 散歩道
             実の写真です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

この木何の木(3)

2006-09-28 15:24:45 | 散歩道
          同じく実の写真です。フラッシュを使って写しました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

9月27日 カルガモ?

2006-09-27 16:00:55 | 散歩道
今朝明け方に少しが降ったようだ。

5時20分過ぎ散歩に出ようと表に出たら地面が濡れていた。
まだあたりは薄暗く、これから天気が良くなるのか悪くなるのか分からないので念のため傘を持って出かける。
少し寒いようなのでシャツも長袖にした。
山の入り口であるトンネルまで15分ほど歩くと汗がじっとりと出てくる。これからエネルギーの消耗が始まるのだ。
霊園の裏の辺りで道を横切るカルガモ?の一家を見つけた。
半月ほど前にも少し離れたところで見つけたがその時は見とれてしまって写真を撮らなきゃと気付いた時にはブッシュの中へ逃げ込んだあとだった。
今度もカメラを取り出している間に草むらに逃げ込まれたが最後の一匹が草むらの中で立ち止まってこちらを見ているので、こちらもその位置で立ち止まったままシャッターを押した。
かなり成長しているようで体形はずんぐりむっくり、可愛い感じは全然しない。
この辺りでは春先から夏にかけて鶯がいつも鳴いている。
春先は下手だが夏前にはすっかり上手になっている。
穴地蔵まで歩いて引き返したが家に帰ると汗ビッショリになっていた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ザ・シンフォニーホール

2006-09-23 12:01:51 | 音楽
先週の日曜日岸和田のだんじり祭りを見た後、大阪福島にあるザ・シンフォニーホールへ関西シティフィルハーモニー交響楽団の第42回定期演奏会を聴きに行った。
演奏曲は チャイコフスキー 歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ
ボロディン 歌劇「イーゴリ公」よりホーロヴェツ人(ダッタン人)の踊り合唱付き
ショスタコーヴィッチ 「交響曲第10番」
ダッタン人の踊りには160名近い関西シティフィル合唱団が加わり総勢250名の大編成でだんじりに負けないくらい迫力があった。
ショスタコーヴィッチの交響曲は始めて聴く曲だがスターリンにまつわる(讃えるのではない)交響曲である。
第1楽章は暗くて長いが、第2,3,4楽章は管楽器、打楽器が中心で聴いていて楽しい。
指揮者のギオルギ・バブアゼはグルジア共和国生まれで今回の演奏曲の雰囲気を持っており指揮の仕方も具体的で見ていても楽しかった。
私は知り合いの紹介でこの楽団の「友の会」に入っている。
何故かというとこの楽団の演奏曲があまり難しいものではなく私のような素人でも楽しめる曲が多いのである。
また友の会のメンバーには舞台正面の一番いい席を一般の人より安い入場料で提供してくれるからだ。
演奏会は毎年春と秋に行われるが日曜日なので私の歌の練習日と重なることが多く今回も1年ぶりに聴きに行った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岸和田祭り 9月17日

2006-09-19 01:25:48 | まつり
300年の伝統を誇り、高さ4メートル、重さ4トンのだんじりが全速力で街中を駆け抜ける勇壮さで知られる岸和田祭りが始まった。
去年まで130年間、毎年9月14日宵宮、15日本宮と決まっていた。
しかし9月15日の敬老の日が毎年コロコロ変わるようになり昭和60年には72万人あった観光客が平日開催となった平成16年は45万人、17年は36万人と大幅に減少、さらに引き手が不景気のため祭りを理由に簡単に会社を休むことが出来ず200人近くいた引き手が半分近くに落ち込んだ町があるという。
そこで今年から神社の祭礼日を無理やり変更して観光客、参加者を優先し祭礼日を土曜日、日曜日に合わすことにした為16日(土)が宵宮、17日(日)が本宮となった。
このだんじり祭りは江戸時代の元禄年間に時の城主岡部公が五穀豊穣を祈願して城下の民が城内にある神社への参内を許したのが始まりといわれている。
その伝統を壊すのか、と言う批判の中あえて現実を重視したお祭りに切り替えた。
私は戦時中疎開で大阪市内から岸和田に移り住みここ狭山に移るまで25年間過ごしました。
私の家は岸和田駅から海の方へ下った北町(きたんまち)にありました。
戦争中は覚えていませんが小学校の3,4年生の頃からだんじりを引いていたと思います。北町は他の街に比べると勤め人の多い穏健な気風の町でした。
浜に近い大北町、中北町、中之濱(なかんば)、紙屋町などは漁師町で気風が荒っぽく喧嘩の多い町でした。
岸和田駅に近い宮本町、五軒屋町などは商売人が多かったと思います。
祭りでは朝一番の曳き出し(朝5時ごろ)に力が入ります。
1年間待ちに待った祭りの始まりです。
私が曳いていた頃はすぐ近くが港になっていて沢山の漁船が出入りしていて船の安全を祈る「波きり神社」の小さな鳥居と祠がありました。
今は埋め立てられて海ははるか遠くになり道路が出来てショッピングモールやスーパー、立派な「波きりホール」などが出来ています。
曳きだしは7時ごろで終わり午前中は学校へ行っていたと思います。
この曳き出しの時に長十郎梨を一ツ呉れるのです。
青年団の人達ははやばやとお酒を飲んでいました。
昭和20年代のだんじり祭りは今とは随分違いました。
まず本当に自分達の祭りでした。見物人は殆ど市民とその知り合い、招待された人ぐらいでそれぞれにご馳走(特にワタリガニ)してもてなすのが喜ばれたのです。
私も高校時代は泉南の方の友達を招待したり、勤めるようになってからは会社の人達に来てもらったものです。
いまだんじりは一方通行ですがその当時は対向(すれ違い)していました。
特に道の狭い紀州街道はすれ違い、やりまわしなどは大変でした。
すれ違う時は完全にすれ違うまでお互い鉦、太鼓、笛を止め、すれ違いが終わった瞬間一気に鉦、太鼓を叩いて走り出すのです。
このすれ違う時に民家の軒さしにぶつかって屋根を壊したり、すれ違った時の鉦、太鼓の鳴らし方が早かったといって喧嘩になったりトラブルが色々ありました。
この時分は試験引きからいろんな事故が多かったです。
電柱にぶつかったり、だんじりが横転したりで殆ど毎年怪我人、死者がありました。だんじりが横転しても中に乗っている人や屋根で踊っている大工方は大した怪我はしません。前梃子の辺りが一番危険なのです。引き手も遣り回しの時には遠心力で振られたり転んだりします。しかしこの時曳き綱を絶対に離さないことです。
最近のだんじり祭りは参加する祭りから観光客用の祭りに切り替わってきたため事故も喧嘩も無くなってきました。
また警察の規制も厳しく「危険な曲がり角」(映画の題名ではありません)は立ち入り禁止が徹底していて一番迫力のある小門紙店の紀州街道の交差点には近寄れず遠くから遣り回しを見るしかありません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岸和田祭り 

2006-09-19 01:20:13 | まつり
岸城神社にお参りするのは宮本町、上町、五軒屋町、北町、本町、堺町、大北町、中北町、中之濱町、中町、紙屋町、大手町、大工町、南町(みなんまち)。
お参りの順番は宮座の中心である宮本町が宮本一番、慶長2年小出秀政が岸和田城築城の時、元々住んでいた住民が上町に移り住んだので上町が宮本二番、神社の灯明を守っていたのが五軒屋町であったので宮本三番。毎年ここまでは順番が変わらず四番以降がくじ引きで順番を決めています。
岸和田祭りは別名祭り、下駄祭りといわれ毎年よくが降ります。今年は日にちをずらしたせいかの2日間で見物客も多かったようです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岸和田祭り

2006-09-19 01:15:26 | まつり
          岸城神社に宮入り中の紙屋町のだんじり。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岸和田祭り

2006-09-19 00:55:43 | まつり
宮入りを待つだんじり。
岸和田城、岸城神社のある岸城町にはだんじりがありません。
なぜならここはお殿様はじめ武士が住んでいたところですから庶民の町ではなかったのです。
庶民は年に一度この時しかお許しがなければ城内へは入れなかったのです。
そのため現在岸城町に住んでいる庶民にはだんじりが無いのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岸和田祭り

2006-09-19 00:54:42 | まつり
          五風荘前のだんじり。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする