愛しきものたち

石仏、民家街並み、勧請縄、棚田景観、寺社、旧跡などが中心です。

都祁吐山 地蔵堂の石仏

2013年07月31日 | 石仏:奈良

顔をすっかり無くしてしまった地蔵さん。

田町集落から小山を挟んで一つ北側の谷を下る棚田の中に集落が・・・・ここも田町と呼ぶのかは解らないけど??その奥入りの少し高台にも地蔵堂が在り、多くの石仏が集められて居る。

棚田を挟んで対面する山裾斜面には城福寺と言う鄙びた山寺が有り、その寺の遺仏達では無いだろうか??

ここでも地蔵堂は土間の上に吹き晒しの覆い屋を掛けた簡素な造り・・・

奥の中央に顔を無くした中型定形の地蔵立像、脇には地蔵や阿弥陀の小石仏が処狭しと並べられて居る。

いずれにしても像容からは室町末期頃の造立・・・・、しかし尊顔はどうしたのでしょうか??

まさか吐山の数ある石仏の中でこの一体だけが廃仏毀釈の餌食になったとは思えないのですが・・・・・。

奥まった隠れ里のような集落は、訪れる者を一気にタイムマシーンに乗せ、過去へと運んでくれたような景観風情です。

撮影2012.5.12


都祁吐山 田町(たちょう)地蔵堂の石仏

2013年07月30日 | 石仏:奈良

先日紹介の極楽寺依り国道369号を道成に南に約2km、田町地蔵堂に有る二体の石仏。

ここは先日吐山の茅葺き民家4で紹介した家の隣地、風光明媚な高台に建つ小さな地蔵堂・・・・・

この地は古い墓地跡なのだろうか?墓碑や石塔、宝筐印塔の傍らに簡素な覆い屋の地蔵堂が建ち、地蔵菩薩と庚申待ちの青面金剛像が祀られて居る。

向かって左側には安山岩製の地蔵菩薩立像。

前回紹介の極楽寺のものを一回り小さくした様な像容・・・・多分同じ作者の手に依るものだろう??

造立も四年後の永禄7年(1564)庚申衆12人と有り、やっぱり庚申待ちの主尊として造立された様です。

片や、向かって右には庚申の青面金剛・・・・、これも極楽寺之ものと瓜二つ。

この正面金剛像には江戸中期の明和三年(1766)の銘が有る。

この地域の庚申講が盛んであったことを窺わせる石仏さん・・・

撮影2012.5.12


都祁吐山(つげはやま) 極楽寺地蔵堂の石仏

2013年07月29日 | 石仏:奈良

先日茅葺き民家で紹介した、吐山「極楽寺」境内の地蔵堂に祀られて居る石仏さん達。

鄙びた景観が色濃く残る国道369号線、室生方面へ向かう「外の橋」交差を過ぎ、吐山地域に入って直ぐ、右手山の斜面を背に、程良く古びたお堂が見え、その隣に懷かしい風情の吹き晒し土間、簡素な覆い屋を掛けた地蔵堂が有る。

この寺は高野山真言宗の古刹らしいのですが現在廃寺と成って居て、もちろん無住・・・・程良く寂れた佇まいは、もの好きの目をいやがおうにも癒してくれます。

むき出し土間そのまま、中央に方形基礎石に載る地蔵菩薩立像・・・向かって右手前方には庚申の青面金剛石仏。

ぐるっと取り巻くように赤い涎掛けを掛けた小石仏等が数多く置かれて居る。

中央に立つ地蔵石仏は、安山岩の舟形光背を持ち、蓮台に立つ定形地蔵立像。

総高約120cm、像高約80cmと中型で、蓮弁は図案化が進んだ室町後期の様式を良く表して居ます。

左光背面には「庚申待一結衆・・・・」、右光背面には、「永禄3年(1560)庚申」の文字が見え、この地蔵は庚申待の主尊として室町後期に造立されたものです。

片や右手の青面金剛像は高さ約1m足らずの舟形石に像高約60cm、足元に図案化の進んだ三猿を配して居る。

ローカル色豊かな素朴な彫りが、親しみやすい青面金剛に成って居ます。

撮影2011.7.16


奈良市都祁 吐山の茅葺き屋根

2013年07月28日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

先日紹介した茅葺き民家からほど近い国道369号線、香酔峠(こうずいとうげ)への上り坂の途中、右手棚田斜面に一軒の茅葺き民家が見える。

北限の鈴蘭自生地へ登る棚田道、田町集落は棚田中に民家がポツポツと建つ風光明媚ながら、鄙びた味わい有る処

棚田斜面に何軒か茅葺き屋根に上懸けした懷かしい建物が見えて郷愁を誘う。

そんな中小山の木立を背に棚田斜面に石垣を積み屋敷を構え、納屋と並立して大きい茅葺き屋根の主屋が建つ。

寄せ棟の上に棧瓦の箱棟を乗せるのは前回紹介の民家に同じく、この辺はやっぱり同じ屋根職人の手に依るものでしょうか??

人の目に付かない裏側の屋根はトタン懸けされています。

撮影2013.3.17


奈良市都祁 吐山の茅葺き屋根3

2013年07月27日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

国道369号線、都祁と榛原を分ける香酔峠(こうずいとうげ)への登坂が始まる左手山裾に一軒の茅葺き屋根が見え隠れする。

山裾の雑木林を背に負い、小規模な棚田に囲まれた茅葺き民家。

寄せ棟茅葺き屋根に棧瓦の箱棟を載せ、棧瓦の庇で四周を周る。

入口は納屋横から上り坂の進入路を付け、庭先には真新しい車

声掛けして撮影の許しを得たのは若い奥さん 、小さな子供もいる様子・・・・、門前を見ただけでもいきいき生きて居る茅葺き屋根の民家です。

撮影2013.3.17


奈良市都祁 吐山の茅葺き屋根2

2013年07月26日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

前回紹介の対面、所謂国道369号線を挟んだ「極楽寺」の奥入りにも、もう一軒茅葺き民家が在った。

手入れは行き届いて居るものの雑多な生活臭が希薄に感じられ、一般民家ではないのだろうか??たまたま留守なのかもしれないが・・・・・。

大和棟に棧瓦の箱棟を載せ丹精な美しさを見せ、片袖落棟と庇は棧瓦葺き、大きな納屋が主屋と交差するよう入口に建つ。

主屋正面は改装され、手入れが良く傷みは殆ど感じ取れない程・・

 付近の集落はこんな感じの鄙びた里山。

撮影2013.3.17


奈良市都祁 吐山(はやま)の茅葺き民家

2013年07月25日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

国道369号線、針IC依り、南に約4km、正面に「大和富士」と呼ばれる額井岳を望む辺り、左手田圃越しの山裾に嬉しい大和棟茅葺き民家が見える。

絵心のある人は兎も角、昔人間は懐かしさの余り車を停めて見入ってしまう程の佇まいです。

見事な大和棟の主屋を中心に、左右に白壁土蔵・・・、

その右手に「清馬醤油」の看板が掛かる木造平棟倉庫・・・・この日は法事でもあったのだろうか??

この家は近づいて見るより遠くから眺める方がずっと良い・・・・・、自然に溶け込む日本建築の美をつくづく思い知らされた。

これは2011年7月に撮った写真です。

2013.3.17/2011.7.18


奈良市 杣ノ川町の茅葺き民家2

2013年07月24日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

杣ノ川集落の奥入り高台に、もう一軒茅葺き民家が残っていた。

隣り集落、別所町入口付近に残る茅葺き民家に良く似た様式の茅葺き屋根を持つ。

緩い山裾斜面に石垣を積み上げ屋敷とし、主屋の茅葺き屋根を中央に、左右に蔵納屋と離れ屋を配している。

裏山、久福寺境内から見下ろす裏側の茅葺き屋根。

別所町に残る茅葺き屋根にとても良く似かよって居て、同じ屋根職人の手に依るものでは無いだろうか???

無駄のない端正な仕上げに懷かしい日本の美を感じない訳はない。

特別に上級農家でも無さそうだが、小ざっぱりしたその有り様が心地良い。

付近にはまだ新しい上懸け屋根の民家が在った

撮影2013.5.3


奈良市 杣ノ川町の茅葺き民家

2013年07月23日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

前回紹介の別所町近く、杣ノ川に残る茅葺き屋根の民家です。

国道369号線、別所町岐れ依り少し南下、道路右手、山裾に小さな集落が杣ノ川、道路から田圃を挟んで茅葺き屋根が見え隠れする。

集落入口、山裾斜面に石垣を積み、茅葺き大和棟の主屋が建つ。

現在この建物は、旧持ち主が手放し、知的障害者援護の「社会福祉法人青葉仁会」の持ち物に成って居る様です

片袖落棟の大和棟、所有者がどう変わろうが、こうして残った事は有難い。

屋根も新しく葺き変えられたばかりで、当分この茅葺き民家はこのまま維持されそうです。  

撮影2013.3.17


奈良市 別所町の茅葺き民家2

2013年07月22日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

前回と同じ別所町にもう一軒茅葺き屋根の民家が残って居る

さほど大きくない茅葺き屋根だが、よくぞ残って居てくれた・・・・・。

山裾の緑を背景に大和棟に似せた煙返しを持つ落棟・・・。

庭先に干された洗濯物が風に揺れるほのぼの感が心地良い。

刈り込まれた庭木の向うに棧瓦の棟を載せた茅葺き屋根。

ここでの妻板には大きく水の字をくり抜いて居る。

落棟妻壁から突き出たステンの煙突が、どこか妙にアンバランスなのが微笑ましい。

撮影2013.3.17


奈良市 別所町の茅葺き民家

2013年07月21日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

大和高原別所町に残る茅葺屋根の民家

大きな屋敷に茅葺き主屋と、棧瓦風上懸屋根を載せた離れ家が見事に郷愁を誘う風情を醸し出して居る。

別所町は幹線道路、国道369号線から枝道を少し奥入った旧道沿いの里山集落・・・・地元民以外にここまで入り込む人など皆無だろう??。

山裾に高く積んだ石垣上を屋敷とし、前の田圃の中を屋敷まで続く一本道を付けたその景観も風情溢れる。

屋根は寄せ棟茅葺きの上に棧瓦の箱棟を乗せ、庇は棧瓦で四周を周り込んでいる。

妻の煙出しには「水」では無く、丸に大の字をくり抜いて居るのが珍らしい。

こう言う屋根は伊賀地域ではよく見かけるが、この地域では余り見掛けない。

撮影2013.3.17


奈良市水間(みま)町 茅葺き屋根民家

2013年07月20日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

何度行っても飽きることなく田舎の風情を十二分に味わう事の出来る大和高原、旧都祁村界隈。

そんな大和高原を縦断する国道369号線沿いの茅葺き屋根民家。

柳生方面から来る国道369号線と奈良市内春日原生林の南谷間を抜け田原の里を越えて来る県道80号線が出逢う水間(みま)交差点・・・・、その近くに一軒だけ茅葺き屋根の民家が残って居る。

正面入口を南に向け、向かって右側東面は切り妻、棧瓦落棟を突き出し・・・

向かって左、西側は入母屋造り、庇は四周棧瓦葺き・・・・そろそろ葺き替え時期が迫っているように思うが、上懸け屋根に変わってしまうのがちょっと心配。

隣の民家はこんな風・・・・大きな屋根には棧瓦風上懸を載せている。

近くにはこんなトタン懸け屋根の民家・・・鄙びた感じがどこか懐かしさを漂わせてくれる。

撮影2013.3.17


奈良市 白毫寺(びゃくごうじ)町界隈の民家

2013年07月19日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

グーグルマップの航空画像を確かめ、ここなら色濃く茅葺き民家が残ってそうと目星をつけ、チャリでここまで走ってきた。

何とも急傾斜の大和棟が良い雰囲気・・・・・・マップで茅葺き屋根に見えた屋根には悉くトタンが懸けられていた。

萩の寺としてよく知られる鄙びた古刹の麓の集落。

古く懷かしい景観がよく残る集落ですが茅葺民家はもう一軒も残って居なかった。

マップで見ている時には二軒並んだ茅葺き屋根に見えた民家。

見事な大和棟が並び建ち・・・この両方が茅葺き屋根のままで有ってくれたらと・・・

瓦に似せた上懸け屋根、奥の屋根は上懸け屋根までそっくり茅葺きに似せた合成樹脂製??・・・・

両サイドの高塀も在りし日の茅葺き大和棟を彷彿とさせてくれる。

銀色に塗られたトタン懸け屋根も・・・・・

一瞬洒落たペンションと見紛うようなこんな民家も・・・ここまで手を入れると、もうこれは新築と変わりなし。

とにかくこの集落には色濃く大和棟の上懸け屋根が林立している。

撮影2013.3.7


奈良市 奈良公園水谷茶屋

2013年07月18日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

奈良公園内、もう一つの茅葺き屋根スポット、紅葉と茅葺き屋根のコラボで写真愛好家を惹きつけている。

お水取り行事で名を馳せる東大寺二月堂付近から若草山の山裾を抜け春日大社への散策道沿い・・・・。

春日大社の北参道の入り口、水谷川を渡る朱橋の手前、水谷神社の筋向いに位置した潅木の中に苔生し鄙びた茅葺き屋根の茶店がある。

店のHPに拠ると大正初期に建築された茅葺き屋根と柱をそのままに、店舗として改装し、現在の姿に至って居るとある。

小振りな入母屋屋根に棧瓦の箱棟を載せ、軒先は吹き降ろし屋根のまま北東二面を店先としている。

朱い毛氈を敷いた床机に朱い大きな野点傘を建て、いかにも古都の情緒を醸し出して居る。

お抹茶、わらび餅、ぜんざい・・・・、いかにも奈良公園内と言う地の利を生かした佇まいです。

撮影2010.12.4


奈良市 依水園(いすいえん)三秀亭

2013年07月17日 | 茅葺き屋根(同)奈良県

奈良公園内、東大寺南大門の西側一角に依水園と呼ばれる庭園が有り、茅葺き屋根の茶室「三秀亭」が有る。

庭は寛文12年(1673年)に晒職人であった清須美道清の作庭、若草山や東大寺南大門などを借景としている。

茶室「三秀亭」は入母屋造り、四周を棧瓦葺きの庇が周る。

茶室としては大きすぎる建物。

昭和14年(1939)海運業で財を成した中村家が買い取り、中村家所蔵の美術品を展示する寧楽美術館と共に一般公開されて居る

撮影2013.3.7