光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

早春の雑草

2008-02-04 18:52:53 | 散策
  朝に見た、金星と木星の接近に、月が加わった様子は、今思い出してもまことに美しく、これこそ滅多に見られない光景であった、と確信する。
  空気が澄んでいた。春霞のようなものもなく、晴れに近い天気で、その部分は雲はなく透明であって、金星もさほど高度は高くないが、かなり明るく、この灼熱の星の、そこには住めそうにないが、その外から見る美しさは、英語の表現そのものである。木星は、惑星の王者ではあるが明るさは金星にはかなわない。しかし、金星に対等に立ち向かうことの出来る星は、これまた木星しかなく、この二つの星のめぐり合わせの不思議に、少し感激する。月が加わって、もはや言うことはないが、
  この様子を、寝ぼけまなこで撮ってみたが、ただ、そこに、確かに細い月と、点状に見える二つの星は、写ることは写っていたが、ただそれだけで、これは、肉眼で見たものとはまったくかけ離れていて、かなり情けない思いをしたが、これは当然であって、この様子を目で見たとおりに写すには、その何倍もの努力と情熱が必要であって、そのことをすっかりと忘れていた。こうゆう機会はなかなかなく、それゆえまた忘れ去られるようで、このことについては、これでおしまい。しばらく、他の方の撮られたものを、星空関係のページで見ていた。

  寒い時間が続く。「低温注意報」というものも出ている。いつもの散歩やらに出かける。雨は、降りそうになくポケットにミニカメラを入れた。それから、傘も持った。
  しばらくして、これはヒメオドリコソウというものを見つけて、これをまずファイルに収める。こうゆう、小さくて、地味で、どこにでもありそうで、しかしない、というものを探すことにする。スーパに行って、まず大型のキャベツを籠に入れた。他は、適当。それからも、小さい、目につかない植物を探す。
  傘、買い物の袋、それとミニカメ。これらを両の手で操るのは少しくたびれる。それに、あまりのんびりも出来ない。気温は真冬であるから。最後に、
  盛んに咲いているサザンカの、そのきれいな花弁がたくさん落ちている、その時期を待っていたのであるが、その花弁が落下して出来た様子をいうのも、ファイルに収めた。これで、一日か、二日はもつだろうと思う。なにを考えているのやら。寒いようで、少し汗をかいていた。




  オオイヌノフグリは、去年の暮れにもう咲いていたが、ヒメオドリコソウは、見かけなかった。ただ、この葉っぱは、見かけたことがある気がする。まだまだ、これから先、山のように咲くはず。




  これは、なんだかまだわからない。小さい花が集まっていてもまだ小さいが、どうにか合焦してくれた。

  サザンカのぱらぱら落ちる花弁は、なんだかもったいない。これが、たくさん集まれば、と思う。



  サザンカを垣にしているお宅は多いが、この落ちた花弁がうまく敷き広がるようなところ、あるいは降る積もるようなところは、意外と少ない。
  ここの垣の様子を見ていて、今日は試しに撮ってみるときだと思った。ちょうど小さな側溝もあってそこにも、この花弁がある。もっとあれば、と思う。
  この側溝も、底が少し暗くぼんやり紅く光る、サザンカの花弁がもう一度輝く場所のようである。この側溝は、水が流れている気配はない。  

早朝のドラマ

2008-02-04 07:07:22 | 散策
  朝のお天気、雲の多い晴れ、か、やっぱり曇り。風は弱く、穏やか。アメダスの最新気温、マイナス1.1℃、積雪0cm、湿度91%。室温4.5℃、寒い。
  寒いから、手も動かないし、PCの動きも悪い。間違いだらけ。

  立春。

  起きて外の様子を見る。窓が曇っているから、開けるしかないが、忘れていたが、ちょうどうまい具合に、ずいぶんと細い月と、それから、明るすぎる、点にしては、金星と、ちょっと寂しげな、実際は自分が一番大きい、木星が、同じような場所に見えた。なんとまー、美しい。この世のものとは思えません。
  金星も拡大すると、月と同じように、太陽に近いほうはほぼ円で反対側は、少しゆがんだ、へこんだ円になっている。木星は、太陽の向こう側にあって、ほぼ丸く見える。そう想像するが、いずれも過去にその姿を見ている。
  これを見ていて、スタートが遅れた。遅れて、温度計を見た。

  TVのスイッチを入れて、顔を洗った後、しばしTVを見る。顔を拭きながら、ブルブルしながら、ライトに照らされた名古屋からの中継の、梅は白く輝いていたが、ここは、高感度カメラのちょっと不自然な映像が似合うようである。それから、東京に絵は変わったが、そこは、白かった。
  白い東京の姿を見るのは、なかなかこれも美しいが、これを褒め称えるのもしばしであって、あとは静観する。気象予報士の方のコートと雪が同じ白さに見えて、それで雪はまだいいとして、溶けた雪が凍っているところになると、もう見ていられない。実際は、ホンの数秒、プラスα、見ていただけであるが、あとは急いで、食事、パンを胃に放り込んだ。

  最近ずっとキャベツをきざんで食べていたが、そのキャベツがなくなったのに気が付いたのが、土曜の夜で、しかしきのうは近くのお店が休みで、結局、土、日、二日、キャベツなしで過ごした。なんでか知らないが少し胃がもたれる気もする。これなども、もう習慣となっていて、キャベツを食べるのが当たり前になっていて、それがなくなって、普段は何とも思わないが、初めてなくなって知る、ありがたさというものがありそうである。
  キャベツの効能より、キャベツを食べると少しお腹が膨れて減量にもいいとかいう話しも聞くが、しかし、私の場合、このキャベツを食事の一番最後にとっている、食べていて、その減量効果は、まったくない。