田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 29 悲しきストーカー  麻屋与志夫

2012-12-03 08:22:17 | 超短編小説
29 悲しいストーカー

大学見学の帰りだった。
ぼくはたまたまT大学前のK書店に入った。
ぼくの憧れの女性がそこにいた。
まだ少女だ。
女子高生のパート店員だろうか。

「ありがとうございました。またどうぞ」
きまりきったマニアルを暗唱する声もういういしい。
首をすこしかしげた。ポニーテールがかすかにゆれた。
襟足がすんなりとしてすごくきれいだ。
胸キューンのカワイ八重歯。
下唇がプクントふくれあがっている。
オチョボコ口。
あまりにととのいすぎた整形美人より魅力がある。

ぼくは夢中になった。
大学受験の参考書をもってカウンターにいそいだ。

「わぁ、T大の受験生なのね。合格してね。また、あいたいもの」
ぼくのこころは天国までまいあがった。
マニアルにはないリアルな話しかけの言葉。
それも澄んだハイトーンの声だ。
初めて会ったさえない受験生のぼくに声をかけてくれた。
ぼくは彼女に夢中になった。

ぼくは即、インスタントに彼女のオッカケになった。
いったん家に戻った。
私服に着替えた。
K書店の従業員の出は入り口をみはった。
期待と不安で鼓動が高まっていた。
こんなことをするのはもちろんはじめてだ。
ぼくは熱に浮かされたようについふらふらと、ここまできてしまった。
彼女こそ、ぼくのファムファタール。
運命の女。
だ。

「いいわよ。お茶するくらいなら」
おもいがけない、うれしい言葉。
肩を並べて歩き出した。
だがなにかぎこちない。
彼女の肩がビミョウニ上下動している。
彼女がぐいとぼくの腕に手をまわした。
腕をくんだ。

「ああ、このほうが歩きやすいわ」
ぼくはこのとき、彼女は足が不自由なのに気づいた。

「わたし、ロクサーヌっていうのよ。でもともだちはみんな〈ハネ足Betty〉っていうの」

文学青年のぼくには、それが〈バネ足ジャック〉のモジリだということは、すぐにわかった。
こんなきれいな女の子に――。
ヴィクトリア朝末期のロンドンに現れた。
都市伝説の怪人バネ足ジャックの名に似せたニックネームをつけるなんて。
ゆるせない。

ロクサーヌの足がおもうように動かないなんてことは――。
ぼくの恋心にはなんの影響もない。
そんなことはぜんぜん気にならない。

いくら彼女を説得しても、おつきあいするのはムリだ。
といいはった。

「あなたは、T大に入るエリート、とてもわたしでは……つりあいがとれない。工学部をめざしているのに、本を読むのがすきだなんてすばらしいわ。わたしそういうひと、すきよ。だから、よけいに、こんなビッコの女、好きになってはいけないのよ」

「ビッコだなんて……じぶんのことをそんな蔑称でよばないでくれ。ぼくはまったくそのことは気にならないから」
「それにわたしにはひとと交際できない秘密があるの。あきらめてチョウダイ」

そして、その日をさかいに、彼女はぼくの前から消えた。
転勤したのかと、K書店できいても、彼女の所在はわからなかった。
それどころか、彼女がカウンターにいたことすらみとめてくれなかった。
彼女の存在そのものがあやふやなものとなってしまった。


ぼくには、いまならその秘密がわかる。わかっている。
ぼくは雑誌売り場にいた。「日本工学」の雑誌をよんでいた。
澄んだハイトーンの声がきこえた。
ききおぼえのある声だ。
けっして、忘れることができないでいたぼくのLa Femme Fatale 運命の女。

カウンターのほうからだ。
探し当てたぞ。
まさかこんな近くにいるとは。
だから、カウンターに注意をはらわなかった。
雑誌売り場をひやかして帰るつもりだった。
探し当てた。
ぼくの憧れの人はやはり、いまは大型店となったK書店の品川本店のカウンターにいた。
彼女はニッコリとほほえんでいる。
あのころとすんぶんかわりのないやさしい笑顔。マックスかわいい。

「ありがとうございました。またどうぞ」
澄んだハイトーンの声。
どうみても、人間のほほえみだ。
人間の女の子はこんなやさしい笑顔はしなくなった。
名前はけっしてわすれていない。
ロクサーヌ。
なんてロマンチックな名前なんだ。
フランス人との混血なのか。とあのころはおもっていた。

いまならわかっている。
とうじは、ロボット工学の先進国フランスから密輸入された無給料でつかえる従業員。
ぼくはその彼女に恋をしたのだ。
ずっとさがしつづけていたのだ。

でも、デートにさそうことはできなかった。
ひそかにみているだけで満足しなければ。
これからは、あまり彼女のまえには姿をあらわせないな。
顔をおぼえられて、つきまとっているとおもわれたら、いやだもの。
恥ずかしいもの。
でも、ぼくは学校帰りにどうしても、そのK書店の本店に寄ってしまうのだった。
いつも学校帰りに通る広い品川駅のコンコース。
壁にずらっと同じポスターが横長に貼ってあった。
数十枚も連結している。本店新装開店。読書の秋。
そしてK書店の名前が。ずいぶんと大型店になった。
いまでは、日本有数の大型店だ。
キャッチコピーのしたにニコヤカニほほ笑む、どこかの雑誌のカバーガールだろうか。
いや、おどろいた。ロクサーヌだ。
本をよんでいる知性美人。
ポスターにつられてはいる学生もおおいだろう。
K書店のCASHカウンターにまさに知性美までそなえた彼女がいる。
ぼくはとおくから彼女をみつめている。

「ロボット法が改正されたわ。いまでは、サイボークと人間の結婚はみとめられているの。ずいぶんまたせたわね。いまでもわたしをアイシテくれているのね」
「ぼくは、ずっときみを愛していた。さがしたよ。いとしのロクサーヌ」
「ロクサーヌのタンゴでも踊りましょうか」

ぼくは、そうした会話のできる日を夢見ている。
いまのところは遠くから彼女を眺めている。
これって、ストーカー行為だろう。
学校の帰りにひそかに彼女を眺めている。
ロクサーヌの不完全な足をいまのぼくならなおすことができる。
その日を夢見て。
彼女と再会したら。
そうしてあげたいとおもい専攻したロボット工学だ。
悲しいストーカーはスッカリ年老いてしまった。
来年はT大工学部の教授も定年退職だ。
それでも愛をうちあけたら、ロクサーヌは承諾してくれるだろうか。

でも、いまのぼくでは、タンゴは踊れそうにない。




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2 コメント

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心向くまま徒然徘徊紀 (mikki-)
2013-01-06 17:49:47
素敵な短編ですね!
返信する
Unknown (アサヤ)
2013-01-10 09:33:33
コメントありがとうございます。

これからも、がんばります。

よろしくおねがいします。

これからは「学校の怪談」

を、書こうかなと思っています。
返信する

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