26
明かりの中でなにか動いた。
ゾーっとした。
書架に映った彩音の影だった。
(じぶんの影に怯えるようでは、わたしもまだまだ修行がたりないわ)
天井の明かりが点滅をくりかえしている。
ジーっとうなっていた蛍光灯が消えてしまった。
ジーっという音だけが天井でしている。
獣が敵を威嚇するような音。
歯と歯を擦り合わせているような音だ。
妖気が部屋にみちている。
彩音にもわかる。
明りはついているのに、書架の底辺には闇がたぷたぷとたまっている。 彩音の足にからみつく。はいあがってくる闇。
見えていないものが、彩音の歩行を拒み邪魔するように実体化してくるようだ。
無数の小さな手が足元にからみつく。
ひとりだったら、もうこれ以上は前には進めない。
近くに麻屋先生と文美がいる。
いちばん頼りになる味方。
闇から受けている邪気、シヨックから立ち直ろうと彩音はお大きな吐息をもらした。
リラックス。リラックス。
肩の力をぬいて。
ところが、ホコリが舞い上がった。
いくら彩音が肺活量があるといっても、これは過剰な反応だ。
闇も神経過敏になっているのかもしれない。
それとも……おもわぬ敵の侵攻によろこび、はしゃいでいるのか。
視界がゆらいだ。
一瞬だけだったが、赤く光る両眼に睨まれているような感じがした。
幻覚だ。
こんなことがあるわけがない、幻覚だわ。
「とりこまれるな。彩音、なにもいまのところは、見ないほうがいい」
「キャ」
衣をさくようなドハデな悲鳴。
彩音は資料ナンバー21のダンボール箱をとりおとした。
ウジ虫がぬらぬらともりあがってうごめいていている。
腕をはいのぼってきた。体中にウジ虫がはいまわっている。
恐怖の悪寒が広がった。
彩音の顔が恐怖にひきつる。
たまらず、箱をとり落としたのだった。
「なんでもない。なにもいない。ワームでもいる思ったろう。こういうときの定番だからな」
麻屋が箱をひろいあげ『女工哀歌』をとりだす。
「うそぅ。わたしたしかに見たよ。先生のいうとおり、ウジ虫がいっぱいいたの」
「彩音、落ち着いて。やつらの罠にはまっちゃだめ」
「うん、ふんふん、やっぱりな」
麻屋が……彩音を笑わせようとして漫画チックな声をだしている。
彩音のコピーは本文だけだった。
最後のページに取材ノート、がはさんであった。
それを麻屋は読み出していた。
「林純平は、恋人澄江は上沢寮監に殺されたと思いこんだのだな。それで敵を討つため剣の修行にうちこんだ。その怨念につけこまれ吸血鬼に噛まれこの鹿沼にもどって、澄江を探し、さまよいながらひとにあだなしているのだ」
パンフレットには、わが家の純平叔父さんに関する伝承に触発されてこの『女工哀歌』を著した。と、書いてある。
「あわれなものね」
文美がぼそっとつぶやく。
「曾祖父(ひいおじいちゃん)は、林純平にやられたの」
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明かりの中でなにか動いた。
ゾーっとした。
書架に映った彩音の影だった。
(じぶんの影に怯えるようでは、わたしもまだまだ修行がたりないわ)
天井の明かりが点滅をくりかえしている。
ジーっとうなっていた蛍光灯が消えてしまった。
ジーっという音だけが天井でしている。
獣が敵を威嚇するような音。
歯と歯を擦り合わせているような音だ。
妖気が部屋にみちている。
彩音にもわかる。
明りはついているのに、書架の底辺には闇がたぷたぷとたまっている。 彩音の足にからみつく。はいあがってくる闇。
見えていないものが、彩音の歩行を拒み邪魔するように実体化してくるようだ。
無数の小さな手が足元にからみつく。
ひとりだったら、もうこれ以上は前には進めない。
近くに麻屋先生と文美がいる。
いちばん頼りになる味方。
闇から受けている邪気、シヨックから立ち直ろうと彩音はお大きな吐息をもらした。
リラックス。リラックス。
肩の力をぬいて。
ところが、ホコリが舞い上がった。
いくら彩音が肺活量があるといっても、これは過剰な反応だ。
闇も神経過敏になっているのかもしれない。
それとも……おもわぬ敵の侵攻によろこび、はしゃいでいるのか。
視界がゆらいだ。
一瞬だけだったが、赤く光る両眼に睨まれているような感じがした。
幻覚だ。
こんなことがあるわけがない、幻覚だわ。
「とりこまれるな。彩音、なにもいまのところは、見ないほうがいい」
「キャ」
衣をさくようなドハデな悲鳴。
彩音は資料ナンバー21のダンボール箱をとりおとした。
ウジ虫がぬらぬらともりあがってうごめいていている。
腕をはいのぼってきた。体中にウジ虫がはいまわっている。
恐怖の悪寒が広がった。
彩音の顔が恐怖にひきつる。
たまらず、箱をとり落としたのだった。
「なんでもない。なにもいない。ワームでもいる思ったろう。こういうときの定番だからな」
麻屋が箱をひろいあげ『女工哀歌』をとりだす。
「うそぅ。わたしたしかに見たよ。先生のいうとおり、ウジ虫がいっぱいいたの」
「彩音、落ち着いて。やつらの罠にはまっちゃだめ」
「うん、ふんふん、やっぱりな」
麻屋が……彩音を笑わせようとして漫画チックな声をだしている。
彩音のコピーは本文だけだった。
最後のページに取材ノート、がはさんであった。
それを麻屋は読み出していた。
「林純平は、恋人澄江は上沢寮監に殺されたと思いこんだのだな。それで敵を討つため剣の修行にうちこんだ。その怨念につけこまれ吸血鬼に噛まれこの鹿沼にもどって、澄江を探し、さまよいながらひとにあだなしているのだ」
パンフレットには、わが家の純平叔父さんに関する伝承に触発されてこの『女工哀歌』を著した。と、書いてある。
「あわれなものね」
文美がぼそっとつぶやく。
「曾祖父(ひいおじいちゃん)は、林純平にやられたの」
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