写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

火渡り2

2006年05月10日 | 季節・自然・植物
 
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 私の家から1km離れた山すそに、普段は誰もいない小さなお寺がある。薬師院といい、岩国市の指定文化財「薬師院木造如来坐像」が安置されている。
  
 1616年、付近の海岸に浮流していたものを、里人が拾い上げた仏像で、干拓の潮止め工事の安泰祈願をしたら、難工事であったものが無事に完工したという。

 毎年5月8日に「薬師院春季大祭」というものが厳修されていることを、地元に住んでいて、昨年の春初めて知った。

 お参りに行ってみた昨年、良い目をみることが出来たので、それに味をしめて、今年もまた出かけてみた。

 門前に「火渡り 薬師院春季大祭」と書いた大きなポスターが貼ってある。「燃え盛る火の上を渡り、皆様の家内安全・交通安全・所願成就のご祈願を致します」と添え書きしてある。

 火渡りの祭事があるお寺である。遠くから11人の山伏の格好をした修験者が、網に入ったほら貝を持って集まっていた。 

 読経のあと、ほらの野太い音のもと、用意してあった焚き木の前で儀式が進み、火が放たれた。

 時折強く吹く風にあおられて赤い炎が、黒煙と共に渦を巻きながら高く上がる。山伏の祭りにふさわしく雄壮な祭りだ。

 皆が祈願をお願いした板札も投げ入れられ、煙となって願いは天に昇っていく。火の勢いがやや沈静した頃、山伏たちが竹で火床をならす。

 まだ、赤く炎が立ち昇る中を、若い住職が、裸足のまま急ぎ3歩で渡ったのに続き、11人の山伏が同じように火渡りする。まさに、燃える火の中を渡った。

 5、60人の参拝客は、完全に炎が消え、火床を叩いて黒い灰にしてくれたあと、ひとりひとり住職に背を押され、裸足になり手を合わせて渡っていく。

 それでも、渡る前には若干の決心めいたものがいる。私は、猫舌?なので、後ろの方に並んで渡った。  

 そのあとは、恒例の紅白の餅まき。住職の「独り占めしないで、みなさん均等にご利益があるように取ってくださいよ」に大笑い。

 私は10個拾い上げ、後ろにいた年配のご婦人に3個差し上げて、ご利益をお裾分けした。帰りには赤飯のお弁当まで頂き、申し分のないお参りが出来た。

 しかし、赤く燃え盛かる火の上を渡る住職・山伏の勇敢さを、私は真似が出来ない。黒くなった火床の上でさえ、なかなか1歩が出し辛いのだから。

 「渡る」と言えば私は、火渡りのみならず、世渡りも何となくぎこちなかったように思われる。火種の残った熱い世間の床の上で立ち止まり、何度やけどをしたことか……。
   (写真は、薬師院の勇壮な「火渡り」)