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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新しいパーキンソン病像(1886年からから2020年バージョンへ)

2020年07月29日 | パーキンソン病
Gowers先生による1886年のパーキンソン病のスケッチ(A)は4月27日の私のFBでも取り上げましたが,世界で最も使用され,教科書やインターネット上でしばしば見ることのできる有名な写真です.このスケッチに対し,フロリダ大学神経内科Melissa Armstrong先生ら(CBD の臨床診断基準;Armstrong 基準の先生です)は「この虚弱に見える男性のスケッチは確かにパーキンソン病について理解する助けにはなったが,今日のパーキンソン病とともに生きる人々の姿を反映していない」「患者数が急増し,社会的影響が拡大し続けるなか,病気を正確に表現することの重要性がますます高まっている」と考え,JAMA Neurology誌に2020年バージョンの新しいスケッチを発表しました.この疾患の多様性を1枚のスケッチで表すことは困難と考え,3つの絵で示しています.Bは症状が軽く活動的な生活ができる若い女性(右足にジストニア),Cは少し年配になり,「オン」と「オフ」を認める状態,そしてDは症状が進行し生活が制限された高齢男性が描かれています.性別,年齢,活動度に加え人種にも配慮がなされています.Armstrong先生らは「幅広い多様性を含むようにスケッチを改良することは,パーキンソン病の認知度を高め,現代のパーキンソン病患者さんが有意義な人生を送ることに役立つ」と述べています.今後,教育や説明資料等にこの図を使っていきたいと思います.

Armstrong MJ, Okun MS. Time for a New Image of Parkinson Disease. JAMA Neurol. 2020;10.1001/jamaneurol.2020.2412. doi:10.1001/jamaneurol.2020.2412


世界で最も有名なパーキンソン病患者の臨床像

2020年04月27日 | パーキンソン病

この写真を見て「実在したのか!」と驚いた人もいるのではないでしょうか.教科書で目にしてきたパーキンソン病のイラストのモデルとなった人物です.この2枚の写真をもとにして,「史上最高の臨床神経学者」と評された英国の神経学者William R. Gowers(1845~1915年)が,著書A Manual of Disease of the Nervous System(1893)のなかにイラストを書きました.そしてこの患者さんの写真は,臨床神経学の父,Jean-Martin Charcot先生の弟子であるSt. Legarの博士論文のなかに含まれているものなのだそうです.この患者さん,Pierre Dさんは1822年,中央フランスの生まれで,1876~79年にかけてパリのサルペトリエール病院に通院しました.50歳より若くして発症し,初診時には筋強剛,振戦に加え,写真のように特徴的な姿勢異常を認めました.St. Legarは,さらに歩行時の一側の腕の振りの減少,仮面様顔貌,流涎,単調なしゃべりを指摘し,書字障害も記録に残しています.そしてそのなかで最も特徴的な所見は姿勢異常だと記しています.つまりJames Parkinsonが原著「振戦麻痺」に記載しなかった所見を,Charcot先生とその弟子が見出したという,この疾患の概念を大きく変えることになった症例でもあるわけです.世界でも最も有名なパーキンソン病患者さんのイラストは,パーキンソン病が現在の疾患概念に変わったことを示す記念碑とも言えるわけです. 

左はA Manual of Disease of the Nervous Systemのイラスト,右はGowersによるオリジナルのデッサンです.



Mov Disord 35;389-91, 2020



MDS2019 ビデオ・チャレンジ@ ニース

2019年09月27日 | パーキンソン病
パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS2019)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例のビデオを持ち寄るビデオ・チャレンジです.各症例の不随意運動をいかに評価し,診断・治療に結びつけるか,壇上のエキスパートが議論しますので勉強になります.しかし各国,選りすぐりの症例ですので正しく診断することはなかなか難しいです.それと今年は初めてのことが2つありました.イランからの素晴らしい症例提示があったことと,症例として馬(!)が提示されたことです.ぜひみなさんもトライしてみて下さい.



Case 1(米国)
主訴と病歴のみ提示.右鼻先周辺の顔面筋の痙攣が,2年かけて徐々に増悪し,目に加えて耳(!)まで収縮まで見られるようになった.

➔ 患者は馬だった.馬のhemifacial spasm.馬の顔面神経の走行や顔面筋の分布の図が提示された.

Case 2(トルコ)
61歳男性.既往歴に糖尿病.1年前からの右手のヘミジストニアないしヘミコレア.1ヶ月で右腕,右足,右顔面に進展した.軽度の構音障害,下肢腱反射消失.家族内類症・血族婚なし.フェリチン異常高値.頭部MRIで基底核に鉄沈着.

➔ 遺伝性無セルロプラスミン血症(セルロプラスミン遺伝子フレームシフト変異ホモ接合).本症の三徴は,糖尿病,網膜変性症および中枢神経症状(不随意運動,小脳性運動失調,認知症).

Case 3(インド)
32歳女性.5年前から行動異常と四肢・体幹の不随意運動.坐位・立位で落ち着かず,体を前後に揺らす(電気生理学的に固有脊髄性ミオクローヌス)..易怒性と妄想.追視困難,緩徐なサッケード.頭部MRI異常なし.

➔ 遺伝性低セルロプラスミン血症(セルロプラスミン遺伝子ミスセンス変異ヘテロ接合:既報告の変異).通常は小脳性運動失調症を呈するが,まれにこのような表現型を呈する.

ここでHonorable mentionとして,応募者によるプレゼンはないものの興味深い症例が紹介された.まず3症例が紹介され,1つめはSCA17(進行性ミオクローヌスてんかんを呈しうる疾患の鑑別),2つめはARSACS(Autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay)で網膜有髄神経線維の増生やT2 強調画像の橋の線状の低信号,3つめがAOA4(Ataxia-oculomotor apraxia type 4:PNKP遺伝子重複,10歳台に発症し,失調とジストニア,眼球運動失行,ニューロパチーを呈する.頭部MRIでオリーブ核肥大)が紹介された.

Case 4(イラン)金メダル受賞!
3歳男児.両親血族婚.発達遅滞.生後4ヶ月から首の不随意運動.3歳でウイルス性呼吸器感染後に急性増悪し,救急外来を受診.頸部と上肢の激しい舞踏運動.歩行・発語不能.テトラベナジン,L-dopa無効だったが,プラミペキソールで劇的に改善した.

➔ 全エキソーム解析で(ドパミントランスポーターをコードする)SLC6A3遺伝子変異の同定.つまりドパミントランスポーター欠損症の診断.常染色体劣性遺伝.パーキンソニズム,コレア,バリズム,口舌ジスキネジアなどを呈する.

Case 5(ドイツ)
42歳男性.両親は血族婚.Floppy infantで,脳性麻痺と診断された.青年期から夜間を中心に,頸部と腕の,激しくjerkyな不随意運動(ミオクローヌス+ジストニア)が出現,昼は改善する.低トーヌス.女性化乳房.顕著な喫煙(ニコチン)依存.頭部MRI異常なし.瀬川病はGTPシクロヒドロラーゼⅠ遺伝子検索で否定.

➔ 全エキソーム解析でセピアプテリン還元酵素遺伝子ナンセンス変異ホモ接合.セピアプテリン還元酵素(SR)欠損症.本症は3種の芳香族アミノ酸水酸化酵素の補酵素テトラヒドロビオプテリン(BH4)の生合成に関わるSRをコードする遺伝子の異常により,BH4の欠乏を来す常染色体劣性遺伝性疾患.日本でも報告例はあるが極めてまれ.本例はL-dopa 300 mgが有効であった.

ここで2 short casesとして,光過敏性てんかんの2疾患の提示.1つめはJeavons症候群の2歳男児.小児期発症の特発性全般てんかんで,欠神発作と眼瞼ミオクローヌスを呈する(眠そうに閉眼する不随意運動だった).2つめはサンフラワー症候群の9歳男児.光過敏性てんかんによる手を振るような,一見不随意運動に見える発作の紹介があった.さらに光過敏性てんかんということで「ポケモン症候群」の紹介があった.

Case 7(米国)
70歳男性.30歳台から精神症状,パーキンソニズム,50歳台から歩行障害,転倒,姿勢時振戦などのパーキンソニズムが出現.家族内にパーキンソン病多数.L-dopa有効・・・・頭部MRIにてeye of the tiger sign.

➔ PKAN(Pantothenate kinase-associated neurodegeneration)非典型例(PANK2遺伝子変異).20-30歳台で遅れて発症する非典型例は,精神症状,顔面ジストニア,パーキンソニズム,コレア,認知機能障害を呈し,経過も緩徐進行性である.

Case 8(メキシコ)
33歳女性.5ヶ月前から体重減少,咳,発熱,呼吸困難.2週間の経過で,左下肢主体のヘミバリズム.左足首はコレア様.視神経乳頭浮腫.頭部MRIでは多発異常信号病変(脳梁,橋,右基底核).

➔ 結核性髄膜脳炎によるヘミバリズム・ヘミコレア.

Case 9(メキシコ)
66歳男性.2年前から性格変化,近時記憶障害.診察では核上性垂直方向性注視麻痺と運動緩慢を認め,PSP疑い.起立性低血圧,感情失禁あり.頭部MRIで広範で非対称な白質病変+両側基底核病変・・・毛嚢炎,口腔内アフタ.

➔ 神経ベーチェット病.運動異常症を呈することは通常まれだがあり得る.ちなみにPSPで起立性低血圧を合併することはまれ(Neurology. 2019 Sep 4. pii: 10.1212/WNL.0000000000008197.).

ここでHonorable mentionとして,自己免疫性脳炎の4症例の紹介.1つめは抗DPPX抗体脳炎,2つめは抗CASPR2抗体脳炎でコレア合併例,3つめは抗IgLon5抗体脳炎でコレア合併例.最後が一側下肢のpiloerection(立毛筋の逆立ち)を呈した抗LGI1抗体脳炎であった.

Case 11(ドイツ)
69歳男性.2年前からのしゃっくり,腹部の不随意運動.電気生理学的に固有脊髄性ミオクローヌス.ポリニューロパチーも合併.腫瘍合併なし.

➔ 抗CASPR2抗体によるisolated segmental spinal myoclonus.免疫療法(ステロイド,アザチオプリン)にて改善.イギリスからの同様の症例(腫瘍合併あり;Neurology. 2018;90:660-661)の紹介.

Case 12(オランダ,チェコ)
同一疾患の2症例の提示.ともに偶然45歳女性.オランダ例は出生時からの不随意運動で緩徐に進行.チェコ例は歩行時と発語時の運動異常が主徴で,脳性麻痺の診断.

➔ グルタル酸血症1型.グルタリルCoA脱水素酵素(GCDH)の障害によって生じる常染色体劣性遺伝性疾患.生後3−36か月の間に,胃腸炎や発熱を伴う感染などを契機に,急性脳症様発作にて発症する.

ここでHonorable mentionとしてジストニア関連の4例の紹介.1つめが全身性ジストニアを呈した母・息子例で,IRF2BPL(interferon Regulatory Factor 2 Binding Protein Like)遺伝子変異例.全身性ジストニアに発語障害,緩徐眼球サッケードを呈する.のこり2例がジストニアに対してGPi-DBSが有効であった症例(うち1例は順天堂大学からの報告).いずれもGNAO1遺伝子変異であった.難治性てんかん,知的障害,運動発達障害,不随意運動を呈する.ちなみにGNAO1は3量体Gタンパク質のαサブユニットをコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.最後がATP1A3遺伝子変異例で,3つの表現型があることが紹介された.(1)小児交代性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood;AHC),(2)小脳失調症深部反射消失凹足視神経萎縮感覚神経障害性聴覚障害(CAPOS)症候群,(3)rapid-onset dystonia parkinsonism(RDP)である.

Case 13(フランス)銀メダル受賞!
68歳男性.急性発症の姿勢時振戦,歩行の不安定,めまいにて救急外来を受診.下向き眼振を認めた!15年前に膀胱がんの既往.II型糖尿病.高コレステロール血症.2012年からの6年間で同様のエピソードを4回繰り返し,2-6週間症状が持続して回復.うち2回では全身性痙攣と認知機能低下を合併した.頭部MRIで皮質下萎縮.脳波で徐波の混入・・・血清マグネシウム著明低下.マグネシウム補充にて回復.

➔ 糖尿病に伴う腎性低マグネシウム血症.低マグネシウム血症はさまざまな症状(食欲低下,嘔気,不整脈,突然死)を呈する.下向き眼振が特徴的とのこと.

Case 14(イタリー)
56歳女性.ヘビースモーカー.甲状腺機能低下症術後で,数日前から興奮,昏迷状態.上肢の常同運動(stereotypies),一部振戦様.

➔ ビタミンB12欠乏症に伴う脳症.意識障害と常同運動,不随意運動を呈しうる.頸部手術のためビタミンB12欠乏に伴う典型的な神経所見がわかりにくかった.また喫煙はビタミンB12欠乏の増悪因子として知られている.

ここでHonorable mentionとして2例が紹介された.1つめはチトクロムc酸化酵素欠損症(Cytochrome C oxidase (COX) deficiency).COXはミトコンドリア電子伝達系末端の酵素複合体(複合体IV)で,その遺伝子は核とミトコンドリア両方にコードされるため,常染色体劣性または母系遺伝を呈する.リー脳症,致死性乳児心臓脳筋症,レーバー遺伝性視神経萎縮症などさまざまな表現型を示す.2つめは頭痛,感音難聴,糖尿病,筋萎縮,脳卒中を呈した59歳男性でMELASであった.

Case 15(米国)
69歳男性.57歳時に左下肢の刺激誘発性の進行性不随意運動(振戦).2014年には歩行に振戦が出現し,転倒が見られた.2017年には振戦が常時見られるようになった.姿勢保持障害も出現した.高頻度の口蓋ミオクローヌスと声帯の振戦を認めた.69歳で死亡.剖検でオリーブ核肥大.

➔ 治療抵抗性セリアック病2型.下肢の刺激誘発性のミオクローヌスは特徴的徴候.高頻度の口蓋ミオクローヌスと声帯の振戦も報告がある.セリアック病に関連した自己免疫疾患らしい.

ここでHonorable mentionとして2例が紹介された.1つめは首と音声の振戦を認めた副腎白質ジストロフィー.2つめは進行性の歩行障害を呈し,画像上認めた水頭症様変化に対しシャント術が行われた神経軸索スフェロイドを伴う遺伝性び慢性白質脳症(HDLS;CSF1R遺伝子変異)であった.

Case 16(米国)銅メダル受賞!
24歳男性.生後5ヶ月から発作性に首を回すような不随意運動が出現.成人してからも下肢の不規則で振幅の大きい不随意運動が,週2回の頻度で,教会に行く月曜と水曜日に誘発される(労作による誘発).寝不足,絶食,カフェインでも誘発される.

➔ SLC2A1遺伝子変異ヘテロ接合に伴うグルコーストランスポーター1 (GLUT1)欠損症.発作性労作誘発性ジスキネジアの原因としてSLC2A1遺伝子のヘテロ接合性変異が同定された.典型例とは異なり,てんかん発症年齢は遅く,髄液糖低値も有意でないので注意を要する.


【前日に行われたグランドラウンド4症例】
Case 1
53歳男性.右手ジストニア.後頸部の再発性lipoma.母親は糖尿病.

➔ MERRF(Myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers)

Case 2
44歳男性.32歳歩行障害.36歳不随意運動,38歳認知機能障害,小脳性運動失調,すくみ足.常染色体優性遺伝の家系.

➔ SCA48(STUB1ミスセンス変異ヘテロ接合).この遺伝子は常染色体劣性のSCAR16の原因遺伝子として知られていたが,ヘテロ接合で常染色体優性の脊髄小脳変性症になることが昨年報告されている(Neurology 2018;91(21):e1988-e1998).

Case 3
27歳女性.安静時の舌の振戦,手指にも振戦.歩行正常.家族歴,血族婚なし.頭部MRIにてeye of the tigerサイン.

➔ PKAN(Pantothenate kinase-associated neurodegeneration)

Case 4
急性発症のジストニアとパーキンソニズムを呈した男性例..

➔ rapid-onset dystonia parkinsonism(RDP; ATP1A3遺伝子変異)



第13回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2019)@東京場所

2019年07月28日 | パーキンソン病
標題の学会が7月25日から27日にかけて行われました.メインイベントは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションです.今年の15症例の一覧を記載します.

症例1.口蓋振戦の治療例
原因が不明で,内服治療が無効な両側口蓋振戦(ミオクローヌス)の複数例の報告.口蓋振戦はクリック音を来たし,患者はその音に苦痛を感じる.首の傾ける向きにより出現したり消失したりする.自然に治ることもある.心因の影響もありうる.治療をどうすべきか?
(回答)口蓋帆挙筋,口蓋帆張筋に対するボツリヌス注射が有効である.しかし嚥下障害のリスクがあるため,少量から開始し,頻度も最低限にする.

症例2.パーキンソン病に対する深部刺激療法刺激装置入れ替え後に改善した開眼失行
49歳に振戦にて発症したパーキンソン病女性.60歳で視床下核部刺激療法(STN-DBS)を行った.63歳時,パルスジェネレーターの電池切れで電池交換を行ったところ,開眼失行が出現したが,刺激をオフにすると改善した.開眼失行が生じた原因は?
(回答)刺激を低電圧から低電流に変えたこと,電極の位置が変わった可能性,刺激強度が強すぎた可能性,パルス幅が影響した可能性が指摘された.ただし本当に開眼失行なのか,局所性ジストニアや眼瞼痙攣ではないかという指摘もあった.

症例3.顕著な左右差のある小脳性運動失調症を呈した一例
岐阜大学からの症例.亜急性の経過で,顕著な左右差を認める四肢・体幹の小脳性運動失調を呈した51歳女性.既知の自己抗体はすべて陰性であった.
(診断)ラット脳スライスで小脳分子層を認識する抗体の存在を確認し,cell-based assayで抗原を同定した.代謝型グルタミン酸受容体に対する自己抗体(抗mGluR1抗体)であった(写真).自己免疫性小脳失調症と診断し,免疫療法にて改善を認めた.

症例4.両足MMF症候群と歩行障害を呈した一例

55歳で振戦と右手の使いにくさが出現し,パーキンソン病と診断された女性.58歳で歩行障害と転倒,さらに複視が出現した.61歳ときに入院.wall-eyed bilateral internuclear ophthalmoplaegia (WEBINO症候群;交代性外斜視をともなう両側性の核間性外眼筋麻痺,橋被蓋部や中脳の病変で生じる)を認めた.カンプトコルミアも認められた.
(診断)進行性核上性麻痺(PSP).PSPにWEBINO症候群を合併した症例報告は3例あるとのこと.

症例5.ジストニアやミオクローヌスなどの片側の不随意運動を認めた89歳女性例

急性発症し,4日間の経過でさまざまな左手の不随意運動が増悪した89歳女性.ジストニア,ミオクローヌス,そしてヘミバリズムを呈した.既往歴に糖尿病を認め,このとき血糖値593 mg/dL,HbA1c 12.9%であった.T1強調画像で高信号病変なし.
(診断)高血糖性ヘミバリズム

症例6.小児期に発症し,歩行障害・書字障害が緩徐に進行した18歳女性

4歳から走ると転倒.以後,歩行障害と書字困難(ミオクローヌスに伴う)が増悪した.15歳で病院受診,症候的にはジストニアとミオクローヌス.日内変動なし.DATスキャンは正常.家族歴もなし.
(診断)DYT11.常染色体優性遺伝.SGCE(イプシロンサルコグリカン)遺伝子変異.臨床症状はミオクローヌスとジストニアが主要症状.軽症では本態性ミオクローヌスとなる.ミオクローヌスが主症状で動作を阻害する.上肢と体幹筋に多く,大半はアルコールで改善する.治療ではレボドパは無効,クロナゼパム,バルプロ酸はやや有効,アルコールは著効.

症例7.突然あるけなる男児と,激しく首を振る女児~同じ遺伝子の変異による異なる病型~

2症例の報告.1例目は6歳男児で,一過性に出現する小脳性運動失調で小脳萎縮あり.2例目は2歳女児で,乳児早期から追視時の激しい首振り=頭部の衝動性回転(head thrust)を認めた.head thrustは眼球運動失行を補正するため代償性に認められる.
(診断)両者ともCACNA1A遺伝子変異.1例目はEpisodic ataxia 2(EA2).2例目は眼球運動失行+先天性失調症で,既報に当てはまらない表現型.他には家族生片麻痺生片頭痛(FHM1)やSCA6を呈しうる.

症例8.下唇のやや律動的な偏位の一例
左右に規則的に下唇が偏位する63歳女性.口を開けると増強し,会話で消失する.首を触ると軽減する.会話は可能.Distractionの手技で消失し,Entrainmentの手技で追視させると,目の動きに合わせて同じ方向に下唇が動く.
(診断)機能性下唇ジストニア

症例9.急速に認知機能が低下したパーキンソニズムの一例

41歳時に右手の振戦にて発症した46歳男性.42歳で歩行障害,転倒.45歳で睡眠障害とpundingが出現.家族歴あり.症候的には右ジスキネジアと姿勢保持障害も認める.
(診断)FTDP-17(MAPT遺伝子変異).これは1996年に遺伝性家族性前頭側頭型認知症・パーキンソニズムにつけられた名称で,原因遺伝子座が第17 番染色体に連鎖するため名称に17がついた.しかし,この名称は歴史的な役割が終えたものと考えられている.詳しくは下記ブログを参照.R.I.P.(安らかに眠れ),FTDP-17

症例10.緩徐進行性のChoreoathetosisに対しGPi-DBSが奏効した17歳女性例
3歳から左上肢のジストニア+ジスキネジア.以後,L-DOPAなど様々な薬物療法が行われたが効果なし.16歳で両側上肢にChoreoathetosisが出現,17歳でジスキネジアの増悪.左下肢ジストニアに伴う関節拘縮.頭部MRIは異常なし.SPECTでは基底核と小脳の血流低下.テトラベナジンが有効.
(診断)GNAO1変異.GNAO1 は3量体Gタンパク質のαサブユニット (Gαo )をコードし,細胞内シグナル伝達に関与する.小児の難治性てんかんの原因遺伝子として同定された.第11回大会でも同遺伝子変異例が出題されている.
★重度の知的障害及び運動発達遅滞を伴う難治性てんかんの16歳女性と14歳男性
1例目は生後56日で難治性てんかんを発症,1歳4ヶ月で全身性不随意運動(激しいバリスム様).14歳右淡蒼球凝固術.重症の精神運動発達遅延を呈する.2例目(1例とは無関係)は,乳児期より精神運動発達遅延と筋トーヌス低下(坐位を保てず,立位はできても体幹が前屈する).7歳上肢の肢位異常,9歳で嚥下障害.てんかんなし.いずれの症例も頭部MRIでは異常なし.両者は表現型は異なるが,同じ疾患であることがエクソーム解析の結果判明している.

症例11.両下肢の震えを主訴に来院した男性

仕事中,起立時に両下肢の震えが出現した59歳男性.前屈位,後屈位で増強する.頭部MRI,DATスキャンともに正常.MIBG心筋シンチ正常.表面筋電図では7Hzの大きな筋放電の繰り返しと13~14Hzの小さな繰り返しがある.安静で消失.
(診断)Primary orthostatic tremor.Primaryは現時点では基礎疾患がないという意味で用いられている.介護職で立ち仕事で,これが動作特異性(task-specofic)に誘因になったかもしれないという議論があった.

症例12.外傷後に右下肢の不随意運動をきたした35歳女性

35歳のエアロビクスのインストラクターが,右足外傷後に,同部位の多彩なパターンを示す不随意運動(ジスキネジア)を呈した.リラックスすると振幅は増大し,足首を背屈させると軽減する.Distractionなし.
(診断)機能性不随意運動ないしperipherally induced movement disorder.後者は脳神経や末梢神経,神経節への外傷を契機に出現する不随意運動.文献を参照.

症例13.腹部に不随意運動を生じた低カルシウム血症の一例
82歳男性で,多発性骨髄種に対しdenosumabによる治療が行われた.副作用である低カルシウム血症が生じたが,同時期より腹部に非律動的なミオクローヌスが出現した.FAB 9点と前頭葉機能低下があり,頭部MRIで白質変化が認められた.
(診断)Eplepsia partialis continua (EPC),皮質性ミオクローヌス.

症例14.亜急性にパーキンソニズムとPisa症状をきたした66歳女性
右優位の運動緩慢と小歩症,姿勢保持障害に加え,MCIを呈した.DATスキャン取り込み低下なし. SPECTで左側頭葉から頭頂葉にかけての血流低下.頭部MRIでは左側頭葉におけるT2*で多発microbleedsを認める.
(診断)脳アミロイドアンギオパチー関連白質脳症(CAA-related inflammation;CAAri).ステロイドパルス療法で,運動緩慢と歩行障害が改善した.CAAriでパーキンソニズムをきたした報告は過去に2症例あり.皮質病変でパーキンソニズムをできたしたという報告もある.

症例15.四肢,顔面の不随意運動と中枢性肺胞低換気を呈する家族性運動失調性の一例

41歳で網膜色素変性症の既往.姉も類症.歩行障害,開鼻声(声が鼻に抜ける)が緩徐に進行.四肢・体幹の失調,錐体路徴候,抑うつ,感音性難聴,低身長,中枢性睡眠時無呼吸(AHI 78.4/h),夜間に増悪する肺胞低換気を認めた.
(診断)ATAD3A遺伝子変異の疑い.ATPase family, AAA domain-containing, member 3A (ATAD3A).この遺伝子はミトコンドリア膜タンパクをコードしている.遺伝形式は常染色体優性.既報ではHAREL-YOON症候群(精神運動発達遅滞,知的障害,発語障害,摂取障害,睡眠障害等)が報告されている.




レボドパ内服後のドパミン産生と分解には異なる腸内細菌が関与する ―パーキンソン病治療を大きく変える注目論文-

2019年06月25日 | パーキンソン病
パーキンソン病に対する治療は,主にレボドパにより行われる.しかし患者により効果や副作用の発現に差が見られる.また便秘により効果が減弱することもある.これらの機序についてさまざまな議論がなされてきたが,これらの解決や新しい治療薬開発に繋がると予測される重要な研究がScience誌に報告された.

【レボドパの代謝と患者ごとの多様性】
レボドパがパーキンソン病患者に対し効果を発揮するためには脳内に届く必要がある.このためにはレボドパが芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(Aromatic L-amino acid decarboxylase;AADC)によって「脱炭酸化」され,神経伝達物質ドパミンに変換される必要がある.ちなみに脱炭酸化(Decarboxylation)とは,カルボキシル基 (−COOH) を持つ化合物から二酸化炭素 (CO2) が抜け落ちる反応である.R-C(=O)OH → R-H + O=C=O

このレボドパの脱炭酸化は消化管で行われると考えられている.この代謝は臨床的に重要である.つまり末梢で生成されたドパミンは血液脳関門を通過できず無効であるばかりか,起立性低血圧や不整脈などの副作用をもたらす.これを防止するためにレボドパは脱炭酸酵素阻害剤との合剤として処方される.その代表がAADC阻害剤であるカルビドパである.しかし合剤として使用しても,投与したレボドパの56%は脳に到達しないという報告もある.またレボドパの利用率と副作用は,患者ごとに大きく異なるが,この多様性を患者の代謝の違いのみで説明することは困難と考えられている.

【腸内細菌はドパミンの産生と分解に関わる】
では何が多様性を生むのか?これまでのヒト,動物モデルにおける検討で,腸内細菌叢がレボドパ代謝に関与する可能性が示唆されていた.具体的には,まずレボドパがある細菌によりドパミンに脱炭酸化され,さらにそのドパミンが別の細菌により脱水素化され,mチラミンに変換されと副作用を呈さなくなる可能性が指摘されていた.しかしこれらに関わる細菌や遺伝子,酵素は不明であった.またカルビドパのような薬剤が,腸管における脱炭酸化を阻害するかについても不明であった.このためハーバード大学の研究者らは,腸内細菌叢によるレボドパ代謝の分子病態を解明するための研究を行った.

まず著者らはレボドパの脱炭酸化が,ピリドキサールリン酸(PLP;活性型ビタミンB6)依存性酵素によって行われると仮説を立て,データベースの腸内細菌叢ゲノムの中から候補を検索し,小腸に存在するEnterococcus faecalisに由来するチロシン脱炭酸酵素(TyrDC)を見出した.そして遺伝子および生化学的検討を行い,TyrDCがレボドパとその基質であるチロシンの両者を実際に脱炭酸化することを示した.

つぎに著者らはドパミンを分解する細菌と酵素の検討を行った.以前から薬剤代謝に関わると指摘されてきたEggerthella lentaのなかから,ドパミンを脱水素化する作用をもつ株を単離した.これに関わる酵素は,モリブデン補因子依存性ドパミン脱水素酵素(Dadh)であった.ヒトの腸内でこの細菌がレボドパを実際に分解しているかを検討し,17例中12例でドパミンがmチラミンに分解されることを確認した.さらに著者らはDadh遺伝子において,酵素活性に影響を与えるSNP(スニップ)を同定した.具体的には506番目のアミノ酸がアルギニンである系統のみ,ドパミン分解に関与していることを示した.結果的にE. facecalisの量とTyrDC活性がドパミンの産生に,Dadh遺伝子のSNPがドパミンの分解に関与していることを明らかにした.つまり内服したレボドパの代謝に異なる菌種が協力して関わっていたのである.

【新しい治療薬への応用】
最後に著者らは,AADC阻害剤カルビドパが,E. faecalisのTyrDCによるレボドパの脱炭酸化を抑制するかを検討し,カルビドパは腸内細菌叢に対しては効果を持たないことを明らかにした.つまり,カルビドパは腸内におけるレボドパ代謝には無効であることを示したのだ.さらに著者らは腸内における脱炭酸化の選択的阻害剤を同定することを目指し,TyrDCのチロシンに対する作用に着目し,チロシン類似物のAFMTが脱炭酸化を抑制することを明らかにした.実際に,レボドパとAFMTの同時投与は,E. faecalisを保菌するマウスにおいて,レボドパ血中濃度を上昇させた.

以上,著者らは腸内細菌叢におけるレボドパ代謝経路を明らかにした.患者ごとの腸内細菌叢の多様性が,末梢におけるレボドパの産生と分解の多様性,つまり効果や副作用の違いに関わっているものと考えられた.今後,腸内細菌叢のレボドパ代謝の状況を把握する臨床検査が開発され,治療の参考にしたり,さらには腸内細菌叢をターゲットとした治療薬の開発が行われていくだろう.パーキンソン病研究の歴史において,非常に重要な論文になると考えられた.

Maini Rekdal et al. Science 364; eaau6323 (2019)


「非定型パーキンソニズム -基礎と臨床-」が発刊されました!

2019年05月22日 | パーキンソン病
非定型パーキンソニズムは進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,レヴィ小体型認知症,多系統萎縮症などのパーキンソン病に類似した症状を示す疾患群を指します.治療法の確立を目指した基礎,臨床研究ともに著しく進歩しておりますが,複雑で理解が難しいという声をよく耳にします.本書は本領域のまさにエキスパートの先生方に「将来,非定型パーキンソニズムに取り組みたいと思う臨床医,基礎研究者が増えることに貢献するような書籍を作りたい」と執筆を依頼し,ご快諾を得てできたものです(共著者の先生方に感謝いたします).

第I章総論では詳細な症候の理解や,疫学,バイオマーカー,リハビリテーション等について議論し,第II章各論では疾患ごとの歴史,診断基準,mimics,画像・病理所見,治療をご提示いただきました.さらに第III章では病態解明と治療法の確立に向けた最新情報をまとめていただきました.いずれの項目においても,今後の課題をご提示いただき,わが国から新たなエビデンスの発信に貢献することを目指しました.また専門以外の脳神経内科医やパーキンソン病患者さんの診療をされる先生方にぜひ知っていただきたい情報をふんだんに盛り込みました.ぜひご一読をいただきたいと思います.下記のリンクで内容を御覧いただきたく思います.神経学会会場では販売開始されましたし,Amazonでも予約可能です.

文光堂ホームページ
  

Amazonへのリンク 非定型パーキンソニズム

【目次】 著者敬称略
I 総 論
1.本領域における概念の変化 (下畑享良)
2.症候の理解と電気生理 (花島律子)
3.疫学,疫学研究の方法 (瀧川洋史・花島律子)
4.非定型パーキンソニズムの主な症候
 a.運動前症状と意義 (平野成樹)
 b.眼球運動障害 (廣瀬源二郎)
 c.高次脳機能障害 (大槻美佳)
 d.精神症状 (横田修・山田了士)
 e.睡眠障害/覚醒障害 (鈴木圭輔)
 f.嚥下障害 (山本敏之)
 g.コミュニケーション障害 (山田恵・下畑享良)
5.非定型パーキンソニズムの現状と課題
 a.脳脊髄液・血液バイオマーカー (春日健作)
 b.PET研究 (島田斉)
 c.リハビリテーション (松田直美・饗場郁子)

II 各 論
1.多系統萎縮症
 a.歴史,診断基準,臨床特徴,mimics (渡辺宏久)
 b.画像診断(コネクトームを含む) (原一洋・勝野雅央)
 c.病 理 (他田真理・柿田明美)
 d.治 療 (三井純)
2.進行性核上性麻痺
 a.歴史,臨床像,診断基準,mimics (饗場郁子)
 b.画像診断 (櫻井圭太・徳丸阿耶)
 c.病 理 (吉田眞理)
 d.治 療 (林祐一・下畑享良)
3.大脳皮質基底核変性症
 a.臨床像,診断基準,病型,mimics (下畑享良)
 b.画像診断・検査所見 (徳丸阿耶・村山繁雄・櫻井圭太)
 c.病 理 (古賀俊輔)
 d.治 療 (藤岡伸介・坪井義夫)
4.神経変性タウオパチーの分子遺伝学と臨床病理 (池内健)
5.Globular glial tauopathy (岩崎靖)
6.レヴィ小体型認知症 
 a.歴史,臨床像,診断基準,mimics (足立正・和田健二)
 b.画像診断・検査所見・治療 (馬場徹)
 c.病 理 (藤城弘樹)
7.正常圧水頭症
 a.歴史,臨床像,診断基準,画像所見,治療 (大道卓摩・徳田隆彦)
 b.病 理 (豊島靖子)

III 病態解明と治療法の確立に向けて
1.治療戦略 
 a.治療戦略オーバービュー (馬場孝輔・望月秀樹)
 b.αシヌクレイン (長谷川隆文)
 c.タウ蛋白 (下沢明希・長谷川成人)
 d.プログラニュリン (細川雅人)
 e.自己免疫 (木村暁夫)
2.動物モデル
 a.αシヌクレイン (矢澤生・佐々木飛翔・金成花)
 b.タウ蛋白 (佐原成彦)
3.臨床試験デザイン (橋詰淳・鈴木啓介)






非定型パーキンソニズムの臨床試験update@MDS20181(香港)

2018年10月10日 | パーキンソン病
「パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS2018)」にて,最新の臨床試験に関するプレナリーセッションがあった.自身が関心をもつ非定型パーキンソニズム(進行性核上性麻痺PSPと多系統萎縮症MSA)に対する臨床試験についてまとめたい.要約すると,PSPに対してはラサギリン,バルプロ酸,コエンザイムQ10を用いた臨床試験が行われたが,いずれも失敗している.PSPにおけるトピックスは,ヒト化抗タウ抗体による臨床試験の開始であり,本学会のランチョンセミナーのひとつが,Biogen社により「PSP」というタイトルで開催されたのは新しい時代の訪れを感じさせた(写真はパンフレット;ハミングバードがいる!).臨床試験の成功のためには,いかに正確な診断を行うか,いかに脱落率を上げずに治療を継続するかが重要になるものと思われた.一方,MSAでは自家間葉系幹細胞を用いた細胞療法や,αシヌクレインを標的とする臨床試験が開始されている.MSAでも正確な診断を行うために,2020年を目標に臨床診断基準の改訂が進められている.


以下,具体的な臨床試験の内容について示す.

1.進行性核上性麻痺に対する臨床試験
【PROSPERA試験】J Neurol 2016
MAO-B阻害薬のラサギリン1mgの効果を確認するための第3相RCT.44症例をエントリー.開始12ヶ月後のPSPRSを主要評価項目としたが効果を証明できず.ドロップアウト率が41%と高率であった.

【バルプロ酸】Clin Neurol Neurosurg 2016
バルプロ酸1500mgの効果を確認するための第2相RCT.主要評価項目は12ヶ月後および24ヶ月後のPSPRS.12ヵ月後では若干増悪傾向を認めたが有意差なし.24ヶ月後ではその傾向も消失した.57%の脱落率.

【コエンザイムQ10】Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm 2016
コエンザイムQ10 2400 mgの効果を確認するための多施設第2相RCT.主要評価項目は12ヶ月後のPSPRS.62症例.有効性を認めず.脱落率41%.

【ABBV 8E12(ヒト化抗タウ抗体)】
多施設第1相RCT.抗体とプラセボの比較で,主要評価項目は安全性・忍容性.30症例.結果は安全性に問題はなし.髄液/血漿比は0.2~0.4%と髄液移行は低いことが分かった.図のグラフは血漿中の濃度変化を示す(J Prev Alz Dis 2017;4:236-41).


【現在進行中の臨床試験】
①ABBV 8E12
ヒト化抗タウ抗体ABBV 8E12(Abbie社)を用いた第2相RCT.330症例.主要評価項目は開始52週後のPSPRSと安全性.

②Passport試験:ヒト化抗タウ抗体BIIB092(Biogen社)を用いた第2相RCT.396 症例.主要評価項目は開始52週後のPSPRSと安全性.

③その他:リバスチグミンの効果を確認する第3相RCTや,Salsalate(NSAIDs),TPI-287-4RT(微小管安定化薬)の効果を確認する第1相RCTが行われている.ユニークな研究として,在宅ケアや緩和ケアの有効性を検討する臨床試験も行われている.

2.多系統萎縮症に対する臨床試験
【MSA-Fluoxetine試験】Exp Neurol 2012
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)フルオキセチン40mgの効果を確認する多施設第2相RCT.
主要評価項目は開始3ヶ月後のUMSARSパート1+2スコア.81症例.有効性を証明できず.ただしUMSAQoLの感情に関するサブスコアはフルオキセチン群で良好の傾向.

【AZD3241 PETMSA trial】Clin Auton Res 2018
脳透過型ミエロペルオキシダーゼ阻害剤AZD3241の効果を確認する多施設第2相RCT.対照と300 mgないし600 mgを比較.比較主要評価項目は安全性・忍容性とPETによるミクログリア活性化の抑制.59症例.ミクログリア活性化は抑制されず,UMSARSも改善しなかった.

【自家間葉系幹細胞髄注療法】
投稿中
単一施設のオープンラベルの第1/2相試験.脂肪由来間葉系幹細胞を1 × 10-7個,5 × 10-7個,1 × 10-8個髄注する.主要評価項目は12ヶ月後の安全性・忍容性.24症例.安全性については重大な副作用はなかったが,一過性の発熱と,馬尾神経根の肥厚が見られ,その一部で腰痛・下肢痛を呈した.

【PROMESA trial】
αシヌクレイン凝集阻害剤(oligomer modulator)であるEZCGの効果を確認する多施設第3相RCT.主要評価項目は12ヶ月後のUMSARSパート2.92症例.改善なし.しかしMRIサブスタディーにおいて脳萎縮に抑制効果を認めた.

【AFF009試験】
αシヌクレイン能動免疫療法に関する臨床試験で,PD01Aが能動免疫をもたらすことを確認した.

3.感想
以上のようにこれからの神経変性疾患の治療は,神経免疫学の知識が非常に重要になってくるだろう.またこれらの臨床試験は,タウやαシヌクレインといった単一の分子を標的にする治療がどこまで通用するのかを明らかにすることになる.脳虚血やアルツハイマー病においては興奮性アミノ酸毒性やアミロイドβのような単一の分子を標的にする治療では限界があることを示されたが,これらとは異なり,PSPやMSAが本当に単一の分子の異常により引き起こされる疾患なのかが明らかになるものと思われる.

第12回パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDSJ 2018)@京都

2018年07月10日 | パーキンソン病
標題の学会が7月5日から7日にかけて行われました.メインイベントは,学会員が経験した貴重な患者さんのビデオを持ち寄り,その不随意運動や診断・治療について議論するイブニング・ビデオセッションです.今年の11症例の一覧を記載します.

【問題編】
症例1.突然右上肢が動くようになった71歳女性
高脂血症の既往,突然のヘミコレア,もしくは片側の舞踏病アテトーゼと考えられる不随意運動が出現した.病名,病変部位は?

症例2.左上下肢不随意運動を呈した17歳女性
9歳時,右中大脳動脈の解離に伴う脳梗塞の既往があるが回復した.退院2ヶ月後に左上肢に徐々に不随意運動が見られるようになった.6年後,その不随意運動が増強した.演者は企図振戦,Holmes振戦と答えたが,会場からはhyperkinesia volitionnelle,kinetic tremor+myoclonusなどとの意見もあり.クロナゼパムとチアプリドは効果不十分であった.治療は?

症例3.意識障害と新たな不随意運動をきたしたパーキンソン病の67歳女性(岐阜大学からの症例)
発症して5年が経過したパーキンソン病.合併症に腎機能低下あり.レボドパ合剤100 mgとアマンタジン300 mgにより治療が行われていた.wearing off現象に対しロチゴチン貼付を開始したところ幻覚が出現,貼付を中止したものの意識障害と全身性ミオクローヌスが持続した.診断は?

症例4.前頭部に局在する,やや律動性収縮を呈する56歳女性
閉瞼と羞明を主訴に受診し,ボツリヌス毒素治療にて改善したものの,しばらくして前頭部の律動性収縮が出現した.クロナゼパムは無効.両側同期性,睫毛の挙上を伴う前頭部の収縮を認める.強く閉眼すれば収縮は消失する.また前額部に指をおくと消失する(感覚トリック).針筋電図の針を刺入しても消失する.診断は?

症例5.突然,口顎および上腕を中心とするジストニアが出現し,脳波異常も認めた17歳男性
主訴は「顔が硬くなる」.新生児期にてんかん様運動,学童期にADHDの既往あり.抵舌,発語,書字は非常にゆっくりである.球麻痺を認め,摂食困難である.顔貌異常も認める.ジストニアは顔面>上肢>下肢の順に強く勾配がある.診断は?

症例6.大動脈解離後に生じた異常運動の76歳男性
大動脈解離にてICU入室し,救命されたが,入院1ヶ月後に体の揺れや動揺性歩行が出現した.症候学的には舞踏病アテトーゼと体幹失調を呈した.双極性障害などに対しさまざまな薬剤を内服している.診断は?

症例7.四肢の筋肉に奇妙な運動を認めた45歳男性
小児期からの四肢筋肉の痛みを伴う奇妙な動きが主訴.同様の所見を娘,兄弟,父,祖母に認め常染色体優性遺伝が示唆される.上肢および下肢を軽くつねったり,叩いたりすると波打つような動きが出てくる.筋力低下なし.診断は?

症例8.短母指外転筋の規則正しい筋収縮が数ヶ月以上にわたって持続した62歳女性
短母指外転筋の軽微な筋収縮を認めるが,数ヶ月以上,持続するためかなり苦痛を感じている症例.高アルドステロン症に伴う高血圧と低カリウム血症を認める.表面筋電図では一定間隔で発火がみられる.振幅は正中神経刺激のM波の5%程度である.針電極を刺した後に60個ぐらいのスパイクが出現するが,徐々に減衰する.病態は?

症例9.思春期より運動過多がみられ成人期にかけて減少している幼少期発症のジストニアの24歳男性
1歳4ヶ月から運動過多を呈したが,クロナゼパムは無効であった.14歳から軽度の知能低下が見られた.頭部MRIは正常であった.不随意運動についてはジストニア,ミオクローヌス,舞踏運動の合併と考えられた.また筋トーヌス低下を認めた.随意運動は可能で,バッティングセンターでのバッティングも可能であった.ミオクローヌスと舞踏運動が青年期に改善する傾向が見られた.診断は?

症例10.律動的な両上肢の脱力を伴う多彩な不随意運動を呈する10歳男児
5歳から書字の際に右上肢に不随意運動を認めるようになった.両側上肢を挙上すると瞬間的に脱力する.10歳で書字困難,食事困難になった.症候学的には陽性+陰性ミオクローヌスが上肢主体に見られるが,歩行を含め下肢に不随意運動はない.しかし片足跳びはできない.キャッチボールは可能.表面筋電図では200から300 msで律動性のelectrical silenceを認める.表面筋電図ではジストニアと陰性ミオクローヌスと考えられる.診断は?

症例11.睡眠中に奇声を発すると家人より指摘される36歳男性
睡眠中に笑い声といびきを認める.夢内容は覚えていない.頭部MRIでは異常なし.ポリソムノグラフィでは睡眠時無呼吸を認め,徐波睡眠は少ない.笑っている際は,睡眠脳波N2から覚醒する状況で,覚醒していた.笑い声の病態は?

【解答編】
症例1.右淡蒼球の脳梗塞に伴うヘミコレア.
淡蒼球でも生じた点が興味深い.

症例2. Thalamotomyの適応.
会場からはむしろDBSが良いだろうとの意見.ちなみにHolmes振戦については過去のブログをご参照いただきたい.

症例3. アマンタジン中毒.

アマンタジンは尿中から排泄される腎排泄型薬剤である.腎機能が低下している患者が服用すると,投与を中止しても高い血中濃度が維持される.その結果,副作用である精神症状(幻覚,妄想,せん妄,錯乱等),痙攣,ミオクローヌス,意識障害が発現する.血中濃度の測定は愛媛大学にて施行いただける.

症例4.Dystonic forehead tremor.

再度のボトックス注射で改善した.

症例5. DYT12(ATP1A3遺伝子変異).
この遺伝子変異は,急性発症ジストニア・パーキンソニズム(RDP)/小児交互性片麻痺(alternating hemiplegia of childhood:AHC)/小脳失調症深部反射消失凹足視神経萎縮感覚神経障害性聴覚障害(cerebellar ataxia, areflexia, pes cavus, optic atropy, and sensorineural hearing loss:CAPOS)と様々な表現型を示す.
本例はこのなかのRDPであり,急性発症,2~3分から1か月で症状は完成し以後ほとんど進行しない.ジストニアとパーキンソン症状を呈し,ジストニアは顔面口部に強い.常染色体優性遺伝であるが不完全浸透で,家族発症は必ずしも示さない.AHCについては過去のブログをご参照いただきたい.

症例6. リチウム中毒.
過量服薬だけでなく,脱水や利尿剤の投与,感染によっても中毒域や致死域に到達する.またループ利尿剤など多くの薬剤との併用により相互作用を起こし,血清濃度が上昇し,中毒症状 を引き起こす.軽症時では意識障害や構音障害,悪心,嘔吐,下痢などが認められる.重症時には昏睡,痙攣,心電図異常(洞不全症候群,QT 延長症候群),致死的不整脈などが認められる.不随意運動としては振戦が有名だが,舞踏運動やミオクローヌスも生じ,さらに小脳性運動失調を呈する.

症例7. Rippling muscle disease(RMD; CAV-3遺伝子変異).
良性のミオパチー.Rippling muscleとは波のような筋収縮が筋の過興奮によって引き起こされる症状である.15歳以下の小児に発症しCaveolin-3 gene遺伝子異常に関連した常染色体優性遺伝の遺伝性のタイプと,成人発症例が多く,自己免疫的なメカニズムが想定されるタイプの2種類に分類される.CKは一般に上昇する.針筋電図ではrippling muscle現象時には活動電位は認めない.

症例8. 末梢性ミオクローヌス.

神経伝導検査にて絞扼性末梢神経障害があるため疑われた.しかし会場から現症的にはミオキミアとした方が良いという意見や,そもそもその概念は一般的でないとの指摘があった.ボツリヌス注射で消失した.

症例9. ADCY5(adenylate cyclase 5)関連疾患.

本邦初の報告である.MDSのビデオオリンピックではこの数年間で何度か提示された.常染色体優性遺伝の疾患で,早期発症,舞踏病様,ないしジストニア様のジスキネジア,眼や口部周囲のミオキミアを呈する.良性遺伝性舞踏病の表現型も取りうる.De novo変異もあるので家族歴がなくても疑う必要はある.

症例10. DYT28(KMT2B-dystonia).
GPi-DBSが有効であった.KMT2B遺伝子はリシン特異的メチルトランスフェラーゼをコードする.ほとんどde novo変異で,一部で常染色体優性遺伝.幼少児期発症,下肢ジストニアで発症することが多く,その後,上肢・頸部・口顔面に広がることがある. 特徴的な顔貌(面長)で,団子鼻,小頭症,低身長が見られる.半数で精神運動発育遅滞を呈する.

症例11. 睡眠時無呼吸症候群の再呼吸の際に合併するspeech-like movement.

睡眠時無呼吸症候群の無呼吸終了後には一見,RBDと鑑別を要する運動が出現することがある.しかし本例のように笑い声を呈することはかなり稀なケースと思われる.

今年は少しマニアック(?)な症例が揃った印象を持ちましたが,もう少し教育的な症例の提示があると良いように感じました.
それにしても不随意運動を文章で記載することは難しいです.エキスパートでも意見は必ずしも一致しないのだなぁとも思います.さらにすぐに消失してしまうこともありますので,スマホでもよいので必ず動画に記録し,あとでほかの先生方と議論すると良いと思います.勉強になる症例の経験は共有し,MDSJのビデオセッションや,新たに始まったMDSJ Lettersへの症例報告の投稿ができるとさらに良いと思います.


パーキンソン病・パンデミック -いま行動起こす時-

2018年02月21日 | パーキンソン病
「パンデミック(Pandemic)」という言葉は,地理的に広い範囲の世界的流行,もしくは非常に多くの数の感染者や患者を発生する流行を意味するもので,インフルエンザやAIDS(HIV感染)などに使用されてきた.例えば,インフルエンザ・パンデミックは「新型インフルエンザウイルスが広範かつ急速に,ヒトからヒトへと感染して広がり,世界的に大流行している状態」のことである.JAMA Neurology誌に,非感染性疾患であるパーキンソン病が,早急な行動を必要とするパンデミック状況にあるという衝撃的な論文が,米国ロチェスター大学から報告されている.

神経疾患は身体の機能障害の原因として最も頻度が高い.この神経疾患の中で,パーキンソン病患者数の増加は非常に急速で,アルツハイマー病の増加を凌ぐものになっている.1990年から2015年にかけて世界のパーキンソン病の有病率は2倍以上,死亡率も2倍以上になった.パーキンソン病は高齢化とともに増加するため,今後さらに,指数関数的に発症者数が増加するものと推測されている.2014年のメタ解析の結果から,全世界におけるパーキンソン病患者数は2015年の690万人から,2040年では2倍以上の1420万人に増加すると推定されている.

しかも本当はこの推測よりもさらに増加するだろうと論文は述べている.その理由として,元となったデータにおいて,正しく診断されず見逃されていたパーキンソン病患者がいること,パーキンソン病の発症率を低下させることが知られる喫煙率が低下していること,そして何よりますます寿命が伸びていることが挙げられる.日本は超高齢社会(65歳人口>21%)にあり,今後さらに高齢化が進むため,当然,患者数は増加する.

このパンデミックにどう対処すればよいのだろうか?社会はHIVに対して行ったような努力を始める必要があると著者は述べている.HIVも当初は,原因不明の生命に関わる疾患であったが,現在は治療可能になり,予後を大きく改善することができた.それと同じことをパーキンソン病において目指す必要がある.パーキンソン病に対して応用可能なHIVに対して行なった4つの努力を論文は紹介している.

1.発症を予防すること
HIVとの戦いにおいて,社会は行動様式,すなわち性行為に関する行動を啓発し,急速に変化させた.パーキンソン病では,遺伝的な要因を除くと,真の発症機序は未解明である.しかし近年,環境要因,例えば殺虫剤や運動不足・食事の要素といったものが発症に関連することが分かってきた.これらの問題に関しては取り組みが可能であるだろう.

2.治療・ケアへのアクセスを増加させること

HIV感染患者は当初,治療・ケアにアクセスすることが困難であった.一部の病院は患者を治療することを拒否さえした.これらは患者に対する差別の蔓延に繋がった.パーキンソン病においては,治療薬がある疾患であるにも関わらず,世界的に治療へのアクセスは限られている.例えばアメリカのような富裕国においても,65歳以上の患者の40%以上が神経内科医による治療を受けていない.同様にヨーロッパ全体を対象としたオンライン調査でも,パーキンソン病患者の40%が専門医による診察を受けていない.富裕国以外では診断さえ行われていない患者が多い.例えばボリビアでは,ほとんどの患者に対し,診断・治療が行われていないことが報告されている.中国では,パーキンソン病患者が200万人を超えているにもかかわらず,パーキンソン病専門医は100人に満たない状況である.

3.研究費を増やすこと

HIV流行が始まった際,各国政府による研究費の割当てがなされなかった.初期の多くの研究は,熱心な支援運動や企業から研究費によって行われ,これらが徐々に増加し,原因解明や治療法の開発に繋がった.現在,NIHは約30億ドルをHIV研究に捻出しているが,遥かに患者数の多いパーキンソン病に対しては2億ドルを下回る状況である.

4.新しい治療薬のコストを減らすこと
世界レベルでは40%,低所得国の80%のパーキンソン病患者は,治療薬を入手できていないと言われている.この治療薬の中には,開発から50年が経過し,比較的安価ながら,QOLや死亡率を改善することができるレボドパが含まれている.一方,新薬の開発が進められているが,近年,薬価が高騰する傾向にあり,いかに安価な薬剤を開発できるかが重要なテーマとなりつつあり,とくに患者数の多いアルツハイマー病ではその考えが認識されつつあるが,その実現への道のりは非常に長いだろう.パーキンソン病においてもこの問題はあまり議論されていない.

上記の4つの対策について日本に当てはめて検討する必要がある.とくに2に関して,神経内科医の不足,医師の偏在化は重要な問題として存在している.後者は新しい専門医制度によりさらに顕著になったと指摘されている.神経内科医療へのアクセスのしやすさを確保するための工夫が一層必要である.また3の研究費については,もちろん希少疾患を切り捨てることがあってはならないが,それでもパーキンソン病,脳卒中,認知症といった患者数が圧倒的に多く,さらに今後顕著な増加が予測される疾患の対策に,優先的な研究費の配分が必要ではないかと思う.神経内科に限ったことではないが,若手医師が将来の研究テーマを決定する場合にも,日本が今後どのような社会になり,どんな疾患の増加に直面するかを考え,それに対して自分が何ができるのかという視点を持つことも大切になるのではないかと思う.

Dorsey ER et al. The Parkinson Pandemic-A Call to Action. JAMA Neurol.2018;75:9-10.



すくみ足に対する「パーキン・メガネ」vs「レーザー・シューズ」

2018年01月16日 | パーキンソン病
パーキンソン病の歩行障害に,足を前に踏み出せない「すくみ足」がある.歩行の開始時,方向転換時,狭い場所を通るとき,目標に近づいたときに生じる.転倒やケガにつながり,QOLの低下を招く.薬物療法の効果は乏しい.一方,不思議な現象として「逆説的歩行(kinesie paradoxale)」が認められる.例えば足下に,カラーテープなどで跨ぐもの(視覚的キュー)を示すとすくみが改善します.平地では歩きにくい患者さんでも,階段昇降が可能であるのはこの現象のためである.

私が大学院生の頃,実験を指導してくださったI先生が仰った「わし,すごいアイデアを思いついた!レンズに線を入れたメガネをつくれば,すくみ足が良くなるはずだ(図A)」.研究室のみんなは「それはすごい!」と興奮し,特許出願すべきとか,会社を興すべきとか盛り上がり,そのメガネは「パーキン・メガネ」と名付けられた.その後,I先生がメガネに細工をして,効果を試されたかは不明だが,うまく行かなかったものと思われる.理由は,歩幅は左右で異なったり,抗パーキンソン病剤のオンとオフなどでも異なるため,適切なタイミングおよび位置に,指標をもってくるのが難しいと思われるためである.過去にも「視覚的キュー」を利用する道具がいろいろ作られたが,必ずしも効果は十分ではなかったようである.

今回,決定版とも言うべきデバイスがオランダから報告された.レーザー・シューズである(図B).左右のくつの前面にレーザー発射口が装着され,「クローズループ制御」による線の位置決めがなされる.位置決めに関する理論として,指令だけをしてフィードバックを取らない「オープンループ制御」と,指令からフィードバックを取り,補正を加える「クローズループ制御」がある.後者は,このシューズにおいては,一側の足が着地すると踵のスイッチが押され,その情報をもとに,対側の足を踏み出すのに適したレーザー光が発射されるという仕組みだ.

臨床試験は,21名のすくみ足を認める患者さんにおいて,オン時およびオフ時に,すくみ足を生じやすい環境を含めて歩行していただき,すくみ足の回数とその時間(割合)を評価した.対照は同一人物で,同じシューズを履き,レーザーを止めた状態とした.さて結果であるが,レーザーにより,すくみ足の回数はオフ時で45.9%,オン時で37.7%減少した.すくみの割合もオフ時で56.5% (p = 0.004),オン時で51.4%(p = 0.075)減少した.患者の主観的な改善効果もこの結果に一致した.ただしすくみ足以外の,歩幅などの歩行自体には効果はなかった.また効果に対して,前頭葉機能障害の程度は影響しなかった.

結論として,レーザーシューズは練習もなく速やかに,すくみ足を改善をした.考察の中に,靴では下を向いての歩行になるため,「むしろメガネが良いのではないか!」,つまりグーグルグラスのようなスマートグラスで,前方視野に指標を出したほうが良いのではないかという意見があるかもしれないと書かれていた.しかし著者らは恐らくうまくいかないだろうと言っている.その理由として,かえって気が散ってしまい視野の妨げにもなること,そもそもパーキンソン病患者さんは前屈姿勢があるため下向きの傾向があり,苦にならないこと,下を向くのはすくみ足が出た時だけであることを挙げている.今後は,治療効果の出やすい症例の特徴を明らかにすること,家の中での生活における有効性について評価することが課題である.早期の実用化が望まれる.