田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

第三章 黒髪キリコ/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-26 22:16:50 | Weblog
第三章 黒髪キリコ

遠野郷の民家の子女にして、異人にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。              柳田国男「遠野物語」31

1
 
山のレストランをでて榊隼人は二社一寺への道を選んだ。
道に沿ってレストランや地粉が売りの蕎麦屋。
食堂、休憩所、乗馬クラブ、体験学習。
陶芸教室などがあった。
そのひとつひとつの看板が隼人にはおもしろいらしい。
しばらくたたずんでは、看板と店の建物を眺めながらのんびり歩いている。
山のレストランは北米スタイルの料理だった。
ニジマスのチーズ焼きはおいしかった。
中禅寺湖で養殖したというニジマスは肉もしまっていた。
チーズの匂いが適度にからみ合っていた。
美味だった。

直人は死にたくなかったろう。
きれいな恋人をのこして。
任務を遂行するともできず。
死んでいった。
直人が崖から転落死などするはずがない。

美智子さんも悲しかったろう。
ぼくにはわからないほど。
悲しんだのだろう。
まだ直人の死からパーフィクトに立ち直ってはいない。
どこかはかなく、崩れてしまいそうな危うさがある。
危うさが、彼女に翳のようなものをにじませ。
それが憂いのある……彼女の魅力となっている。
そのはかなさ。
……憂いが彼女の美しさをきわだたせているのだ。

●作者注。
奥の細道より。

黒髪山は霞かゝりて、雪いまだ白し。

剃捨て黒髪山に衣更   曽良

黒髪山は日光山の主峰、男体山。
キリコは霧降のキリ。
それで、ちかぢか黒髪キリコの登場です。

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女優中山美智子/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-26 22:04:21 | Weblog
4

「もちろんぶじでした。
テレビでご覧になったとおりです」
プロダクションの社長からだった。
里佳子から携帯を渡された。
心配してくれている。
ことわりもしないで、パーティーの席からぬけだした。
脱出してきたのに怒っていない社長に。
とおりいっぺんの返事しかできないじぶんが悲しかった。
社長はなにも知らない。
直人の三回忌をひとりで霧降の滝で過ごしたかった。
それで、パーティー中途でぬけだしたとしか思っていない。
そうだった。
そうだったのだ。
浅草の駅に着くまでは。
だって、受賞がきまった。
うれしくて、直人との約束の日を。
彼の命日を忘れてしまった。      
わたし、おかしい。
あまりにあれから……ずっと寂しかったので、おかしくなっていた。
まだおかしい。
寂しすぎたもの。
ひとりぼっちだったもの。

そして直人に会った。
亡霊だと思った。
それでもいい。
これで孤独の寂しさからはぬけだせる。
亡霊でも直人に会えてうれしかった。
うれしかった。
直人が会いにきてくれた。
直人が約束を守ってくれた。
うれしぃ。
こころがおののいた。
戦慄で体もふるえていた。

「結果的にマックス宣伝効果があった。
局の出演を調整するのにてまどって連絡がおくれた。
今夜のパーティーには出られるゆうに。
安全運転で帰ってきてくれ」

「つけられているわ」
美智子が携帯をきるのをまって里佳子がいった。
「パパラッチ」
「そう、あのころの日常がもどってきたのよ」
「おばさん、あまりはりきりすぎないでくださいな」
美智子がおどけていう。
「あれから三年もたっているの。
おばさんも、わたしもあのころの歳にはもどれないのよ」
「あなたは、美智子ぜんぜんかわっていない。
むしろあのころより美しくなった。
歳月の重みでさらに風格がでてきた。
きれいすぎる……貫禄みたいなものが身についたって感じよ」
「ほらやっぱぁ、年とつたってことよ」
「そんなことない。
そんなことない。
これからよ。
これから上りつめてみせて」
「おばさん。よして」
「ごめん。じぶんのことのように興奮している」
「そうよね。わたし……三年もくすぶっていたのですもの。
みなさんに迷惑かけたわ。謝るのはわたしのほうなのよ」




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女優中山美智子/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-26 17:27:54 | Weblog
3

「ごめん、おどかすつもりはなかった。
そんな気でいったんじゃないのよ」
「だって、三年も前に死んだモト彼に会ったなんていわれて。
おどろかないほうがよっぽどおかしい。
……と思わない」
さいごの言葉は質問の形となって美智子になげかえされた。

スピードはぐっとおとしている。
またおどかされても心配ないように。
里佳子の、配慮によるものだ。

「ほんとなの。榊直人に会ったの。
彼は三年たったら霧降の滝で会えるからといっていたのよ」
「そんなの死んでいく人間のロマンチシズムよ。信じていたとはね」

里佳子は容赦なく言い放った。
それで会話にひずみができた。
会話はとだえる。
美智子は深い吐息をもらす。
里佳子が沈黙に耐えられなくなった。

「ねえ美智子なにがあったの」
姪に呼びかける優しさがある。
「だから直人そっくりの男にあったの」
「直人さんじゃないわけね。
そっくり、という言葉いれてくれないと困るじゃないの。
わたしてっきり美智子がトンジマッタと思うところだったわ。
マジで、一瞬そう思った」
芸能界にいるのでときどき、若者のボキャがでる。
のりやすいキャラなのかもしれない。

「わたしだって、浅草駅の人ごみで彼を見たときおどろいた。
幽霊を見た。直人の幽霊に会った。
彼が約束にたがわずこの世にもどってきた。
一瞬ほんとに幽霊がでた。そう見えた。
でも、足があった。あいつ、美男子だったからな。
サムライみたいに、たくましかった」
美智子のほうが古い言葉を使う。
そこで彼女は思いだし笑いをした。
「古いことば知ってるんだ」
と若者にいわれた。
彼の声が耳元に小さくこだました。
文学青年? と彼女がいったことへの返し言葉だった。
彼は少年から青年と移行していく、あいまいな年齢にあった。
そこで彼女は気づいた。
若者の名前を聞いていなかった。

ふたりで霧降りまで歩いた。
山のレストランで食事をした。
あの雰囲気は……。
恋人までの距離に限りなく近寄っていた。
いや、恋人の、直人だった。そう信じた。
だからこそ、名前聞いてしまっては――。
現実に引き戻されそうな予感がして怖かった。
いや、榊直人だと信じこんでいた。
だから、名前など確かめることをしなかった。
あれでよかったのだろうか?
夢でもいい、彼と再会した、と信じたかった。

信じていたかった。
たとえ、つかのまでも……。
直人の三周忌に、彼に会うことができた。
浅草から終着駅の日光までずっと彼を眺めていた。
胸がわくわくした。
胸がときどき高鳴った。
直人と初デートで日光に来た時以来の興奮。
美智子は彼の動きを離れた席からじっと見つめていた。
直人がそこにはいる。
あの事故がなかったら、わたしたち結婚していた。
今頃はよちよち歩きの子どもがいても、不思議ではない。
わたしは、女優であることをやめていたろう。
わたしには、普通の家庭の主婦がむいている。
そうなりたかった。
直人がそばにいて。
子どもがいて……。
毎日。笑い声の絶えない。
平凡だが楽しい家庭を築きたかった。

わたしは女優であることを降りたろう。
わたしはいい母親になっていたろう。
さまざまなおもいが交差した。
電車のなかで走り回っている子どもたちに。
視線が収斂した。
子どもたちを見るのはつらかった。
 
日光駅の構内で思いきって声をかけた。
直人だったら案内所にいくわけがない。
日光のことは知りつくしている。
そこでいくぶん意識が現実にもどった。
それでも名前は聞くことができなかった。

さりげなく声をかけた。
直人よりは、すこしスリムではあったが……。
近寄って見ても直人そっくりだった。

若者が周囲の自然にそそぐこころのやさしさ。
観察のこまやかさ。
どれひとつとっても
直人にそっくりだった。

わたしは、直人の生きていた頃にもどっている。
ふたりで霧降への道を散策している。
登り坂を、すこし息を切らしてのぼっている。
坂の向こうには未来がある。
明るい未来だけしか想像できなかった。                           
あのころの感情が蘇った。

顔から体型まで。
CGでつくりあげたみたいに。
そっくりなので。
そう思いこんでしまったのかもしれない。

おかしなことばかり考えた。
彼は死別したときの直人そっくりだった。
ただちがっていたのは手の冷たさだった。
観瀑台への石畳の小道。
滑って危なかった。
わたしを危ぶんでさしだされた手をにぎったときの。
冷やりとし感触。
いや、わたしが催促して。
手をひいてとあまえたのだ。
そんなことは、どうでもよかった。

手が冷たかったのは、寒かったからよ。
直人が死んだときの手の冷たさ。
夢中でにぎった直人の手。
冷たかった。 
だも……あの冷たさとはちがっていた。

美智子は完全に彼を直人ではない、と否定しかねていた。



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女優中山美智子/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-03-26 07:27:51 | Weblog
2

「……ほんとうにおどろきました」
マネージャーは話しながら……。
ぽんと手をたたくしぐさをした。

「あなたにお返しするものがあります」
「榊隼人です」
少年が自己紹介をした。
「これはごていねいに。
この店をまかされている信藤ともうします。
榊さんがあの日――。
崖を降りるからと言って。
預けて行ったコートがあるのです」
「事故を知らされたとき。
ぼくはまだ学生でした。
パパの仕事でずっとアメリカにいます。
今日は、フロリダからフライトしてきました」
隼人はめまぐるしい環境の変化に。
日付が変わったことを。
忘れている。
信藤は、納得した。
それで季節にそぐはない薄着なのだ。

コートは黒のニットらしかった。
手編みのコートのようにも。
古い貫頭衣仕様にも見える。
これを直人がきていたのだ。
ふしぎな感じがした。
手を通すと暖かく体をつつみこんでくれた。
体によくフイトした。
コートなのに肌を直接包み込んでくれる感じなのだ。
懐かしかった。直人。会いたかった。 
お兄ちゃん。
直人、お兄ちゃん。

さきほど、プレスの車がつけた轍の跡。
轍のかわいた小さな溝を踏んだ。
複雑な図形をを描いていた。
広場をよこぎった。
隼人は歩きだしていた。
直人の転落現場まで崖を下りたい――。
という欲望を思いとどまり、歩きだしていた。

来るときとは違う。
ひとりだ。
いまごろ美智子さんは東京にむかっている。
なにも聞けなかった。
住所も聞いていない。
でも、携帯をわたされている。
それがすべてだ。
おそらく彼女のナンバーも住所も登録されている。

……きれいなひとだった。
色の白い。
切れ長の少しつりあがった目。
形のイイひかえめな高さの鼻梁。
東洋の、日本的な美しさだった。
ここは、日本。日光。――日光なのだ。



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