田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

楔の的 吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-07-11 17:34:11 | Weblog
 11

彩音の心は母の背にぴったりとはりついている。
わたしは母におぶってもらったことがあるのかしら。
夢の中でさびしく考えている。
前方に、コウモリの姿が現れる。
窓にぶち当たってきた。
コウモリだ。
母にもコウモリは見えている。
「闘うんだよ、彩音」
母はわたしのことを感じていた。
わたしが背中にいることをわかっていた。
コウモリの群れに囲まれていた。
コウモリに取り囲まれている。
母だけではなかった。
彩音も……だ。いやちがう。
歴代の鹿沼流の舞手だ。
彩音は歴代の舞手の心と同化していた。
彩音はじぶんが、寝ている姿を上から見下ろしている。
夢だ。
これは夢だ。
夢の中では、昔からの鹿沼流の舞手たちが、雪を背景にまっている。
美しい。
ご先祖様が辛苦して磨き上げた鹿沼流の舞。
その激しい動きある舞を習得できる。
代々の師範たちとわたしは繫がりつつあるのだわ。
やっと舞の奥義を身につけることができそうだ。
伝統ある鹿沼流を継承する。
うれしい。
でもそれは、奥義を極めつくすための、旅の始まりなのだろう。
(この奥義を極めようと苦労しているわたしの姿、母に見てもらいたい。父に見てもらいたい。両親に会いたい)
ああ、すべてはこれからなのだ。
奥義を伝授されてもそれからが長い。
一生修行なのだろう。
朝鍛夕練に励まなければ。
文美ばあちゃんを見ているとわかる。
そんなふうに、彩音はうつらうつら夢を見ていた。
コウモリがバサバサと窓ガラスを破って侵入してきた。
彩音はじぶんの悲鳴で目が覚めた。
窓にはコウモリなどいなかった。
窓は破られていなかった。
いや、これもまだ夢のうちなのだ。
まだ夢を……見ている。
ばあちゃんが皐の枝を細く裂いている。
鹿沼の特産の皐の盆栽は庭にある。
地植えもいれるとどれくらい皐があるのかわからない。
外部から殺気が侵入してくるとこの皐の小枝が音を発するからと教わっている。
「それなぁに? なんなの」
と、幼い彩音が文美に聞いている。
日当たりのいい縁側にふたりはいる。
皐の枝を鋭く尖らせた。
束にして仏さまに供えている。
「なにしているの」
「こうして仏さまに、邪悪なものを倒せるように、おねがいしているのだよ」
「ジャアク? じゃ、あく……って、なあに」
彩音は皐の楔を投げる練習をしている。
藁を祭り太鼓のように束ねた的に投げつける。
一箇所に集中して命中させるのはむずかしい。
夢の中なので、瞬く間に名人になっている。
皐の楔投げが、ダーツにかわっている。
慶子たちとみんなダーツを楽しんでいる。
澄江も加わっている。
澄江がいるためか? 
的は吸血鬼だ。
彩音の投じるダーツはことごと吸血鬼の心臓に突きささる。
標的は絵ではなかった。
生きた吸血鬼だ。
吸血鬼が牙を剥いて彩音に迫る。
襟首を噛まれそうになる。
大きな悲鳴をあげる。
「お母さんたすけて!! ばあちゃんたすけて」
こんどこそ、夢から覚めた。
外は明るくなっていた。

     ご訪問ありがとうございます。
     クリックしていただけると嬉しいです。
          ↓
       にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お母さん!! 吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-07-11 11:04:55 | Weblog
 10

悪意をもったものが、その存在を示したいのだろうね。
というのが文美の反応だった。
その文美の言葉は、さらに彩音を不安にした。
(わたしが、見えていなかったものが、見えるようになったからかしら。険悪な気配を体感できるようになったからだ。なにものかが密やかにわたしたちを見張っている)
彩音は寝付かれなかった。
「わたしたちが、いままで生きてきた鹿沼ではないみたい」
彩音は演劇祭で主演した劇の『黒髪颪の吹く街で』のセリフを思い出していた。
バサッと窓ガラスになにかぶち当たった。
月の光が冷やかに窓を照らしていた。
彩音は二階の寝床でおそるおそる起き上がった。
深夜だ。
窓をなにかがかさかさこすっている。
窓があまりに広いのですぐには気づかなかった。
その上部にコウモリがへばりついていた。
眼が不気味に赤く光っている。
声を上げたいのを必死でこらえた。
その目をにらみつけた。
コウモリがギーと鳴いた。
尖った歯を剥いている。
その夜、彩音は夢を見た。
彩音は巡礼の旅をしていた。
女巡礼になっていた。
だが、それは、寺をまわる巡礼などでなかった。
母を訪ねる巡礼だった。
ただ、生きているよ。
……とだけ文美からいわれている。
……まだ会ったことのない。
母を探して。
旅をしていた。
「彩音のお母さんとお父さんはどこにいるの」
ヨチヨチ歩きができるようになった。
言葉もかたことだが、話せるようになった。
はじめて彩音が悲しみを表したのがその言葉だった。
オバアチヤンの文美も悲しそうな顔をした。
悲しそうでいまにも泣きだしそうな表情だった。
彩音はその顔を見ると、さきに泣きだしてしまった。
舞踊の稽古があまりにきついときは、母にあまえたかった。
そんなときは、彩音は「お母さんは……」といつもおなじ質問を問いかけた。
そして文美が応える。
「生きてるよ」
イキテルヨ。
イキテルヨ。
木霊となってひびく。
その声にさそわれた。
彩音は歩きつづけた。
雪が降っていた。
彩音はいつしか、序の舞『鹿入り巡礼』を舞っていた。
ここは那須野が原、那須野が原の外れ、鹿沼の里といわれてるぅぅぅぅ。
謡が耳の底からわきあがってきた。
渋く低い声だ。
それがなぜか父の声に思われる。
夢だからしかたがないことだが、巡礼は母になっている。
彩音の心はその母と一体となって、雪の原をさまよっている。
「お母さん。お母さん」
呼びかけても返事はない。

    ご訪問ありがとうございます。
    クリックしていただけると嬉しいです。
         ↓
       にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
        応援ありがとうございます。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする