Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

くも膜下出血を見逃さないために (第42回日本頭痛学会)

2014年11月15日 | 頭痛や痛み
第42回日本頭痛学会@下関に参加している.頭痛診療は非常に難しいが,その頭痛診療に関する知識をアップデートできる臨床に役立つ学会である.今年は国際頭痛分類第3版β版の日本語版が発表されたことや,抗CGRP抗体が予防薬として有望であることが報告されたことが大きなトピックスであった.いくつか興味深いシンポジウムがあったが,「頭痛診療のヒヤリハット(医療安全)」という特別企画はとくに関心を持って拝聴した.いくつかのトラブルになった事例が紹介されたが,頭痛診療においてしばしば診断が難しく,かつ患者さんの命にかかわる「くも膜下出血」が詳しく議論された.ここではそのエッセンスを紹介したい.

まず大事なことはクモ膜下出血について正しく知ることである.命にかかわる頭痛を見逃さないため,一般の方々も常識として「クモ膜下出血は,これまで経験したことのない突然の激しい頭痛で発症する」ことを知る必要がある.そして大至急,病院を受診し,これまで経験したことない頭痛であることを伝えなければならない.しかし例外もあることから,当然,医師はより詳しい知識が必要である.以下,診断のポイントを列挙する.

【1】これまで経験したことのない突然の激しい頭痛で,悪心・嘔吐を伴うことが多い.
【2】出血が少量の場合には,頭痛は軽度のこともありうる(20%程度が該当).突然発症でない症例もありうる
【3】発症当日に診断がつかない症例が30%程度ある.その原因は診断の遅れと,発症当日に受診していない患者もいるためである.病院に歩いて来院する患者もいる(先輩から,てくてく歩いてくる症例もあるという意味で「てくてくサブアラに注意!」と教わった).
【4】項部硬直を認める.しかし発症早期には認めないことがある.
【5】一過性の意識消失発作を伴う場合には積極的に疑う.
【6】視力障害を伴う頭痛では積極的に疑う(硝子体出血:Telson症候群という).
【7】頭部CTでは高吸収域として,MRI-FLAIR画像では高信号として検出される(FLAIRは冠状断が有用).CTは感度93% 特異度100%.しかし,発症から時間がたった症例では,感度,特異度は低下する.
【8】画像検査が正常であっても,症状から疑われる場合には,腰椎穿刺を行う.血性髄液やキサントクロミーで診断される.しかし,発症12時間以内はキサントクロミーにならない.
【9】一側の動眼神経麻痺は動脈瘤の切迫破裂を疑う.

さらに診療のトラブルを避けるための,過去の訴訟例についても検討が行われた.診療上重要なことを列挙する.
【1】問診をしっかり行い,かつカルテにきちんと記載する.とくに発症様式と性状が重要である.症状が非典型的(軽症)であった場合でも,カルテ記載が不十分な場合,訴訟になりうる.
【2】看護師がとった問診票にも十分目を通し,重要な点は自ら問診し直す.自身の問診結果が問診票と異なる場合にはその旨も記載する.
【3】陰性所見もカルテに記載する.
【4】鑑別診断に対しても問診,診察を行う.
【5】典型例や疑われる例に対しては画像検査をすみやかに行う.検査を勧めて断られた場合はその事実も記載する.
【6】髄液検査に関しても説明を記載する.

最後にクモ膜下出血をめぐる大阪地裁平成15年判決を紹介する.「患者は自らの抱えている問題点に関して,気づいていないことや,うまく表現できないことがあり,またくも膜下出血による頭痛の特徴が発症の突発性・持続性であることを認識していないこともありうるため,自己の症状を的確に表現できない可能性があるにも留意する必要がある」.多忙を極める外来でも,常にクモ膜下出血は念頭において診療する必要がある.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

片頭痛患者に認める脳梗塞(片頭痛性脳梗塞)の特徴

2011年11月13日 | 頭痛や痛み
片頭痛に伴う脳梗塞は,国際頭痛分類第二版では1.5.4 Migrainous infarction(片頭痛性脳梗塞)と記載されている.診断基準は以下のとおりである.

診断基準:
A. 1.2「前兆のある片頭痛」を持つ患者に起こる頭痛発作で,1 つもしくは複数の前兆が60 分を超えて続くことを除けば,今までの頭痛発作と同様である
B. 神経画像検査により責任領域に虚血性梗塞病巣が描出される
C. その他の疾患によらない

つまり,前兆のある典型的片頭痛の発作中(誤解のないように!)に発生する脳梗塞のことである.その頻度は稀で,臨床的特徴についても十分に分かっていない.まとまった報告としては,10例未満の少数例のケースシリーズがある程度である(Cephalalgia 23:389-394,2003).今回,多数例での検討が,北欧とドイツより報告されているので,2つの論文を紹介したい.

まず北欧の論文(Eur J Neurol誌).対象は7つの頭痛クリニックにおける国際頭痛分類第二版の診断基準を満たす片頭痛性脳梗塞患者33名.これらの症例における危険因子,片頭痛に対する治療状況,脳梗塞の局在・症状と予後を検討した.33例中20名が女性(61%)で,発症年齢は39歳(19~76歳).古典的な脳梗塞の危険因子(高血圧,高脂血症,糖尿病)を認めることは,スカンジナビア人の若年脳梗塞患者と比較して稀であった.急性期において12例(36%)がエルゴタミン製剤もしくはトリプタンを使用していた.脳梗塞の局在は後方循環系に多く(27例;82%),小脳梗塞も7例(21%)で認められた.脳幹梗塞を来した2例を除き予後は良好で,完全回復ないし若干の後遺症を残すのみであった.卵円孔開存(PFO)の頻度は40%で,若年脳梗塞患者と比較して有意差はなかった.

つぎにドイツの論文(Neurology誌).11年のあいだに大学病院に入院した8137例のうち片頭痛性脳梗塞は17例(0.2%)であった.うち13例が女性で(76%),発症年齢は45歳.多くの患者が持続時間の長い前兆をみとめ,その内訳は視覚性前兆82.3%,感覚障害41.2%,失語5.9%であった.脳梗塞の局在は後方循環系に多く(12例;70.6%), 残り5例は(29.4%)が中大脳動脈領域の脳梗塞であった.11例(64.7%)が小病変を呈し,多発病変は7例(41.2%)で認めたが,複数の血管支配領域に及ぶ病変を認めた症例はなかった.またPFOを11例(64.7%)で認めた.

いずれの報告も,若年女性に多く,脳梗塞の局在は後方循環系に多かった(既報も同様).発症機序については,なお今後の検討が必要である.片頭痛性脳梗塞と遷延した前兆の鑑別は難しく,さらに頭部CTでは評価困難な場合がある後方循環系の脳梗塞が多いため,片頭痛患者が遷延する前兆を主訴に外来を受診した場合は,頭部MRIを確認したほうがよさそうである.

Eur J Neurol 18; 1220-1226, 2011

Neurology 76:1911-1917, 2011.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

100年間の片頭痛研究10大ニュース

2011年05月03日 | 頭痛や痛み
Headache誌の総説に,20世紀を代表する片頭痛研究が紹介されている.

1918;エルゴタミンの単離と臨床への導入

1938;片頭痛における脳内血管拡張とエルゴタミンの血管収縮作用の確認

1941;頭部における疼痛感受性構造物の同定

1941;Lashleyによる視覚性前兆の研究

1944;Leão による 皮質拡延性抑制説(cortical spreading depression;CSD)

1959;セロトニンの関与とメチセルギド(セロトニン受容体拮抗薬;日本では使用されない)の臨床応用

1981;前兆を伴う片頭痛におけるspreading oligemia(片頭痛発作期に後頭葉より2~3㎜/分の速さで,前方に血流低下領域が広がること)の発見

1982;ラットにおける皮質拡延性抑制後のoligemiaの証明

1987;神経原性炎症仮説の提唱

1988;国際頭痛分類第1版発表

1988;スマトリプタンの発見

1990;片頭痛におけるカルシトニン遺伝子関連ペプチド (calcitonin gene-related peptide;CGRP)の関与

1995;PET研究と脳幹における"migraine generator"の提唱と

1996;分子遺伝学的研究によるチャネロパチーとして片頭痛

1996;中枢性感作とアロディニア

片頭痛の病態については歴史的にさまざまな仮説があるが,脳外科的手法,脳波,脳血流測定,PET,分子遺伝学など様々な研究手法の発展・開発に伴い,それら病態仮説もより核心に近づきつつあることが分かる.論文には極めて歴史的にも重要,かつ有名なFigureが並んでおり,それらを眺めているだけでもいてとても楽しい論文だ.

Headache 51; 752-778, 2011

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

頭痛フォーラム2011@東京

2011年04月08日 | 頭痛や痛み
2月27日,東京で行われた「頭痛フォーラム2011」のときのtweetです.いずれも初めて聞いて印象に残ったことです.


片頭痛においてCentral sensitizationが起きると,圧痛点として触診できる.これが片頭痛圧痛点である.C3レベルの傍板状筋あたり.ストレッチ体操で軽減する.

片頭痛のウサギ型とカメ型:ウサギ型は立ち会がりやアロディニア出現が早い→アロディニア出現前に速攻性トリプタンを使用する.カメ型は立ち上がりがだらだら生じる→内服タイミングが分かりにくい.

片頭痛でのドンペリドン(ナウゼリン);吐き気を抑制して内服しやすくする.片頭痛時に低下する胃の蠕動を速めてトリプタンの吸収を促進する.

ストレスは頭痛の母.しかし「ストレスを避けろ」と指導するのはあまりに安易.「良いストレスは体に良いが,悪いストレスは心身に不健全(distress),悪いストレスを避ける」という指導が必要.

ストレスは頭痛の原因になるが,逆に片頭痛自体もストレスになる.この場合,medication overuse headache(MOH)に移行する可能性がある.これを防ぐためには頭痛に対する患者教育(コミュニケーション)が重要である.

OTC薬は合剤が多く,かつ成分もさまざま.バファリンといってもルナの主成分はアセチルサリチル酸でなくイブプロフェン.成分の理解が必要.一方,新発売されシェアを伸ばしているロキソニンSは単一成分.いずれにしてもヘビーユーザーがおり,MOHを来している可能性大きい.

Reversible Cerebral Vasoconstriction Syndrome(RCVS);頭痛医の立場から,激しい頭痛でSAHがない場合,RCVSを否定する必要がある.脳卒中専門医師の立場からは雷鳴様頭痛がなくてもRCVSを検討する必要がある.

Crowned Dens Syndrome (CDS) :歯突起周囲(C1-2)の石灰化によって激しい頚部痛を生じる.その病態に偽痛風などの環軸関節炎が関与.高齢者女性に多い.突然発症.頸椎回旋困難.偽痛風発作歴.炎症反応必発(WBC増多なし).治療は消炎剤・ステロイド.

注;CDSについては画像も含め,このページが勉強になります.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なぜアイスクリームで頭痛が起こるか?

2010年07月20日 | 頭痛や痛み
実はテレビに出演した.地方局の夕方の情報番組「TeNY 夕方ワイド新潟一番」で,

花火があがるとなぜ「たまやー」って呼ぶの?
冷たいものを食べるとなぜ頭が痛くなるの?
なぜ新潟では「海の家」を「浜茶屋」と呼ぶの?

という視聴者からの夏に関する質問に答えるコーナーに出演したのだ(汗).私の担当は2つ目の質問である(個人的には3つ目に興味があるが・・・答えは最後に).

一応,頭痛専門医の資格を持っているものの,正直なところ冷たいもので頭が痛くなる正確な理由はよく知らず慌てて勉強した.さすがにインタビューでの短時間ではすべて伝えきれないので,以下,解説してみたい.

まずアイスクリーム頭痛(ice-cream headache)は論文でも使用されている正式な病名であった.ただし国際頭痛分類第2版(ICHD-II)を読んでみると「以前使われていた名称」となっていて,現在は以下の13.11.2に相当する.

13.11 寒冷刺激による頭痛
13.11.1 外的寒冷刺激による頭痛
極寒の気候または冷水中の飛び込みなど,低温環境に無防備で頭部が曝されると頭全体の頭痛が生じる
13.11.2 冷たいものの摂取または冷気急速による頭痛
感受性の高い人では,冷たい物質が口蓋または咽頭後壁あるいはその両方を通過すると,短時間の痛みが誘発される

つまり「冷たい物質」は固体に限らない.冷たいもの(固体,液体,気体)が喉元(口蓋や咽頭後壁)を通過するとき生じる頭痛が,アイスクリーム頭痛と定義される.この頭痛の特徴は,非拍動性で,鼻根部や眼窩,こめかみにかけて生じ,刺激後早期に出現して,5分以上続かない.この頭痛はどういうわけか,個人差が大きい.頭痛が起こらない人もいて,こういう人は「かき氷の早食い競争」に参加できる.逆に強い頭痛が出てしまう人もいて,中には冷たいものを食べない人までいる.普通はその中間で,私などはアイスクリームは大丈夫だが,かき氷ではツーンと来る.

さて本題のアイスクリーム頭痛の機序である.文献を探したが,案外というか予想通り,研究は少ない.理由は2つ考えられて,(1)短時間で消失してしまうため研究しにくい,(2)健康に悪い影響を残さないため,研究者に研究意欲が湧かないためであろう.それでも2つの仮説があり,現在は以下のいずれも正しいのではないかと考えられている.

1.2つの勘違い説(関連痛)
2つの勘違いが原因と言われている.つまり,刺激が強すぎて,三叉神経や舌咽神経における温痛覚の勘違いが生じるという,冷たさを痛みと間違ってしまう勘違いと,その痛みの部位まで間違ってしまうという勘違いである.後者は関連痛と呼ばれる現象である.これは,神経は複雑に枝分かれをして各所に伝わるが,刺激が強いと脳は隣りの神経に伝わる信号を自らに伝わる信号として勘違いすることである.心筋梗塞の際,本来の心臓部の痛みを上腕部の痛みと誤って認知することがあるが,これは関連痛の例として有名である.

2.血管における炎症説
喉元が急激に冷やされると,解剖学的に近い位置にある頚動脈も急速に冷却され収縮し,その後,身体は体温を維持しようと血流を増やし,逆に血管が伸展する.その際に血管の軽い炎症が一時的に生じる.言い換えると,血管の急速な収縮と拡張により,炎症性物質が放出され,それが血管や硬膜などの血管周囲に分布する三叉神経を刺激し神経原性炎症を起こすという説である.これは片頭痛における三叉神経血管説と同じである.事実,アイスクリーム頭痛と片頭痛との関連が推測されていて,片頭痛患者ではアイスクリーム頭痛が多いという論文もある.

最後はアイスクリーム頭痛の対処法について述べる.冷たいものを一気に早く飲み込むと頭痛を起こしやすいと言われている.だから急いで,慌てて食べないで,ゆっくり食べたほうが良い.暑いところで起こりやすいとか湿度が関与するという説もある.一番確実な方法は冷たいものを避けることである(気の毒ではあるが・・・) ただし,基本的にこの頭痛は身体に害はないと言われているので心配する必要はないようだ.

最後にひとつ面白い論文を紹介.上述の「冷たいものを一気に早く飲み込むと頭痛が生じやすい」というエビデンスを作った論文である.
Ice cream evoked headaches (ICE-H) study: randomised trial of accelerated versus cautious ice cream eating regimen. BMJ 325;1445-1446, 2002
実はこの論文,カナダの中学生が書いている!!共著者はおそらくそのお父さん.Sample size calculationをし,同級生から協力者を145名募り2群に分け,ひとつのグループ(72名)はアイスクリーム(100 ml)を 30秒以上かけて食べる,もうひとつのグループ(73名)は5秒以内に食べる.前者における頭痛出現は13%,後者は27%(relative risk 2.2; 95%CI 1.03-4.94そしてnumber needed to harmは6.71),そして頭痛を生じた者の59%は10秒未満に消失したというもの.さらに面白いのが Funding(研究費)の部分.

Funding: This work was supported by an unrestricted grant from mum and dad.

テレビの取材のおかげで楽しい勉強ができた.

参考文献;国際頭痛分類第2版(この本は頭痛を勉強するひとのバイブルである)

おまけ
「海の家」を「浜茶屋」と呼ぶことは,大学生になってはじめて新潟に来た私にとっては,「カツ丼が卵でとじていない」ことと同じぐらいびっくりしたことだ.さて「浜茶屋」という言葉は関西から入ってきた「海にあるお茶屋」という意味だそうだ.実際,「浜茶屋」という言葉が使われているのは,京都,福井,富山,新潟,山形,北海道の一部で,すべて日本海側らしい.「言葉の伝播」が起こったルートである.
Comments (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三叉神経痛に対するカルバマゼピンとトリプタンの併用療法

2009年01月18日 | 頭痛や痛み
 三叉神経痛は,顔や口の中など三叉神経によって支配される領域に発生する痛みのことで,原因としてはヘルペス感染や動脈による圧迫などにより生じる.治療としては薬物療法,神経ブロック,手術による三叉神経の圧迫の解除が挙げられる.薬物療法としては,抗てんかん薬カルバマゼピン,フェニトイン,ガバペンチンが使用される.このなかで大規模のランダム化比較試験にてその有効性が証明されているのはカルバマゼピンであるが,重篤な副作用を呈する患者さんも稀に存在する.

 2006年,再発性の三叉神経痛に対し,片頭痛薬スマトリプタン(5-HT1B/1D受容体作動薬)の皮下注射が有効であることが,本邦24症例を対象にしたランダム化比較試験にて示された(Headache 46; 577-582, 2006).この試験では8割の患者にて除痛効果が得られ,5割の患者では痛みが完全に消失した.なぜ片頭痛治療薬が三叉神経痛に有効か不思議に思われるかもしれない.トリプタンは片頭痛の原因となる頭蓋内の血管に作用して,異常に拡張した血管を収縮させるとともに,炎症を抑え,三叉神経に作用して疼痛物質(CGRPやサブスタンスPなど)が放出されるのを防ぐ.三叉神経痛の病態でも血管拡張や三叉神経根の炎症,神経疼痛物質が関与するものと推測されており,治療標的が片頭痛と見事にオーバーラップするわけである.

 ただしスマトリプタンの皮下注射の問題点としては,痛みを伴うこと,病院を受診して注射をしてもらうか,自己注射を覚える必要があるといった煩わしさが挙げられる.今回,この問題を解消するスマトリプタンの点鼻療法が三叉神経痛に有効か,またカルバマゼピンを内服中の患者に対する発作時の治療としても有効か,さらにカルバマゼピンの減量効果があるのかを検討した論文が本邦より報告された.

 3例の特発性三叉神経痛に対して行われた前向きのcase seriesである.症例1は右第1,2枝領域の三叉神経痛を呈した70歳女性.カルバマゼピン 300 mg/dayにて治療を開始したが,第1枝領域の痛みは改善しなかった.スマトリプタン20 mgを点鼻したところ,15分後にVAS(visual analogue scale)8→0と完全に除痛でき,かつ効果は持続し,その後カルバマゼピンを200 mg/dayに減量できた.症例2は右第2,3枝領域の三叉神経痛を呈した68歳女性.カルバマゼピン 600 mg/dayを要したが,スマトリプタン20 mgを激痛時に点鼻したところ,20分後にVAS 10→2に軽減した.その後,間欠的にスマトリプタン点鼻を行い,カルバマゼピンは200 mg/dayに減量できた.症例3は右第2枝領域の三叉神経痛を呈した56歳女性.カルバマゼピン 200mg/day 投与開始したが,痛みが改善せずイミグラン点鼻薬を投与したところ30分後にVAS 7→3に軽減した.3症例とも副作用はなかった.

 イミグラン点鼻薬の間欠的使用は,速効性で,質の高い除痛が可能であり,患者の満足度も高いようだ.1回の注射で効果はおよそ半日続くが,カルバマゼピンの容量を減量できるところを見ると,短時間の作用のみでないようだ.トリプタンは三叉神経痛の治療補助薬として有用である可能性が示唆される.今後,多数の症例においてその有効性について検討する必要がある.

Headache 2009 [Epub ahead of printing] 
Comments (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「頭痛くらい」で病院へ行こう!

2006年10月15日 | 頭痛や痛み
 頭痛の診療は難しい.何と言っても大事なことは,命に関わることもある「症候性(二次性)頭痛」を見落とさないことであるが,それを否定して「一次性頭痛」と診断しても,そこからの治療がなかなか大変なことが多い.最近実感していることは、頭痛の診療は薬の処方だけでうまく行くものではなく,いかに有効に薬を使用するよう指導するとか,頭痛を予防・軽減するために,どのような工夫が必要かを指導する必要がある.しかし,案外,そのような大切なことは教科書には載っていないものである.たとえば以下のような疑問に答えられるだろうか?

 片頭痛はどんなときに起こりやすいか?(ヒント:気圧,空腹,温度の影響,安心したとき)
 片頭痛予防のために食べてはいけないもの,逆に食べたほうが良いもの?(ヒント:ビタミンB2,マグネシウム)
 片頭痛では頭は冷やすべきか,暖めるべきか?(ヒント:血管拡張)
 片頭痛でピロリ菌保菌者が多いというのは本当か?(ヒント:鎮痛剤乱用)
 片頭痛でトリプタンを飲むタイミングをどのように見つけるか?(ヒント:アロディニア)
 片頭痛・緊張型頭痛に入浴は有効か?(ヒント:両者で効果は正反対)
 トリプタンを飲むと肩の突っ張りが生じるひとがいるのはなぜか?(ヒント:5HT-1B受容体)
 子供に飲ませやすいトリプタンは何か?(ヒント:リザトリプタン)
 トリプタンで依存症は生じるか?(下記症例報告参照)
 カフェインは頭痛に良いのか悪いのか?(ヒント:依存症と血管収縮作用の2面性)
 なぜ欧米の医者は鎮痛剤を出したがらないのか?(ヒント:カフェイン)
 片頭痛にハーブティーが有効というのは本当か?(ヒント:ナルシロギク)
  
以上のような疑問に丁寧に答えてくれる絶好のテキストが表題の「頭痛くらい」で病院へ行こうである.東京女子医大の清水俊彦先生と,実際に清水先生の外来に通院する片頭痛患者さんである水沢アキさんの対話形式で進む頭痛に関する啓蒙書であるが,とっても分かりやすく,とっても勉強になる本である.頭痛に悩む方はもちろんのこと,頭痛に関わるすべての医療関係者にお勧めしたい.

「頭痛くらい」で病院へ行こう
(クリックするとAmazonへリンクします)
日本ペインクリニック学会誌12; 10-13, 2005

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

冷やすと痛みが鎮まるわけ ―新しい鎮痛薬への応用―

2006年10月03日 | 頭痛や痛み
 私の良く知っている麻酔科医が,指をドアに挟んでしまい,大慌てで冷やしていたが,なぜ冷やすと鎮痛効果があるのだろう?その後,彼女はシップを貼っていたが,冷湿布薬はみなメンソールのヒヤヒヤとする感じがする.なぜなのだろう?いずれにしても,我々は冷やすことで痛みをやわらげることをヒポクラテスの時代から知っている.今回,英国Edinburgh大学のグループがこのメカニズムを明らかにし,新しい鎮痛薬開発につながる研究として注目を集めている.

 著者らは神経因性疼痛の実験モデルとして,ラット坐骨神経の慢性絞扼性損傷モデルを用いた.彼らはまずメンソールに類似する化学物資icilinをラットの皮膚にしみこませることで,痛みのストレスに耐え,icilinが鎮痛効果を有することを示した.次に彼らは,この鎮痛効果は,2002年に冷たさとメンソールに対して感受性を持つ受容体としてクローニングされたTRPM8受容体を介する可能性を考えた.この受容体は,ヒトにヒヤヒヤ感を起こすメンソールに反応し,かつ冷刺激(8-28℃)に対しても選択的に反応する,Ca2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルである(ちなみにTRPM8と同じく,化学物質と熱に反応する受容体としては,唐辛子のカプサイシンや熱(43℃以上)に反応する受容体TRPV1が有名).興味深いことにTRPM8遺伝子は,DRGや三叉神経節(ガッセル神経節)の中の小径から中径の細胞体(おそらくC線維やAδ線維の細胞体)に特異的に発現することも報告されている.

 本研究で,彼らは①TRPM8の活性化が鎮痛効果を発揮すること,②TRPM8の発現が,神経損傷後の感覚神経の一部において上昇すること,③TRPM8のアンチセンスオリゴの投与にて,icilinの鎮痛効果が抑制されること,④icilinが脊髄後角における中枢性感作まで抑制すること(注;中枢性感作とは,末梢神経から痛み刺激の入力に対し,脊髄後角細胞の反応増大や受容野の拡大が見られる現象),さらに⑤TRPM8活性化による鎮痛作用は,オピオイド受容体ではなく,Group II/III metabotropic glutamate receptor (mGluR) を介すること,を示した.彼らはTRPM8を発現する感覚神経から放出されたグルタミン酸にGroup II/III mGluRが反応し,痛みに対し抑制的なゲートコントロールが生じるというモデルを提唱している.

 以上の結果は,選択的にTRPM8受容体を活性化できれば,末梢性感作の段階で痛みをブロックし,中枢性感作が生じることを抑制できることを意味する.従来の鎮痛剤が無効か,副作用のために使用が制限された症例においても,低投与量のTRPM8アゴニストを皮膚に塗ることで痛みを強力に改善する可能性がある.
 
 先日,痛みに関するシンポジウムを拝聴する機会があったが,その中で「臨床医は,患者の痛みの訴えを良く聞き,放置しないこと.痛みを除去すべく処置を行うこと.これらは中枢性感作による痛みを防止することにつながる」というお話があった.これからは痛みの性質や機序を見極め,急性痛が長引いている場合にはTRPM8アゴニストも含めあらゆる手段を用いて積極的に介入し,慢性痛症(神経系の可塑的な異常が生じた状態)への移行を防止することを心がける時代となる.麻酔科医まかせではなく,神経内科医が,より痛みの診療に取り組む時代が到来しつつあるということである.

Curr Biol 16; 1591-1605, 2006
Comments (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

慢性頭痛の診療ガイドライン

2006年03月31日 | 頭痛や痛み
 「慢性頭痛の診療ガイドライン」が出版された.日本頭痛学会のホームページからも閲覧可能である.本書のユニークなところは,臨床現場で問題となっていることを,clinical question(CQ)として調査し,それに答える形で,推奨のグレード,および解説を記載したことである.
 ガイドラインは,8つのセクションから構成されていて,第1章の頭痛一般は,日本頭痛学会の頭痛診療に関する主張のようなものが窺われて,なかなか興味深い(例えば,一次性頭痛の入院治療の対象は?,漢方薬は有用か?,医師―患者関係で留意すべき点は?などユニークなCQが並ぶ).第2章以降は各論に移り,対象疾患としては,片頭痛,緊張型頭痛,群発頭痛,その他の一次性頭痛,薬物乱用性頭痛,小児の頭痛を取り上げている(第1章と比較し,いきなり参考文献に本邦からものがなくなってしまう点は予想されることとはいえ悲しい).米国神経学会(AAN)のガイドラインであるpractice parameterと比較すると,グレードを決定する根拠となったオリジナルの論文についての具体的データや,エビデンス・レベルに関する記載に乏しい印象を受けるが,このガイドラインが専門医のみではなく,プライマリ・ケア医への普及を目的として作られたことを考えれば妥当なのかもしれない.
 案外,役に立つのは巻末にある国際頭痛分類第2版とWHO ICD-10 NAコードである.眺めているだけでも,頭痛にはいろいろな種類や原因があるのだなあと勉強になった.

動脈内膜切除後頭痛
網膜片頭痛
一次性雷鳴頭痛
キアリ奇形Ⅰ型による頭痛
オルガズム前ないし時頭痛
脳脊髄液リンパ球増加症候群
ホスホジエステラーゼ阻害薬誘発性頭痛
睡眠時無呼吸性頭痛
絶食による頭痛
・・・・どんな痛みなのか,想像がつかんな.ちなみに私がよく経験する頭痛は,専門的には「遅延型アルコール誘発頭痛」というらしい.

慢性頭痛の診療ガイドライン.医学書院
(題名をクリックするとAmazonにリンクします)

追伸;来週からAANでの発表のため,しばらく更新をお休みします

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

硬膜外自家血パッチが効かない低髄液圧性頭痛で考えるべきこと

2005年10月13日 | 頭痛や痛み
 低髄液圧性頭痛は国際頭痛学会によると3つに分類されている(① 7.2.1 硬膜穿刺後頭痛,②7.2.2 髄液瘻性頭痛,③7.2.3 特発性低髄液圧性頭痛).このうち,③の概念のもととなった特発性低髄液圧症候群(spontaneous intracranial hypotension :SIH)は1983年に Schaltenbrand により初めて報告された症候群であり,腰椎穿刺などの外的誘因がなく頭蓋内圧の低下を来たす.主症状は起立性頭痛で,一般に起立後15分以内に起こり,横になって30分程度で改善・消失する(体位性頭痛).平均発症年齢は40歳前後と言われ,約3:1の割合で女性に多い.予後は一般的に良好だが,時には硬膜下血腫の合併が認められる(bridging veinが伸展により破綻するらしい).SIHの原因は特発性の髄液漏出であることが多く,硬膜裂孔,または脆弱なくも膜嚢胞から漏出する.軽い頭部外傷やむちうち症に続発することも多いと言われる.正確な診断はRI脳槽シンチやCT myelographyにて髄液漏出を検出すべきであるが,腰椎穿刺による低髄圧(60mm H2O未満)をもって診断がなされていることが多いのではないかと推測される.頭部MRIも診断に有用で,三大特徴として,①硬膜肥厚・硬膜の造影剤による増強効果,②小脳扁桃下垂,③硬膜下水腫(拡張静脈からの血漿成分が漏出)が挙げられる.脊髄のどの部位に髄液漏出が多いかというと,頚・胸椎移行部に多いとする報告がある(脳神経56;34-40,2004).この報告では,頚・胸椎移行部13例,脊椎全長2例,頚椎1例と報告されている.
 治療については.安静,水分摂取,カフェイン投与,グルココルチコイドなどが有効であるが,改善が認められない場合,硬膜外自家血パッチが試みられる.髄液漏出部位の近傍の硬膜外腔(一般に腰椎レベル)に自家血10~20mlを注入する方法で,血液が硬膜を圧迫し,髄液漏出が減少する結果,髄液圧の上昇をもたらす.ただし,自家血パッチでも効果の得られない症例が3割程度存在すると本邦から報告されている.無効例の中には①髄液漏出部位が複数存在する例,②髄液の産生能自体が低下している例,③血液凝固異常を呈する症例(XIII因子欠損など)④精神的要因を有する例,⑤そもそも診断自体があやしい例,が含まれていると推測される.
 今回,通常の自家血パッチが無効であった低髄液圧性頭痛の原因として,頚椎レベルの髄液漏も考慮すべきであること,さらに治療として頚椎レベルの自家血パッチが有効であるというcase seriesが報告されている(4症例).いずれの症例も腰椎レベルの自家血パッチが無効か,短期間しか効かず繰り返し施行されているが,MRIないしCT myelographyにて頚椎レベルでの髄液漏出が明らかになり,頚椎自家血パッチ(下部頚椎~頚胸髄移行部レベル)を行ったところ, 1回の施行で全例著効したという.
 すでにNeurology誌のNeuroimageの欄などで自家血パッチ後のMRI像が報告されているが,注入血液は数椎体分は硬膜外腔を移動するようである.しかし,さすがに腰椎に注入した血液が頚椎まで広がることはなく,頚椎レベルでの髄液漏出に対しては頚椎レベルの自家血パッチが必要になるというのは理に適った話である.ただし,頚椎レベルの穿刺・注入は,頚髄・神経根の損傷・圧迫,chemical meningitis,neck stiffnessなどを合併するリスクもあり,熟練した麻酔科医などとの連携の上,行う必要がある(安易に行える治療ではない).いずれにしても低髄液圧症候群は患者さん団体などの努力やマスコミ報道などでよく知られるようになったわけだが,上述のようにさまざまな病態が低髄液圧症候群のなかに含まれているのでは?という懸念が常に付きまとう.この疾患が臨床の場にきちんと受け入れられ,的確な治療が行われるようになるためには,感度に加え特異度の高い診断基準を作ることが大切ではないであろうか?

Neurology 65; 1138, 2005 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする