Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

新型コロナウィルス感染症COVID-19:抗HIV薬ロピナビル/リトナビルの臨床試験結果の発表

2020年03月19日 | 医学と医療
今回のキーワードは,イタリア患者激増の理由,発熱の矛盾,重症化要因,安全な検体採取法,臨床試験の結果(メチルプレドニゾロン,抗HIV薬)です.未知のウイルスとの戦いのなか,わずか2ヶ月間で試験を成し遂げたことに,心から敬意を表したいと思います.そしていよいよ新型コロナウィルスによる脳神経症状に関する論文,議論が出てまいりました.

◆イタリア・ミラノ大学の医師らがJAMA誌に短報を発表.2月20日,Codogno病院ICUで患者の罹患が判明後,関係各所の迅速な対応にも関わらず重症患者は激増した.注目すべきはICU治療を要する重症患者の頻度.中国ではPCR陽性者の5%.これに対しイタリアでは12%,入院患者に限ると16%(!).テレビでは医療の遅れなどと解説する人もいるが,ロンバルディア州はイタリアで最も発展した地域で,医療水準は高い.著者らは遺伝的背景(ACE2遺伝子多型か?),年齢構成,併存症の差など,何か別の原因があると述べている.またLancet誌は,適切な介入ができなければ,ICUを要する重症患者数は指数関数的に増加し,3月中旬に2500床,4月中旬には4000床(!)になると予測し,極めて早急な対策を求めている(図1).COVID-19は決して良性の疾患ではない.わが国も決して気を緩めてはならない.JAMA. Mar 13, 2020;Lancet. Mar 12, 2020



◆重症化要因(1).急性呼吸窮迫症候群(ARDS)ないし死亡の危険因子についての後方視的研究.対象は武漢の201名で,84名(41.8%)がARDSを発症,うち44名(52.4%) が死亡した.両者に共通する危険因子として,高齢,好中球増多,LDH↑,D-dimer↑.高熱(≥39℃)はARDS発症に関連するが(ハザード比1.77),逆に死亡リスクは低下する(0.41)という一見矛盾する知見が得られた(これは他の試験でも認められる).また生存・死亡の2群間で見ると,ARDSよりもD-dimer↑の影響が大きく,DIC(播種性血管内業症候群)は死亡の危険因子である.またARDSに対し,当初無効と報告されたメチルプレドニゾロンは死亡率を低下させた!(ハザード比0.38)(図2).JAMA Intern Med. March 13, 2020


◆重症化要因(2).縦隔気腫(図3の矢印)が報告された.通常の縦隔気腫は自然治癒するが,COVID-19では重篤な循環・呼吸障害をきたしうる.胸痛,胸骨切痕部の皮下気腫,心拍に同期した捻髪音(Hamman徴候)にて疑い,画像検査を行う.Lancet Infect Dis. March 9, 2020


◆重症化要因(3).併存症(高血圧,糖尿病)が重症化の危険因子となる機序に関するエキスパートオピニオン.これらの治療に処方されるARBないしACE阻害薬が,ウィルス受容体であるACE2発現量を増加させ,感染を助長すると考察している.そして発現量増加の報告のないCa拮抗薬への変更についても言及している.しかし米国の3つの学会は裏付けとなる臨床データがないことから,医師からの指示がない限り,上記薬剤を中止・変更すべきではないとの声明を即座に発表した.Lancet Respir Med. March 11, 2020

◆重症化要因(4).ウィルスはACE2を発現する心臓,腎臓,消化器等も標的とするため,心,肝,腎,免疫系が障害され,併存症の悪化を招き,予後が増悪する.肺炎のみ群,併存症増悪群,最重症群に分けて治療をすることが提唱されている.Lancet. March 9, 2020

◆検査・スクリーニング(1).患者急増地域からの帰国者が新たな感染拡大の原因となる.現在,発熱によるスクリーニングのみ行われているが,長い潜伏期と無症状感染者の存在から,水際対策としてCOVID-19ではまったく不十分である.PCR検査を行うしかない.また患者急増地域からの移動制限や,帰国後14日間の自己隔離が必要となる.Trop Med Health. 2020 Mar 9;48:14.

◆検査・スクリーニング(2).PCR検査の検体として鼻・咽頭ぬぐい液を採取するが,咳やくしゃみが生じ,医療者の感染リスクとなる.喀痰が採取できれば最適だが,出ないことが多く,潜伏期ではなおさらである.今回,喀痰誘発法が報告された.3%高張食塩水10 mLを,酸素とともにマスクで6 L/minの流速で20分間,もしくは痰が出るまで吸入する.複数回の咽頭・直腸ぬぐい液でPCR陰性であった2症例で,痰のPCRが陽性になった.咳やくしゃみなく,陽性率を上昇できる.Lancet Infect Dis. March 12, 2020

◆検査・スクリーニング(3).中国からの小児患者10名の報告.成人より症状,検査所見とも軽微で,PCR検査にて初めて診断ができた(NEJM. March 18, 2020の論文も,小児171名の検討で,成人と比べ軽症,無症状が多く,感染を媒介するリスクを指摘している).また鼻咽頭からはRNAは14日で検出できなくなるのに対し,直腸からはその後も4週程度持続し排出された(図4;10名中8名で陽性).つまりウィルスは消化管に感染し,直腸から排出する.トイレを汚染したウィルスから糞口感染が起こす可能性がある.直腸ぬぐい液によるPCR検査は治療効果の判定,検疫解除の判断に有効.自己隔離では患者とトイレを分離すること,無理であれば使用後の十分な除菌が必要.Nat Med. March 13, 2020


◆神経症状と機序(1).いよいよ脳神経に関する議論が出てきた.まず未査読論文だが,PCRで診断した武漢214名(うち重症88名:41.1%)の検討.神経筋症状は78名(36.4%)に認められ,内訳はめまい(16.8%),頭痛(13.1%),筋障害(10.7%),意識障害(7.5%),味覚障害(5.6%),嗅覚障害(5.1%).重症例ほど神経筋症状の合併が多く(45.5%対30.2%;P<0.05),とくに筋障害(19.3%対4.8%),意識障害(14.8%対2.4%),脳卒中(5.7%対0.8%)は有意に多い.次に述べるが,意識障害,嗅覚障害の機序はとても気になる.medRxiv 2020.02.22.20026500

◆神経症状と機序(2).ウィルスの神経向性(neurotropism)について言及した総説が2つ発表された.既報のコロナウィルスはほぼ全て中枢神経に浸潤することが知られている.感染経路は2つあり,SARS/MERSウィルスのマウス感染実験で,嗅上皮細胞から脳幹まで伝播したことから,まず経鼻的に感染する可能性がある(このための嗅覚低下か?Netland J et al. J Virol 2008).そして肺・下気道から機械・科学受容器を介して,経シナプス的に延髄へ伝播する可能性も指摘されている.ヒトSARS剖検脳や髄液の検討で,両者にウィルスが存在することも証明されている.そして著者らはCOVID-19の呼吸不全・死亡の原因として,ウィルスによる脳幹障害を考えている!根拠として眠ると呼吸停止してしまう患者も紹介している(脳幹病変による意識障害もあるか?).J Med Virol. Feb 27. 2020; ACS Chem Neurosci 2020


◆最後に中国から早くも抗HV治療薬ロピナビル/リトナビル(カレトラ®)のランダム化対照オープンラベル試験の結果が発表された.対象はSaO2 94%以下(room air)あるいはPaO2/FiO2 300 mmHg未満の成人の入院患者199名.実薬群が99名で,ロピナビル/リトナビル(それぞれ400 mg,100 mg)を1日2回,14日間.対照群は標準ケア.主要評価項目は,臨床的改善までの期間,具体的には割り付けから7つのスケールのうち2つの改善まで,もしくは退院までのうち,いずれか早いほうまでの期間)とした.結果は残念ながら無効.修正ITT解析で標準治療群に比べ,1日だけ改善が早くなったものの,基本的に臨床的改善はなく(図5),28日目における死亡率も差はなし.咽頭ぬぐい液におけるRNA量も差はなし.消化器症状のため,23.8%で治療が早期に中止された.試験は失敗したが,今後の臨床試験の成功のために学ぶべき点は多い.

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 新型コロナウィルス肺炎(COVI... | TOP | 臨床試験において今後注目さ... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 医学と医療