豪州落人日記 (桝田礼三ブログ) : Down Under Nomad

1945年生れ。下北に12年→東京に15年→京都に1年→下北に5年→十和田に25年→シドニーに5年→ケアンズに15年…

 男はつらいよ

2002-06-23 15:28:15 | 教養?
6月23日(日)曇 

   男はつらいよ

フーテンの寅さんの「男はつらいよ・奮闘編」のマドンナ役は津軽娘の花子。彼女はユミの故郷の深浦町の驫木の生まれだ。名勝千畳敷も登場。十和田の23年間の生活では邦画を見れる映画館はなかった。
4年前の寅年の元旦、僕はユミを連れて柴又の帝釈天に初詣に行った。あの頃が僕たちの幸せの絶頂だった。
夫婦や恋人同士で船旅はすべきではない。次第に相手の欠点だけが目立つようになり、破局に至る可能性が強い。結婚は恋を変質させる。一緒に暮らすことは恋を堕落させる。永遠の恋なんて映画や小説の世界のことだ。恋の情熱を5年間維持することは至難の技だし、ましてや10年間となると奇跡に近い。
高校の同級だった妻とは25年間一緒に暮らした。11年前に妻が胃癌で急死した。僕は生きていてもつまらないので自殺も考えたが、子供がいるので思いとどまった。間もなくユミに出会った。彼女は僕より22歳年下で、息子とあまり年が違わない。彼女の母と僕もほとんど同じ年齢だ。彼女に愛されるのは1年間で十分だと僕は思った。しかし既に11年が経過した。
1年前から彼女は僕に冷たくなった。僕は年をとり過ぎた。彼女はまだ十分若い。未練がないと言えば嘘になる。しかしもう彼女を自由にしてやらなければならない。1年限りのつもりが10年間も愛してくれて、僕は彼女に感謝するだけだ。10年間僕は彼女に色々のものを与え、色々のことを教え、色々の所に連れて行き、色々の体験をした。もちろん僕もユミから多くのものをを授かった。だけどもう僕が彼女にできることはほとんど何もない。彼女はもう僕なしでも平気だ。愛がないのに一緒にいることは不幸なことだ。僕は潔癖症の人間だ。僕たちはもう恋人同士ではない。彼女はもう1度やり直そうと無意味な努力をしている。それは一層不幸を大きくするだけのことだ。僕がそばにいると彼女はそれに気づかない。だから昨年の夏に僕は4ヶ月間オーストラリアを離れて、ピースボートに乗った。再びユミのもとに戻って4ヶ月間一緒に暮らしたが、僕は窒息しそうだった。彼女の心は既に僕から離れているのだ。しかし僕と一緒に暮らしたいと言う。そしてまた僕はオーストラリアを飛び出した。
僕は自分を不幸だとは思っていない。彼女を恨んでもいない。むしろ感謝している。尊敬している。だからこそ僕はユミと離れて暮らしたいのだ。

読書:「火山の話」中村一明

映画:「男はつらいよ・奮闘編」

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