非国民通信

ノーモア・コイズミ

相変わらずの毎日

2012-02-12 11:21:01 | 社会

特集ワイド:日本よ!悲しみを越えて 作家・玄侑宗久さん(毎日新聞)

 「福島県民の間で、いくつもの心の分裂が深刻化している」と言う。放射能から逃れるため福島から出る、出ない。残ったとしても地元の米や野菜を食べる、食べない。子どもに食べさせる、食べさせない。それらはまるで「踏み絵」のような苦痛を伴う。
 
 「放射能の問題は、結局精神的な問題になってしまっています。年間100ミリシーベルト以下の低線量被ばくについては健康被害を示す明確なデータがない。現代人は分からないことに向き合うのが苦手ですからどちらかに分類したがり、その結果二つの極端な立場が生まれた。放射線は少なければ少ない方がよいと考える悲観的立場と、塩分などと同様に放射線も適量ならば体にいいという楽観的立場です。どちらも医学的には証明が難しいため、信仰に近い様相を呈しています」

 「放射能の問題は、結局精神的な問題になってしまっています」というのは実態をよく言い表しているのでしょうし、時に興味深い指摘も垣間見えるのですが、毎日新聞掲載らしく奇怪な主張も目立つのが惜しまれるところです。以前に触れた、やはり毎日新聞掲載の斎藤環氏のコラムでもそうでしたけれど(参考)、あまりに不正確な理解に関しては垂れ流しにせず、注釈の一つも付けるなりした方が良いように思います。そうしないと読者に誤解を広めるばかり、玄侑氏の指摘する「精神的な問題」を深刻化させるばかりですから。

 さて、玄侑氏によると「放射線は少なければ少ない方がよいと考える悲観的立場と、塩分などと同様に放射線も適量ならば体にいいという楽観的立場」が生まれたそうです。適量ならば体に良いという「楽観的立場」なるものは、まぁ昔から温泉周りなどで健康増進効果に箔を付けるべく言われてきたこともありましたけれど、むしろ昨今はナリを潜めてしまったのではないでしょうかね。そんなことを主張すれば、袋叩きにされるのが目に見えていますから。もちろんホルミシス効果と呼ばれ、実地レベルでは観測データと合致することも珍しくない説ではありますが、少なくとも新たに生まれたものでもなければ二項対立の一方として盛り上がるような代物ではないわけです。

 実際のところは「どんなに微量でも深刻な害がある」とするエセ科学派と、「少なければ少ない方がよいが、放射線だけではなく他のリスクとの兼ね合いで最適な対策を探るべき」とするICRP派の対立と見るべきでしょう。確かに二つの立場からの対立は顕著と言えますが、放射線量は低い方が望ましいという点では概ね世間の一致を見ている、放射線は微量でも量に応じて負の影響があるとするLNT仮説が正しいと考える人は必ずしも多くないにせよ(実例としてはホルミシス仮説の方がむしろ当てはまりやすいくらいですから)、それでもLNT仮説を前提として放射線防護に当たるというのが国際的なコンセンサスでもあります。ただし、放射線「だけ」を際限なく問題とするのか、住民の生活など放射線「以外」のことも考えるのか、そこに違いがあるだけです。

 先日にも触れたことですが、原発推進派なんてのもまた昨今はナリを潜めてしまったわけです。今、原発推進を口にするのは非常に勇気のいること、政治家や芸能人などの人気商売ともなれば尚更のことで、反原発の流行に乗り遅れまいとする人ばかりなのも致し方ありません。では、原発に反対する人が目の敵にしているのは誰なのか? それは反原発論者が誇張する原発/放射能の脅威に対して「そこまで影響はないよ」「その測定方法は誤りだよ」と科学的な説明をするエセ科学批判者であったり、節電のしわ寄せを受ける工場(で働く人)への影響や経済への影響を慮る人など脱原発が第一「ではない」人々だったりします。もはや原発を巡る対立と言うより「知」やバランス感覚の問題という気がしないでもありません。でも、排外主義者が自分の世界観に合わない人を片っ端から「反日」と呼ぶように、ある種の反原発論者にとって原発/放射能の脅威を煽るのに協力的でない人は誰でも「原発推進派」なのでしょう。

 

東日本大震災:暮らしどうなる? 福島の母親、悩み尽きず 東京の医師らが「こども健康相談会」(毎日新聞)

 母子家庭で、3人の子を一人で育てている。県外に避難したいと考えたが、子どもに合う学校を探し、住まいや職場も一度に決めなければならない。仕事は簡単に見つからず、経済的に引っ越す余裕もない。悩んだ末に昨秋、福島でやっていこうと決めたという。
 
 中学3年生の長女は昨年10月、吐き気が1カ月以上続いたため、市内のかかりつけの小児科を受診した。
 
 「放射能の影響かと心配なんですが」と女性が切り出したとたん、医師は顔色を変え、「放射能と関係ないですから」と否定した。長女の学校の担任からも「お母さんが放射能を気にするから、子どもに影響が出るんじゃないですか」と言われていた。「私には相談する場所はないんだ」。孤立感を感じた。悩みを抱え込み口に出せないのが「一番きつい」と女性は言う。
 
 昨年11月。女性は市内の任意団体「市民放射能測定所」で、3人の子がどの程度、内部被ばくしているのかをホールボディーカウンターで調べた。放射性セシウム134と137の数値が記された結果表が届き、測定所のスタッフに聞いてみると、「平均値より低めです」と言われた。しかし高線量地域に住み続ける以上、継続的な測定が必要。また日常生活で浴びた放射線を少しでも減らす工夫が必要だ。この日、医師からは「帰宅したら、シャワーを浴びて放射性物質を洗い流して」と助言された。
 
 シャワーについては「めんどうくさい」と長女が渋っており、当面の課題になりそうだ。長女の吐き気は、前回11月の相談会で医師が、きちんと話を聞いてくれたという。「原因は分からなかった。でも、受け止めてもらえただけでもよかった」。女性は少しおおらかな気持ちになったという。

 後先を考えもせずに引っ越さなかっただけでも偉いとは思いますが、元より色々と余裕がないであろう母子家庭です、その母親がパニックを起こしているとあらば子供に加わるストレスも相当なものと推測されます。もちろん、吐き気などの症状が出るほどの放射線を浴びたのに適切な治療も受けなければ遠からず死んでしまいますので、11月になっても生きている以上は放射線の影響でないことが確定的に明らかです。少なくとも、かかりつけの小児科医は間違った診断をしていないことがわかります。しかるに、それでは母親が納得しない、母親は「放射能のせい」と言ってもらわないと落ち着かないわけです。これはまさしく「精神的な問題」と言えます。

 11月に診察した別の医師は「帰宅したら、シャワーを浴びて放射性物質を洗い流して」と助言したそうです。もちろん、今の福島で外出の度に放射性物質が付着して云々という状況は考えられません(もちろん検出限界を極限まで上げていけば0にはならないのでしょうけれど)。ただし「原因は分からなかった。でも、受け止めてもらえただけでもよかった」と、女性(=母親)は少しおおらかな気持ちになったと伝えられています。まぁ、この人の頭の中では結論(放射能のせい!)は出ているのではないかという気がしてなりませんが、ともあれ母親は少しだけ快方に向かったようです。必要もないのにシャワーを浴びさせられる子供は大変だなと思います。とはいえ、母親が心の安定を取り戻すことは子供にとっても重要ですから、それは必要なこと、子供が母親の療養のためにシャワーを浴びてみせるのも必要なことなのかも知れません。

 

 会場には、何を食べたらよいのかの栄養相談のコーナーも設けられた。月刊誌「食べもの通信」の編集者が応じ、長時間話し込む母親が多かった。
 
 最近、長女(9)がじんましんで入院したという福島市の女性(35)は約50分話し込んだ。病院でもじんましんの原因は分からなかったという。震災直後から関東と東北の食品は買わないようにしているが、手に入る野菜は少なく、栄養が偏るのではと悩んでいた。
 
 「近くの店のイチゴは福島産なので与えず、牛乳も飲ませていない。ジャガイモやタマネギは北海道産が手に入るけれど、レタスは県内産ばかり。豚肉はメキシコ、牛肉は豪州、サケはチリ産を食べている」。ホールボディーカウンターで内部被ばくを測りたいが申し込みが多く、希望はかなっていない。
 
 回答した編集者の松永真理子さんは▽旬の野菜や自然塩でミネラルをとる▽みそを常用し、食物繊維や水、麦茶をとって排せつしやすい体をつくる▽体を冷やさず早寝早起きし免疫力を高める--ことを勧めている。「お母さんたちの相談はいつまでも終わらない。子どもの前では泣けない、という人もいた」と話す。

 で、ここで無批判に紹介されている「食べもの通信」という月刊誌、定期購読しているわけではありませんので何とも言いがたいですけれど、出版元のサイトを見る限りはエセ科学系のありがちな代物に見えます。こうした人々の説く怪しげな健康法が幅を利かせてしまうのは大いに懸念されるところで、回答した編集者によると「▽旬の野菜や自然塩でミネラルをとる▽みそを常用し、食物繊維や水、麦茶をとって排せつしやすい体をつくる▽体を冷やさず早寝早起きし免疫力を高める」云々とのこと。最後の一説はともかくとして、「自然塩でミネラル」とか「みそを常用」、「排せつしやすい体」などは、状況によって危険性があるように思います。

参考、「1日2杯の味噌汁が効く」は本当ですか?  放射能汚染のトンデモ科学に騙されないために(FOOCOM.NET)

 往々にして、パニックの中にいる人は極端な行動に走りがちです。自然塩と味噌を大量に子供に食べさせることも考えられます。塩分の摂りすぎによるガンのリスクは、放射線量に換算すると200ミリシーベルトから500ミリシーベルトに相当するようですが、放射能「だけ」を心配している人は、そんなことなど考慮しないでしょう。水や麦茶をがぶ飲みさせるかも知れませんし、牛乳は飲ませないとのことなので子供の栄養状況が尚更心配になります。むしろ教えるべきはチェルノブイリと福島における牛乳の違いの方ではないかと思うところですけれど、まぁそれでは納得してもらえないのでしょうね。

 福島市の女性(35)が感じたように、実は我々の身近にある食品は国産ばかり、地元産ばかりだったりします。世間で言われるほどの食糧自給率危機ではないように見えることでしょう。さんざん食料を外国に依存していると聞かされてきたのに、いざ県外産、国外産を探してみたら入手に困るというのですから。でも、心配はいりません。家畜の餌は輸入や県外産ばっかりです。家畜の餌が輸入品で、これを勘定に入れるから日本の食糧自給率が低くなると言うのはさておき、乳牛の食べる牧草が地元産である確率は高くないわけです。福島のメーカーがパックに詰めて売っている牛乳=福島の牧草を食べた牛から絞られたミルクではありません。この辺、チェルノブイリとは根本的に異なります。そもそも問題となり得る放射性ヨウ素は半減期が短く既に影響のないレベルに低減していますので、今さら牛乳を避けるというのも純粋に精神的なものでしかないと言えます。

 いずれにせよ、各種トンデモを無批判に垂れ流すばかりで、むしろ必要な情報の提供を躊躇うかのごときメディアの姿勢は大いに糾弾されてしかるべきです。子供を振り回す母親にしたって深刻ですけれど、彼女たちに怪しげな情報を吹き込んだのは誰なのか、そこは問われなければなりません。「(放射能のせいで)危険だ」とする主張にしか耳を傾けなくなってしまった人も少なくありませんが、そう思い込ませた人こそ純然たる「加害者」です。不安に怯え、孤立する母親に「対策をしないと(子供が)死ぬぞ、福島から逃げないと死ぬぞ」と暗に脅しをかけてきた人々の責任も、そろそろ考えられる必要があります。

 

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2 コメント

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Unknown (Cafe)
2012-02-23 02:06:31
最近の相馬のWBCのデータや給食の精密測定でも、食品からの被曝は極めて少ない結果がでてますね。流通品を食べている限りは食品による被曝はとても少ないといえると思われます。こういうことを知ることも重要ですね。

一方農家などで検査を受けない食品を継続的に自家消費するような家庭の場合、WBCで高い数値が出る可能性があることは心配です。国や県はこういう可能性のある層を重点的にWBCなどで調べて必要なら改善して欲しい。変に基準値を引き下げて混乱を起こすよりこうした層の発掘と改善のほうがよっぽど国民全体の内部被曝低減につながると思います。
http://medg.jp/mt/2012/02/vol410wbc.html#more

また茸、イノシシやワカサギ、果物類(干し柿とかキウイ)とか高い数値が出るものを知っているだけでも対策は限定的にでき、精神的にも違うはず。まあゼロベクレル志向の人には言ってもムダかもしれませんね。
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Unknown (非国民通信管理人)
2012-02-23 23:13:56
>Cafeさん

 むしろゼロリスク、ゼロベクレル幻想を振りかざす人が、そうした実効性のある対策を妨害しているような気もします。もうちょっと的を絞った精密な対策も可能なはずですが、ありとあらゆるものを危険視する世論に行政が媚びるが故に、無駄な範囲にまで規制を広げるばかりですから。
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