Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月17日) 

2021年04月17日 | 医学と医療
今回のキーワードは,東京オリンピック開催を再考すべし,顔とのフィット感を高める2重マスクは有効,COVID-19ワクチン後の機能性神経障害,脳で観察されるミクログリア活性化は全身の炎症に起因する,既感染者のワクチン接種1回で十分である(成人も高齢者も)です.

まず図1はNewYork timesの4月12日の記事です.記事には「タイミング的には最悪です.日本はコロナウイルスの抑制に懸命に取り組んできましたが,現在は感染者が増加しており,ワクチン接種率も遅れています.ある厚生労働省の担当者は,新型インフルエンザの蔓延によって医療システムが「崩壊寸前」になっていると語っています.この厳しい環境の中,世界各国から集まった1万1000人のアスリートと,コーチ,役員,オリンピックサポートスタッフ,メディア関係者などが参加します.東京大会は,3週間にわたる超広域イベントとなり,日本全国,そして世界各地で死や病気を引き起こす可能性があります」と書かれています(https://nyti.ms/3dshmml).



最初に紹介する論文はこのオリンピックについてです.一流医学誌に掲載されました.白血病に打ち勝った池江璃花子選手をはじめアスリートの晴れ舞台を誰もが見たいと思いますが,そのためには,世界で議論されている以下のような議論に日本は真摯に答える必要があります.

◆東京オリンピック開催を再考すべし.
BMJ誌のeditorialに標題の論文が発表された.副題は「安全な大会運営には重大な疑問が残る」である.著者らは「メリットとリスクについて透明性が欠けており,安全でも安心でもない」と警告している.以下,著者らの示す根拠を紹介したい.
・世界のワクチンの普及が不公平で,多くの低・中所得国ではアクセスが低いこと.
・低・中所得国で高いリスクにさらされているessential workerではなく,スポーツ選手を優先することに倫理的な問題があること.
・アスリートへのワクチン接種はワクチン外交を助長し,世界的な連帯感を損ない,ワクチンナショナリズムを助長すること.
・アジア太平洋地域の他の国々とは異なり,日本はCOVID-19感染をコントロールできておらず,変異株感染患者が増加していること.
・日本はPCR検査能力が限られ,ワクチンの普及が遅れていること.
・アスリートを適切に守るためには,オーストラリアがテニスの全豪オープン前に行ったように,日本も国境をまたぐことによる感染への明確な戦略を策定し,実施する必要があること.
・来日する選手,役員,放送関係者,マーケティングパートナーの検疫を免除することは変異株を輸入し,拡散させる危険性があること.
・国内旅行者の増加により感染者が増加し,世界に輸出される可能性があること.
・圧倒的な医療への負担と,効果のない検査・追跡・隔離計画が相まって,オリンピックへの大量動員が発生するアウトブレイクを封じ込める能力を著しく損なわせる可能性があること.
・COVID-19接触者追跡アプリは信頼性が低いこと.
・パラリンピックにおける障害者の健康と権利を守る方法について,公式にほとんど語られておらず,選手への配慮が欠け,リスクを過小評価していること.

さらに著者らは「日本と国際オリンピック委員会は科学的根拠に基づいた運営計画に示し,国際社会と共有しなければならない」「国際社会全体が安全を第一と考え,パンデミックを食い止め,命を救う必要性を認識している.科学的・道徳的な要請を無視して,国内の政治的・経済的な目的のために開催することは,世界の健康と人間の安全保障に対する日本のコミットメントに矛盾する」と述べている.世界に対する日本の態度を問う,きわめて重要な論文である.
BMJ 2021;373:n962(doi.org/10.1136/bmj.n962)

◆顔とのフィット感を高める2重マスクは有効.
最近,米国の公衆衛生当局はマスクの2重化を推奨している.実は自分も外来や回診,会議など人と会う機会が多い日は2重マスクにしている.しかし,一般的に市販されているマスクを単独,2重,もしくは組み合わせて使用した時の適合濾過効率はよく分かっていない.米国からの研究で3名のボランティアにより医療用プロシージャーマスクと布マスクの,塩化ナトリウムで粒子を用いた適合濾過効率の検討を行った.2枚目の医療用マスクを追加することで,適合濾過効率は1枚の時の55±11%から66±12%に改善した.布マスクは医療用マスクよりも適合濾過効率が悪く(41~44%),2重にすると適合濾過効率は改善したが,通気性が低下した. 布マスクの上に医療用マスクをすると,適合濾過効率がわずかに増加したが,医療用マスクを単独で着用した場合と変わらなかった.一方,布マスクの下に医療用マスクを装着すると,全体の適合濾過効率が著しく向上した(66~81%).医療用マスクを2重にしたり,布マスクの下に医療用マスクを装着することはマスクと鼻梁を含む顔面の皮膚との間の漏れを最小限に抑えることを意味する.マスクの本質的な限界要因は素材ではなくフィット感であることを示唆する.
JAMA Intern Med. April 16, 2021(doi.org/10.1001/jamainternmed.2021.2033)

◆COVID-19ワクチン後に生じる運動異常症の原因としての機能性神経障害.
ワクチン後に,体幹や手足の不随意運動が生じたり,反対に動きが止まったり,歩行困難になったりする動画がSNSやYouTubeに拡散し,すでに数百万回も視聴されている.これはワクチンへの不安を高めるものであり,医療者が一般市民に適切なコミュニケーションを取らなければ,ワクチン接種率の低下やパンデミックの不必要な長期化につながる恐れがある.そもそもこれらの動画のなかには,ワクチンが接種されたか不明であったり,「機能性神経障害」と診断してよいものがある.JAMA Neurol 誌において,ワクチン後の「機能性神経障害」について議論がなされている.「機能性神経障害」とは,症状を説明できる器質的病変がなく,原因がはっきりしない,心理的・精神的要因が関与する病態で,神経学と精神医学の接点に位置する.つまりワクチンに含まれる物質が直接の原因ではなく,むしろ身体への注意の高まりや,脅威,感情処理の障害などが重要な役割を果たしている.患者は自分の症状を不随意と認識していることから,仮病とは異なるものである.また,心理的ストレスが身体的症状に変換されるという初期の転換性障害のモデルは時代遅れのものとなっている.治療は診断に関する教育,身体的リハビリテーション,認知行動療法などが行われる.脳神経科医は「ワクチン後の機能性神経障害」を適切に診断し,かつ偏見なく説明をする必要がある.「ノセボ効果」,すなわち偽薬によって望まない副作用が現われることについても広く一般に伝える必要がある.→ 今後,本邦でも「ワクチン後の機能性神経障害」が生じる可能性があることを認識する必要がある.
JAMA Neurol. April 9, 2021(doi:10.1001/jamaneurol.2021.1042)

◆脳で観察されるミクログリア活性化は全身の炎症に起因する.
COVID-19における神経症状に関して,これまでのところ,脳へのウイルスの一次感染が重要な要因であるという証拠はほとんどない.米国から剖検を行った連続41名の臨床,病理学,および分子生物学的検討が報告された.平均年齢は74歳(38~97歳)で,27名(66%)が男性,34名(83%)がヒスパニック/ラテン系であった.24名(59%)がICUに入院した.入院関連合併症が多く,深部静脈血栓症/肺塞栓症が8名(20%),透析を要する急性腎不全が7名(17%),血液培養陽性10名(24%)が存在した.8名(20%)は入院後24時間以内に死亡し,11名(27%)は入院後4週間以上経過してから死亡した.各脳における20~30部位を病理学的に検査したところ,すべての脳で,全体ないし局所的な低酸素・虚血性変化,大小の梗塞(多くは出血性),神経細胞貪食を伴うミクログリア結節(炎症性結節)を伴うミクログリアの活性化が認められ,特に脳幹で顕著であった.大動脈の動脈硬化や細動脈硬化が見られたが,血管炎は明らかではなかった.28名の脳から採取した標本を用いて,ウイルスRNAとタンパク質の存在を調べたところ,qRT-PCRでは,大部分の脳でウイルスRNAレベルは低いか,非常に低いものの検出可能であったが,鼻腔上皮に比べてはるかに低かった(図2).RNAscope(RNA in situ hybridization)と免疫染色では,ウイルスRNAやタンパク質を検出できなかった.以上より,COVID-19脳における検出可能なウイルスのレベルは非常に低く,病理組織学的な変化とは相関していないことがわかった.大部分の脳で観察されたミクログリアの活性化,ミクログリア結節,神経細胞貪食は,脳実質への直接的なウイルス感染に起因するものではなく,むしろ全身の炎症に起因するものであり,おそらく低酸素・虚血の影響もある.生存者においてこれらの脳病理所見が,慢性的な神経学的異常の原因となるか,さらなる研究が必要である.
Brain. April 15, 2021(doi.org/10.1093/brain/awab148)



◆既感染者(成人)のワクチン接種1回で十分である.
COVID-19にすでに感染した人にワクチンを接種すべきかどうかは不明である.イタリアにおいて,観察的コホート研究に100 名の医療従事者が登録され,うち 38名は感染歴があった.ファイザーワクチンを接種し,ウイルス特異的中和抗体を,既感染者で1回目接種の10日後,感染歴がない者で2回目接種の10日後に測定した.この結果,中和抗体は既感染者1回接種で幾何平均力価569,未感染者2回接種で118と有意差が認められた(図3).年齢や性別による大きな差はなかった.また既感染者は,感染からワクチン接種までの期間により,1~2カ月(8名),2カ月以上~3カ月(17名),3カ月以上(12名)の3グループに分類されたが,幾何平均力価は順に437,559,694であった.つまり感染後3カ月以上経過してからワクチンを接種した場合,ブースター効果(体内で一度作られた免疫機能が再度抗原に接触することにより,さらに高まること)がより顕著に現れる可能性が示唆される.以上より,感染歴のある人のワクチン1回接種は,感染歴のない2回接種者よりも効果が大きいことを示すエビデンスとなる.
New Engl J Med. April 14, 2021(doi.org/10.1056/NEJMc2103825)



◆既感染者(高齢者)のワクチン接種も1回で十分である.
上述のように既感染成人が免疫を獲得するためには,mRNAワクチンを1 回だけ接種すればよいことが示されているが,既報の研究には高齢者は含まれていない.介護施設で暮らす高齢者は,感染後,重症化するリスクが高く,ワクチンに対する免疫反応も若年者とは異なる可能性がある.このため,感染の既往のある高齢者とない高齢者を対象に,ファイザーワクチンを1回接種した後の抗体レベルを比較した研究がフランスから報告された.102名の居住者のうち,60名は感染歴がなく,36名はPCR陽性かつ抗体陽性,6名はPCR陽性または抗体陽性であった.この36名全員(100%)が1回のワクチン接種後に抗体(SプロテインIgG)陽性となったのに対し,感染歴のない60名では29名(49.2%)のみ抗体陽性となった.また感染歴のある者の抗体価の中央値が40,000 AU/mL以上であったのに対し,感染歴のない者では48.0 AU/mLであった(P<0.001)(図4).以上より,感染歴がある場合,高齢者でもワクチンは1回接種で十分であることが示唆された.また感染歴が不明な人に2回目の接種が必要かどうかを判断するのに,事前に抗体レベルを測定することが有用と言える.1回接種で済ませることにより,既感染者における強い免疫に伴う副反応を避けることができ,かつ貴重なワクチンを節約することができる.
JAMA. April 15, 2021(https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2778926)



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