田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

噛まれる  吸血鬼ハンター美少女彩音 麻屋与志夫

2008-07-07 10:06:07 | Weblog


5

資料ナンバー21。段ボールに墨でナンバーがふってあった。
 昭和21年。てことかしら。一番下の棚にその箱はあった。
 小冊子が何冊もむぞうさに入っていた。

 国産繊維/女工哀歌。林功著。
 
 そこに、彼女の名前があった。
 恐怖心と戦いながらも、探したかいがあった。

 女工哀歌より。
 六角澄江は地下の反省室から脱出した。この部屋に監禁された娘たちが怨念をこめて掘りぬいた脱出穴であった。その暗闇を通って澄江は逃亡している。足首まで水がきている。
 黒川がすぐそばを流れているからであろう。急がなければ。アイツがおいかけてくる。あんなヤツがいるなんて信じられないことであった。
 澄江はそれまで上沢寮監を怖がっていた。仲間も鬼寮監と影では言っていた。(あっ。文美おばあちゃんのお父さんのことが載っている)
澄江たちがサボタージをした時、廊下に正坐させて女工の背を竹刀で強打した。
 塀を乗り越えて夜遊びにでた女工を街まで捜しにいって、連れ帰った。厳しい竹刀の刑罰が科せられた。鬼のような人だ。誰もがそう思っていた。高いコンクリートの塀を構築するように、工場長に進言したのも寮監だ。澄江たちが塀を乗り越えて寮を抜け出せないように。
 ところが違っていた。澄江たち女工は寮監を誤解していた。澄江はそのことを身をもって体験した。
 高い塀は、夜遊びに出たり作業の辛さから逃亡を企てる紡績女工を阻止するためだけのものではなかった。
 外部から侵入する怪物から女工を守るためのものでもあったのだ。
 澄江はやっと塀のところまで辿り着いた。ロープを投げて、塀を乗り越えようとしていた。どうしても純平に会いたかった。寮監に見つかった。追われていた。その時だった。塀の上からアイツが飛び降りてきた。黒い影はガニ股で迫ってきた。歪んだ体型でギクシャクと両肩が揺れるような動作だった。
 それでいて素早い行動だ。生臭い異臭がした。むきだしの乱杭歯。長くせせり出た犬歯。鬼が出た。(吸血鬼のことだわ。このころはまだに鬼といっていたのね。それにしてもおばあちゃんのお父さん上沢寮監はずいぶん怖がられていたのね)
 寮監が「鬼め。退散しろ。うちのかわいい寮生に手をだすな」と叫んで鬼に切りつけた。竹刀ではなかった。木刀だった。澄江を追いかけて来た訳ではなかった。
 毎晩、上沢寮監は寮の庭を巡回して警戒していたのだ。鬼だと恐れられていた寮監は女工を守護するために木刀を持って夜の警備をしていた。
 鬼は外部から侵入してきた。寮監は鬼の存在を知っていたのだ。
 あの時、寮監が来てくれなかったら、わたしはと澄江は思った。わたしは鬼に食い殺されていた。わたしが、助かったのは偶然ではなかった。毎晩、寮の敷地内を警戒して、巡回していた寮監がいたからだ。寮を抜け出す者がいなければ、鬼もみだりに襲ってはこなかったのだ。何も知らないわたしは、無防備にも塀の外にでようとした。純平さんに会いたくて。その行動が鬼を誘った。上沢寮監は鬼ではなかった。わたしたちの安全を守ってくれていた父のような人だったのだ。鬼はほかにいたのだ。
「逃げるんだ。澄江、逃げろ。地下の反省室に逃げ込め」
 寮の玄関よりも反省室への地下階段のほうが近かった。
 ガバッと澄江は鬼に襟首を噛まれた。激しい痛みに絶叫した。
「おれは鬼を倒す。こいつが生きていると澄江も鬼になってしまう。こいつはおれが倒す。澄江は反省室に逃げ込め」
 鬼がくぐもった声で吼えた。
鬼ににらまれて澄江は凍てついた。動けない。おれの餌になれ。人間の娘よ。おれが食らってやる。鬼の兇暴な目でにらまれた。動きがとれない。真紅の瞳から放射された光が澄江の網膜をやいた。 
 立ちすくんでいる澄江に鬼がにたにた笑いかける。笑えば笑うほど鬼の顔は怖くなる。見る者の生きる気力を萎えさせる。
「そうだ。そうだ。おれの餌になれ。おれにくわれてしまえ」
乱杭歯の暗い口腔に吸いこまれそうだ。



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