豪州落人日記 (桝田礼三ブログ) : Down Under Nomad

1945年生れ。下北に12年→東京に15年→京都に1年→下北に5年→十和田に25年→シドニーに5年→ケアンズに15年…

 変わりたい症候群

2001-11-30 21:55:03 | Weblog
11月30日(金)快晴

モアイ

大勢の乗客がモアイを作りました。なんとなく表情が作者自身に似ています。
天火で2,3日乾燥した後、オーブン・トースターでこんがりと焼き上げると完成です。

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   変わりたい症候群

16:00-17:30PB責任者の石丸による講演「ユニバーサルな社会への船旅」に200名が参加。副題「じゃーおめえ、どうすんだよ」の通り「海に向かって馬鹿野郎」的に論理展開が粗い。

『参加資格を問わない船旅、この一行はピースボートのチャレンジです。人口60億の地球と600人の船社会。船と言う社会を構成する中で、生まれてくる数々の摩擦と向き合うことは社会全体と向き合うことなのかもしれません』

この船旅も80日を過ぎた。当初の緊張感はもうない。慣れとダレと、飽きとそしてストレス。「104日の船旅で自分は変われる」と漠然と考えていた人は、ほとんど何も変わっていないことに唖然とする。自分で変えようと努力して、そしてかなり努力しなければ人間は変われない。一体何をどう変えたいのかも分かっていないのじゃないか。灰色の人生を緑に変えて欲しいものだ。感覚的に「変わったみたい」なんて無意味だ。理論的に「変わったぞ」というのもごまかしだ。ゲーテいわく「学問ばかりにふけるのは、緑の野原で枯れ草を食うようなものだ」レーニンいわく「理論は灰色で、実行は緑だ」感じるだけじゃ程度が低すぎる。喋るだけでもあほらしい。実践せよ、だ。

実践の理論、行動の哲学を主張する僕から言わせると、若者たちは理想が低すぎる。ピースボートは学習と交流が目的だ、とは言うものの、それじゃ何のための学習と交流なのかということになる。それを突き詰めないで、ムード的に、新しい体験をしたとか、連帯意識に感激したとか、本当の生活と心に触れて分かり合えたとか、人生でこれほど充実した時はなかったとか、自分もやろうと思えば頑張れることがわかったなどと、自分に感動してもしようがないと思うのだが。「こんな貴重な体験はもうできないかも」とか「単なる観光旅行とはぜんぜん違う」確かのその通りかもしれない。しかし思い出作りも悪くはないが、100万円の重さを、言動の軽さと勘違いしない方がよろしい。



読書:「相対化の時代」 坂本義和

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 ヨーロッパのアイデンティティー

2001-11-29 21:54:14 | Weblog
11月29日(木)快晴

モアイ作り

陶芸教室で覚えた技術でモアイを作ります。子供の頃の粘土遊びと同じで、茶碗や皿を作るより簡単だそうです。
それにしても日本人はモアイが好きですね。モアイが大好きというよりも、イースター島とタヒチに特別な思い入れがあるようです。

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    ヨーロッパのアイデンティティー

日本は明治以来ヨーロッパに文化を学んだ。今でこそ、ヨーロッパよりもアジアに眼を向けようと言われているが、福沢諭吉もその著書で「ヨーロッパに学べ」と主張している。それはその時点では誤った判断とは言えないであろう。政治、法体系、軍事、医学、産業から、学校制度、植民地政策、衣食住、エチケット、芸術、風俗に至るまで徹底的に模倣、吸収した。日本はヨーロッパの養子みたいなものだ。戦後日本はアメリカ追随一辺倒だ。民主主義から弱い者いじめまで真似をしたのでいささかご近所の評判がよろしくない。ところで、このアメリカ兄貴もヨーロッパの不肖の息子なのだ。

ヨーロッパは地理的、人種的、宗教的に3つに分けられる。第1は、地中海ヨーロッパで、ラテン系民族で、カトリックの諸国だ。第2は、西ヨーロッパで、ゲルマン系民族で、プロテスタントの諸国だ。第3は、東ヨーロッパで、スラブ系民族で、ギリシャ正教の諸国だ。

地中海ヨーロッパはギリシャ、ローマを中心に古代栄えた。ローマ帝国はヨーロッパ全域、中近東、北アフリカを支配するが、395年東西に分裂し、ゲルマン民族の侵入で476年西ローマ帝国は滅亡する。東ローマ帝国はビザンツ文化を育てるが、1453年イスラムに滅ぼされる。

中世は西ヨーロッパのフランク王国とローマ教皇による封建支配の時代だ。ヨーロッパの基本的性格はこれによって形成される。そしてルネッサンスを経て近代へ発展する。

日本やアメリカの文化の源流になったのは西ヨーロッパである。ヨーロッパのアイデンティティーは、ギリシャ、ローマの古典文化の伝統、キリスト教、ゲルマン民族の精神の3本の柱である。産業革命、市民革命、近代合理主義、マルクス主義などの社会科学などはヨーロッパで生まれた。世界大戦に至るまでの長い期間、ヨーロッパを中心とした世界観が世界を先導してきたのだ。

ECの今後を占う時、この視点が非常に重要なポイントになる。



読書:「ブナの森を楽しむ」 西口親雄

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コンチキ海路

2001-11-28 21:53:38 | 海外旅行
11月28日(水)快晴

 イースター島

この15体のモアイ像は1960年のチリ沖地震の大津波で倒れ廃墟同様になっていたのを、日本の大手クレーン会社「タダノ」が只で直してくれたもの。この島には木が1本も生えていないと聞いていましたが、あちこちに林もあります。そして小さい島なのにクレーターのある火山がいくつもあります。その中の1つのカルデラ湖が島内唯一の水源になっています。

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   コンチキ海路

イースター島は港がないので、10人乗りのテンダーボートで上陸する。8:30より下船を開始した。1.5mの波があり、オリビア号から小船への移動は心配されたが、事故もなく進んだ。僕たち海務部は11:00最後の下船だ。海務部は、医務室、インフォメーション、レストラン、キッチンなどの約20人だ。桟橋付近で波乗りをしている現地のサーファーを眺めながら昼食の弁当を食べた。何故弁当が支給されたかというと、島には食事のできるところはほとんどないからだ。人口は3000人。1周60kmのこの島には海抜200mほどの数個の火山があり、いずれも禿山だ。山だけではなく平地にも樹木はほとんどない。川がないので、畑がない。1面の草地は牧場になっているが、牛は少なく、馬だらけのようだ。

3時間の観光で80ドルの約束で、まずオロンゴ岬へ。ここは島全体を眺め渡せる火山の頂上でもある。島内唯一の水源のカルデラ湖が目の前にある。次に海水浴客に人気の白砂とココヤシのアナケナビーチへ。イースター島にはもともとココヤシはないのだが、島外から移植したのだ。そしてアフ・トンガリキ。ここの15対のモアイ像は1960年のチリ沖地震で大被害を受けて廃墟同様になっていたのを、日本の大手クレーン会社「タダノ」が只の奉仕で積んでくれたのだ。最後はモアイ工房のラノ・ララクを見学して、16:00帰船。19:00イースター島出航。

1947年、ノルウェーの探検家、トール・ヘイエルダールは、バルサで作った筏コンチキ号でペルーを出航。太平洋を渡ってイースター島沖の環礁にたどり着いた。彼は「太平洋の島々の文化は南米から伝わった」と信じて、これを証明するためにこの大冒険を決行したのだが、この「南米起源説」は現在では否定され「インドネシア起源説」が正しいとされている。

島嶼人はインドネシアから何を頼りにして太平洋を航海し、ハワイやイースター島にたどり着いたのだろう。ヨーロッパやアジアのような大陸では岸伝いに進む「沿岸航法」から始まり、磁気コンパスが発明されると「推測航法」で夜間や霧の中でも航海できるようになった。航海暦やクロノメーターが発明されると「天文航法」により大洋の航海も可能となる。そしてレーダーやソナーの発明で「電波航法」の時代になった。

島嶼人は「天文航法」で太平洋を東に進んだのだ。北極星と水平線の角度で緯度を知り、星座の位置で経度を知ったのだ。



読書:「科学文明に未来はあるか」野坂昭如編著

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オーストラリア人

2001-11-27 21:52:59 | Weblog
11月27日(火)晴

SOSオリビア


これは避難訓練ではありません。イースター島のように大型船が接岸できる港がない時には、小船で上陸します。
小船はかなり揺れますが、もう船酔いする人はほとんどいません。

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オーストラリア人

オーストラリア人はどうしようもなく怠け者だと言われる。時間は守らないし、ストライキばかりやるし、公共工事も予定通り竣工したためしもない。自制心がなくて、向上心がないと言う。こんなことを言うのは日本人かアメリカア人だ。しかしオーストラリア人は逆に驚く。精一杯働いて出世したいとか、努力して他人より偉くなりたいという心構えが許されないことだと思うのだ。能率第1主義よりも人間的なことの方が大切だと信じている。

オーストラリアでいけないとされる3つのことは、争うこと、嘘をつくこと、無駄使いだ。

子供の頃からこれは強調されて育つ。

オーストラリアの軍隊は世界1弱いと言われる。それで構わないと考えているようだ。力で相手を屈服させることを潔しとしない。いじめや差別や言葉の暴力もいけないこととされている。夫婦喧嘩とか、道端や店頭での言い争いとか、子供のけんかもあまり見かけない。動物をいじめない。僕の家でも他人が訪ねて来ると蚊取り線香やハエタタキを隠さなくてはならない。オーストラリア人は単純で正直なことはいじらしいほどだ。商人は計算をごまかさない。女性は年齢や体重をごまかさない。着飾らないし、ブランド品は無縁だし、化粧はしない。男も格好付けはしない。はげ頭を隠さないし、偉そうなことは言わないし、ほらを吹かない。生活水準がやたらと高いことがいいこととは言えない。むしろ贅沢は馬鹿にされる。

オーストラリア人の生活は衣食住とも質素だ。家具や家電や自動車は本来耐久消費財と呼ばれていたが、アメリカや日本では消耗品に近くなっている。オーストラリアでは中古品市場が発達しているし、リサイクル天国だ。まだ使用できる家を壊して建て替えるなどということはひんしゅく物だ。車も乗り潰す。不要なゴミが出ないように種々の工夫がされている。本来砂漠の国なので、水と植物は特に大切にされる。節水教育は徹底している。洗濯、入浴、皿洗い、その他、家庭では節水を当然と考えている。ゴミバケツや車を洗う習慣はない。

オーストラリアは世界の田舎だと言われる。第1次産業中心で、テレビも自動車も作れないと言われる。それはそれで構わない。アメリカや日本の大量生産、大量消費、大量廃棄の生活構造を受け入れるつもりはない。オーストラリアでは「開発」と「差別」という言葉はやたらに使えない。人種、宗教、言語、性、文化、職業、学歴、ハンディーによって人間を差別しない。

オーストラリアはマルチカルチャリズムをアイデンティティーに新しいタイプの国作りの実験に挑戦している。

オリビア号は21:00にイースター島沖に投錨した。日没は21:10だった。300mほど向こうに集落が見える。桟橋の両脇にモアイ像が並んでいる。



読書:「社会科学の方法」大塚久雄

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船内厨房事情

2001-11-26 21:52:01 | Weblog
11月26日(月)晴時々曇


屋台はてんてこ舞い

バーやカジノはいつもすいているのに甲板の屋台は連日大繁盛。夕食や夜食は旅行代金に含まれていますが、こちらは別勘定。それでも客足が多いのは雰囲気がいいから。夜風に吹かれながらの飲食は日本人向きなんでしょうね。酔っ払っても自宅まで徒歩5分以内というのも魅力です。ここの人気ナンバーワンはやっぱりラーメンでした。

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   船内厨房事情

太平洋の名づけ親はマゼランだ。南米東岸で1年間苦渋の航海の末マゼラン海峡を発見するとその先には波1つない穏やかな海が広がっていたという。信じられない話だ。

太平洋に入ってから、天気は悪く、波は高い。甲板の人影も少なく、船酔いの予防薬、トラベルミンの減り方も激しいようだ。飲酒による悪酔いも船酔いも、医療の対象外ということで、医務室では手当てはしない。JG・PBカウンターとインフォメーション・カウンターに無料配布のトラベルミンが山積みにされている。

20:00から医務室の3人のメンバーで、厨房の見学に出かけた。船内にはアッパーデッキに厨房をはさんでサニーとジュビリの2つのパッセンジャー用レストランがある。厨房職員は10人の日本人、4人のアジア人、それにウクライナ人とを合わせて45人。和洋中華、エスニック料理、パン、ケーキ、アイスクリームなどすべてここで調理される。エネルギー源はすべて電気だ。厨房は通路が狭くて、作業動線が不明確で、盛り付けスペースがあまりなくて使いにくそうだ。厨房専用のエレベーターで下に降りる。3Fに食材の積み込み口がある。5Fにウクライナ人クルー用の厨房と食堂。狭くて暗い。その奥に食材倉庫があった。4室の冷凍室、2室の冷蔵室で食材ごとに適正温度が保たれる。この6室の食材庫の配列は感心しないし、予想していたよりも汚い印象だ。ステンレスか白いペンキで明るく作られているとの予想を裏切って、いかにも物置といった風に薄暗く雑然としている。廊下の片隅にパソコンの載せられた机があり、帳簿類や掃除用具も適当に散らばっている。悪臭や異臭はない。ネズミやゴキブリも見かけなかった。

1519年、マゼランは2年分のビスケットの他に、ベーコン、ワイン、ヤギ、鶏、豚を積んでいた。ヤギからは乳を得、鶏からは卵を得るが、最後にはその肉も食用にされる。豚は残飯で肥育されて食用にされる。

戦艦ポチョムキンの水兵たちはウジの湧いた肉に怒り反乱を起こしたが、航海に水と野菜と塩は必需品だった。停泊地ごとに調理に必要な水、野菜、果物、肉、塩、薪を調達する。塩は肉や野菜を保存するために必要だ。水は船が揺れるので腐敗を免れた。野菜や果物が不足すると脚気や壊血病が多発した。

ガラパゴス島のゾウガメは船倉で1ヶ月間も水も食料もなく生き続けるので恰好の食材として多数捕獲された。ウミガメやその卵やオットセイやアザラシなども標的にされた。

海上では海鳥や魚を食料にすれば良さそうなものだが、沿岸ではともかく大洋上では鳥もいないし、魚も釣れない。

わがオリビア号でも、寄港地ごとにウクライナ人クルーが釣りで結構な釣果を上げているが、航海中は休憩時間でも釣り糸を垂れたりはしない。



読書:「ヨーロッパとは何か」 増田四郎

ビデオ:「慕情」

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成長の終焉

2001-11-25 21:51:14 | Weblog
11月25日(日) 曇時々晴

パーティー・ドレス

大半の乗客は普段船内ではTシャツにGパンか短パン姿で過ごします。しかしパーティーやフォーマルディナーの時には正装します。左からアメリカ人のニキータ、オーストラリア人のラーニー、スペイン人のハビ。世界1周航海では正装しなければならないケースが10回以上あります。結構スナップ写真に撮られたりしているので、女性は同じ服を着るのに抵抗があるようです。こんな場合に備えて寄港地で民族衣装を仕立ててもらうと驚くほど安く済むそうです。

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    成長の終焉

僕は20年間青森県の十和田市で内科医院を開業していた。10年前までは年間に15000万円ほどの金が動いた。医療の無駄を徹底的に省いてみた。投薬も検査も必要最小限度にして、患者も職員も減らした。さすがに建物の面積までは減らせなかったが、労働時間はかなり減らした。15人いた職員は5人になった。年間予算規模は7000万円に半減できた。収支はトントンだが、借金ゼロ、扶養家族ゼロなので何とかやっていけた。固定資産税が300万円かかったが、余計な資産がなければ100万円以下で済んだはずだ。

僕個人の生活は贅沢はそんなにしなかったが、家も庭も広かったので光熱費に食われて、年間500万円ほどだった。

今年の6月下旬にオーストラリアに移住した。食料は安くてうまい。家賃が5万円の家に住んでいる。年間200万円で暮らすことを目標にしている。不要なものを買い込まないシンプルな生活ながらも、ゆとりのある毎日を送れるであろうか。気候が良いから被服費や暖房費はかなり節減できるであろう。衣食住は問題なく費用を半減できそうだ。電気、水道、電話などの支払いも大幅に減っている。電車やタクシーの代金も日本の半額くらいだ。図書館の活用で教養費もあまり必要なさそうだ。プールや乗馬やゴルフ代も安い。問題は車の維持費だ。外車、と言っても110万円で購入した中古のヒュンダイだが、これが1番の金食い虫になりそうだ。ガソリン代は日本の3分の2くらいだ。オーストラリアでマイカーなしの生活は考えれられないと言われているが、本当だろうか?

先進国の大量生産、大量消費、大量廃棄を中止させるネックになりそうなのが車と原発と情報と娯楽だ。狭い日本に5000万台の車があるという。これを半分の2500万台に減らしてもマクロの視点からはあまり問題がなさそうな気がする。業務用の車両は合理化で減車は可能だろう。個人用の車両はもっと大幅に減車しても問題はないだろうが、市民の抵抗は強そうだ。公共交通機関の発達している都会はいいが、田舎では通勤の足が奪われる。それでも低成長の時代には生産第1主義は通用しないのだから、ノンビリ通勤がいいのだろう。タクシーの相乗りや自転車通勤に戻るのは結構苦痛を伴うかもしれない。

原発は国民がノーと言えばいいだけのことだ。

情報の垂れ流しについては大いに無駄のチェックが必要と思われる。雑誌や出版物、テレビ、携帯電話、パソコンなど、最初からゴミみたいなものが多すぎる。

テロ事件の影響で飛行機旅行のキャンセルが相次いでいるのは好ましい傾向だ。海外旅行や、ブランド品とかグルメだとか、不健全な娯楽に自制が必要だ。

デフレ・スパイラル、価格破壊、企業倒産、失業率の増大と、日本経済は案外健全な方向に向かっているのかもしれない。



読書:「ヤシの実のアジア学」鶴見良行、宮内泰介

ビデオ:「無防備都市ローマ」

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世界の滅亡

2001-11-24 21:50:38 | Weblog
11月24日(土) 曇

デモ・・・・本当?

某国のある寄港地で実際に出合ったお話。現地通貨に両替しようとして銀行に行くと、シャッターが閉じられて武装警官がガードしています。周囲にはデモの人波。事情を尋ねると、1週間前に大統領一族が国民の預金を盗んで他国に逃亡したとのこと。これはペルーでの出来事ではありません。

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    世界の滅亡

1972年6月15日に予定していた日本革命は不発に終わった。僕にとってそれは世界を変える最後のチャンスを失ったことを意味する。12年間の歳月で、僕は変革の理論を構築し、国内・国外の組織を編成し、資金と武器を調達し、すべての臨戦態勢を整備した末に挫折した。

確かに赤軍派を始めとする新左翼諸等はそれまで派手に活躍した。しかし彼らは抵抗の最前線には立ったが、具体的な政治改革の方向を示さなかった。彼らには政権奪取後の道筋を示さなかったし、あの段階では、本気で政権奪取に至れるとは思ってはいなかったようだ。

今からでも遅くはない、世界はいつだって変えられる、というのは楽観的に過ぎる。過去30年間で世界人口は50%増加した。世界の富の80%以上を、世界人口の20%以下の先進国が貪り食っている。世界人口は1年に1億人のペースで増加している。現状でさえ、世界の60億人が先進国並の生活レベルを享受しようとするならば、世界の資源と廃棄物は10年間で行き詰まるのだ。こんなことは初歩的な経済学でも物理学のエントロピーの法則でも明らかなことなのだ。

世界60億の人間がすべて平等な消費生活を送れるためには、人口をこれ以上増加させないで、かつ先進国の10億人が生活費と生産活動費とを4分の1に縮小しなければ計算が成り立たないのだ。素朴なオーストラリア人はそれでもいいと言っているが、貪欲なアメリカ人は後進国が自分で努力しろと突っぱねている。日本もマイナス成長はとんでもないし、永遠の経済発展しか考えていない。

後進国ではこれまで先進国から虐げられてきた歴史を根拠に、自分たちには先進国並の文化と消費生活を享受する権利があると主張する。そして公害よりも開発を優先する。公害も人口も紛争も増え続ける。大量生産―大量消費―大量廃棄の先進国の生活構造が世界中に蔓延して、人類は滅びていくのであろう。既に手遅れだと僕は思うのだが、世界の鈍い頭脳はまだ大丈夫だと思っているのかな?



読書:「航海術」 茂在寅男

ビデオ:「ドクトル・ジバゴ」

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国境と法の適用範囲

2001-11-23 21:49:49 | Weblog
11月23日(金) 曇


    混血の少女たち

南米では白人と黒人とインディオの混血が進んで、今では先祖をたどることが難しいくらいです。子供たちは陽気で人なつっこくて音楽好きです。でもやっぱり色が白いほど生活程度が高い傾向があるようです。

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    国境と法の適用範囲

僕は日本の医師免許証を持っているから日本国内では医療行為はできる。オリビア号はウクライナ船籍だが、日本の旅行社のJGが借り上げているので、船内で医療行為ができるのだろう、多分。公海上であればまず問題はなさそうだ。エクアドルの領海内だったらどうなのか、エクアドルの港に着岸しているとどうなのか、それが分からない。他国で医療行為が禁じられているなら、岸壁上での医療行為は違法であろう。それなら係留中の船内での医療行為はやはり違法になるのだろう。

僕が退屈しのぎにでもそう考えるのは、裏返しの法の執行を想定するからだ。たとえばリビアに入港した時には、船内での飲酒、ポルノ、豚肉が禁止され、公海上に出てから解禁された。

たとえば僕がグアヤキルの岸壁で兵隊の銃を奪って船内に逃げ込んだら、エクアドルの警官が船に乗り込んで僕を逮捕しようとするであろう。だけど僕が隠れているうちに船が出港して公海上に達すると、もう逮捕されないんじゃないかと思う。映画やドラマの脱出劇を見ると、国境が陸続きの物語ではそうなっている。

それなら公海上ではどこの国の法律が通用するのであろうか?オリビア号には、パッセンジャー用の日本の医務室と、クルー用のウクライナの医務室があり、それぞれ自国の法律に従って診療行為をしている。医療法の平和共存である。

外国でスキューバダイビングをする時、ライセンスが必要という国と、必要ないという国がある。それはどちらでもいいが、外国で運転するのに国際免許が必要だというのは、厳しすぎるような気がする。



読書:「砂漠の文化」 松田寿男

ビデオ:「ティファニーで朝食を」

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非戦のための4つの提案

2001-11-22 21:48:42 | Weblog
11月22日(木) 曇

 テーブル・テニス

卓球を英語でなんと言うのでしょうか?ピンポーン、正解です。テーブル・テニスですね。最初は日本人乗客しかやらなかった卓球ですが、船内映画館で「フォレスト・ガンプ」の上映後は国際的になりました。多少船が揺れても卓球台が動かないようにひもで固定しています。

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非戦のための4つの提案

PBの目指すものは色々あろうが、最大の目標は「戦争のない世界」であろう。4つの具体的な方策を提起しよう。

ソ連の崩壊で東西の冷戦の構造は消滅したにもかかわらず、世界では年間100兆円以上の軍事費が使われている。世界核戦争の危機は遠ざかったがアメリカでは今尚莫大な軍事予算を組んでいる。アメリカの軍事産業は後進国に武器を輸出し続けて、イラク危機やアフガン危機を自ら作り出している。アメリカはイランのホメイニ憎しとイラクに肩入れをしたし、アフガンのソ連軍を追い出すためにイスラム原理主義者に武器を供与した。

湾岸戦争はアメリカが中近東の石油権益を死守するために遂行したのであり、ブッシュ前大統領が「男らしさ」を示すために決断した戦争である。

今回のアフガン戦争はアメリカの国益上の意義は希薄で、アメリカの面子とブッシュ・ジュニアの「男らしさ」を示すだけで、帝国主義の論理からも、自由民主主義の論理からも「不純な」戦争だ。イスラム原理主義を叩いても、アフガンを痛めつけても、アメリカの国益にはならないからだ。

しかし「アメリカに逆らう国はすべて敵とみなす」というブッシュの恫喝に世界中が恭順し、国連もNATOも同調しているのは情けない限りだ。アメリカよりも政治的には大人のヨーロッパ諸国では次第にアメリカ離れして、NATOもアメリカから一線を引くようになるであろう。

しかし問題は国連だ。国連核クラブであるP5(米、英、仏、ロ、中)、つまり安全保障理事会が世界危機に何ら対処できないだけではなく、逆に国連軍としてアメリカの海外派兵の隠れ蓑に利用されていることだ。P5が拒否権を持ち、事実上アメリカが支配している国連安保理を解散させ、国連に真の紛争処理能力を持たせる必要がある。

次に日本国憲法第9条を守り、これを世界に広げることが肝要だ。コスタリカも戦争放棄の憲法を持つ。交流を深めて点から線へ、線から面への平和攻勢が必要だ。ドイツの平和憲法はいまや風前のともし火だ。しかしECとNATOの盟主の平和の模索には希望が持てる。スイス、北欧諸国の非同盟政策との連帯も強化すべきである。アメリカにノーと言える国は、今や旧社会主義国よりもこちらの方が頼りになろう。

国連や非同盟政策諸国、戦争放棄を掲げる諸国などの政府レベルの活動よりも、NGOがより運動としては有益であろう。国の連帯よりも、民衆の連帯のほうが強い。

最後にベトナム戦争の教訓を思い出そう。国家が戦争を遂行しようとしても、若者が良心的参戦拒否をすれば戦争は終結するのだ。



読書:「市民=民衆の新党」

ビデオ:「誰がために鐘は鳴る」

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赤道直下の肌寒い国

2001-11-21 21:47:58 | 海外旅行
11月21日(水)曇

護衛付きのVIP観光

エクアドルの国名はずばり「赤道」。赤道直下でもフンボルト海流の影響で天気はぱっとしないし、肌寒い毎日です。ここグアヤキルは今回の航海で治安状態が最悪と言われる所です。港では防弾チョッキを着用して軽機関銃を持った警察が市民を追い払っています。時計をはずして手ぶらでタクシーに乗って市内観光へ。丘の上の古い城砦へ昇ろうとタクシー下車。たちまち戦闘服に身を固めた武装警官に取り囲まれました。彼らは僕を城砦まで案内してくれて、最後は丘のふもとのタクシー乗り場まで護衛してくれました。

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   赤道直下の肌寒い国

8:30グアヤキル入港。赤道直下だというのに太陽が出ていないと肌寒い。フンボルト海流の影響だ。今回の航海でここが1番治安が悪いそうだ。港周辺は特に危険だそうで、岸壁には防弾チョッキで身を包み、軽機関銃を持った軍人が警備に当たっていた。乗客で青森県出身の一戸に誘われて、2時間25米ドルの観光タクシーをシェアすることにした。荷物は持たず、時計もはずして出かけた。経済が破綻したエクアドルでは、自国通貨を廃止して、米ドルを通貨にした。これがユーロのように国境を越えた地域通貨に成長すると考えるのは、慢性的なインフレと経済格差から、楽観的過ぎるであろう。銀行の前にデモ隊が押しかけていた。タクシーの運転手に尋ねると、大統領が国民の貯金を持ってパナマに逃げたとのこと。

市内観光といっても特に見るべきものはない。セミナリオ公園のイグアナとカテドラル、センテナリオ公園とその周辺の店を覗いた。そしてグアヤス川のほとりの時計台、市庁舎、ボリーバルの記念碑を見て、川べりの公園を散歩し、北はずれにある丘の上の城砦に登った。丘全体がスラム街なのだが、頂上に至る階段の両脇は再開発の真っ最中で美しい散歩道になっている。しかしすべての家の窓には頑丈な鉄格子がはめられている。僕たちの散歩は3人のショットガンを持った武装警官の護衛付きだった。

中南米はどこの国も経済は破綻状態で、政情不安定で、治安が悪い。北米のアメリカとカナダは経済、政治は安定している。しかしアメリカは治安はよろしくはない。

アメリカの取るべき政策ははっきりしている。国内の銃規制を徹底するとともに、軍事費を減らし、武器の輸出を中止し、他国への政治介入、武力介入を止めることだ。



読書:「石油に浮かぶ国」 牟田口義郎

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日本人

2001-11-20 21:47:18 | Weblog
11月20日(火) 曇

誕生日

700人の乗客が106日間航海していると、毎日2,3人が誕生日を迎えます。夕食の席上でバースデイ・ケーキとウクライナ人スタッフによるバースデイ・ソングのプレゼントがあります。ただし、このサービスはあくまで乗客に限定されています。船員の誕生日は夜の甲板で内輪で祝います。

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    日本人

『日本人はストレスが多く、宗教心が薄く、働き中毒で、自分の意見がなく、表面を繕う。アジア人を蔑視し、いつもアメリカの表情を伺ってばかりいる。善悪よりも損得で物事を判断し、他人のあら捜しが大好きで、権力に迎合する。眼鏡をかけ、カメラを下げて、愛想笑いを浮かべながら、チョコチョコと歩き回る』

好きな諺は『物言えば唇寒し秋の風』『寄らば大樹の陰』

宗教心が薄いことは好ましいことであろう。葬式仏教徒で、先祖を敬う気持ちも薄い。先祖を3代前までは辿れても、4代以前はさっぱりという家庭が多い。

勤勉なことも悪いことではない。しかし、せっかちで急ぎたがる。他人より努力して偉くなろうという価値観は他国からは理解不能だ。教育における体罰や行き過ぎた校則、会社における過労死や無料奉仕の時間外労働など、軍隊的な規律が社会的な圧力として正当化されている。中産階級が発達しているために、教育程度は高く、民主主義も末端まで浸透している。治安も良い。

一歩下がった自己主張が美徳とされて、集団の秩序を優先させ、世間体が行動の規準になっている。恥の文化ゆえに見栄っ張りでもある。中庸を好む。

日本人は理論的に物事を判断するのが苦手で、感情的に判断する。職場でも家庭でも学校でも言いたいことを我慢して、酒場で上司や配偶者や教師の悪口を言う。一緒に酔っ払ったことが腹を割って話し合いをしたということになり、理解や友情を深めたと考える。

アイデンティティーは強く、きれい好きで公徳心も強い。排他的で民族的な純血主義の傾向が強い。ファッショな国民性ゆえに天皇制は廃止すべきだ。

平和憲法下で50年以上戦争とは無縁で、順調な繁栄を重ねてきたので、幸福な国民であるとも言える。自衛隊という軍隊はあるが、軍事行動で誰1人殺していないことは特記に値する。

ペルーのフジモリ前大統領を現在匿っている。彼はペルーと日本の二重国籍者だそうだ。



読書:「地球憲法第9条」チャールズ・オバービ著、国広正雄訳、桃井和馬写真

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ウクライナ人

2001-11-19 21:46:44 | Weblog
11月19日(月) 雨

イグアナ


ベネズエラから150人の乗客がガラパゴス島へ1週間のオプショナル・ツアーに出かけています。ガラパゴスと言えばゾウガメとイグアナが有名です。でも南米各地で陸イグアナを見ることはできるのです。公園や空き地に群がっていて、日中は木の上で過ごすことが多いようです。観光客が木の下を通るとおしっこをかけられることがあるので注意が必要です。

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    ウクライナ人

「戦艦ポチョムキン」の舞台はウクライナのオデッサだ。オリビア号はオデッサの船で、乗組員200人の大半はウクライナ人だ。PBやJGでウクライナ人乗組員を恋人にしているスタッフは少なくはない。結婚を考えている人もいる。だが、国際結婚は宗教、言語、民族、習慣などを内在した家族と国家の壁を乗り越えないと成就しない。

『シープスキンの外套をまとい、大地で生まれ、10世代も続く農民の先祖を持ち、たくましい妻と半ダースの子供を持つ屈強な農民』とウクライナ人は異端視され、差別されてきた歴史を持つ。ハプスブルグ帝国とロシア帝国による永年の支配下に置かれ、10年前まではソ連の支配下にあった。民族的にはガリツイア人とブコビナ人であり、ロシア語とウクライナ語を話す。宗教はギリシャ正教か、ロシア正教で、3つの尖塔とタマネギ型ドームを持つ教会が特徴的だ。日常の変わったミサ、12皿の聖なる晩餐でのクリスマス、華やかに彩色された卵でのイースター、3日間に及ぶ馬鹿騒ぎを伴う盛大な結婚式、「大酒のみ」とレッテルを貼られている。

何故ウクライナ人が差別されて来たかと言えば、独自の国家を持てなかったからだ。差別のない世界を創るには、国境と宗教を廃止し、エスペラントを第一外国語に指定することであろう。

アメリカのエスニック・ヒエラルヒーは以下の通りだ。『アングロサクソン:北欧人:東欧人:南欧人:ユダヤ人:先住民:アジア人:ヒスパニック:黒人』

姉の二男のタッドは白人のアレグラと結婚していて、9月に赤ん坊が生まれた。姉は35年間アメリカに住んでいるが、国籍は日本人だ。アメリカ生まれのタッド一家は3人ともアメリカ人だ。アレグラが何系の白人なのかは知らない。

兄の二女が8月にインド人と結婚したはずだ。彼女は多分インド人になったのだろう。ウクライナ人と日本人が結婚すると、2人は多分いずれかの国籍を選択しなければならないだろう。子供は親の籍に準ずるか、出生地主義を取るのであろう。

僕は家族がいないので無国籍者でも済ますことができるが、若者たちはそうはいかない。

人がどう言おうと愛は貫徹できる。しかし、結構つらいものがあるかもしれない。頑張って下さいとしか言いようはないし、古い殻を打ち壊して進むのが若者だ。マルチカルチャリズムの道は険しい。

ついでに図書室でフレディリック・フォーサイスの「オデッサ・ファイル」を捜したが、見つからなかった。前に1度読んでいるからいいか。



読書:「カナダ歴史紀行」 木村和男

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スエズとパナマ

2001-11-18 21:46:05 | 海外旅行
11月18日(日) 雨後曇

パナマ運河

スエズ運河と違って、こちらは閘門式。大西洋から3つの閘門を登って海抜25mのガトゥーン湖へ。そこからまた3つの閘門を下って太平洋に抜けます。全長約64kmですが、8時間を要します。世界を回る大型船はこのパナマ運河ぎりぎりの船幅に作られています。船はエンジンを止め、両岸からケーブルカーで牽引されて進みます。

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   スエズとパナマ

スエズ運河は長さ162km、通過時間は15時間。1867年フランス人レセップスによって開削され、永年フランスの管理下に置かれた。1956年エジプトのナセル大統領が国有化を宣言、英仏イスラエルとスエズ戦争で5ヶ月間不通となった。中東戦争により、1667年から1975年の8年間再び不通となり、世界経済に大きな打撃を与えた。

パナマ運河は全長64kmだが、閘門式運河のため通過時間は8時間を要する。スエズ運河を開通させたレセップスが1881年から10年間開削工事に挑んだが失敗。1903年アメリカの策略でコロンビアから独立したパナマが、アメリカに永久借地権を与えて開削工事が再開された。そして1914年に開通、パナマ運河地帯はアメリカの直接統治下に置かれた。以後85年間ここは中南米の反米活動と革命運動の鎮圧の前線基地として機能して来た。

16:00オリビア号はカリブ海からパナマ運河に進んだ。折り良く降り続いていた雨がやんだ。通行料は500万円だそうだ。スエズ運河の通行料がいくらだったかはJGでは教えてくれないが、パナマよりずっと高いそうだ。運河の両側には熱帯の森林が広がり、双眼鏡で観察するとサルやワニが見えた。3つの閘門を通って18:00海抜26mのガトゥーン湖まで昇ると期せずして甲板から拍手が沸き起こった。それはカダフィ会見の時よりも大きな拍手だった。

今夜の甲板はにぎやかでビールの売れ行きも良かったようだ。バーの売上はウクライナ側の収入になるのだが、不況の影響なのか、若者が多いためなのか、売れ行きはさっぱりらしい。22:00にぎやかなパナマシティの明かりを背に、オリビア号は太平洋に進み出た。



読書:「サンダカン八番娼館」山崎朋子 

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 失われた世界

2001-11-17 21:45:25 | Weblog
11月17日(土)快晴

マージャン教室

自主企画の囲碁、将棋、マージャン、オセロ、トランプ講座は最初は盛況でしたが、次第にメンバーが固定されて同好会化しています。現代日本は毎日があわただしいので時間のかかるゲームは敬遠される上に、趣味も多様化、複雑化しているようです。「船旅と養老院ではマージャンが1番!」」なんと言っても時間がたっぷりありますからね。でも海の荒れた日はパイが倒れるので休講です。

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   失われた世界

PBのギアナ高地オプショナル・ツアー案内には次のようにある。

『1000m級の「岩の壁」が立ち並ぶ「最後の秘境」ギアナ高地。作家コナンドイルが「失われた世界」の中で描いたように、その頂上には独自の進化を遂げた動植物が生息する、不思議な世界が広がります。まずは断崖絶壁の壮大な光景と、世界最大の落差を誇るエンジェルの滝を空中遊覧。密林の中をボートで下って、幅数十メートルの大滝くぐりにもチャレンジ。ここでしか味わえない「秘境」体験の連続が待っています』

Nさん、47歳、男。2日前にギアナ高地のツアーで失踪していたが、本日湖で溺死体発見との情報が届いた。エンジェルフォールに魅せられて遊泳中に深みにはまったらしい。当日の夜出発のガラパゴス・ツアーに料金を払込済みだった。

PBでは当初自殺も少し疑った。乗客の20代前半でフリーターという人はまあいい。リタイアした60歳以上の人も問題はない。しかし今回のクルーズでは30代、40代の参加者が多いのが気になる。3ヵ月半もの休暇をどのようにして確保したのであろうか?僕はあちこちで、お金と時間とをどうやって工面したかを聞いて回った。「リストラされた」「会社の将来性がないからやめてきた」という答が多かった。不況のために時間ができたということだ。くよくよしてもしょうがないから船に乗るとは、悲観主義的だった日本人もグローバル化されてきたらしい。だけど家族のいる人なんてかなり大変じゃないのかと余計な心配までしてしまう。

JGスタッフのH君はサラ金に300万円の残債があるらしい。前の勤務先をやめて退職金をつぎ込んで、足りない分はいわば住み込みのPB勤務で返済するらしい。多分5年を要する。その選択は賢明だ。真剣に過去を総括し、再起の方針が貫徹されたなら。しかし僕の見るところ、自分を厳しく律していないので、中途半端な総括しかしていないように思う。他人が頼りの半端な姿勢では1年以内に破綻の道を歩む。

病院を経営していた時分、入院患者が生活の苦労まで病室に持ち込んでくる様がよく見えたものだった。その点では船も同じらしい。



読書: 「吉本隆明vs吉本ばなな」  

ビデオ映画:「戦艦ポチョムキン」

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渚にて   

2001-11-16 21:44:45 | 海外旅行
11月16日(金) 快晴

援助物資の荷下ろし

ピースボート・オリビア号は船倉に小学校用の椅子や机、自転車や車椅子などの援助物資を大量に積み込んでいます。いずれも中古品で、日本の篤志家の寄贈品です。寄贈品と言っても、日本各地にトラックで受け取りに行き、それを晴海港まで運び、荷揚げ・荷下ろしするのはボランティアの仕事です。寄港地ではバケツリレー方式で荷卸が行われます。

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渚にて   

図書室にそろそろ読むべき本が少なくなってきた。船内のインフォメーション・カウンターには220本のビデオテープがあり、無料で貸し出しをしているとのこと。「渚にて」は白黒の古い映画だ。テーマ音楽はオーストラリアの第2国歌になっている。大根役者のグレゴリー・ペックと名優アンソニー・パーキンスの配役が、アメリカ人とオーストラリア人を演じているのが面白い。両国とも白人が原住民を殺して奪った土地だが、映画には白人しか登場しない。それには文句は言わなくてもいいだろう。白人の自業自得の物語ということで結構だろう。

物語は第3次世界大戦で北半球が絶滅し、オーストラリアも数週間後には放射能汚染で死に絶える運命を描いている。舞台はメルボルンと、サンフランシスコとサンディエゴ、いずれも美しい街だ。そしてアメリカの原子力潜水艦という状況設定も皮肉だ。目に見えぬ放射能汚染の危険が次第に迫ってくる。目に見えぬ愚かな権力が戦争を引き起こしたのだが、それを許したのは愚かな民衆だ。日々の安逸をむさぼり、核戦争の危機も死が目前に迫るまで気付こうとはしない。画面上では人の死ぬシーンもなければ、死体も写っていない。破壊された建物や自然も登場しない。自動車レースのクラッシュが控えめに人と物と自然との破壊を暗示している。

滅亡の日の接近に伴い、人々には忘れかけていた純情がよみがえる。アル中寸前の女は酒をやめ、愛を求める。独身の中年男は危険な自動車レースに出場する。幸せだった若夫婦は幼子を含めた3人の家族の死に方を考える。ノアの箱舟のように選ばれた者たちが生き延びたのではない。すべてが滅んだのだ。

僕はこれでいいのだと思う。人間はいつかは死ぬのだし、人類はいつかは滅亡するのだと考えている。人類だけは特別で、科学や英知などで永遠に繁栄するなどと信じるのは楽観的過ぎるし、狂気だ。



読書: 「海冥」 小田実

ビデオ映画: 「渚にて」

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