日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

愛媛県鬼北町庁舎を使い続ける・シンポジウムで伝えたこと

2010-05-16 21:19:18 | 建築・風景

四国を車で走ると、見え隠れする山の連なりが関東近辺とずい分違う。小さな山が重なり合っていて島が点在する瀬戸内海を走っているようだ。
そして山を背にして建っている集落の屋根が、黒い瓦で覆われていて家屋にも手入れがなされているのを眼にすると、この国(四国)は豊かなのだと感じるのだ。

4月25日(2010年)、これから行われるシンポジウムを前にして鬼北町庁舎を見学しながら、副町長にそんなことを話した。
「いや私が子供だったこの庁舎が建った52年前は、この周辺の茅葺の屋根は手入れが出来なくて朽ち果てそうだったし、皆貧しかった。今と同じように町村合併をして行政を担うことになった町長は、しっかりした庁舎を建てることによって、まちの人たちに新しい時代を迎えることを伝え、自分のまちに誇りを持ち豊かな生活を目指す目標を築いたのだと聞かされた。私も今になってそうだったのだろうと思う」という。

シンポジウムのパネリストとして、地元出身の中川軌太郎(のりたろう)が代表を務めていたA・レーモンドの設計した「この庁舎を使い続ける意義」を述べたときに、この見学時のエピソードを披露した。

僕のタイトルは「建築と風土・原風景の中の建築」。サブタイトルは「使い続けるための仕組みを考える」。

曲田愛媛大学教授の司会によって行われたこのシンポジウムは、PP(パワーポイント)をスクリーンに映し、冒頭に話した僕のタイトルがそのままテーマとして使われることになった。
昨年の8月にここを訪れ、打ち放しコンクリートを多用したこの庁舎が、しっかりとこの地に馴染んでいることに驚き、時を経てこの建築が多くの人々の中に原風景として存在していると感じたのだ。そして今回の見学時に地元の方から、小学生のときこの庁舎を観に行く遠足があり、皆でスケッチをしたことがある。それが忘れられないといわれた。

土地柄や人の気質つまり風土と建築は切り離せないが、「モダニズム建築と風土」をどう捉えるべきか、これは一つの命題だと思う。でもこのシンポジウムに出掛けて確信した。このモダニズム建築が原風景となって人の生き方の中に息づいている。それは建てた人に熱い想いがあり、それを受け止めた建築家がいるからだ。
初めてこの地を訪れ、一緒に見学した曲田教授も僕のテーマを受け止めてくれたようだ。だからタイトルとして使った。

シンポの最後に会場の町長からご挨拶をいただいた後、曲田教授が壇上の僕のところに歩み寄り、そっと一言オーセンティシティに触れて欲しいとささやいた。
それを受けて僕が述べたのは、この庁舎を建てた時の施政者・町長の想いと町の人々の記憶を引き継ぐこと、つまり過去があって現在(いま)がある。現在があるから未来がある。そこに込められてきた想い(経緯)を次代に引き継ぐ、それが現在に生きる僕たちの役目だ。
それを実現するためには、この建築の持つオーセンティシティ「原初性・由緒ある正しさ」を検証するシステムが必要だと述べた。それがつまりサブタイトルの「使い続けるための仕組みを考える」ことなのだ。
さらに藤岡教授が、会場からの質問に答えて「個人的には登録文化財としての価値があると考える」と述べたことを受けて、この建築の価値、つまりその存在の大切なことを町民にわかってもらうためにも、「登録する」ことをこのシステムの中で考えて欲しいとつ付け加えた。

シンポジウムを取材してくれた愛媛新聞の高橋記者は僕たちの発言について簡明にこう書いた。
「東京工業大の藤岡洋保教授については「窓や柱など必須の要素だけを組み合わせシンプルにまとめられており`近代建築の原則に沿っており、極めて貴重`と評価した。
関西大学西澤英和准教授は、庁舎の耐震構造を解説。`大きな基礎を地中に埋めたり階段に筋交いの効果を持たせたりしていることを挙げ、`構造、機能,意匠を総合的に考え設計されており、外観に影響を与えずに耐震工事が出来ると述べた」。
「今後の保存活用や耐震化に向けては、近代建築の保存活用に取り組む国際組織DOCOMOMO兼松幹事長が`有識者組織を立ち上げて欲しい`と述べた」。

このシンポでは、藤岡教授は庁舎の全体像と建築家レーモンドと設計を担当した中川軌太郎を明快に紹介し、西澤教授の丸出し関西弁による庁舎の構造構成の解説、そしてゆったりと柔らかい曲田教授のパネリストの論旨を引き出す語り口は、僕たちのこの建築に対する想いを会場に詰め掛けた人の心に届け得たのではないかと思う。

鬼北町町長や職員の方々も、ぼくたちのメッセージを真摯に受け止めてくれたようだ。