Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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医療制度改革法案について

2006年05月01日 | 医学と医療
 私の好きなドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」のなかで,医女チャングムの師匠であるシン・イクピルが語る言葉のなかで忘れられない言葉がある.

謙虚な姿勢で病のすべてを知ろうとすること,
謙虚な姿勢で人のすべてを知ろうとすること,
謙虚な姿勢で自然のすべてを知ろうとすること,
これが医者のなすべきことだ.

 まさかドラマの台詞のなかに自分の理想の医師像を見つけるとは思わなかったが,紛れもなくこれが自分の考える理想の医師像だ.病気を理解し治療するということは,人間を理解し,そして自然を理解するという努力と切り離して考えることはできない.もちろん非常に難しいことではあるが,逆にこの3点を理解することのみに集中していられるのであれば,それは医者として幸せなことだなあと思う.

 しかし,医者になって10数年が経過したが,医者としての仕事はどんどん難しいと感じるようになった.その理由はいくつかあるが,ひとつは多少なりとも自分が成長して,病気や患者さんを単視眼的視点から見ることが減ってきたためではないかと思う.視野が広がれば,悩み考えることも増えてくるということか.もうひとつの理由は,「病・人・自然」を相手に必死に勉強していても,それだけではどうにもならない大きな問題があるということである.その問題とは「社会」とか「医療制度」と呼べばよいだろうか・・・

 医療を取り巻く環境がこの数年で劇的に変化していることは間違いのない事実である.と言うより,はるか昔からギリギリのところで,医師の献身的な労働基準法違反の労働によって支えられてきた医療が,昨今の経済改革の柱となった市場原理の医療現場への導入(参考サイト1),さらに決定的な打撃を与えることになった新臨床研修制度の導入という医療政策ミスによって,まさしく破綻しかかっているということだ.そして,ついには「産科,小児科,地方医療崩壊元年」という言葉を耳にする状況にまで至った.朝日新聞を代表とするマスコミの医者に対するnegative campaignの影響により医者に対する悪いイメージばかりが定着するものの,一般の人々には「自分が住んでいる身近な病院で,なぜ小児科が閉鎖になるのか?産科がなくなるのか? 内科の医者がいなくなるのか?」理解できないのではないかと思う(参考サイト2).

 これらは政治が大きく関与する問題であるが,医者も「病・人・自然」のみを相手にしているだけではもはや不十分な時代になったということだろう.「病床稼働率」や「平均在院日数」という経済効率ばかり優先し,「医療の質」がおろそかになることはなかったか?日々の忙しさを理由に,わが国の医療制度の行方に関心を払って来なかったのではないか? 医療の現状を嘆くのみで,いまの医療の問題を一般の人々に理解してもらう努力が不足してなかったか?自身を振り返っても反省することばかりである.

 さて前置きが長くなったが,衆院厚生労働委員会では,政府案による医療制度改革法案が審議されている.主な内容は以下のとおりだ.
(1)70~74歳の高齢者の窓口負担を,2008年から現行1割から2割へ引き上げる.
(2)現役並み所得がある人(夫婦2人で年収621万円以上)は,今年10月から現行2割を3割に引き上げる.
(3)75歳以上には,2007年度から新たな保険制度を創設,保険料は年金から天引きする,
つまり,少子高齢化で世代間負担が難しくなった医療費を,高齢者の負担増でカバーする狙いだ.それ以外に,38万床ある療養病床については,6年間で介護型13万床を廃止,医療型も25万床を15万床に削減を図る.これは医療の必要がないのに長期入院している「社会的入院」を減らすのが目的らしい.当然,受け皿となる介護施設が十分ではない現状では,行き場のない高齢者が放り出される可能性が高い.

 一方,民主党は地域の小児科医を確保するため一般財源で支援する案のほか,「がん対策」「患者の権利重視」などに絞った対案を提出している.政府案の高齢者の負担増には「財政的な観点だけからの施策では医療レベルの低下や空洞化を招く」として当面の据え置きを求めている.民主党のほうがまともなことを言っているのは自明と思うが (参考サイト3)(参考サイト4),与党は5月10日の同委で,同法案を与党の賛成多数で可決させる意向だ.十分に審議され,国民にその重要性が伝わっているのか甚だ疑わしいが,国民の多数が選んだ自民党がすることだから仕方がないということか・・・

 懸案の「リハビリ打ち切り問題」を例に挙げるまでもなく,コスト削減だけを目的とした医療政策ばかりが打ち出される.そこには医療制度全体をどう変えるかという長期的ビジョンを垣間見ることはできない.やはり,このままで良いはずはないのではないだろうか?

参考サイト1;小児科医の遺言状
参考サイト2;衆議院厚生労働委員会 産科医 奥田美加先生発言
参考サイト3;民主党厚生労働部門web
参考サイト4;やまのい和則の「軽老の国」から「敬老の国」へ

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