Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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ヒトはそう簡単に冬眠できそうにない 

2006年05月15日 | その他
 子供のころよくテレビで,「ヒトが凍結カプセルに入って冬眠し,50年後とかに目を覚まして・・・」なんてストーリーを見たが,いつかきっと実現するんじゃないかとワクワクしていたことを思い出す.でも本当に可能なものなのだろうか?
 「ホッキョクジリス(北極地リス,arctic ground squirrel)」は,北極圏での冬眠中,体温を氷点下(摂氏マイナス3度)まで下げた状態で生き続ける.他の動物の場合なら血液が凍りそうなものだが,非常に時間をかけて体温を下げるため,体液が氷点下に達しても液状を保てるらしい(つまり,血液は正常に流れつづけている).しかし,冬眠中は心拍数・血流速度・脳血流が顕著に低下するので,脳を含めた多臓器に低酸素性障害が生じそうなものだが,彼らは春になると何事もなかったように活動を再開する.これは代謝率・酸素消費率を大幅に低下させ,必要となる栄養素・水分・酸素を減らしているためと推測されている.
 しかしホッキョクジリスが,冬眠中,どのように臓器を守っているのかはよく分かっていない.よく言われる仮説は,冬眠中に何らかの臓器保護的な蛋白(hibernation protein)が産生されるのではないかというものだ.もし進化の過程でヒトに発現しなくなったそのような蛋白を何らかの方法で誘導できれば,虚血・低酸素による臓器障害に保護的に作用し,ヒトも冬眠できるかもしれない???

 今回,アラスカから「ホッキョクジリス」冬眠中の脳保護のメカニズムに関して興味深い報告がなされた.この結果は研究者の想像をはるかに越える驚くべきものであった.まず,著者らは100匹以上の「ホッキョクジリス」の体内にデータ記録装置(メモリ機能を持ったコンピューター・チップ,バッテリー,体温計などから構成され,12分ごとに体温を記録する)を植え込み,経過観察を行っていることで有名なチームである(当然,動物保護団体から批判されている).まず分かったことは,冬眠中,1分あたりの心拍数は6.8,呼吸数は5前後に低下するにも関わらず,PaO2は81-132 mmHgと良好に保たれていたことだ.さらに驚くべきことは,非冬眠時(春以降の活動時)はPaO2 41-73mmHgとむしろ低酸素状態にあったということだ.
 つぎに冬眠から覚めるときのバイタル・サインの変化を検討している.復温は3~4時間で完了しているが,その間,酸素消費量が増加し,これに伴いPaO2が80から20 mmHg程度まで急速に低下している.低酸素ストレス下において誘導されることで知られるHIF1αも脳組織に発現していた(HIF1α抗体で免沈後,同じ抗体でimmunoblotしていることから発現量は多くはなさそう).しかしながら,復温終了後の脳を病理学的に調べてみても酸化ストレスを受けたという病的変化は認めなかった(carboxymethyl lysine;CMLと4-hydroxy-2-nonenal;HNE染色).また非冬眠時脳におけるHIF1α発現も調べてみたところ,低酸素状態を反映してか,復温時と同レベルに発現していた.
 
 やや複雑になってきたが,これらは何を示唆するのか?結論を言えば,「ホッキョクジリス」は冬眠時に代謝率や酸素消費量を抑える仕組みを持っているだけでなく,
① むしろ冬眠中より復温時に急激なhypoxic injuryにその脳はさらされ,それから脳を守る仕組みをもっている(論文に記載はないが,もしかしたらreperfusion injuryにもさらされているかもしれない)
② 非冬眠時に,なぜか脳を低酸素にならしている
ということが分かる.①についての機序は分からないが,HIF1αの誘導はneuroprotectiveに作用している可能性もある.②についてはischemic preconditioningを行っているという可能性もある.まだまだ今後の研究が必要だが,冬眠する動物というものは,冬眠中のみならず,復温時,非冬眠時いずれのステージにおいても巧妙な仕組みを持っているようだ.ヒトが冬眠するにはまだまだ時間がかかりそうだ.

Am J Physiol Integr Comp Phyiol 289; R1297-R1306, 2006

追伸;わたしごとですが,2年ほど生活した大好きなこの街を離れることになりました.思い出深いことばかりでしたが,たくさんの方々にめぐり合い,親密なお付き合いをさせていただいたことが一番の思い出です.人の親切が身に染みました.お世話になった方々にこの場を借りて,御礼申し上げます.
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2 Comments

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Unknown (Unknown)
2006-05-16 03:21:53
We miss you so much. We hope you will be back in this town someday.
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お世話になりました (pkcdelta)
2006-05-16 12:32:06
プライベートからセミナー・回診に至るまで,大変,お世話になりました.いつか先生の御講義を拝聴する日を楽しみにいたしております.
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