「右に曲がるつもりが,左に曲がってしまった」「ドアを開けるつもりが,窓を開けてしまった」「座るつもりが立ってしまった」「うどんをゆでるつもりが,ご飯を炊いてしまった」・・・このような意図に反した行動をとってしまうという何とも摩訶不思議な現象が脳梁の部分的な離断症状で生じる.
脳梁は左右大脳半球を連絡する最大の交連線維で,約2億本以上の神経線維からなる.つまり,左右大脳半球の情報を相互に連絡し,協調する働きがあるため,その障害・切断により様々な症候が生じる(脳梁離断症状).脳梁を損傷する疾患としては,脳血管障害(脳梁辺縁動脈や脳梁周囲動脈の閉塞),脳腫瘍,外傷,外科手術,Marchiafava-Bignami病,多発性硬化症などがあるが,これらの疾患では部分的脳梁離断が生じることがあり,その結果,脳梁離断症状の一部が出現する.部分的脳梁離断の範囲を多数例で検討することにより,特定の大脳半球の機能が,脳梁のどこを通るかを明らかにする試みがなされている.また近年はMR tractographyがそれらの研究に用いられている.
次に脳梁の損傷で生じることが知られている「行為・行動の抑制障害」について記載する.以下の3種類が有名であるが,いずれの症状も一側性に出現するという特徴がある.
1. Diagonistic dyspraxia(拮抗失行)
右手の意図的な動作,または両手動作の際,右手の動作と同時または交互に,左手が反対目的の動作やさまざまの無関係な動作を行う現象;脳梁全切断など脳梁が広範囲に損傷された場合生じる
2. Intermanual conflict
左手が反対目的の動作をすること(しばしば拮抗失行と同義に用いられる)
3. Compulsive manipulation of tools(道具の強迫的使用)
右手が眼前に置かれたものを意志に反して強迫的に使用してしまう現象;脳梁膝部?
ここでDiagonistic dyspraxiaの原著をひも解いてみると(Akelaitis AJ. Am J Psychiatry 101, 594-9, 1945),てんかんに対する脳梁離断術後32ないし36日経過した後,intermanual conflictに加え,「座位から立ち上がろうとしたが,また座ってしまう」,「窓を開けようと窓に向って歩こうとしたら,反対にドアのほうに行ってしまう」といった,意図して行おうとした行為が,一側性でない別の全身の行為により妨げられた2症例の記載がある.ここでDiagonistic dyspraxiaは,手の動きの異常のみではないのではないか?というアイデアが生まれる.
実はこのロジカル・フローは私のものではなく,次に紹介する論文の受け売りである(Nishikawa T et al. JNNP 71; 462-471, 2001).この論文では,部分的脳梁離断(2例が脳梗塞,1例が脳腫瘍術後)により,意図して行おうとした行為が,別の全身の行為により妨げられた3症例を報告している.この3例とAkelaitis AJの2例,その他文献の2例の計7例を集積し,この奇妙な行動異常をConflict of intentionsと命名している.論文の考察をまとめると以下のとおりである.
1. 全例で少なくとも脳梁体の後半分に病変を認め,1例を除き皮質病変を認めない.
2. 脳梁障害の4~8週間後に出現する → 脳梁離断後の半球機能の再構成の際に生じる?
3. 自発的運動の最中に生じるものであり,オートメーション化された行為の最中は生じない.また命令された行為の最中でも生じない.
4. 全例で行為の異常を自覚している.
5. これまで見逃されてきたのは,稀な病変により生じること,精神科疾患と混同されうること,検査で異常を示しにくいこと,が可能性として考えられる.
文献を渉猟した範囲では,Nishikawaらの報告以降,Conflict of intentionsの報告はない.どのような機序で出現するのかについてもまだ分かっていないが,意識される意図は左大脳半球が関与していると考えられ,意識されない右半球の「意図」との競合があるのかもしれないという考察を教科書(高次脳機能障害―その概念と画像診断
)の記載に見つけた.脳の不思議を実感する症状であるし,このような現象をきちんと記述し,考察した臨床力に脱帽である.
Akelaitis AJ. Studies on the corpus callosum. Diagonistic dyspraxia in epileptics following partial and complete section of the corpus callosum. Am J Psychiatry 101, 594-9, 1945![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/book.gif)
Nishikawa T et al. Conflict of intentions due to callosal disconnection. JNNP 71; 462-471, 2001![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/book.gif)
高次脳機能障害―その概念と画像診断
← 画像が豊富で,高次機能を勉強するのにとても良いテキストだと思う
脳梁は左右大脳半球を連絡する最大の交連線維で,約2億本以上の神経線維からなる.つまり,左右大脳半球の情報を相互に連絡し,協調する働きがあるため,その障害・切断により様々な症候が生じる(脳梁離断症状).脳梁を損傷する疾患としては,脳血管障害(脳梁辺縁動脈や脳梁周囲動脈の閉塞),脳腫瘍,外傷,外科手術,Marchiafava-Bignami病,多発性硬化症などがあるが,これらの疾患では部分的脳梁離断が生じることがあり,その結果,脳梁離断症状の一部が出現する.部分的脳梁離断の範囲を多数例で検討することにより,特定の大脳半球の機能が,脳梁のどこを通るかを明らかにする試みがなされている.また近年はMR tractographyがそれらの研究に用いられている.
次に脳梁の損傷で生じることが知られている「行為・行動の抑制障害」について記載する.以下の3種類が有名であるが,いずれの症状も一側性に出現するという特徴がある.
1. Diagonistic dyspraxia(拮抗失行)
右手の意図的な動作,または両手動作の際,右手の動作と同時または交互に,左手が反対目的の動作やさまざまの無関係な動作を行う現象;脳梁全切断など脳梁が広範囲に損傷された場合生じる
2. Intermanual conflict
左手が反対目的の動作をすること(しばしば拮抗失行と同義に用いられる)
3. Compulsive manipulation of tools(道具の強迫的使用)
右手が眼前に置かれたものを意志に反して強迫的に使用してしまう現象;脳梁膝部?
ここでDiagonistic dyspraxiaの原著をひも解いてみると(Akelaitis AJ. Am J Psychiatry 101, 594-9, 1945),てんかんに対する脳梁離断術後32ないし36日経過した後,intermanual conflictに加え,「座位から立ち上がろうとしたが,また座ってしまう」,「窓を開けようと窓に向って歩こうとしたら,反対にドアのほうに行ってしまう」といった,意図して行おうとした行為が,一側性でない別の全身の行為により妨げられた2症例の記載がある.ここでDiagonistic dyspraxiaは,手の動きの異常のみではないのではないか?というアイデアが生まれる.
実はこのロジカル・フローは私のものではなく,次に紹介する論文の受け売りである(Nishikawa T et al. JNNP 71; 462-471, 2001).この論文では,部分的脳梁離断(2例が脳梗塞,1例が脳腫瘍術後)により,意図して行おうとした行為が,別の全身の行為により妨げられた3症例を報告している.この3例とAkelaitis AJの2例,その他文献の2例の計7例を集積し,この奇妙な行動異常をConflict of intentionsと命名している.論文の考察をまとめると以下のとおりである.
1. 全例で少なくとも脳梁体の後半分に病変を認め,1例を除き皮質病変を認めない.
2. 脳梁障害の4~8週間後に出現する → 脳梁離断後の半球機能の再構成の際に生じる?
3. 自発的運動の最中に生じるものであり,オートメーション化された行為の最中は生じない.また命令された行為の最中でも生じない.
4. 全例で行為の異常を自覚している.
5. これまで見逃されてきたのは,稀な病変により生じること,精神科疾患と混同されうること,検査で異常を示しにくいこと,が可能性として考えられる.
文献を渉猟した範囲では,Nishikawaらの報告以降,Conflict of intentionsの報告はない.どのような機序で出現するのかについてもまだ分かっていないが,意識される意図は左大脳半球が関与していると考えられ,意識されない右半球の「意図」との競合があるのかもしれないという考察を教科書(高次脳機能障害―その概念と画像診断
Akelaitis AJ. Studies on the corpus callosum. Diagonistic dyspraxia in epileptics following partial and complete section of the corpus callosum. Am J Psychiatry 101, 594-9, 1945
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/book.gif)
Nishikawa T et al. Conflict of intentions due to callosal disconnection. JNNP 71; 462-471, 2001
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高次脳機能障害―その概念と画像診断
パーキンソンでもこのような症状が起きる事があるのでしょうか?