Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「リンカーン病」として知られる脊髄小脳変性症(SCA5)遺伝子同定!

2006年01月27日 | 脊髄小脳変性症
 ワシントンDCは一度しか訪れたことはないが,落ち着いていて素敵な街だ.アメリカは歴史の浅い国としばしば言われるが,ワシントンを訪ねてみてアメリカなりの歴史を実感した.ワシントンは計算されつくされた人工の公園都市で,Capitol Hillという丘の上に国会議事堂を配置し,この丘からなだらかに下る平地にワシントン記念塔やケネディ大統領が眠るアーリントン墓地,そしてキング牧師の演説でも有名なリンカーン記念堂が直線状に配置されている.リンカーン記念堂にはとても大きなリンカーンの彫刻像があって,西の端から東の端にある国会議事堂をじっと見つめる(監視している?)という図式になっている.
 さて,第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)の父方の祖父母を祖先とする脊髄小脳変性症の大家系が報告されていた(‘Lincoln disease’と呼ばれていた).この報告は1994年にRanumらによってなされ(RanumはのちにSCA8やMyotonic dystrophy type 2の原因遺伝子を同定する),連鎖解析の結果,11q13への連鎖が確認されSCA5と名づけられた.SCA5は臨床的にはcerebellar ataxiaに若干のbulbar signを合併するが,基本的に純粋小脳型ADCA-IIIに分類されている.リンカーン家系以外にドイツ,フランスからも同様の家系が報告されていたが,きわめて稀な疾患ではあることに変わりはない(計3家系).リンカーン家系の検討では,発症年齢は平均33歳と比較的若く(4~68歳),経過は緩徐進行性,anticipationの存在も疑われていた.MRIでは小脳萎縮のみで脳幹は保たれる.病理ではプルキンエ細胞の消失と分子層の菲薄化が報告されている.
 さて遺伝子同定にむけての研究は上記3家系を対象に進められた.リンカーン家系ではDNAサンプルは90名の罹患者を含む299名(11世代!)から採取したという.さらなる連鎖解析の結果,100遺伝子を含む2.9Mbの領域がcritical regionと判断され,さらにフランス家系との間でハプロタイプを比較した結果,255 kbの領域にまで絞りこみ,BAC libraryを作成後,ショットガンシークエンス(ランダムに読んだシークエンスをコンピュータ上で組み合わせ,配列を推定する方法)が行われた.この結果,beta-III スペクトリン (SPTBN2) という結構有名な細胞骨格蛋白をコードする遺伝子における遺伝子変異が,3家系すべてにおいて見出された.2家系ではin-frame deletion(リンカーン家系39bp, フランス家系15 bpの欠失),ドイツ家系ではactin/ARP1 binding regionにミスセンス変異(Leu253Pro)を認めた.
さてこのbeta-III スペクトリンは2390アミノ酸からなる蛋白で,小脳プルキンエ細胞に高発現している.alfa-スペクトリン2個とbeta-スペクトリン2個とで4量体を形成し細胞骨格蛋白として機能する.beta-III スペクトリンはGolgi体や小胞体膜に存在し,dynactin subunit ARP1と結合する.さらにプルキンエ細胞特異的で,シナプス膜に存在するグルタミン酸輸送体EAAT4を安定化する作用も報告されている.またdelta型グルタミン酸受容体(GluRdelta2)は,スペクトリンを介してアクチンフィラメントに固定されている.すなわち変異beta-スペクトリンはEAAT4の膜安定化に影響を及ぼす可能性が考えられたが,実際に患者剖検脳をsubcellular fractionation(detergent濃度や遠心速度を変えて,目的の分画だけ抽出する方法)したサンプルを用いたWestern blotで,膜分画におけるEAAT4の減少が示された.さらに同様の結果はSCA1 transgenic mouseでも示された(SCA1 transgenic mouseやstaggererマウス [IP3レセプターの欠失] のマイクロアレイではbeta-スペクトリンとEAAT4の転写産物が低下しているという).
 以上の結果は,dominant SCDの病態機序として,「プルキンエ細胞におけるグルタミン酸シグナリング異常」という新たなパラダイムを提唱するものである.例えば未知のSCDのひとつSCA20は11p13-q11が遺伝子座でSCA5と重複するし,さらに遺伝子未同定のSCA11やSCA25の遺伝子座にもbeta-スペクトリンサブユニットをコードする遺伝子(SPTBN5,ないしSPTBN1)が存在している.稀な疾患の遺伝子発見ではあるが,どうも話は今後,だんだん膨らみそうな雰囲気である.
 さてリンカーンご本人はこの病気だったのだろうか?当然,その可能性はあるわけで,実際に1861年の新聞記事に歩行の際にふらつきがあったとの記載も残っているそうである.リンカーンの死後,遺体盗掘と身代金要求未遂事件が発生し,遺体の盗掘を防ぐための地下墓所の建設が行われ,1901年には遺体の点検のため棺が開かれた.関係者の話によると遺体はことのほか状態よく保存されていたらしい.彼は長身であったため,1991年のMarfan症候群遺伝子発見の際には彼の遺伝子を調べるとか調べないとか論議が起きたそうである.当然,Marfan症候群よりSCA5の遺伝子を調べたほうが意義はあるわけだが,死者を冒涜するようなことはすべきではないだろう.でも著者らの考えはちょっと違っていて,「歴史的価値があり,さらに小脳失調症に対する一般の関心を高めることになるのでは?」との意見である.さあ,皆さんはどう考えるだろうか?

Nat Genet, published on line, Jan 22, 2006  
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神経難病つながり (hshichi)
2006-02-02 17:35:38
すいません。本題と関係の少ないコメントです。神経難病つながりということで、勘弁してください。



つい先日、日本ではBatten diseaseに対する神経幹細胞治療の、アメリカにおける治験が報道されていました。(下記参照)

日本人がらみということで話題に上ったのかとも思いますが。



当方は脳神経外科医なので、Batten diseaseについてすら、いまいち理解できていないのですが、今回の報道について先生なりの感想、評価を聞かせていただければ、幸いです。



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神経幹細胞を脳に初移植へ 日本人が開発、米当局承認

 【ワシントン31日共同】



 死亡した胎児の脳から取り出した神経のもとになる幹細胞を、病気の子供の脳に移植する臨床試験の実施を、米食品医薬品局(FDA)が31日までに承認した。未熟な神経幹細胞の移植をFDAが認めたのは初という。

 幹細胞の分離・精製は米バイオ企業ステムセルズ社(カリフォルニア州)の内田伸子副社長が中心となって手掛けた。移植は米スタンフォード大で年内にも行われる見通し。

 試験に参加するのは、特定の酵素が作れないため脳に不要物が蓄積し、多くが10代までに死亡する神経系セロイドリポフスチン症の患者数人。動物実験では効果があったが、今回は人での安全性確認が主目的だ。
返信する
個人的意見です (pkcdekta)
2006-02-02 23:07:09
難しい話なのですが,個人的な意見を言わせていただければ時期尚早だろうと思います.

まず疾患についてですが,Neuronal ceroid lipofuscinosesは現在,少なくとも8つ程度の遺伝子座が分かっていて,Batten diseaseは本来,CLN3(若年発症型)を指します.しかしここでは Neuronal ceroid lipofuscinosesの総称の意味で使っていて,実際の対象は幼児期発症型のCLN1が主体のようです.CLN1は視力障害,知能低下が急速に進行し3歳までには平坦脳波,10歳ぐらいになると亡くなると言われています.劣性遺伝であり,palmitoyl-protein thioesterase の欠損が原因であることが1995年には報告されています.

なぜこの疾患が選ばれたかは分かりませんが,単純に考えて致死性の重篤な疾患で,現在治療法がないということがポイントだったのではないでしょうか.詳細が分からないので間違ったことを言っているのかもしれませんが,本来,酵素補充が理想的な疾患に幹細胞を移植する意義が良く分かりませんし(成熟後の産生を期待しているのでしょうか?),脳内のどの部位にどれだけの細胞を移植するつもりなのでしょうか?PubMedをちょっと見てみると2001年にフィンランドにて造血幹細胞移植が3人のCLN1に対して行われていて,全例,2~3歳までに発症したという報告があります(Neurology. 57:1411-6, 2001).結論は「もっと動物,細胞レベルの実験が必要だ.造血幹細胞移植は今のところ進められた治療ではない」でした!ざっと探した限りではpalmitoyl-protein thioesterase KOマウスにおける移植実験の効果の報告は見つかりませんでした.

以前も少し述べましたが,幹細胞移植は将来有望なのでしょうが,外野から見ているとその機序の解明,疾患ごとの有効性の検証など不十分な感じがします.スタンフォード大では慢性期脳梗塞患者にも神経幹細胞を移植して,結局,効果を得られず,J Neurosurgにその結果を投稿し採用はされたものの,Editorialの欄で臨床応用に踏み切った基礎データが不十分だと,これまで見たことがないぐらいコテンパンに酷評されました.スタンフォードを含めカルフォルニアはこういうchallengingな治療に積極的な土地柄ですし,実際,CLN1には他に治療がないわけで罹患児の親からの要望も強いのでしょうから,今回のような話になるのだとは思いますが,個人的には細胞,動物,人間と順を追って治療の可能性を探るほうが却って近道なのではないかと思っています.

他の先生方のご意見はいかがでしょうか?

返信する
ありがとうございます (hshichi)
2006-02-03 20:14:14
見当はずれな私のコメントに、丁寧に回答していただき、たいへん感謝しております。



先生のお返事の最後に、"他の先生方のご意見はいかがでしょうか"とありましたので、まず最初に私の知人の昨年のブログとそれに対するコメント(2005/1/5)を引用させてください。(A-POTさん、無断引用おゆるしください。)

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A-POT: シリコンバレーのバイオベンチャーより



神経幹細胞治療初のIND



Palo AltoのStemCells Inc. が、脳神経幹細胞のIND(Investigational New Drug;臨床試験開始)を申請した。対象疾患はBatten disease(バッテン病あるいはセロイドリポフスチン症)というrare disease。認可されれば、神経幹細胞を治療薬として用いる初のFDA認可臨床試験となる。ついにきたかーという感じ。もし成功すれば他のCNS関連疾患にも適用を広げていくのだろう。理屈上可能と考えられることは、やはりいつか実現していくのだろうか。



(コメント)

StemCells知っていますよ。確か、再生医療に力を入れているNASDAQ公開の会社ですね。30人に満たない従業員で、CNSの研究をしている会社ですね。肝臓、膵臓の再生にも力を入れていましたね。

神経は一度切れると原則として再生しないので、この、テクノロジーは、有力です。私の父も、この分野を成長因子から追っていました。

a-potさん、再生医療のマーケットは、大きいのでしょうね。

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このブログを開いているA-POTさんは、シリコンバレーにあるバイオベンチャー企業に勤務されているPhDの方です。ベイエリアのJapan Bio Comunityの役員で、この地区の日本人バイオ研究者のまとめ役の一人です。(残念ながら、このブログにコメントされた方は、私は存じ上げません。) 

私にとって、A-POTさんが特別な存在なのには理由があります。一昨年の秋、彼の息子さんがもやもや病を発症されて、ご家族皆さんが非常に苦労なされたという経緯があるからです。幸い、スタンフォード大学脳神経外科のシュタインバーグ主任教授の執刀による手術をうけ、現在まで非常に経過良好なようです。特筆すべきなのは (そして、私が彼とその家族に敬意をはらっているのは)、彼らがWebなどにより、米国においてまだまだマイナーな疾患であるもやもや病に関して、啓蒙活動や患者家族会活動などを率先して行っていることです。





話が横道にそれました。すみません。

引用により、私が言いたかったのは次のことです。

前回、幹細胞研究に関する先生のブログにコメントした時、カリフォルニア州の幹細胞研究に対する熱気(Prop. 71など)に関して、私は肯定的に捉えていました。しかし、現在はとても悩んでいます。

もともとカリフォルニア州での幹細胞研究に対する熱気は、二つの理由があると思っていました。一つは、患者やその関係者がもつ切実な願い。もう一つは、将来をにらんだ経済的な側面。しかしこの引用が示唆するのは、熱気をはらんでいるのは、ごく少数の切実な希望を抱く患者さんと、圧倒的多数の株価の値上がりを期待する投資家という可能性。



もともと私は、なぜ今回の治験のターゲットがBatten Diseaseなのか疑問を持っていました。今回、治験を開始するという報道をみて、あらためてこの問題に関する調査をして愕然としました。ここでは二つ資料を引用します。



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ステムセルズ社(カリフォルニア州パロアルト)は来年からバッテン病という脳の難病患者を対象に、幹細胞を使った臨床試験に乗り出す。

「どの幹細胞が最初に効果と安全性を示せるか分からないが,その時期がいつになるかが問題」とステムセルズ社のM・マクグリン社長は指摘する。

米国では細胞移植を手がけていたベンチャー2社が1990年代に倒産。投資家や製薬会社は幹細胞を使う再生医療にも懐疑的な目を向ける。幹細胞による再生医療の有効性を早く示せないと、研究資金が枯渇し倒産のリスクもある。

各社は現時点で治療法が見つかっていない、まれな病気に照準を合わせ、治療の有効性を早期に示す戦略だ。心臓病や糖尿病など患者数が多い病気の臨床試験は2005年以降に着手する計画。オカーマ社長は「最初の臨床試験で幹細胞を使う再生医療がビジネスとして成り立つことを示せば、製薬会社は雪崩を打って参入する」とみる。



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◇米再生医療 ビジネス最前線◇ トップに聞く?A



ステムセルズ社/最高経営責任者・マーチン・マクグリン氏



 臓器や細胞のもとになる体性幹細胞を利用した再生医療の研究で注目されているのがステムセルズ社。社長兼最高経営責任者(CEO)のマーチン・マクグリン氏は「2005年にはバッテン病という脳神経の難病を対象に臨床試験を始める計画」という。



 ──どんな臓器を対象にした再生医療の研究に取り組んでいるのか──

 「脳、肝臓、すい臓のもとになる幹細胞をモノクローナル抗体を使って見つけだし、分離・精製する研究を進めている。すでにヒトの神経幹細胞を分離することに成功した。肝臓やすい臓でも、幹細胞の候補となる細胞は見つけている」

 「臨床応用の第1弾は脳神経の難病を対象にしている。脊髄(せきずい)損傷や脳卒中、アルツハイマー病、パーキンソン病の治療も考えている。このほか、肝炎や肝臓がん、1型糖尿病を対象にした研究プロジェクトも進行中だ。



 ──最初の臨床試験はバッテン病が対象になるということだが──

 「この病気は脳の神経細胞にあるライソゾームという小器官の中のある酵素が遺伝子の異常でできないために、神経を破壊するリポフスチンというたんぱく質が蓄積して起きる。バッテン病のモデルマウスを使って実験したところ、移植した神経幹細胞が脳の中に広がって、新たに神経を作っていることが確認できた。それで2005年第1四半期に米食品医薬品局(FDA)に新治験薬(IND)の申請を行うことにした」

 「神経幹細胞を使った治療の安全性と効果を示すことができれば、バッテン病と同じようにライソゾームの酵素欠損で起きるゴーシェ病など40種類前後の病気の治療にも道が開ける」



 ──バッテン病以外でも神経幹細胞を使った動物実験は進んでいるのか──

 「脳卒中のモデルマウスを使ったスタンフォード大学との共同実験では、移植した神経幹細胞が脳の損傷部に移動して、神経細胞などに分化したことを確認した。多発性硬化症や脊髄損傷でみられる神経の軸策を取り巻くミエリンという物質の損傷を、神経幹細胞の移植で修復することにも成功している」



 ──神経幹細胞に関する特許はどの程度、取得しているのか──

 「米国では39件、米国外では25件の特許が成立している。出願中は全世界で105件ある。神経幹細胞の分離、精製法や培養法など広い範囲をカバーしている。当社は幹細胞の遺伝子を改変していないが、改変した場合も当社の特許を侵害することになる」



 ──細胞の量産化という点では、ヒト胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の方が有利なのでは──

 「ES細胞は未分化のまま移植すると、腫瘍(しゅよう)になるだけで、損傷した臓器を再生することはできない。試験管の中でES細胞を、傷んだ臓器の細胞にまで分化させてから移植する必要がある。

 「神経幹細胞を移植しても腫瘍はできない。脳に移植すると、全体に広がって3種類ある神経細胞にそれぞれ分化した。100万個のオーダーの神経幹細胞を100日間で10億個のオーダーまで増やすことができた。バッテン病の患者を治療するには十分な量だ。ただ、増殖法については今も研究を続けている。幹細胞は胎児だけでなく、成人からも採取しようとしている」



 ──幹細胞を使った再生医療のメリットは──

 「現在の医薬品は失った臓器の機能を完全にもとに戻すことはできない。臓器そのものを移植する方法があるが、ドナー(臓器提供者)不足が深刻だ。脳については移植もできない。幹細胞の移植は悪くなった臓器の機能を回復する治療法として期待できる」 (聞き手:編集委員・西山彰彦)



 ※※※※※ ステムセルズ社は1995年、造血管細胞を世界で初めて分離したスタンフォード大学のワイズマン教授らが中心になって設立。本社はカリフォルニア州パロアルト市。内田伸子バイスプレジデントらがヒトの神経幹細胞を同定、分離することに成功した。 ※※※※※ (日経産業新聞)

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結局は、今回の野心的な試みは、全くのビジネスであるようです。

私は今回、Neuronal ceroid lipofuscinosesについて検索していて、この病気の患者さんの母親が開いている、あるホームページにたどり着きました。全国の患者のご家族から切実なコメントがとどき、また研究者からも真摯なコメントが見受けられました。しかし、ある時点でこのホームページの更新はピタリと止まっていました。このことに気づいたとき、私は不覚にも涙腺が緩んでしまいました。私は、臨床医は過度に患者に感情移入すべきでないと思っていますが、このときは、私はただの1人の父親に戻っていました。



米国における認可機関であるFDAは、このような幹細胞移植治療に関して以下の立場を取っています。

---Safety is FDA's primary concern in all phases of clinical development.---

(05/05/19 厚生科学審議会科学技術部会ヒト幹細胞を用いた臨床研究の在り方に関する専門委員会第23回議事録、日本の中枢神経再生治療の第一人者である慶應大学医学部、岡野教授による発言。http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/05/txt/s0519-4.txt)



また、米国での臨床治験に詳しい方によれば、ヒト成人幹細胞移植治療は治験におけるバリアが、むしろ新規薬剤よりは低いそうです。なぜなら、ヒト成人幹細胞移植は副作用が低いため、第2層までは比較的容易にたどり着くということらしいです。

しかし、このような生命予後不良な神経難病の患者さんの御両親から、治験のインフォームドコンセントをとることに、はたしてどれだけの意味があるのでしょう。



最後に私の個人的見解を書かせてください。

今回の治験の黒幕と考えられるスタンフォード大学医学部ワイスマン教授について。この方は以前コメントした際にも、私はきわめてCoolな科学者と認識していましたが、今はむしろ冷酷なほどの戦略家(もしくは宣教師)であると感じています。神か悪魔か。今回の治験は、それほどの非情な計算の上でなりたっているように感じます。



他の方のお考えをお聞かせください。特にこのコメントをもし読んでいらしたのなら、Dr.Horie、ご意見をお聞かせください。
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お役に立つか分かりませんが・・・ (pkcdelta)
2006-02-10 10:27:08
Dr. Horieさんのコメントがないようですので,役不足ながら少しコメントさせてください.幹細胞移植に関してはたぶんご指摘のようなことが多分にあるのではないかと思います.それに加え私が不思議に思っていることは,会社のCEOさんが言っているような,「この病気も,あの病気も,みんなすべて同じ治療(幹細胞移植)で治ってしまう」なんて冷静に考えればおかしいことを,こと幹細胞に限るとみんな信じてしまうということです.私のまわりには実際に幹細胞研究に携わっている人もいますが,その将来性・万能性を信じて疑わないひとと,比較的,距離を置いて見ているひとの両極端のような気がしています.

幹細胞研究というものは他の研究と違って,人を惑わす魔力(?)があるのではないでしょうか.一昔前,アポトーシス・ブームがありましたが,両者のあいだで決定的に違うのは一般の人々の期待度のような気がします.Caspase 3抑制とか言っても誰も飛びついてきませんが,幹細胞医療と言うと大きな期待をもつ人が多いのではないのでしょうか?おそらくそれは失われたものを再生させるという感覚的に分かりやすいところに起因している部分が少なくないように思います.例えばお隣の国で本当は理解困難な幹細胞医療をみんなで妄信し,その可能性を夢見て,最終的に残念な結果になってしまったのも,不思議な魔力にみんなで踊らされてしまったのかもしれません.

個人的な感想を言わせていただけば,経済的なconflict of interestとか,熱狂的な妄信とか,そういう類のものに耳を貸さず,自分の信念に従い基礎研究をstoicに続ける研究者の存在が重要なのではないでしょうか?神経の領域で再生医療が進歩しているのは脳梗塞の分野でさえ私の理解ではまだまだ臨床応用まで越えねばならない壁が幾重にも存在するような感じがします.そんな状況で,たとえ一般の人の熱い期待や患者さんの切実な願いがあっても,臨床トライアルだけを進めていくのはとても危うい感じがします.こういうときだからこそ,足場を固めて地道に進んでいくような研究(者)が求められるのではないでしょうか.今の時代,患者さんのことを考えた研究を目指しても研究費につながるとは限らず,研究費はあるところにますます偏っていく一方で,志だけでは医学研究ができないことは重々承知していますが,それでも何となく青臭いことをコメントしたくなりました.回りっくどかったですが,ご自身の研究分野の現状に悩まれているhshichi 先生へのエールのつもりで書きました.
返信する
エールに感謝します。 (hshichi)
2006-02-10 20:12:58
あたたかいエールをいただき、まことに感謝いたしております。ただ、私は長いこと"Boys, be anbicious!"を人生訓に育ったせいか、なかなかstoicには生きられないのです(笑)。



そういえば、幹細胞研究を始める数年前には、私はapoptosis boomに思い切り乗っかっていたのを思い出しました。部活の後輩(現役医大生)とススキノの川でまっ裸になり、『アポトーシス最高!』と、訳のわからぬことを叫び、みんなで川にとびこみ風邪をひいた苦い記憶があります。あまり関係ありませんが。



ところで、今回のこと、すなわち幹細胞治療研究のもつ社会的側面(特にカリフォルニア州における種々の問題点)については、今後もチェックし続けていくつもりです。

特に、先生に『幹細胞の持つ魔力』についてご指摘いただき、目からウロコが落ちた気がしました。魔力という点では、今の幹細胞を巡るカリフォルニアでの熱狂を、以前私はシリコンバレー創成期になぞらえましたが、むしろゴールドラッシュに例えた方が良いのかもしれません。

そう考えると、今回のケースはベンチャー企業主導であるカリフォルニアのバイオ研究風土の、negativeな側面が出てしまったような気がしてなりません。



実はこの件(幹細胞治療研究のもつ社会的問題点)に関しては、ファイザー社の外郭団体から研究資金をいただき、私の研究のサブテーマとしております。(あくまで、holiday workですが。)まとまりましたら、先生にも御送りしますので、そのときはどうぞ御意見いただければ幸いです。



ありがとうございました。
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