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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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16世紀の進行性核上性麻痺 ―絵画に見るPSPの徴候―

2017年12月18日 | パーキンソン病
進行性核上性麻痺(PSP)の原著として引用される論文は,1964年,カナダのSteele,Richardson,Olszewskiによるものだ.1963年,神経内科教授であったRichardsonが姿勢保持障害と後方への転倒,垂直性核上性注視麻痺を主徴とし,さらに筋強剛,球麻痺を呈する症例を記載し,翌年,学生であった Steeleと病理学教授のOlszewskiにより病理所見が確認され,進行性核上性麻痺と名付けられた(Arch Neurol 1964;10:333-59).7人の剖検例を含む9例のPSP患者の報告である.

しかし,もっと早い時期に,フランスで症例報告がなされていたという報告がある.Nouvelle Iconographie de la Salpetriereという雑誌に,1889年に,Jean-Martin Charcotの弟子であったA. Dutilがパーキンソン症状を呈した女性を短報として報告している.振戦はごくわずかで,項部硬直があり,眼はほとんど動かなかったと記載されている.その写真が図Aの2枚の写真であり,1996年にシカゴのGoetzによりMov Disord誌に紹介されている(Mov Disord. 1996;11:617-8).

これが最初の報告だと思っていたところ,最新号のLancet Neurol誌に,何と「16世紀のPSPの肖像画」という論文が掲載されており,驚いて早速,目を通した.著者のLeWittは,デトロイトの病院に勤務する神経内科医で,彼によれば,デトロイト美術財団にある「A Man」という,オランダの画家Cornelis Anthoniszが書いた肖像画のモデルこそ,PSP最初の記載だというのだ(図B).その理由は,まずパーキンソン病の仮面様顔貌と異なる,苦渋に満ち,あるいは驚いたかのようにも見える顔,とくに眉間の縦のしわが,PSPによるものだというのだ.眉間の縦のしわはPSPにおける顔面のジストニアとして知られ,vertical wrinklingもしくはprocerus sign(鼻根筋徴候)として報告されている(Neurology. 2001;57:1928. J Neurol Sci 2010; 298, 148-9).また右手には小さな本を持っているが,これは下を見ることができないことを示すためのものだろいう.決定的なのは左手で,ピストルのような格好をしているが,これはPSP患者の手指のジストニアとして,pistol-handもしくはpointing-gun signと呼ばれるものだという(JNNP 1997; 62, 352-6).さらに肖像画の主人公の左にある黒い影のようなものは肖像画の主(患者)の暗い未来を暗示しているのではないかと記載している.

本当かな?と思わないでもないが,絵画などの芸術作品の中に神経疾患を残すという行為を古今東西の芸術家が数多く行ってきたのも事実である.肖像画の人物についての情報は得られなかったとのことであるが,Anthoniszも自分の芸術を支えてくれたパトロンに起きた得体の知れない病気について描こうとしたのかもしれない.

LeWitt P. Portrayal of progressive supranuclear palsy in the 16th century. Lancet Neurol. 2017;16:956-957.




小児交互性片麻痺とDYT12 ―家族性片麻痺性片頭痛との共通点―

2017年11月02日 | パーキンソン病
日本パーキンソン病・運動障害疾患学会(MDSJ)にて初めて「小児交互性片麻痺」という遺伝性疾患を知った.しかし歴史は古く,進行性核上性麻痺(PSP)を報告したJhon Steele先生らにより,1971年,8症例のケースシリーズとして初めて報告されている.私がこの疾患に関心を持ったのは,同じ原因遺伝子により,急性発症し完成する14~55歳発症のジストニア・パーキンソン症候群(DYT12)が生じることと,日本人でもDYT12症例が存在すること,そして家族性片麻痺性片頭痛(HFM)と臨床的に共通点をもつことが理由である.

① 小児交互性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood:AHC)
現在,生後18か月以前までに発症し,一過性の片麻痺発作を繰り返す常染色体優性遺伝疾患として理解されている.100万出生に1人が発症し,日本では100名程度の罹患者がいる.頭痛を合併するため,早期の報告では比較的予後の良いFHM症例も含まれていた.

片麻痺は左右どちらでも生じるため「交互性」の名称がついた.「交代性」と書かれた文献もあるが,橋病変による顔面と対側上肢の麻痺を示す「交代性麻痺」と紛らわしいため,「交互性」が一般的に用いられる.麻痺の程度は様々で,発作は5分間くらいから1週間以上続く場合もある.片麻痺のほか,不随意運動(ジストニア,コレオアテトーシス),眼球運動異常(眼振, 非対称性眼転位, 斜視),筋トーヌス低下,精神運動発達遅滞,強直けいれん発作を呈する(ビデオ).けいれん重積,発作中の横隔膜麻痺による呼吸停止のため,死亡することがある.睡眠により症状は消失するが,覚醒して10~20分たつと症状は再出現する.画像所見では正常が多いが,小脳・大脳萎縮や海馬の高信号を呈する症例もある.

Ca拮抗薬の塩酸フルナリジンが片麻痺発作予防に有効である.しかし1999年に国内では市販が中止されたため,個人輸入で使用せざるを得ない.予防内服を中止した患者の後方視的検討で,神経学的退行が進行することが報告されていることから,退行を防止していた可能性がある.ベンゾジアゼピンや抱水クロラールによる睡眠でも症状が改善する.

Alternating Hemiplegia of Childhood - Sunna Valdís


② AHCの原因遺伝子
FHMと症状が類似するため,FHMの原因遺伝子(CACNA1A・ATP1A2・SCN1A)について検索が行われたが,一部でATP1A2遺伝子変異が見られたものの大半の症例では変異は見出されなかった.2012年,エクソーム解析にて,ほとんどの症例でNa+/K+ transporting ATPase alpha-3chainをコードするATP1A3遺伝子の変異が見出された.好発変異であるE815Kは新生児発症で重症化し,D801Nは予後が良い.この遺伝子の変異による疾患として,すでに急激発症ジストニア・パーキンソン病 (rapid-onset dystonia-parkinsonism: RDP, DYT12)が報告されていた.

③ 急激発症ジストニア-パーキンソン病 (RDP, DYT12)
RDPは発症年齢は14~55歳(10~20代に多い)で,急激にパーキンソン症状とジストニアを発症する.発熱やストレス,アルコールが発症の誘因となる.わずか2~3分から1か月で症状は完成し,以後,症状はほとんど改善せず安定することが多い.ジストニアは顔面口部に強く,パーキンソン症状は無動, 歩行障害,姿勢保持障害を示す.抗パーキンソン病薬は無効である.球麻痺,不安, うつ, てんかん発作を伴う.画像所見を含め特徴的な検査所見は知られていない.頻度は不明ながら米国, 欧州, 韓国, アフリカ系カリブ人から報告があり,日本には存在しないと考えられていたが,昨年,第1例が報告された(13歳で書字障害を呈した片側ジストニアを主徴とした).
3.23. Rapid-Onset Dystonia-Parkinsonism - Dystonias [Spring Video Atlas]


④ 小脳失調-無反射-凹足-視神経萎縮-感音難聴 (CAPOS) 症候群(cerebellar ataxia, areflexia, pes cavus, optic atrophy, and sensorineural hearing loss)
ATP1A3変異はさらにCAPOS 症候群も呈しうる(allelic disease).6か月〜5歳に発症するが,若年発症例ほど重症で,退行しやすい.発熱とともに発作が生じる.数日持続し,軽快・消失する.歩行障害, 四肢失調, 視力障害, 難聴,嚥下障害がみられ,緩徐進行性に増悪する.脳症エピソードの反復に階段状の退行を伴う.

④ これらATP1A3関連疾患の特徴
ATP1A3(Na+/K+ transporting ATPase alpha-3chain)は神経細胞に発現し(ATP1A2はアストロサイトに発現),ATPを使用し,イオン濃度勾配に逆らって細胞内のNa+を細胞外へ,細胞外のK+を細胞内へ輸送するポンプで,これにより神経細胞は膜電位を維持する.ATP1A2は上述の通り,家族性片麻痺性片頭痛2型(FHM2)の原因遺伝子である.両疾患の共通点として,急性発症,てんかん,球麻痺を呈することがあげられ興味深い.
またATP1A3は小脳に強く発現しており,中核症状の出現に小脳の回路が関係している可能性が指摘されている.ただし,ATP1A3蛋白内の異なるアミノ酸変異により,異なる表現型が生じるメカニズムはよく分かってないが,AHCで認める変異のほうが,RDPで認める変異と比べてNa/Kポンプの機能異常が強いと推測されている.以上より,Na/Kポンプの発現する細胞や変異の種類が表現型に影響することが分かる.神経内科医としては,日本人でも若年性のジストニア・パーキンソン症候群で,急性発症するタイプとして,DYT12が存在することを認識する必要がある.


第11回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2017)@東京

2017年10月29日 | パーキンソン病
標題の学会が10月26日から28日にかけて行われました.教育的な講演から最新のトピックスまで大変充実した学会ですが,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションは人気の企画です.ワインを飲みながらの楽しい会で,MDS(Movement Disorder Society)は,Must Drink Societyなのではと韓国のJeon教授が仰っていました(笑).
では今年の14症例の一覧を記載します.独断ですが,神経内科医がとくに覚えておくべき症例には★を付けました.

【問題編】
症例1.羞明を伴う両睫毛のつり上がりと,両眼の見開く感じが出現した82歳男性
71歳より上記症状が出現,暗所では改善した.瞬目が多く,両眼瞼は挙上し,前額部にしわ寄せあり.表面筋電図では,前頭筋と眼輪筋の共収縮を認めた.診断は?

症例2.周期的に右手を握るような不随意運動を認めた64歳女性
突然,右手指が動かしにくくなり,その2週間後に右手の不随意運動が出現した.右手は中手指節関節で屈曲位で,右手指が2-3秒毎に握るように(myoclonicに)屈曲する.右手掌の触覚低下,関節位置覚消失.MRIで右中心後回(感覚野)にFLAIR高信号病変,生検で星状細胞腫.この不随意運動は何か?

症例3.両下肢のしびれとふらつきを呈した66歳男性★
1年前から両下肢のしびれとふらつきが出現.半年前から構音障害.筋の被伸展性亢進,Romberg試験陽性,腱反射は,上肢は減弱,下肢は消失.診断は?

症例4.左半身痙攣様不随意運動と左半身麻痺を呈した21歳男性★
1ヶ月前から間欠的な左半身の痙攣様不随意運動(ヘミコレア+ヘミバリスム?)が出現.その後,進行性の左片麻痺が出現.神経学的に項部硬直,左側で腱反射亢進・バビンスキー徴候陽性.造影頭部MRIで,頭頂葉の一部に脳溝に沿ったエンハンスあり.診断は?

症例5.全身をくねらすような不随意運動を呈した57歳男性
首をくねらすような不随意運動(コレア)で発症し,両側手足や頭部に広がった.嚥下障害,構音障害,四肢腱反射亢進をみとめる.針筋電図では神経原性変化.診断は?

症例6.突然の転倒を繰り返した60歳男性★
午前中までは何ともなかったが,午後になり突然,転倒を繰り返した.上半身が突然,力が抜けるようになり,下肢にまで及び,崩れるように転倒する.見当識障害,近似記憶障害あり.低Na血症(129),AVP 3.2 pg/ml1.頭部MRI FLAIRでは両側辺縁系に高信号病変,かつSPECTで過灌流.診断は?

症例7.重度の知的障害及び運動発達遅滞を伴う難治性てんかんの16歳女性と14歳男性
1例目は生後56日で難治性てんかんを発症,1歳4ヶ月で全身性不随意運動(激しいバリスム様).14歳右淡蒼球凝固術.重症の精神運動発達遅延を呈する.2例目(1例とは無関係)は,乳児期より精神運動発達遅延と筋トーヌス低下(坐位を保てず,立位はできても体幹が前屈する).7歳上肢の肢位異常,9歳で嚥下障害.てんかんなし.いずれの症例も頭部MRIでは異常なし.両者は表現型は異なるが,同じ疾患であることがエクソーム解析の結果判明している.診断は?

症例8.動き出しにくさと喋りにくさを呈した27歳女性
4歳頃から歩きはじめの足の出にくさ,話はじめの言葉の出にくさ,閉眼後の目の開きにくさが出現したが,その後,症状の増悪はなく現在に至るまで安定.針筋電図でミオトニー放電.有効な検査および診断は?

症例9.発熱を契機とする一過性運動退行を反復し,失調を認めた4歳幼児
発熱を契機とした一過性退行(注)を認めた.1才児から失調(体幹と頭のふらつき)を含む複雑な運動症候を呈した.神経学的には小脳症状(発語不明瞭,筋トーヌス低下),下肢腱反射消失を呈した.頭部MRIでは異常なし.診断は?

注:退行(regression)神経内科ではあまり使わない用語であるため辞書の記載を以下にコピー.
正常な精神機能や自我機能が低下し,幼児返りした状態。自然発生的と操作的の2つの退行に分けられる。前者には健康的退行と病的退行が含まれる。治療上問題となるのは病的退行であり,精神発達レベルを反映する。精神分析療法では退行現象を治療機序として利用する。

症例10.眼瞼下垂と四肢の不随意運動を呈した3歳女性例
生後直後から両側の眼瞼下垂と,覚醒時の持続する四肢の不随意運動が出現した.流涎過多と易刺激性あり.髄液HVA↓,5HIAA→,HVA/5HIAA↓.診断は?

症例11.動作の遅さ,手の震えを呈した62歳男性例
20歳代から慢性円盤状エリテマトーデス.発熱後,動作の遅さが出現した.とくに動き始めに目立った.その後手の震えが出現.さらに四肢,体幹に皮疹が出現した.四肢に左右差のある筋強剛,歩行時左arm swing低下.白血球減少,肝腎障害,髄液IL6上昇.dsDNA抗体陽性.MIBG心筋シンチ,DATスキャン正常.診断は?

症例12.乳児期より頸部を中心とした全身性ジストニア
在胎25週,824g.20日間人工呼吸器を装着したが,合併症なし.以後,定頸を認めず,胃食道逆流を発症.体幹の後弓反張位.5歳,体幹筋トーヌス低下,定頸なし,頸部と両側上肢のジストニア著明.診断は?

症例13.全身性ジストニアと著明な首下がりを呈した40歳男性
生後数カ月から発達遅滞,10ヶ月から強直間代発作.徐々に体幹・四肢の強直肢位,捻転運動が出現.14歳から頸部保持困難.側弯.頭部CTにて両側基底核,歯状核に石灰化.診断は?

症例14.断続的に起こる発作的な四肢の強直と呼吸困難が問題になった17歳女性★
5歳で易転倒性,12歳伝え歩き,構音不能,嚥下障害,14歳車椅子,15歳,夜間を中心に四肢を強直させ,大きく開口して,気道閉塞ないし息こらえして低酸素血漿が出現,「わー」と叫んでのたうち回る発作が数分間感覚で出現(dystonic attackと考えた).NPPVを嫌がり導入困難.徐々に体重減少.優性遺伝家系,表現促進現象あり.筋トーヌス低下,内反尖足,四肢腱反射亢進,バビンスキー徴候陽性,びっくり眼.診断は?


【解答編】
症例1.前頭筋主体の孤発性上部顔面ジストニア
前頭筋へのボツリヌス毒素注射にて症状は改善し,表情も穏やかになった.

症例2.持続性部分てんかん(Eplepsia Partialis Continua; EPC)
同速の顔面にも動悸して不随意運動あり.抗てんかん薬(クロナゼパム)で徐々に改善した.

症例3.神経梅毒
駆梅療法で下肢のしびれは消失.筋トーヌスも正常化した.梅毒は近年,増加しているため,この疾患を認識する必要がある.

症例4.MOG抗体陽性の髄膜脳炎
ステロイド投与により症状は著明に改善した.血清および髄液のMyelin Olygodendrocyte Glycoprotein1(MOG)抗体陽性が判明.良性,片側,てんかんを伴う大脳皮質性脳炎が4例(すべて男性,20-30歳代)が東北大学から報告されている.異常行動,意識障害を合併しうる.髄液単核球優位の細胞数増加,蛋白増加.ステロイドで完全回復,再発なし.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2017 Jan 16;4(2):e322.

症例5.ALS with PNLA(pallido-nigro-luysian atrophy)

既報では筋力低下のような下位運動ニューロン徴候にて発症しているが,本例では舞踏運動から発症した.珍しいケースだが,コレア発現の機序が不明.

症例6.VGKC複合体関連辺縁系脳症
Facio-brachio-dystonic seizure (FBDS)が短時間(3秒以内),1日で数十回から数百回出現する.片側上肢と同側の顔面に出現するが,下肢にも波及し,Facio-brachio-crural dystonic seizure (FBCDS)も生じ,歩行障害が生じうる.Cruralは脚の意味.

症例7.GNAO1遺伝子変異
本邦から特定された難治性てんかんの原因遺伝子.両親に異常のないde novo突然変異を来す.GNAO1は3量体Gタンパク質のαサブユニット(Gαo)をコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.変異タンパク質は,細胞内局在やタンパク質の安定性などに影響をおよぼし,その結果としてカルシウム電流の異常が引き起こされる.

症例8.Short Exercise TestとNaチャネルミオトニア
SCN4A遺伝子変異.常染色体優性遺伝.発症年齢0-10歳.運動やカリウム摂取後の筋のこわばり.痛みを伴うミオトニーの頻度が高い.生命予後良好だが,全身麻酔ではリスクあり.治療はメキシレチンで症状は改善した.演者はこの症例にめぐりあい,神経内科入局を決めた(拍手喝采).

症例9.RECA(Relapsing encephalopathy with cerebellar ataxia)
ATP1A3関連疾患のうちで,非常にまれな表現型.発熱に伴い小脳性運動失調と意識障害のエピソードを繰り返す.ちなみに今年のMDS(バンクーバー)でも,ATP1A3関連疾患はビデオオリンピックで提示された.

症例10. チロシン水酸化酵素(TH)欠損症.
運動寡少,筋トーヌス低下で発症し,腱反射亢進,錐体路徴候,眼瞼下垂(交感神経作動点眼薬で改善),縮瞳を伴う.THはチロシンをドパミンに水酸化する酵素で,カテコールアミンの合成に必須の酵素.ドパミン生成障害を主体とし,ドパ反応性ジストニアの病像を呈する症例もあるが,ノルアドレナリン生成障害を併発,進行性の脳症を呈する例が主体.

症例11.パーキンソニズムを伴った中枢神経ループス
中枢神経ループスに伴う不随意運動としてはコレアが多いが,パーキンぞニズムを呈することもある.

症例12.診断未確定
何らかの遺伝子変異を持つ(セピアプテリンリダクターゼ欠損症,GCH1,THAP1,GNAO1遺伝子など)?脳性麻痺との鑑別も必要.

症例13.アイカルディ-ゴーシェ症候群(Aicardi-Goutieres Syndrome;AGS)
Fahr病やCocaine症候群が疑われたが,遺伝子診断で否定.エクソーム解析の結果,大脳基底核および白質の石灰化を特徴とする常染色体劣性の変性脳疾患であるAGSの診断.慢性の脳脊髄液リンパ球増加症および脳脊髄液中の IFNα レベルの上昇を伴い,進行性の神経機能障害を来す.乳児期に発症し,40%程度が死に至る.10-20歳代で失調にて発症する.認知症,痙性対麻痺を認める.性腺機能障害あり.高度の小脳萎縮を認める.

症例14.MJD/SCA3(ataxin-3 89リピート)
MJDに詳しい西澤正豊新潟大学名誉教授の話では,同様の発作を呈した重症例の経験あるとのこと.

MDS2017 Video Challenge @ バンクーバー

2017年06月09日 | パーキンソン病
「パーキンソン病・運動障害疾患コングレス」の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例のビデオを持ち寄るビデオ・チャレンジです.難しい症例の不随意運動をいかに考え,いかに診断・治療を行うか,壇上のエキスパートが議論しますのでとても勉強になります.今年は順天堂大学からの発表を含め(左図),世界各国14例の提示がありました.もっとも優れた発表を行った国には金メダルが贈られますので盛り上がります.優勝はアメリカで,半身の舞踏運動・バリスムが,髄液漏出による脳圧低下により生じたという発表でした.右図はその頭部MRIで,特徴的な所見を認めますが,その所見にはとても珍妙な名称がついていました!それはさておき,新しい病気がどんどん出てきていますし,アフリカ・ツェツェバエによる病気まで登場しますので,是非トライしてみてください.



Case 1(日本・順天堂大学)
37歳男性.常染色体優性遺伝のパーキンソニズムの家族歴あり.レボドパ抵抗性パーキンソニズム,サッケード緩徐化,体重減少,軽症肺炎を契機とした人工呼吸器装着.DAT scan著明低下.Perry症候群を疑ったが,DCTN1遺伝子変異なく否定された.

➔ MAPT遺伝子変異(Perry症候群類似の表現型を呈した2例目の報告:病理はTDP43とタウと異なるのに,臨床表現型は似ているという点が興味深い)

Case 2(オランダ)
成人男性.家族歴なし.4週間前から出現した発作性の体軸性振戦(座っていても体が揺れてしまう).1日5~20回,10分程度続く.頻度が増えてきた.小脳性運動失調・認知機能低下なし.片麻痺性片頭痛の既往あり.

➔ CACNA1A遺伝子変異(発作性振戦はおそらくACNA1A遺伝子変異の1表現型であろうと.既報もあり.治療はベラパミルとバルプロ酸で行い,症状は完全消失した)

Case 3(USA)
38歳男性.主訴:発作性の有痛性ジストニア.生後14ヶ月にウイルス性脳炎の診断(発熱と半身麻痺).18ヶ月に異常姿勢,捻転運動.発育遅延.8~9歳ジストニア,書字障害.11~12歳コレア出現,月2-3回生じるPainful tonic spasmあり.36歳胃腸症のためアーテン内服中断したところ,painful dystonic spasmと構音障害が増悪.現在,歩行困難,認知機能障害,腱反射低下.頭部MRI正常.家族歴なし.

➔ ATP1A3遺伝子変異(常染色体優性・不完全浸透率,de novo変異も多い).ATP1A3遺伝子関連疾患は4つの表現型を呈する.
1.Alternating Hemiplegia of Childhood (AHC)
2.Rapid-onset Dystonia-Parkinsonism (RDP)
3.CAPOS症候群(cerebellar ataxia, areflexia, pes cavus, optic atrophy, sensorineural hearing loss)
4.Catastrophic early-life epilepsy
画像は正常,治療はベンゾジアゼピン,フルナリジン,誘因の暴露を避ける.

Case 4(アルゼンチン)
31歳女性.27歳,歩行不安定にて発症.構音障害,嚥下障害.上肢の小脳性運動失調,転倒.口蓋ミオクローヌス,下肢腱反射亢進,バビンスキー徴候陽性.遠位筋萎縮.家族歴なし.歯状核両側T2低信号(dark dentate sign

➔ 脳腱黄色腫症(CTX)(口蓋ミオクローヌスも呈しうる)

Case 5(英国)
ナイジェリアから移住した53歳女性.疲労,体重減少,発作性に出現する発熱(38℃以上).手指ミオクローヌス,失調歩行,睡眠サイクル障害.脳炎を疑ったがHIV陰性,梅毒も陰性.抗ウイルス薬,抗結核薬無効.診断後の適切な治療で著明に改善した.

➔ ヒトアフリカトリパノソーマ症(いわゆるアフリカ睡眠病).ツェツェバエが媒介する寄生性原虫トリパノソーマによって引き起こされる人獣共通感染症.病状が進行すると睡眠周期が乱れ朦朧とした状態になり,さらに悪化すると昏睡,死に至る.

Case 6(USA)
31歳男性.主訴:斜頸,疲労で増悪する.感覚トリックを認める.レボドパが著効,中止により再度症状は出現.既往歴として18歳で書字障害,構音障害,歩行障害.21歳で歩行不能,書字不能.16種類のDYTジストニア関連遺伝子はすべて陰性であった.

➔ チロシンヒドロキシラーゼ欠損症(常染色体劣性遺伝)

Case 7(USA)
25歳女性.発症11歳の発作性の有痛性筋痙攣(数秒から数十分の持続).下腿より出現.顎に及び,発語困難になる.家族歴なし.上肢に三角筋を主体とするdystonic movementを認める(側方に延ばした腕がぴょんと跳ね上がるような感じになる).脱毛,月経異常,下痢.CK 9406.筋生検では異常なし.全エクソーム解析でも異常を認なし.家族歴なし.

➔ 里吉病(小児発症で全例孤発例.女児に多く,東アジアに多い.病態不明だが,自己免疫が関与する可能性が指摘されている)

Case 8(インド)
23歳女性.両手の1ヶ月に及ぶ有痛性筋痙攣.持続時間1-2分のものが,1時間で2-3回生じる.しゃっくり,難治性嘔吐.MRIにて頸髄異常信号.

➔ 原発性シェーグレン症候群のpainful tonic/dystonic spasm(文献PMID: 10495053)

Case 9(国名?)
38歳男性.12歳右手のジストニアにて発症.徐々に拡大し,全身性ジストニアとなった.斜頸,歩行障害を認める.深部刺激療法(淡蒼球内節)を行ったが無効.

➔ ATP 1A3遺伝子変異でisolated dystoniaが非常に稀ながら生じる.GPi-DBSはこの疾患には無効である可能性があるので,施行前には遺伝子診断を行ったほうが良いのかもしれないとのこと.

Case 10(インド)
50歳男性.20歳発症.首の振戦様ジストニア.下肢遠位部にもジストニアを認め,40歳で歩行が困難となった.側弯あり.歩行障害はあるものの自転車を乗ることができる.弟に類症.

➔ フリードライヒ失調症(GAA66リピート;正常12-33)不随意運動として,振戦,ジストニア,コレア,ミオクローヌス,運動誘発性発作性ジスキネジアの報告がある.

Case 11(ポルトガル)
42歳男性.バリスム,認知機能障害,混迷を認める.いつも便秘により症状の増悪が認められた.家族歴はなし.

➔ 肝性脳症(後天性肝・脳変性症)バリスムが肝性脳症で生じうることを知っておく.

Case 12(アイルランド)
64歳女性,嚥下障害,窒息,転倒を認めた.腱反射は亢進し,バビンスキー徴候陽性.振戦は認めないもののパーキンソニズムを認める.失調を認める.脳梁が部分的に萎縮し,側頭葉極・前頭葉に軽度の虚血性変化あり.

➔ CADASILを疑い,NOTCH 3遺伝子を検索したが変異なし.しかし皮膚生検にて小動脈壁にNOTCH3沈着陽性(感度45-100%,特異度100%)で,CADASILと診断を確定した.PSP look-alikeの一つとしてCADASILを加える必要がある.

Case 13(フランス)
65歳女性.1-2年前から出現した手のミオクローヌス.うつ,唾液過多を伴う嚥下障害,幻視,認知障害,思考の緩徐化,尿失禁.ポリソムノグラフィにて夜間の異常行動といびき.不眠と日中の過眠.HLA-DRB1*1001 and DQB1*0501 陽性.

➔ IgRON5関連神経変性症(睡眠障害・パラソムニア/運動異常症/球麻痺/自律神経障害/認知機能障害)

Case 14(USA)
30歳男性.左半身の不随意運動.左手の舞踏運動およびバリスムが徐々に増悪(ヘミバリスム,ヘミコレア).疲労,うつ,易転倒性も増悪.腱反射亢進.頭部MRI:脳幹周囲の脳槽の消失(脳幹の腫脹).

➔ Spontaneous CSF leak(特発性の髄液漏出により生じた中枢性ヘルニア.ブラッドパッチにて症状は改善した)文献:DOI: 10.1177/0333102414531154 金メダル受賞.

【グランドラウンド5症例】
Case 1
37歳女性.5歳発症の両側進行性の視神経萎縮,下肢のこわばり,下肢近位筋の軽度の筋力低下,下肢反射亢進,クローヌス.軽度の上肢の失調.頭部MRI SWIで基底核,中脳に鉄沈着.

➔ Neurodegeneration with Brain Iron Accumulation(NBIA)

Case 2
46歳男性.頭部の振戦様ジストニア(回旋時に出現).バランス障害,難聴.認知機能正常,小脳性運動失調,視神経萎縮.錐体路徴候なし.頭部MRI;小脳萎縮なし.脳波正常,針筋電図正常.同胞3人類症(常染色体優性遺伝)

➔ CAPOS症候群(上述のATP1A3遺伝子変異の表現型のひとつ)

Case 3
38歳女性.首と上肢の不随意運動(ミオクローヌス+感覚トリック陽性のdystonic movement)が1歳から緩徐に進行.発語障害.ボツリヌスは有効.腱反射低下.経過中,T細胞リンパ芽球性リンパ腫,乳がんを発症. 同胞にポリニューロパチーや胃がん,片頭痛あり.親の代もがん家系.頭部CT異常なし.AFP高値,眼球,皮膚の血管拡張.

➔ Variant Ataxia Telangiectasia(ATM遺伝子変異)

Case 4
71歳男性.62歳から右手姿勢時振戦(右手→左手→足の順に進展).頸部の筋強剛,核上性眼球運動障害,後方への転倒,日中の眠気,重度の無呼吸症候群.ドパミンアゴニストで病的ギャンブリング出現.アパシー.祖母がパーキンソン病.遺伝子診断MAPT,LRRK2とも遺伝子変異なし.

➔ ペリー症候群(DCTN1遺伝子変異)

Case 5
X歳男性.17歳時に様々な神経症状出現(運動失調,眼球運動障害,錐体路徴候,自律神経障害),19歳転倒,球麻痺(要PEG),振戦,ミオクローヌス,クローヌス,歩行器で歩行.画像,髄液正常.呼吸障害に対しNPPV.以前,スタートル反応があったが,治療により現在はない.IVIgはある程度有効.家族内類症あり(父方おじ,発作性の失調,嚥下障害,jerky movement,PEG).グリシン受容体抗体陽性.

➔ PERM(筋硬直とミオクローヌスを伴う進行性脳脊髄炎progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus).失調を合併しうる.また家族歴があったとしても自己免疫は否定できない.画像や髄液正常ありうる.

パーキンソン病の療養に役立つ冊子と本のご紹介

2017年03月15日 | パーキンソン病
人口の高齢化にともなって,パーキンソン病患者さんの数は,2030年までに倍増すると言われている.パーキンソン病に対する医療や療養が正しく行われることがますます重要になるが,その診断法や治療は10年前と比べると大きく進歩していることから,医療従事者はもちろんのこと,患者さんやそのご家族も新しい知識を正しく理解する必要がある.インターネットではさまざまな情報を入手できるが,それらは玉石混交であり,何が医学的に根拠がある情報かを判断することは必ずしも容易なことではない.最新,かつ正しい知識を分かりやすく提供してくれる冊子と本をご紹介したい.

1)パーキンソン病の療養の手引き
Q & A形式で構成された分かりやすい手引書で,平成17年に作成された「パーキンソン病と関連疾患の療養の手引」を大幅に改訂したものである.今回の改訂で,この10年で大きく進歩した非運動症状(自律神経障害,睡眠障害,精神症状,認知機能障害等)や,薬物・手術療法の進歩が追加されている.厚生労働科学研究費補助金にて京都大学高橋良輔教授が中心になり作成された.私も非運動症状の一部をお手伝いさせていただいた.下記リンクより,無料でダウンロードできるので,ぜひご活用いただきたい.
冊子へのリンク

2)パーキンソン病とともに生きる -幸福のための10の秘密(アルタ出版)

パーキンソン病患者さんとそのご家族がもつ「人生と生活をより良くするために何ができますか?」という質問に対する助けとなるような本を,フロリダ大学のパーキンソン病の専門医Michael Okun教授が執筆し,その仲間の先生方が多く言語に翻訳したものである.日本語訳をされた順天堂大学大山彦光先生も,Okun教授のもとで勉強をされた神経内科医のホープである.その内容は,パーキンソン病の症候,脳深部刺激療法,うつ・不安の治療,睡眠,薬による中毒様症状(衝動制御障害等),運動,入院への準備,新しい治療,希望の大切さに及ぶが,専門用語を極力避け,非常に分かりやすく書かれており,大変,勉強になった.大山先生は「普通に生活されていた方がある日突然パーキンソン病と宣告され,途方に暮れてしまったとき,ぜひ手にとって読んでいただきたい」と述べておられる.お薦めの本である.

パーキンソン病とともに生きる―幸福のための10の鍵



第10回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2016)@京都

2016年10月09日 | パーキンソン病
標題の学会が10月6日から8日にかけて行われました.教育的な講演から最新のトピックスまであり大変充実した学会ですが,とくに学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションは人気企画です.不随意運動の診かたに関するこの領域の先輩の先生方のコメントを聞くともっと勉強しなければならないと思います.では今年の15症例の一覧を記載します.

【問題編】
症例1.左下肢のコレア様の不随意運動を呈した83歳女性
既往歴として高血圧,糖尿病.突然,左下肢の不随意運動で発症.発症後,数日,経過してから入院.左下肢の不随意運動のため立位でバランスを崩す.ヘミバリスムほど激しい運動ではないが....診断は?

症例2.突然の異常行動にて発症した46歳女性
突然,奇声を発し,全裸になる興奮状態にて発症.頸部から体幹・四肢にコレア様の不随意運動.頭部MRIでびまん性白質病変.既往歴に関節リウマチがあり,プレドニゾロン7 mg,MTX(メトトレキサート) 8 mg,ブシラミン200 mgなど内服していた.家族歴として常染色体優性の脊髄小脳変性症.診断は?

症例3.立位で下肢のふるえ,DATスキャンで低下をみとめた60歳男性
54歳,歩行時の足のもつれにて発症.55歳,右大腿のふるえが出現し,やがて両側にひろがる(表面筋電図では振戦).注視眼振,四肢筋強剛あり.家系内にパーキンソン病と脊髄小脳変性症あり(常染色体優性遺伝,表現促進現象あり).小脳軽度萎縮,MIBG正常,DATスキャンで被殻の低下あり.診断は?

症例4.突然発症のパーキンソニズムを呈した67歳男性(最優秀演題)
起床時から動作が鈍くなった.無動,筋強剛.腎不全も合併した.腎不全改後,パーキンソニズム精査.筋強剛,すり足,姿勢保持障害あり.頭部MRIは,T2WIで両側淡蒼球ややhigh,DWIで両側淡蒼球明瞭にhigh.DATスキャンで左尾状核の低下.診断は?

症例5.重いカバンを持たないと歩けない69歳男性(優秀演題)
10才台から転倒.何かにつかまらないと歩けない(転倒が多い人に見られるprotective gaitないしcautious gaitの所見である).しかしペットボトルを入れた重いカバンを持つと,歩くことができる.聴覚性,触覚性刺激により過剰な驚愕反射を呈する.3人の娘も転倒する.診断は?

症例6.つねに笑っている61歳男性
59才,借金をかかえて路上生活となる.60才,両下肢が動かなくなり,路上生活ができなくなる.このころ,常に笑っているようになる.病識欠如,仮性球麻痺,腱反射亢進,病的反射陽性.左前頭から側頭葉の萎縮.診断は?

症例7.長時間歩行で内反尖足が出現する35歳女性
27歳,てんかんの既往.20歳,長時間歩行で左足の強直が出現.27歳,包丁でまな板を長い時間,叩いていると右手にも強直が出現.軽度の痙性歩行,軽度の知能低下.トレッドミルの誘発試験で,1時間歩いてもらい,運動誘発性ジストニアを確認した.歩行をやめるとすぐに消失する.診断は?

症例8.舌が出てしまい食事を取れなくなった36歳女性
25歳,食事中に舌が出るようになる.転倒も出現.34歳,水が飲みにくくなる.35歳,舌の動きで,食べ物を吐き出してしまうようになる.このため10 kgの体重減少.口腔粘膜びらん.CK高値.頭部MRIでは,両側尾状核,被殻の萎縮あり.診断は?

症例9.眼球運動制限と凹足をみとめた常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性症の64歳男性
小学生で酩酊様歩行,両親が血族婚.発語不明瞭,凹足,腱反射消失,バビンスキー反射陽性.眼球運動の瞬目による改善なし,head thrustなし.網膜の有髄神経の増生なし.診断は?

症例10.筋力低下がないのに右肩の挙上ができない23歳女性例
右肩の挙上困難が,自転車での転倒を契機に増悪.筋力は正常.仰臥位になると改善する.表面筋電図では主動筋と拮抗筋の相反性が消失(共収縮).診断と治療は?

症例11.右手の運動障害が,筋力低下,錐体外路症状,失行の判断が難しかった74歳女性例
74歳,右手の書字障害,階段上りにくくなる.この右手の運動障害が,筋力低下か,錐体外路徴候か,失行かの判断が難しかった.皮質性感覚障害なし.76歳,起立困難になる.四肢筋力低下し,ALSが疑われる.78歳,無動.80歳,意思疎通困難.画像では発症2年目に前頭葉萎縮,8年目に白質病変.SPECTで左中心前回,運動前野に血流低下.診断は?

症例12.3歳で脳梗塞による右足のジストニアが出現した32歳女性
3歳で右足にジストニア.CT上,脳梗塞.29歳,たまたま行ったMRIで異常を指摘され精査.HDS-R 25点.右下肢軽度の内反尖足.網膜動脈蛇行.DATスキャン正常.MRIにて白質病変,小脳,基底核んにmicrobleeds多発.診断は?

症例13.小脳性運動失調と舞踏運動を呈した45歳男性
両親血族婚.19歳,ふらつきにて発症.認知機能低下,自咬症.緩徐に進行,40歳で,頸部・顔面の不随意運動(振戦ないし舞踏運動).四肢回内と回旋をくりかえす.嚥下障害による体重減少.小脳性運動失調軽度.同胞にも類症あり,突然死をしている.画像上,小脳萎縮あり.診断は?

症例14.神経ベーチェットの経過中に異常眼球運動を呈した女性
眼球所見で,水平方向に不規則で早い不随意運動.両上肢のすばやいふるえ.T2WIで多発病変.ステロイド+MTXによる治療で改善.診断は?

症例15.歩数をイメージすることによりすくみ足が改善したパーキンソン病.その機序は?

【解答編】
症例1.左視床下核の小脳梗塞
左視床下核の虚血病変によるヘミバリスムは,経過とともに程度が弱くなり,ヘミコレア様になることがあるとのこと.クロナゼパムは無効,ハロペリドールが若干有効だった.

症例2.歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)とMTX脳症の合併の疑い.
MTXの使用が,DRPLAの経過を修飾した可能性が議論された.

症例3.MJD/SCA3(ataxin-3 65/25リピート).
DATスキャンが低下することと,立位で振戦が出てくる点が興味深い.

症例4.硬膜動静脈瘻(DAVF).
DAVFに伴う虚血に伴う,線条体の脆弱性が原因となった症例.画像所見は静脈性浮腫によるものと考えられる.既報ではDAVFで,パーキンソニズムを呈した症例は14例あり,純粋無動も2例あるとのこと.

症例5.グリシン受容体遺伝子変異に伴うびっくり病(Startle disease)/ 過剰驚愕症(Hereditary hyperekplexia).
歩行が固有感覚刺激で改善することを示した点で意義が大きい.クロナゼパムで歩行は改善した.

症例6. 臨床診断ALS-D,病理診断FTLD-TDP(脊髄前角がTDP43陽性に染色される)

症例7.グルコーストランスポーター1(Glut1)欠損症.
グルコースのトランスポーターの欠損により,中枢神経系に取り込まれず生じる代謝性脳症.早期に発作性異常眼球運動,てんかん発作で発症し,経過とともに運動誘発性ジストニア,痙性対麻痺,運動失調などを認める.低髄液糖症が診断の手がかりとなる.ケトン食治療が有効で,QOLを著しく改善させる.

症例8.有棘赤血球舞踏病.

症例9.常染色体劣性シャルルヴォア・サグネ型痙性運動失調症(ARSACS).
眼球運動制限を認めた症例報告が1例だけだがあるとのこと.通常のARSACSと比べるとかなり非典型的.

症例10. 局所性ジストニアによる一側上肢の挙上困難.
ボツリヌス毒素による治療で挙上可能になった.

症例11.Globular glial tauopathy(GGT)
錐体外路徴候と運動ニューロン徴候を共に認めるときにはGGTを鑑別に加える.

症例12.COL4A1遺伝子変異
COL4A1遺伝子は,IV型コラーゲンα1鎖をコードする遺伝子であり,血管の基底膜の障害の原因となる遺伝子変異.小血管の閉塞や出血が起こる.脳と眼の病変を筆頭に,腎臓などにも病変を形成する.

症例13.Autosomal recessive spinocerebellar ataxia-16 (SCAR16; STUB1遺伝子変異)
10-20歳代で失調にて発症する.認知症,痙性対麻痺を認める.性腺機能障害あり.高度の小脳萎縮を認める.

症例14.オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群

症例15.歩数をイメージが,内因性キューになっている可能性や.頭のなかで数を数えている可能性が議論された.





MDS2016 Video Challenge @ Berlin

2016年06月25日 | パーキンソン病
「パーキンソン病・運動障害疾患コングレス」の一番の目玉企画は,世界各国の学会員が,経験した症例のビデオを持ち寄り,その不随意運動の特徴や診断を議論するVideo Challengeである.今年もワインが振る舞われたあとの夜8時から開始され,終了は10時を過ぎていた.27カ国からの応募があり,例年より多い16例の提示があった.ロシアやサウジアラビアも初参戦した.時差ボケとワインのせいでウトウトしてしまったが,だいたいメモを取れた.一部,聞き漏らしたところもあるがご容赦願いたい(間違いに気が付かれたらご連絡ください).

Case 1(アイルランド)
37歳女性.8ヶ月の経過で出現した頸部のジストニア様運動障害,パーキンソニズム様ないし失行様の左上肢の運動障害.しかしDAT-scan正常.治療としてIVIGが有効であった.
➔ 血清,髄液抗GAD抗体陽性.Stiff-person症候群(非腫瘍性,頸部の障害が強かった点が特徴的)

Case 2(カナダ)
60歳男性.亜急性の記憶障害,興奮にて発症.20年来の部分てんかんがあるが,最近,発作頻度が増加していた.また上方サッケードにて,左右にジクザグに動きながら上方に動く垂直性注視麻痺あり(核上性).意識消失を伴わない全身の脱力と,日中の強い眠気,低血糖を認める.Niemann-Pick type Cやミトコンドリア異常症は否定された.
➔ 抗Ma-2抗体による傍腫瘍症候群+症候性ナルコレプシー.背景疾患は悪性リンパ腫.低血糖は悪性リンパ腫に伴う症状とのこと.

Case 3(カナダ)
65歳男性.10年の経過で緩徐に進行する歩行障害.7年前バランス障害・易転倒性にて発症,1年前には車いすになった.50歳代から両側難聴.小脳性運動失調,ミオクローヌス,核上性眼球運動障害.姉が13歳で原因不明の死亡.
➔ 世界で2番めに高齢発症のNieman Pick type C.核上性垂直性眼球運動障害を認める場合,年齢によらず鑑別すべき.

Case 4(インド)
19歳男性.1歳半から発作性の全身のコレア様不随意運動.1日に10回から100回見られる.持続時間は30秒から5分.両側基底核石灰化.
➔ カルシウムごく軽度低下,PTH低下が判明.副甲状腺機能低下症に伴う不随意運動.一般に発作性に出現し,血清カルシウム濃度の低下が原因と考えられているが,持続性に出現し,カルシウム濃度も正常である症例もある.

Case 5(日本,徳島大学)
14歳女性.情緒不安定,自傷行為.双極性障害の診断で抗精神薬による治療.薬剤の過量内服により意識障害.小脳性運動失調.不随意運動.頭部MRIで小脳の造影所見と血流増加.抗NMDA-R抗体陰性.
➔  Syndrome of irreversible lithium-effectuated neurotoxicity(SILENT).リチウム中毒後の後遺症として1987年に,リチウム中止後も症状は少なくとも2か月以上持続する症例として報告される.本例は7回の血液透析を行ったが,症状は軽減したものの持続した.抗NMDA抗体関連脳炎に似る.

Case 6(USA)
8歳男性.重度の発育障害,不随意運動,CK著明上昇(32000),抗NMDA-R抗体陰性.テトラベナジン効果あり.小脳,脳幹の著明な萎縮.
➔ Pontocerebellar hypoplasia type 2 (PCH type 2)
最も頻度の高い橋小脳低形成.新生児発症,随意運動の高度の障害,クローヌス,コレア,痙性を呈する.さらに脳萎縮が高度.思春期までの生存は困難.

Case 7(USA)
61歳男性.小児期から緩徐進行性の振戦による書字障害.歩行時の左手の異常運動.姿勢保持時+動作時振戦.頸部ジストニア,薬剤抵抗性,唯一アルコールのみ改善.高い身長,家族歴なし.FMR1遺伝子リピート異常なし.
➔ 47 XYY症候群(Jcob症候群)47 XXYのKlinefelter症候群ではない
男性1000人に1人.振戦の頻度が高いと言われているが情報に乏しい.Jcob症候群,Klinefelter症候群ともに認知・行動障害の合併が多いと言われている.振戦はJcob症候群で多い.家族歴のない高身長の振戦で鑑別に挙げる.

Case 8(USA)
28歳女性.小学生発症の運動障害,ときどき転倒.以後,緩徐進行し,不随意運動は頸部から四肢に及ぶ.構音障害,嚥下障害も合併.深部覚障害.認知機能正常.内服薬無効,頸部へのボトックス有効.両親は血族婚.
➔ 遺伝性ビタミンE欠乏症(αTTP遺伝子変異;744delA).常染色体劣性の小脳性運動失調で,深部覚障害を認めるときに鑑別に挙げる.日本でもまれに経験するので鑑別に入れる.個人的にも経験している(Ann Neurol. 1998 Feb;43(2):273.).

Case 9(ロシア)
43歳女性.3年の経過で進行するめまい,不明瞭言語,歩行のふらつき,尿失禁,記憶障害.体幹>四肢の運動失調.多発性硬化症と診断された.家族歴あり,常染色体優性形式.SCA1, 2, 3, 17遺伝子検査陰性.
➔  Gerstmann- Sträussler-Scheinker病(GSS).プリオン遺伝子(c.305C>T).通常,35-50歳で発症し,診断後2-10年の生存.家族性SCDと誤診されやすいので注意が必要.

Case 10(USA)
5歳男児.発達障害,生後10ヶ月からコレア様異常運動出現.発語なし,下肢のトーヌス低下.てんかんはなし.家族歴なし.頭部画像正常,TITF1遺伝子(良性遺伝性舞踏病)異常なし.テトラベナジン,アーテンで症状ほぼ消失.
➔ de novo GNAO1(Guanine nucleotide-binding protein, α-activating activity popypeptide O)遺伝子変異.全ゲノムシークエンスで同定(C. 626 G>A変異).
Gao蛋白(G protein-coupled receptor)をコードする遺伝子.しばしば,てんかんとてんかん性脳症を呈する.しかしてんかんを認めず,重症のコレアを呈する症例も最近報告されている(淡蒼球のDBSが有効).大脳皮質の障害でてんかんが生じ,基底核の障害でコレアやジストニアが生じる.同様の症候を呈する疾患としてFOXG1遺伝子変異もある.

Case 11(USA)
X歳(聞き忘れ)女性.生後間もなくからのてんかん,重度の発達遅延あり.ミオクローヌス,ジストニア,パーキンソニズム.両側淡蒼球に円形のT2高信号病変.
➔ モリブデン補因子(MoCo)欠損症.微量元素モリブデンを中に有する補因子は,亜硫酸酸化酵素などの複数の酵素が作用するのに不可欠.毒性の高い亜硫酸を硫酸に酸化して解毒する.MoCo欠損症では,亜硫酸による脳症が起こり,生後間もなくからのてんかん,重度の発達遅延を来す.尿中亜硫酸テストにて診断可能.

Case 12(USA)
72歳男性.ジャマイカ人,緩徐進行性の歩行障害,左手指に放散する痛み.複数箇所の頚椎症があり,手術をして歩行は改善したが痛みはわずか改善のみ.座ったり立ったりした時に痛む.種々の薬剤無効.また頭部,頸部,肩,上肢の不随意運動(左優位).肩甲骨が左右にうねうねと動く(表面筋電図ではミオキミア:兵隊の亢進パターン).坐位か立位でのみ出現する.仰臥位になると消失する.両側下肢痙性,病的反射陽性.ボトックス無効.
➔ 機械的障害による両側C5神経根と脊髄症に伴うposition-specific “painful back moving scapulae”(なんだか,症候そのままという感じだが,肩甲骨の不随意運動が特徴的で採択されたのかも)

Case 13(USA)
32歳女性.8歳からてんかん.左頭頂側頭葉にdysembronic neuroepithelial tumorを認め手術した.てんかんは持続し,迷走神経刺激装置を挿入.発作は減少した.1年前から始まった頸部と腕の異常運動のためてんかん科より紹介.左を向く頚部のジストニア.
➔ 迷走神経刺激装置の電極からの電流リークが,頸部の神経根を刺激したことにより引き起こされた不随意運動.刺激装置の刺激をオフにすると不随意運動は消失する.

Case 14(サウジアラビア)
62歳女性.脳梗塞による失語,右片麻痺の既往.数年前から有痛性で,10-40秒持続する腹部の異常運動.脳波で発作波あり.てんかんも発症し,AED 4薬剤でようやくコントロール.
➔ てんかん重積発作に伴うベリーダンス運動.

Case 15(ポーランド)
78歳男性.既往歴として腎不全など.嚥下障害にて発症,2日後から眼瞼痙攣,眼瞼下垂,眼球運動制限,構音障害,右上肢脱力,8日目尺骨神経損傷を疑われ,整形外科コンサルトするがX線で異常なし.笑顔が作りにくい.
➔ 破傷風.眼瞼痙攣,眼瞼下垂,眼球運動制限といった非典型的症状を呈しうる.片麻痺は極めてまれだが,大脳病変・萎縮を認めた1例報告あり.30%の症例が感染部位が分からないと.

Case 16(フランス)
57歳男性.20年来のうつ,痛風.一過性の復視にて発症.画像・髄液異常なし.4ヶ月後,異常運動(ミオクローヌス),無動,歩行障害,認知障害(MMSE 7/30).精神科入院.変動性の意識障害にて神経内科入院.PETにて前頭・頭頂代謝低下.
➔ 中枢神経Whipple病.Tropheryma Whipplei感染症.白人の中年男性が感染し発症する.典型例は体重減少,関節痛,下痢,心内膜炎など.神経症状単独例もありうる.PCRおよび小腸生検PAS染色で診断.


パーキンソン病の定義の改訂 -前駆状態(prodromal PD)の診断基準-

2016年06月20日 | パーキンソン病
第20回国際パーキンソン病・運動障害学会(MDS)@ベルリンに参加している.初日は治療に関する全体講義が行われたが,今後,十分に理解すべきと思われたトピックは,MDSが2015年に発表したパーキンソン病前駆状態(prodromal PD)の診断基準である.”Early Parkinson’s disease; modifying the definition of PD and early-stage treatment”というタイトルの講演で,Tübingen大学のDaniela Berg先生が解説をされた.

この診断基準の意味するものは重い.つまりパーキンソン病(PD)の定義自体を改訂するものであるためだ.過去20年のPD研究の進歩,つまりαシヌクレインの発見,遺伝子解析の進歩,非運動症状の認識,prodromal stage(前駆状態)の発見が,新しい診断基準の基盤となっている.これらを元に,MDSはPDの定義の改訂に取り組み,MDS research criteria for prodromal Parkinson’s diseaseとして発表した.この診断基準により変わったことは大きく3点にまとめられる.

1)PDを(PARK2のような一部の例外はあるものの),αシヌクレインが脳内に蓄積するシヌクレイノパチーと定義した.
2)認知症は,たとえ初発症状であったとしても,診断を否定する項目から除外した.他の非運動症状が,運動症状の前から出現するのと同様に,認知症も運動前症状となりうると考えた.つまり,レビー小体型認知症の症例も,この診断基準を満たせば,PDを合併していると考える.
3)病期により,PDを以下の3つに分類した.
① clinical PD(運動症状あり)
② prodromal PD(運動症状・非運動症状を認めるが,PDの臨床診断基準を満たさない)
③ preclinical PD(神経変性はあるが,無症状であるもの)

その他,以下の点も挙げられる.
1)PDを無動・寡動・振戦による組み合わせと考え,早期からの姿勢保持障害は,他の病態(PSP)でも生じうるため,診断には不要と考えた.
2)診断基準における項目を,診断を示唆する項目と,除外する項目に分け,それぞれについて重み付けを行った.除外項目については,probable PDを否定する「絶対的除外項目」と,複数存在したり,診断を支持する項目がない場合にprobable PDを否定する「レッドフラッグ」に分けた.
3)統計学的な手法(単純ベイズ分類器)を用いて,患者がprodromal PDである尤度比(★)を推測する独特な方法を用いている.この方法は他の疾患ではすでに導入されているものの,神経疾患領域では初めての試みである.
4)診断には以下の3つのステップを行う.

ステップ1
prodromal PDである可能性を年齢から推定(5歳間隔で表に定められている)
ステップ2
可能か限り多くの診断に関する情報を入手する.この中には環境要因(性,喫煙,カフェイン摂取など),遺伝因子(家族歴,遺伝子検査),運動前症状(便秘,嗅覚低下,運動徴候など),バイオマーカー検査(ドパミン系の画像検査など)が含まれる.項目ごとに前向き研究から,尤度比が決められていて,陽性尤度比(LR+)は1より大きく,陰性尤度比(LR-)は1より小さくなる.不明の場合は1とする.
ステップ3
集めたすべての情報を掛け算し,算出した総尤度比を,prodromal PDとなる閾値として年齢ごとに定めた値の80%以上となるかどうかを確認し,prodromal PDの診断をする.

論文には実際の計算例が複数記載されているので,試していただきたい.表は各リスクやマーカーの尤度比を示すが,これらは上述のごとく,前方視的研究に基づくEBMに則っているもののみ含んでいる.またそれぞれ診断における重みが異なることがわかる.例えば特異度は,うつや便秘では75–80%と低く,PSGにて診断されたRBDは99.7%と高いが,単純ベイズ分類器はこれらの異なる診断における価値の重み付けを可能としている(RBDの陽性尤度比は130と極めて高い).PD研究は発展中であることから,診断基準は今後,アップデートされることが予定されている.臨床現場において,この診断基準を用いることはあまりないように思われるが,PDに対する病態抑止療法や先制医療は,このような診断基準を満たした症例に対して行われることを認識する必要がある.

最後にDaniela Berg先生が仰った言葉が印象的だったので記載しておく.”Early PD is already advanced PD.” この診断基準を持って,PDも可能なかぎり早期に発見し,治療介入を行う時代に突入したといえよう.

Berg D, et al. MDS research criteria for prodromal Parkinson's disease. Mov Disord. 2015 Oct;30(12):1600-11.
Postuma RB et al. The new definition and diagnostic criteria of Parkinson's disease.Lancet Neurol. 2016 May;15(6):546-8.

★ 尤度比についてのメモ
陽性尤度比(LR+) = 真陽性率 / 偽陽性率
真陽性率 = sensitivity(感度)
偽陽性率 = (1 – specificity 特異度)
なのでLR+=(感度) / 1-(特異度)
陰性尤度比(LR-)=(1-感度) / (特異度)



座敷わらし52例の検討 -座敷わらしは幻覚か?-

2016年06月09日 | パーキンソン病
非常に興味をそそられる論文を読んだ.「Lewy小体病における幻覚とザシキワラシとの類似点―民俗学史料への病跡学的分析の試み―」獨協医大の駒ヶ嶺朋子先生らによる意欲的な論文である.

まず論文の書き出しにワクワクさせられる.
「神経内科で出会う訴えの中には,妖怪や幽霊,怪物などの民間伝承のようなエピソードが時にある.民間伝承は世界各地に種々の形で存在し,その多くが空想の産物と捉えられている.しかし,普遍性の背景には何らかの根拠が存在する可能性があると仮定もできる」

そして論文では,妖怪として有名な「座敷わらし」とは,パーキンソン病やレビー小体型認知症といったレビー小体病の幻覚なのではないかという仮説を検証している.この仮説は以前から耳にしたことがあったものの,多数例で(!)検証されたことはなかった.著者らは,「座敷わらし」様の幻覚を呈したパーキンソン病の1例を紹介したあと,明治から大正期に蒐集された「座敷わらし」の病跡学的分析を行っている.

さてその「座敷わらし」であるが,柳田國男の「遠野物語」(1910)の,第17段と第18段に「ザシキワラシ」として出てくる.「遠野物語」は民俗学者である佐々木喜善の語りを,柳田国男が書き起こしたものであるが,佐々木自身も多数の「ザシキワラシ」の逸話を「奥州のザシキワラシの話」(1920)としてまとめている.これら合計52例の「ザシキワラシ」が,レビー小体病の幻覚や,両眼の視力を失った高齢者が経験する幻覚として有名なCharles Bonnet(シャルル・ボネ)症候群と一致する特徴がないか詳細に検討したのが本論文である.

その結果,「ザシキワラシ」は「ワラシ=子供」とは限らないこと,何かしら動く人物や動物,正体不明の音や触覚を伴う存在を含めて「ザシキワラシ」と称していること,視覚のみ,音のみ,触覚のみと単独の場合が多いこと,そして見た者に強い恐怖心を与えず,多くの場合,コミュニケーションができないことを明らかにした.著者らは結論として,これらの特徴はレビー小体病やCharles Bonnet症候群の幻覚と類似しており,「ザシキワラシの成立に,これらの疾患の幻覚のメカニズムと共通あるいは類似する脳内機構が関与した可能性がある」と結論づけている(ただし本人に関する情報が限られることから,「ザシキワラシ」を見た人がレビー小体病であったとまでは言っていない).ちなみにパーキンソン病における幻覚に関して,恐怖を伴わないこと,周囲が薄暗い環境で現れること,本人は幻覚であることを自覚していることが報告されている.Charles Bonnet症候群でも,恐怖を伴わず,かつ幻覚であることを自覚していることが知られている.

さて「座敷わらし」について,個人的にもう少し追加の記載をしたい.「遠野物語」を久しぶりに読んでみると,第17段に「旧家にはザシキワラシといふ神の住みたまふ家少なからず.この神は多くは12〜13ばかりの童児なり.をりをり人に姿を見することあり」と書かれており,そもそも「妖怪」ではなく「神」であったことが分かる.「ザシキワラシ」は中央に居る「神道の神」ではなく,地方にいる「家の神」なのだ.さらに「この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり」とも記載されていることから,家の繁栄と没落を支配する「神」として信仰され,民間伝承されてきたのだろう.ところが水木しげるのマンガによって多くの人に知られる存在になったが,同時に「妖怪の仲間入り」をしてしまった.さぞ「座敷わらし」も無念だろうと思う.

自分は超能力,幽霊,霊視,UFO,UMAなど,いわゆる「オカルト」が昔から好きで,関心のある職業トップ3も,エスパー,陰陽師,イタコである(笑).このたぐいの本を見つけるとつい買ってしまう(入門書・名著としておすすめは,オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ;角川書店).なぜオカルトが好きかといえば,そこには2つの魅力があるためだ.それは文化・社会学的な側面と,科学的な側面である.文化・社会学的な側面とは,なぜそのようなものが生まれてきたのかという文化的,社会学的,歴史的,民族学的背景であり,科学的な側面とは,その現象が人が理解できる科学現象なのか,それとも人智を超えるまだ理解できない現象なのか,はたまた単なるインチキかということである.これらの意味で「オカルト」はとっても知的である.「座敷わらし」も例外ではなく,信仰と民間伝承,大衆化とまさかの神から妖怪への変容といった文化的側面と,科学的な視点からの脳内現象としての可能性という側面があり,非常に興味深い存在なのである.

駒ヶ嶺朋子ら.Lewy小体病における幻覚とザシキワラシとの類似点―民俗学史料への病跡学的分析の試み―.神経内科84:513-519, 2016


第15回高松国際パーキンソン病シンポジウム

2016年02月07日 | パーキンソン病
高松国際パーキンソン病シンポジウムに参加した.若手育成教育を継続的な課題とした充実したプログラムと,海外の著名なエキスパートが参加されること,そして参加者がとても仲の良いことが特徴のシンポジウムである.
2日目のビデオセッションの歩行に関するビデオは非常に勉強になった.面白かったのは歩行時の腕のふりの左右差.これは肩関節の病気,Erb麻痺,脳卒中のほか,症状の左右差を認めるパーキンソン病患者さんで認められるが,なんと,プーチン大統領やメドヴェージェフ首相,さらに他3人のロシア高官は,揃って右手の振りが明らかに少ない(パーキンソン病疑惑!?).これは恐らく銃を素早く打てるように腕のふりを少なくして歩くように,KGBで訓練を受けたためであろうと言われている(BMJ誌のクリスマス論文にもなっている)
文献:“Gunslinger’s gait”: a new cause of unilaterally reduced arm swing
YouTube動画

また初日のビデオセッションでは以下の6症例の提示があったので記録しておきたい.
【問題編】
Case 1 82歳女性
主訴:意識障害.昼寝したが,起きなかった,救急車にて来院.
神経学的に,左への共同偏視と顔面を含む右手のコレア・バリスム
数日続いて徐々に減少した.糖尿病なし.頭部MRIでは左MCA領域の広範な梗塞,基底核病変なし

Case 2 57歳女性
6ヶ月の経過で徐々に増悪する,舌の異常運動に伴う構音障害.喋っていると舌が右前に出てきてしまう.キャンディーを舐めると改善する.

Case 3 79歳男性
眼球運動において,水平に動かすとflutter-like oscillationが出現,その他の小脳性運動失調と振戦を認める.ステロイド治療で症状が改善した.

Case 4 兄妹例
兄47歳男性
39歳:口部の不随意運動,44歳:記憶障害,46歳:歩行障害(ジストニア>コレア)
妹42歳女性
31歳:てんかん・記憶障害,40歳:歩行障害(ジストニア<コレア),42歳:口部の不随意運動
歩行がなんとも特徴的で(peculiar gait),hyperkineticであるが,片足を跳ねるような,フラミンゴwalk.

Case 5 
36歳のタイ人男性
舌が動いてしまうことによる構音・嚥下障害,うまく噛むことができず飲み込む状態(Oro-facial dyskinesia).息子の母親はMeige症候群.薬剤中毒(ヘロイン,アンフェタミン)の既往があった.頭部MRI,遺伝子診断,抗神経抗体いずれも異常なし.

Case 6
37歳中国人男性
20年間つづくミオクローヌスとアステリキシス.小脳性運動失調,強直間代発作.STN-DBSが有効であった.

Case 7
50歳女性
20歳:ハイヒールでエスカレーターに乗りにくいことで発症.40歳:歩行障害.46歳,頭部MRIにて基底核に異常所見.50歳:易転倒性,車いす.神経学的に体幹および四肢失調,
軽度の四肢固縮,軽度の認知障害.L-DOPAで一部症状改善.

【回答編】
Case 1
症候学的にはてんかん,つまりEpilepsia partialis continuaでは説明がつかない.診断は,「Cortical hemichorea–hemiballism」とのこと.MCA領域の皮質病変により,cortico-striate-pallido-thalamo-cortical loopが障害され,hemichorea and ballismが生じうるとのこと.
Cortical hemichorea–hemiballismの文献

Case 2 舌ジストニア.心因性の可能性が議論された.

Case 3 抗Yo抗体による傍腫瘍症候群.しかし原発巣不明.

Case 4 chorea acanthocyosis(常染色体劣性,頭部MRIで尾状核萎縮)

Case 5 診断未定だがアンフェタミン誘発性orofacial dyskinesiaを疑っている

Case 6  Progressive myoclonic ataxia(しかしその原因は不明)

Case 7 NBIA(Neurodegeneration with brain iron accumulation)のひとつ neuroferritinopathy,FTL(Ferritin Light chain)遺伝子変異(c.499¬-510del)
SWIで基底核に鉄沈着,DAT-SCANでも低下していたため,L-DOPAを使用し,若干の改善を見た.