Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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なぜ「ヒト乾燥脳硬膜」による医原性ヤコブ病が日本に多いのか?

2006年05月08日 | 感染症
 「ヒト乾燥脳硬膜」による医原性ヤコブ病(CJD)の臨床・病理所見に関するまとめが,英国から報告されている.それによると1970~2003年の過去33年間において,英国では「ヒト乾燥脳硬膜」が原因であるCJDが7例存在したそうである.これら7例は,移植後,平均93ヶ月(45~177ヶ月)に発症している.7例のうちの6例は,悪名高きドイツのBブラウン社による「Lyoduraライオデュラ」が使用されていた(残り1例は詳細不明).興味深いことに神経所見は「ヒト乾燥脳硬膜」の移植部位に依存していた(硬膜の接触部位が主病変になるということ).論文によると,全世界で164例の「乾燥脳硬膜」によるCJDが報告されているそうである.そして驚くべきことに,うち100例以上が日本での発症例と記載されている.なぜ日本でこんなに発症例が多いのか少し歴史を振り返ってみたい.
 
 まず明らかなことはドイツBブラウン社のヒト死体乾燥硬膜LyoduraがCJD病原体に汚染されていたことだ.ヒト死体組織を材料とする製品であるため,本来,さまざまな病原体が潜んでいてもおかしくないわけだが,Bブラウン社は,①死体(ドナー)選択を行わなかった,②ドナーの記録を管理していなかった(病歴の追跡ができない),③製造過程で個別処理をしていなかった(300人分の硬膜を1つのポリ袋で保管していたなど),④滅菌を十分に行わなかった(CJD病原体に無効であることが判明していたガンマ線滅菌法を採用していた),⑤1987年,アメリカでの第1症例報告後,滅菌法を水酸化ナトリウム処理に変更したものの,それ以前の危険な製品を回収せず,売り続けた,といったさまざまな企業責任を怠ったことが指摘されている.
 
 「乾燥脳硬膜」によるCJDの報告については,上述のように1987年,第1号患者の報告論文が発表されたが,アメリカでは,その年にLyoduraの使用が禁止され,英国でも1989年に使用禁止となっている.これに対し,日本では1991年 6月 ,Neurology誌に世界で4例目にあたる新潟大学の症例報告が掲載され,そのほかにも硬膜移植によるCJD感染に関する論文が複数報告されたにもかかわらず,厚生省は1973年にLyoduraの輸入を承認したのち,何と1997年にヒト乾燥硬膜製品の使用を禁止するまで何の措置も取らなかった.「厚生省が医薬品の危険に対するチェックや規制を適切に行わなかったこと」が,日本での症例数が圧倒的に多い原因である.そもそも日本で乾燥硬膜によるCJDが問題となったきっかけは,1996年3月,英国政府諮問委員会の声明により「狂牛病」とヒト新変異型CJDとの関連が疑われ,同年5月に設置された「クロイツフェルト・ヤコブ病等に関する緊急全国調査研究班」が行った全国規模の疫学調査である.皮肉なことに新変異型CJDの患者は見つからず,ヒト乾燥硬膜によるCJD患者が43人確認されたことがきっかけとなったわけだ.

 最終的にLyoduraは1973年厚生省で輸入承認されて以降,24年間のあいだに,推定約40~50万枚が使用され,少なくとも30万人が移植された.論文では,Lyoduraによる感染の危険性は1000~2000人につき1人と記載されており,長い潜伏期を考えると今後も日本では発症者が増加する可能性がある.結局,薬害エイズと同じことが起こったわけだ.とにかく日本の対応は遅い.厚生省がいつ危険性を認識したのか良く分からないが,1987年当時の危険性の認識について「医学雑誌は山ほどあり,どれを誰が読むか決まっていなかった.当時,感染は予想できなかった」というコメントを残している.国民の健康を守るべきプロが言うことか?もしかしたら将来,ヤコブ病を発症するかもしれないという不安を抱え日々過ごしている人がこんなに沢山いることをどう考えているのだろうか?現在の厚生労働省がどれだけ過去の過ちを真剣に考えて,二度と同様の悲劇が起こらないように取り組んでいるのかいないのか良く分からないが,少なくとも医療関係者は厳重に監視することが必要であろう.

 最後になるが,この論文は,驚くべきことに「ブタ硬膜移植」によってCJDを発症した世界初の症例1例についても記載している.1988年に手術を受け,134ヵ月後に発症.臨床像,病理像は孤発性CJDと区別がつかない.本当にブタ硬膜が原因なのか確証があるとは言えないが,もし本当だとしたら,豚におけるプリオン病はこれまで認識されていないことから,何とも不気味な話である.

JNNP e-pub ahead, April 2006 

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