豪州落人日記 (桝田礼三ブログ) : Down Under Nomad

1945年生れ。下北に12年→東京に15年→京都に1年→下北に5年→十和田に25年→シドニーに5年→ケアンズに15年…

近況報告:1988.4.10

1988-04-10 21:40:14 | Weblog
  近況報告
                           1988.4.10

皆様ごぶさた。ボクが今住んででいる十和田市にもやっと雪が消えて、ボクも43才になりました。庭の梅の木にシジュウカラがやって来て遅い春を告げています。人生は40からです。今日は今シーズン最後のスキーに行ってきました。体調は極めて良好です。
ボクは1960年以来12年間反戦運動に熱中して来ましたが、その点は反省して居りません。
1972年に生れ故郷のむつ市に帰って6年間、原子力船むつに反対する運動に従事しました。むつかしい話は省略します。ボクは2年間農業をやって、2年間漁業をやって、2年間新聞記者をやりました。
原子力船むつの廃船の方向が固まったので、敗戦の年に生まれた34才のボクは、六ヶ所村の核燃料サイクル建設反対運動に参加するために1979年に十和田に移住し、既に9年になります。最初の3年間は十和田市立病院に勤務して、1982年に市内で内科医院を開業しました。そして1986年少し暇になったので肥満防止と成人病予防のための室内スポーツセンターを開業しましたが、これが大失敗で4ケ月で閉鎖しました。再建のモクロミもうまく行かなかったので、今年からボクはウマを始めました。生まれて初めての馬術ですが、3年間は続ける積もりです。
ボクは「この道一筋」の人間ではありません。
5年毎に生き方を変えないとやって行けないのです。スポーツセンターの残務整理も5年間で片付けて、50才を過ぎたら、余生は南の国で暮らしてみたいと考えています。皆様も定年まで頑張って、素敵な一生を送って下さい。じゃあね。     バイバイ。
コメント
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