信州自由人

のぐケーンのぶろぐ

雪山キャンバスに風の妙技

2013年01月27日 | 
新年1月の我が身はアルコール漬、はなはだ不健康状態になってしまいました。
心身共に真っ白な雪で清めようと思い立ち山に出かけました。





里にはうっすらとほうきで掃く程度の雪が舞い降りました。
山はやや荒れ気味か、風が強そうですが、天気予報は上々です。




スノーシューで雪を踏み始める頃にはまぶしい青い空が広がり始めました。
山は豊かな雪で覆われ、その雪と風が織りなす白文様の世界に魅せられてきました。




ハクサンシャクナゲもしっかりと葉を閉じ、寒さから身を守っています。
長細い葉芽とともに丸い花芽も付けております。
きっと、夏には可憐な花を楽しませてくれることでしょう。




高峰山の見慣れた大岩です。
この位置で見ると、シロナガスクジラに見えませんか。




今日の仕上げは、温泉に浸り、先ほどまで触れあった山を望み思いに浸ることです。
浅間山麓が一望の「布引温泉こもろ」で今日は仕上げました。
リフレッシュして今週末から始まる2月に備えます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

電柱の無い田園冬景色

2013年01月19日 | 風景
佐久市の浅科地区に行ってきました。浅科の由来は、
北方に浅間山、南方に蓼科山の両山を見渡せる格好の場所であることから、
浅間山の「浅」と蓼科山の「科」をとって、かつて浅科村と名づけられたそうです。
平成17年4月より、市町村合併により佐久市となっています。





浅科の名所、五郎兵衛米の里です。
浅間山を望むこのすばらしい田園風景を残し伝えるため、
佐久市は景観条例を制定し電柱などの設置を禁止しているそうです。




五郎兵衛とは、遠く蓼科山から用水を引いた市川五郎兵衛真親の名です。
市川五郎兵衛は江戸時代の初め、砥石を生産して貯えた資金を用いて着工したそうです。
蓼科山の湧水から全長20kmもの用水をどのような技術を用いて引いたのでしょうか。
「五郎兵衛記念館」の館長さんの丁寧な説明をお聞きしてきました。



五郎兵衛用水により育まれた、肥沃な耕地から収穫されるのが五郎兵衛米です。
蓼科山の豊かな湧水、重粘土の水田、そして天日干しのお米は人気の銘柄です。




帰りには「春日温泉」でたっぷりと心身のケアーをしてきました。
源泉かけ流しだそうです。
入った瞬間、肌にあたるお湯が柔らかく、なんとも言えぬ入り心地でした。
帰りにパンフレット見てみますと、お肌がしっとりとするのは
温泉の成分にメタケイ酸が豊富に含まれているからと書いてありました。
いい1日でした。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真冬の暖かな休日

2013年01月12日 | 自然
おだやかな土曜日になりました。
のんびりと近所をぶらつくといろいろと収穫がありました。





家庭菜園への道すがら、花芽をたくさん付けたモクレンに小鳥が舞い降りました。
ジョウビタキのメスだと思われるのですが。
近づいても飛び立たず、ゆっくりと堪能させてもらいました。




家庭菜園でのお目当ては真冬のふきのとうです。
去年も紹介しましたが、ふきの枯れ葉を引いてふきのとうのありかを探り当てます。




丸々としたふきのとうを5個収穫です。




帰り道、ユキヤナギの垣根に妙な実が付いていました。





どうも、葉の主脈の途中から花柄らしきものが出て、その先に実が付いているのです。
実を割ってみると、中から褐色の1個の種が出てきました。
今年の夏は、この正体を突き止める楽しみができました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宝貝で年始め

2013年01月05日 | 貝類
平成25年の正月は、のんびりと豪華な6連休で、時間はたっぷり、
テレビで駅伝の応援をしながら貝殻の保存状況の点検をしました。





これはタカラガイで、47種類が集まっています。
タカラガイは非常に艶やかで美しい殻に身を包まれています。
ですが、美しい貝殻も標本にして年が経つと劣化します。
紫外線の曝露や貝殻の脱水によって色調が変化するのです。
また、生貝の標本の肉抜きが不完全であったりするとカビが生える場合もあります。
私の標本は艶やかな物は少ないのですが、年に1回は全てを点検をしています。




正月ですのでセントポーリアの鉢にホシダカラガイを添えて楽しみました。

貝の収集を始めた頃、図鑑では種類を特定できない個体が多く、ずいぶんと悩みました。
ある時偶然、「潮騒ガイドブック3-タカラガイ編-」を古本屋で見つけました。
そして、タカラガイの多くの種は、成長と共に殻の形状や色彩が大きく変化することと、
死後は、殻が波で揉まれ摩滅し、生きている時とは異なった色彩が現れることを知りました。
これで悩みから一気に解放され、ますますタカラガイ収集にやる気が出たのです。
執筆された「葉山しおさい博物館」館長の池田先生には後にお会いすることができました。
種の同定法などをご指導をいただき大変お世話になりました。
2007年発行の「タカラガイ・ブック」はタカラガイ収集には欠かせない図鑑になっています。





写真は、カモンダカラガイで、左から幼貝、亜成貝、成貝で右側2個体は摩耗した成貝です。
幼貝は、殻口は大きく開いて細かい歯はありません。
亜成貝になるとは殻口が次第に狭くなり、開口部の周縁にギザギザの歯が形成されます。
成貝になると内外唇が歯状に強く刻まれ、肥厚した殻は特有の光沢ある模様を形成します。
死後に波で洗わ擦れると、また違った姿になり、紫色などが出てきて、これも趣なものです。

 

これは、ハナマルユキダカラガイの変化の様子です。
殻は色層が重なっていて殻の表面が擦れる程度によって違った色が出てきます。
本種は個体数が非常に多く、10年前に沖永良部島で食べさせてもらったことがあります。
味はというと、極上とはいかず貝の旨みが少ないように記憶しています。
とはいうものの、沖永良部の黒糖焼酎に脳も舌も麻痺ぎみでしたので定かではありません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする