Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳卒中後の自殺を防止するために

2015年05月08日 | 脳血管障害
最近のNeurology誌で印象に残った論文をまとめたい.脳卒中後の自殺についてである.深刻な内容ではあるものの,脳卒中患者さんを診療する医療者は知っておくべきことと思う.脳卒中後の自殺企図,および自殺に関してはいくつかの既報があり,病前の気分障害や,脳卒中後のうつは,自殺企図の危険因子として知られていた.脳卒中は自殺企図のみならず,自殺による死亡のリスクも増加させる.また若年者において自殺のリスクは高いことも報告されていた.しかし,一般の人々における自殺率は,教育や収入など社会的要因によって影響を受けるが,脳卒中患者における社会的要因の影響については不明である.

今回,スウェーデンにて脳卒中後の自殺企図・自殺に,社会的要因(教育,収入,地位,出生国)が影響するのか,また重要な危険因子や,自殺の時期,方法について検討した研究が報告された.これらを知ることにより,自殺の予防につなげることが目的である.

方法としてはRiksstrokeというスウェーデンの脳卒中登録制度の2001年から2012年のデータを,国民登録番号を用いて,その他の国民情報レジストリのデータとリンクさせた.これにより国家レベルの調査が可能になり,全脳梗塞患者の94%を含む研究になった.

結果として,220,336人の脳卒中患者を860,713 人・年にわたって検討した.その間,985人の患者さんにおいて計1,217回の自殺企図があり(147人の患者さんは発症3ヶ月以内に自殺を試みた),うち260回は死に至った.これはスウェーデンの一般の人々の自殺の約2倍であった.

危険因子に関しては,より若い発症であることが,自殺企図の増加に関与した.最も若い群(18-54歳)は最も高齢な群(85歳以上)と比較し,5.89倍のハザード比であった(図左).一人暮らしであることもハザード比1.73でリスクが増加した.患者の教育程度が低いことは(primary school vs university)はハザード比1.37で,また男性は女性と比べ高かった(ハザード比1.19)(図右).さらに脳卒中の重症度,脳卒中後うつは自殺企図の増加に関与した.脳卒中の病型や合併症(糖尿病,心房細動,脳卒中の既往)は危険度に影響しなかった.一方,ヨーロッパ以外の国で生まれた人では自殺のリスクが低下した(ハザード比0.45).特に中東出身の人では顕著であった.宗教や文化の違いを反映しているものと考えられた.

自殺の方法を知ることも予防するうえで有用だが,服毒自殺73.0%,首吊り・溺死・銃器16.4%,刃物5.6%,飛び降り・自動車事故1.2%であった.自殺の時期に関しては脳卒中後,最初の2年間で最も高く,1000人・年にあたり2.2の自殺企図であった.次年度以降,1年毎に1.3,1.1,0.8と減少した.

以上より,臨床(脳卒中の重症度)に加え,社会的要因も自殺企図を増加させることがわかった.特に年齢,独居,教育レベルの影響は強かった.年齢の関しては,高齢になるに従い,うつの頻度は高くなるにも関わらず,75歳以上では一般の人々と自殺の危険度は変わらないレベルであった(図左).著者らは,高齢になると何らかの病気を抱えて暮らすことは仕方がないと考えるようになり,受け入れができるためではないかと考察している.

以上はスウェーデンの報告であり,当然,社会・経済的環境の異なる日本では結果が異なる可能性がある.日本での研究を検索したところ,国立がん研究センターが中心に行った研究があった.93,027人に対して1990年から2010年に,前向き調査を行った.4793人が脳卒中を発症し,22 人が自殺,53人が他の外因死であった.非脳卒中群では自殺490 人,675人が他の外因死であった.発症5年以内において,脳卒中群は非脳卒中群と比較し,自殺は相対危険度10.2(95%信頼区間6.3-16.6),他の外因死12.8(95%信頼区間9.0-18.2)と高かった.一方,脳卒中から5年以上経過すると,自殺および他の外因死のリスクは非脳卒中群と差がみられなくなった.これ以上の解析はなされていないが,日本でも脳卒中は発症早期における自殺を増加させることが分かる.

以上より,若い患者さんなど,一部にハイリスクの患者さんがいることを認識する必要がある.そしてそれらの患者さんに対してはしっかりとした精神的・社会的サポートを行う必要がある.具体的には,孤立を防ぐ,ケアへのアクセスの改善,うつの治療,自殺手段にアクセス出来ないようにするなどが考えられる.

Neurology. 2015 Apr 28;84(17):1732-8.

Psychosom Med. 2014 Jul-Aug;76(6):452-9.

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