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散歩がてらの八幡「石清水八幡」、男山山裾在所辻で見掛けた石仏さん。
取り立てる程の石仏では無いのですが自分自身の記録のためのUPです。
男山、南山裾から男山散策道への在所道に巣林庵なる石柱道標が建ち、その脇の空き地に小さなお堂と・・・・
小さな空き地には小石仏や一石五輪塔などの集積が有り、寺跡だと言う事が分かる。
明治の廃仏希釈で「巣林庵」は男山の地を離れ桂へと移転したらしいが・・・・
ちょっと面白いと思ったのは小さなお堂の中の石仏さん・・・・
笠を無くした阿弥陀三尊石仏なのだが・・・・・脇侍に観音勢至像が刻まれて居るのは覚えが無い。
一見するにそれほどの出来でもなく、中型石仏で見栄えもしないが、何故か脇侍の頭辺りの高さに一筋白化してるのはどうした訳だろう・・・
撮影2015.3.23
こんな形の六体地蔵に出逢うのは初めてでした・・・・
先日紹介の破断地蔵磨崖の脇に建っている六体地蔵板碑。
二体づつ縦に三段重ねて六体とするのも初めてだし、足元を良く見ると、宝筐印塔の笠石を逆さまにして台座にしている。
その上、板碑上に載る笠石も、どうもしっくり来ない。
おかしいと言えば切りがないけど・・・・宝筐印塔をを転用した台座は、板碑の寸法に合わせて加工されている。
宝筐印塔の隅飾は、ほとんど直立の古い形を示して居る・・・・・
そう考えると、この台座は後の間に合わせでなくでは無、く最初からこんな形で使われて居たのだろう???
ところで六体地蔵板碑自体は室町末期から江戸初期の物だろう??
まあ、石仏の前に立ち、色々と想いを巡らすのも楽しみの一つです。
ちょっと古い形の、こんな小石仏も置かれて居ました。
撮影2012.11.2
彦根市、千手寺への旧参道にある地蔵磨崖仏。
彦根市街より西へ約3km宇曽川左岸、湖東穀倉地帯の独立峰「荒神山」が有り、その東端山麓に行基開基の古刹「千手寺(せんじゅじ)」がある。
寺への旧参道、ほとんど訪ねる人さへ通らない麓からの石段参道脇に在る。
参道斜面の上段に突き出した大岩に地蔵磨崖仏、他に小石仏二体と地蔵板碑が安置されて居る。
ここでは先ず大岩に刻まれた地蔵磨崖仏から・・・石仏は深い舟形の中半肉彫りで風見出された像高1m程の定形地蔵立像。
しかし、磨崖仏は舟形の向かって右頂より、石仏の腰を貫抜き磨崖仏をも、真っ二つに切り裂いている。
腰あたりの断裂は特に酷く・・・前後左右に全く別石に成り、今にも崩れそう??
地方石仏にしては中々手馴れた石工の手に依るものだと思われ、像容から窺うに室町期の造立だと思われる。
撮影2012.11.2
知る人ぞ知る奈良時代の「塔の森」と呼ばれる山間に建つ六角古石塔。
天理市山田町都境を接する奈良市長谷町、その集落の奥深く鎮守「日吉神社」があり更にその奥20分程・・・・・
最後に少々棘棘しい様な、長い石段を上り切ると、塔の森と呼ばれる尾根につく。
尾根台地には小さなお稲荷さんの祠が有り、信仰の場とされている様です。
その奥、鉄柵に囲まれ、見たこともない珍しい造形の石層塔が立ち尽くしている。
極めて珍しい造形のこの層塔は現在六角六層塔、高さ役2.5m、春日石という軟質凝灰岩で風化が著しい
基壇は、その側面一杯に大きくを格狭間を入れ、初軸には上部の開いた輪郭の中、単弁八葉の蓮華文を陽刻している。
屋根石はしっかり反り返り、力強さを見せるが、上層部は痛々しく痛みが激しい。
嘗て付近に存在したという塔尾寺の遺物だろうと言われて居ますが詳細は全く分かって居ません。
現在は六重塔ですが、元の塔は二重基壇上に建つ六角十三重石塔だと言われ、周りにはその残欠が
嘗てこの山深い山間部にも法灯を守る人達の営みがあったのかと思うと頭を下げ、手を合わせずには居られなかった。
周りの気配もその気にさせるような・・・。
撮影2012.11.14
愛荘町役場の隣り集落・・・・「野々目」に新築再現された茅葺き民家。
農耕田園地域の古い豊かな農業集落、こんな景色の中・・・
郷土の偉人館と称する「旧西沢家住宅」が再現されて建っている。
勿論、公共記念館になっているので雑多な生活臭は望むべくもありませんが・・・・
再現されて間もないのか??余りのピカピカさに少し撮影も躊躇するけど・・・・これも記録しておこうとバシャバシャ・・・
茅葺き屋根は湖東農耕地を代表するような棧瓦葺き下屋に入母屋茅葺き屋根を載せ、取立て変わったところは無い。
撮影2014.3.12
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西澤眞藏は、弘化元年に愛知郡野々目村に生まれ、商人として各種の事業を手がけ大きな成功をおさめました。
その後、水不足に悩む愛知県の高岡地区や猿投地区(現在の豊田市)で進められていた枝下用水の開鑿工事に関わり、全財産を投げ打ち、膨大な借金を背負い、人生をかけて枝下用水を完成させました。
『郷土の偉人館・西澤眞藏記念館』は眞藏の生家を子孫より譲り受け、新築復元したものです。 西澤眞藏をはじめとする郷土の偉人に関する展示、民具展示などを随時展示しています。
また、明治期の民家を復元していますので、館自体も見所の一つとなっています。
先日と同じ集落に在って同じような入母屋の茅葺き民家。
このあたりの上級農家なのだろうか??主屋表に松を配した前栽を造る家は多い。
この茅葺き屋根も傷みはほとんど見えず、未だ葺き直して日が浅いのだろう・・・・・。
やっぱり湖東にはまだまだ茅葺きm金貨が色濃く残されている。
撮影2014.3.12
湖東穀倉地帯、愛荘町の豊かな農村集落で見掛けた茅葺き民家。
先日の一色町から小川を渡りほんの200mも行けば倉持の在所・・・この集落も裕福そうな佇まいを見せる
このあたりで普通規模の屋敷だろうが、せせこましい都会人が見れば驚く程広い屋敷を焼きいた塀で囲い、屋敷の中央に大きい入母屋茅葺き
民家が建っている。
棧瓦葺きの箱棟を載せ、未だ葺き直して時間が浅いのか??屋根に傷みは見つからない。
下屋は随分手が入れられているようで、古き良さは見い出せない・・・・。
撮影2014.3.12
前日の隣村に残されていた茅葺き民家。
この辺りの集落からは残雪の鈴鹿山脈が望め、集落の遠景に良く似合う。
日陰部分にやっぱり雪を残し、軒先からはぽたぽた音をたて雪解け水が流れ出していた。
前回の大屋根に比べるとうんとなだらかな傾斜で寄棟なのか入母屋なのか?紛らわしい妻をしている。
妻側にはグリーンの網ネットを掛け、アライグマの侵入被害から守って居るのだろう??
この家は茅葺き屋根が、いきいきと生きていた。
撮影2014.3.12
もう既に建物も無くなり更地・・・いやいや新しい建物が建っているかも知れない??
広い湖東穀倉地帯の真っ只中、田園の中にポツポと軒を並べる農業集落に残っていた茅葺き民家。
屋敷の大部分が取り払われ、もう種屋だけを残して空家のようにも見える。
大屋根の茅さえ吹き替えれば下屋まだまだ新しく充分耐えられそうな佇まい・・・・
急角度の入母屋造りに、棧瓦で葺いた箱棟を載せている。
日陰部分には遅い残雪が残り・・・・くる春を待ちわびてる様だった。
しかしこの建物自身がなくなるかも知れないのに・・・・・。
撮影2014.3.12
伊勢へ参らばお田臥へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる・・・・の、囃子言葉で馴染み深い多賀大社門前に建つ茅葺き屋根。
3月初旬、雪の降った後のウィークデイ、いくら多賀大社とは言え門前通りは閑散としている。
まるで誰も来ない事が解ってるかの様に悉く店は閉店・・・・
時折、大きい石鳥居をくぐる人影を目にするが・・どうも所在無さそう・・・・
そんな鳥居の正面に建つ「莚寿堂」の茅葺き屋根・・・湖東地域に多い入母屋茅葺きの一般農家風建物。
創業明治11年、五代続いた伝統飴菓子「糸切飴」などの「お多賀さん土産」を広く扱っている。
やっぱりここにも大きい前垂れ飾りが付けられている。
撮影2014.3.12
先日の茅葺き民家と目の鼻の先にもう一軒、茅葺き民家・・・
先日の茅葺き民家から南へすぐ・・・・同じ集落に2軒も茅葺き民家が残ってるとはやっぱり湖東穀倉地帯。
大きい屋根なのに妙に背が低く感じる・・・
妻側に廻り込んで確認してみると、・・・やっぱり傾斜が緩く押しつぶされた感じがしないでもない。
このあたりも結構雪は多いはずなのになあ・・・
やっぱり破風には前垂れ飾りが付いていた。
撮影2014.3.12
道路に独特な様式の妻を向け、かにも目立つ佇まいだが・・・どうも大屋根が妙に歪んでいるように見える。
この辺りでは見掛けた事のない様式・・・・・大屋根から段違いの小屋根を挿しだし、美しい造形を造りだしてるが、雨終いはどうなって居るのだろう??
やっぱりこちらから見ても大屋根の棟が傾いているように見える。
近江穀倉地帯の集落は何処へ行っても大きな屋敷を持つ裕福な集落が多いように思える。
この家もやっぱり上級農家だったのだろうか??白壁土蔵に茅葺き屋根がよく映える。
撮影2014.3.12