信州自由人

のぐケーンのぶろぐ

五色沼から安達太良山

2021年12月25日 | 旅行

2021年11月2日6時45分、毘沙門池を囲む木々に朝日があたり始めました。
福島県北塩原村の裏磐梯を代表する観光スポット、五色沼湖沼群内の湖です。


磐梯山の噴火(1888年)で川がせき止められ、数百もの湖沼群ができたそうです。
その中の、毘沙門沼など8つの湖沼を五色沼湖沼群と呼んでいるそうです。


神秘の湖は、天候、季節、温度、見る角度などにより色彩を変えるのだとか。
毘沙門沼の幸せを招くとウワサの「ハートの鯉」か! 残念、違うようです。


毘沙門沼の第一展望台は、若い皆さんの記念撮影で華やいでいます。
真っ赤に染まったモミジの奥に少し見える山が磐梯山です。


バスはガイドさんの絶好調案内の中、磐梯吾妻レークラインを走っています。
裏磐梯エリアにある観光道路で、秋元湖や小野川湖の眺望もすばらしいです。


福島県二本松市にある「あだたらやまロープウェイ」で、10分間の空中散歩です。
全長は1505.54m、山麓駅の標高は約940mで山頂駅の標高は約1,350mです。


山頂駅に到着、広場の高校生はこれから安達太良山(標高1700m)登山のようです。
安達太良山までは1時間半ほど、我々は駅から5分の薬師岳展望台周辺散策です。


那須火山帯に属する安達太良連峰は、磐梯朝日国立公園内の南端に位置します。
安達太良山は花の百名山、薬師岳でもたくさんの高山植物に出会えました。


高村光太郎の「智恵子抄」で、智恵子が言う「ほんとの空」の記念碑です。
高村智恵子が子供のころに見ていた安達太良山の青い空がこの日も見えました。


ガイドさん、マイクがなくても案内が止まりません。
皆さーん山頂を見てー、安達太良山は‘ちちくびやま’の名でも親しまれていまーす! 
’智恵子’ の話は哀調たっぷりに、’乳首山’ の話は艶語りで、山でも絶好調です。
お陰様で、「錦秋の日光、福島の旅」、3日間の旅でしたが2ヶ月間も楽しみました。

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初積雪日の焼芋、煮豆

2021年12月18日 | 

今年の初積雪、朝8時頃の積雪は3.5cm、気温は-1℃でした。


なんとなくうれしくて、朝食を済ませてから近所を一回りしました。


今日は前々から、焼芋と煮豆を計画していました。
両親が残した豆炭と、使い込んだ七輪を使います。


サツマイモは「安納芋」、1時間ほどで焼き上がります。


蜜がたっぷり、しっとり・ねっとり派ですので、美味しくてたまりません。


次は豆炭を少し足して、愛称「おいらんまめ」、ベニバナインゲンの煮豆です。
3年前に収穫した豆でややひね豆、一晩水に浸してあります。


途中で水を足したり取り替えたりし、皮が硬いのでかなり時間がかかります。


間に近所を一回り、午後になりましたが、気温が上がらず雪は解けません。
この辺は果樹地帯、寒くなると剪定の季節になります。


烏帽子岳、三方ヶ峰、浅間山、全ての山が真っ白になりました。


豆の様子をみながら、今日は4時間ほど煮ました。
シワの豆(左の左)がふっくら美味しく煮上がり、半分は正月のお豆さん用です。



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会津若松城(鶴ヶ城)

2021年12月11日 | 旅行

会津若松市内に入り、会津若松城のお堀の横を走っています。
お堀の水は猪苗代湖から引かれた水で、用水路完成までに200年以上かかったとか。


お城の駐車場につくと、目の前にガイドさんから聞いていた「什の掟」です。
この「什」で、子供たちに会津武士の心構えを身につけさせたのだそうです。
10歳になると、白虎隊の学び舎でもあった「日新館」で学問や武道に励みます。


地元では鶴ヶ城、地元以外では会津若松城と呼ばれることが多いそうです。
案内板には、初代の葦名(あしな)家から歴代城主の家紋が載せられています。
葦名家(1384年)→伊達家→蒲生家→上杉家→蒲生家→加藤家→保科家→松平家。


コロナ禍による緊急事態宣言も解除され、修学旅行の学生で賑やかです。
お土産屋さんも一安心、刀のお土産を見ると自分の修学旅行を思い出します。


案内板から椿橋、太鼓門をとおり石垣を回り込むと「武者走り」があります。
画像は片方の階段ですが、手前にも階段があり、珍しいV字型の武者走りです。


若松城の天守の前に整列して、思い出つくりの記念写真です。
今の5層の天守は1965年に鉄筋コンクリート造で再建されたものだそうです。
かってを忍ぶ石垣は、自然石を組み合わせた「野面(のづら)積み」、見事です。


見たかったV字型の武者走りと野面積み石垣、そして赤瓦を再現した天守閣です。
赤瓦は福島の冬対策用で、瓦の表面に塗る釉薬に工夫がされているのだそうです。
江戸時代の初期に試作され、幕末には城のほとんどの屋根に用いられていたとか。


♪春高楼の花の園・・♪、土井晩翠直筆で「荒城の月」の歌詞が刻まれています。
50年ほど前に訪れた武田市の岡城で滝廉太郎の銅像を見たのを思い出しました。


戊辰戦争敗戦後、城下の茶人の森川善兵衛が麟閣を自宅へ移して守ったのです。
森川家は120年にわたり麟閣を保全し、2000年に本丸内に移築したそうです。


天守閣の5層からは飯森山が良く見え、山からもお城は見えるそうです。             
士中二番隊は空腹と寒さの中、新政府軍の射撃を浴び飯森山に避難しました。           
山から見た城下町は煙がたちこめ、隊士らは「落城」と勘違いしたようです。            
もはやこれまでと思ったのでしょう、悲しくも自刃が決行されたのです。 
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錦秋!塔のへつり(岪)

2021年12月04日 | 旅行

会津鉄道線の「塔のへつり駅」、雰囲気のある無人駅です。
鉄道マニアの人気スポットとか、カメラを抱えて電車をお待ちのようです。


福島県南会津郡下郷町の景勝地「塔のへつり」、国指定の天然記念物です。
「へつり」とは会津地方の方言で、川に迫った険しい断崖のことをいうそうです。
100万年もの間、浸食と風化を繰り返してできた奇岩が塔のように並んでいます。


このお土産屋さんの展望デッキは、塔のへつり全景が一望できる絶好の場所です。
店員さんから塔のへつりの解説をお聞きした後、みそ汁と漬物をいただきました。
帰りにはお店の作戦どおりに、しっかりとお土産の漬物を買いこみました。


見学歩道の入口に、奇岩につけられた‘屏風岩’などの名前の案内板があります。
また、「へつり」が漢字で書かれており、山冠に弗(ふつ)で「岪」だそうです。


塔のへつりが並ぶ断崖までは、全長40mの吊り橋の‘藤見橋’を渡ります。
きしみや揺れがわずかにありますが、高所恐怖症の妻も平気でした。


この川は、阿賀野川水系の阿賀川(あががわ)で大川とも呼ばれています。
奥に見える山は、小野岳(標高1,383m)かなと見当をつけたのですが?


水の色は深緑で川底は相当に深そう、水の流れが緩やかな瀞状の渓谷です。
広葉樹の彩りと静かな水面に映った風景が、塔のへつりを引き立てています。


藤見橋を渡ると‘舞台岩’の基に歩道があり虚空蔵尊のお堂につながります。
お堂は‘護摩塔岩’真下の岩の中に作られ「虚空像菩薩」が祀られています。


出店には柿などの旗が、知る人ぞ知る超大玉の柿、「会津みしらずの柿」です。
会津天然まむしの看板の下には、瓶の中に生きたマムシが立ち上がっています。


塔のへつり駅の横を再び通り、国道121号線に出て会津若松市方面に向かいます。
バスで10分ほど走ると、会津鉄道線の小野上温泉駅の駅舎が道沿いに見えます。
途中で電車とすれ違い車窓からパチリ、赤色の車体で側面にはあかべぇ?らしい。

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