Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(10月24日) 

2020年10月24日 | 医学と医療
今回のキーワードは,免疫療法が有効な脳炎患者の特徴,意外な画像所見を呈した急性出血性白質脳炎,3つのトシリズマブ臨床試験の結果です.このところ興味を引くCOVID-19関連論文は減ってきた印象で,今回紹介する論文はいつもより少なめです.神経疾患合併症も出尽くしたかなと思っていましたが,不思議な疾患Baló病が出てきました.また脳炎,脳症の診断の区別がよく分からない印象を持っていましたが,自己免疫性脳炎で使われる診断基準,「Grausの基準」を導入した論文が出てきました.COVID-19でこれほど脳神経内科の勉強をするとは思いませんでした(笑).そして5月に「個人的に重症化阻止に一番期待を寄せている治療」として紹介したトシリズマブのランダム化比較試験の結果が複数発表されました.

◆同心円状脱髄パターンを示す急性出血性白質脳炎.
ギリシアからの症例報告.57歳男性.呼吸不全に対し人工呼吸器管理となったが離脱.しかし48時間以上,全身性の弛緩が認められた.頭部CTでは,大脳基底核に出血性病変と浮腫を認め,頭部MRIではヘモシデリン沈着と同心円状の脱髄パターンが認められた(図1C, G).オリゴクローナルバンド陰性,髄液PCR陰性であった.急性出血性白質脳炎(Acute hemorrhagic leukoencephalitis; AHLE)と診断した.一般的な支持療法で回復し,1ヶ月後には中等度の四肢麻痺となり,MRI所見の退縮も比較的早かった.AHLEはヒトミエリンとウイルスまたは細菌抗原との交差反応によって誘導される急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の劇症型と考えられている.本例で認めた脱髄の同心円状のリングと比較的温存された組織のリングとが交互に現れるパターンは,同心円硬化症(Baló病)で有名な所見である.
Brain. Oct 16, 2020(doi.org/10.1093/brain/awaa375)



◆免疫療法が奏効する重症COVID-19関連脳炎の特徴.
フランスからの報告.重度の意識障害を呈したCOVID-19関連脳炎の5名(37~77歳)の症例集積研究.全例,髄液 PCRは陰性で,「Grausのpossible autoimmune encephalitis(AE)の診断基準」を満たした.全例でステロイドパルス(メチルプレドニゾロン1g/日を5~10日間静注)と血漿交換療法(5~10回)を組み合わせた免疫療法を行った.5名中3名で,治療開始から数日後に劇的な改善がみられた.レスポンダー群3名とノンレスポンダー群2名の違いは頭部MRI所見で,レスポンダー群では点状の小白質病変であったのに対し,ノンレスポンダー群ではびまん性,癒合性病変であった.重症COVID-19関連脳炎に対し,ステロイドと血漿交換療法による免疫療法が有効であることを認識する必要がある.→ 既報の論文は,脳炎/脳症の定義が曖昧であったが,ここでは「Grausによるpossible AEの診断基準」が導入されて対象が明確になった.以下,診断基準を提示する.

Possible AE の診断基準(Graus の診断基準 2016 から抜粋).
以下の 3 つのすべてを満たす.
1.3 カ月以内に急速に進行する作業記憶(短時記憶)障害,精神状態の変化,あるいは精神症状.
2.少なくとも以下のいずれか 1 項目を認める.
・新規に出現した中枢神経巣症状
・既存の痙攣疾患では説明できない痙攣発作
・髄液細胞増加(白血球数 >5/μl)
・脳炎を示唆する頭部 MRI 異常所見
3.他の疾患が除外できる.
Brain. Oct 16, 2020(doi.org/10.1093/brain/awaa337)

◆期待されたトシリズマブ(ヒトIL-6受容体抗体)はルーチンでの使用する薬剤とは言えない.
抗IL-6受容体抗体(アクテムラ®)が期待された背景には,SARS-CoV-2が単球,マクロファージ,樹状細胞に感染した際にIL-6産生の亢進をもたらし,IL-6受容体を有する細胞(リンパ球)ではシス・シグナリング,有さない細胞(内皮細胞)ではトランス・シグナリングを介して,サイトカイン・ストームを引き起こすという仮説が提唱されたことがある(図2).その後,実際に短期的に発熱,CRP,酸素吸入や画像所見を改善したとする報告(Proc Natl Acad Sci. Apr 29, 2020)や,観察研究にて人工呼吸器装着患者の死亡率を45%改善したとする報告(Clin Infect Dis. Jul 11. 2020;doi.org/10.1093/cid/ciaa954)をはじめ,複数の有効性を示唆する報告がなされた.満を持して行われたランダム化比較試験の3つを紹介する.



①米国からの報告.SARS-CoV-2感染,高炎症状態,および「発熱,肺浸潤,または酸素吸入の必要性」のうち少なくとも 2 つを有する患者を対象としたランダム化二重盲検プラセボ対照試験が実施された. 2:1の割合で割り付けられ,標準治療とトシリズマブ(体重1kgあたり8mg)またはプラセボのいずれかの単回投与を受けた.主要評価項目は気管挿管または死亡とした.登録者は243名で,偽薬群と比較した実薬群の挿管または死亡のハザード比は0.83(95%CI,0.38~1.81,P=0.64),病状悪化のハザード比は1.11(95%CI,0.59~2.10,P=0.73)であった(図3).14日目の時点で,実薬群では18.0%,偽薬群では14.9%に病状の増悪が認められた.酸素吸入中止までの期間は,実薬群で5.0日,偽薬群で4.9日であった(P=0.69).以上,トシリズマブは,中等症の入院患者における挿管または死亡の防止には有効ではなかった.
New Engl J Med. Oct 21, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2028836)



②イタリアからの報告.COVID-19 肺炎で Pao2/Fio2 比が 200~300 mmHg の入院成人患者を対象としたランダム化比較試験では,トシリズマブは,標準治療と比較して病勢の進行に対する抑制効果は認められなかった(図4).
JAMA Intern Med. Oct 20, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.6615)



③フランスからの報告.COVID-19と肺炎で酸素吸入を要するが集中治療室に入院していない患者を対象としたランダム化比較試験では,トシリズマブは,14日目までに非侵襲的換気療法,人工呼吸器装着,死亡のリスクを低下させた可能性があったが, 28日目の死亡率には差を認めなかった(図5).
JAMA Intern Med. Oct 20, 2020(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.6820)



→ 以上より,少なくともCOVID-19に対してトシリズマブはルーチンでの使用する薬剤とは言えないという結論になる.なぜ明確な効果が見られないかは不明だが,28日後といった長期的な改善効果が見られないことに関しては,薬剤に関連した副作用や二次的な感染が影響した可能性が指摘されている.「観察研究では不十分」「創薬は難しい」と改めて思った.なかなか重症化防止の決め手となる薬剤が出てこない.

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